bread-6 クセ

 朝は苦手じゃない。

 きっと、仕事柄、朝の早い家庭に生まれたからだろう。


 今朝もいつものクセで、起きてすぐにカーテンを開けた。


『降ってこないよな』


 淀んだ空。

 朝日を隠した暗い空。

 今にも降りそうな雨。


 けれど習慣とは恐ろしいもので、俺はあっという間にいつもの準備を始め、あっという間に家から出た。


 玄関を出て右、次に左。

 まっすぐ行くと見える河川敷。

 それを左手に見ながら走る習慣。


 そう、雨の日以外、毎朝ジョギングすることも俺のクセだった。


『あれ?菊地さん明日休みすか?』

『うーん。課長がさ、日曜出勤した分ちゃんと振り替えろって』

『じゃあ、じゃあ!飲みに行きましょうよ!菊地さん来ると女子の集まりいいんすよ~』

『俺より女の子目当てかよ』


 昨日の酒が残っているからか、少し体が重かった。


『菊地さんって、どんな子になら本気になるんですか~?』

『私も知りたい!』

『付き合っても落とせない菊地って噂なんすよ』


 なんだそら。

 まるで俺が冷たい人間みたいな……


 決心したくせに、お昼過ぎまで足が向かなかったのは、少なからずそれが引っ掛かっていたのかもしれない。


 冷たい人間のままの方がいいんじゃないか。

 もうずっと何年も、知らず知らずそうしてきたんだろう。

 それだって、もう……クセになってるんじゃないのか。




「き、菊地さん!!?」


 彼女は俺の顔を見るとすぐに立ち上がったが、そのあとは暫く固まったままだった。


 そうかと思うと、突然、視線は残したまま今まで掛けていた椅子にちょこんと腰を下ろした。



「……あ、あの、大丈夫?」



 そう聞いたけれど返事がない。


 また、少しの間があいて。

 そしてやっと動き出した彼女の時間。



「……腰って本当に抜けるんですね」



 彼女はそう言うと、ふわりと柔らかく笑った。

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