alcohol-5 未知の生物

「風間さんって意外と男らしいんだね!身を呈して守るなんてキュンキュンしちゃう」


 金曜日の夕方。

 最後に残った私と未央は、モップを手に、ホールを行ったり来たりしていた。

 先日の風間さんの話をすると、彼女は喜んで掃除の居残りを引き受けたのだった。


「恋が始まっちゃうかもね~」

「もう、からかわないでよ」


 私以上に、浮かれる彼女からモップを受け取り片付ける。


 窓の外は、もうほとんど夜の色だったのに、まさかそこにいるだなんて。


 閉めようと近づいた窓の外に見えた人影。


「……え!?」


 びっくりした私は思わず大きな声をあげてしまう。


「あれって柏木先生!?」


 私の声に反応した未央も、園庭の鉄棒に寄りかかる彼を見つけて一気に驚いた。


「ちょっ……柏木さん!?何してるんですか?!」

「どーも!」


 開けた窓から叫んだ私と、振り返りこっちを向いた彼。

 私の姿を捉えた彼の瞳は暗い中でもわかるほどに、キラキラと光る。

 そして、大きく開いた口からそれは突然飛び出した。



「デートに誘いにきました」



 鍵をかける間も、ずっと背中に感じる視線。


『どうぞ、どうぞ!連れてって下さい!!』


 未央は私の背中を押すと、何やら楽しそうに一人帰って行った。



「じゃあ、行きますか」



 楽しそうに隣に立った彼。

 そして、並んで歩き出す。


「かんだでいい?」


 呑むつもりで車を置いてきたと彼は笑う。


「はぁ。……でもいきなりすぎませんか?」


 戸惑う私に向かい、彼はごくごく自然に口を開いた。


「……うーん。でも、会いたかったから」


 悪びれもせず発したそのセリフ。

 そんなことを軽々しく言う彼は、別の世界の生き物だと思った。


「この前、私……あの、あれ、冗談言わないでって怒って帰りましたよね?」

「付き合おうって言ったあれ?」

「あ、は、はい。普通なら、そのあと誘いに来れないでしょう?」

「うーん。でも、またねって俺言ったよね?」


 ――はい?……待て待て。


「……いや。それに、いないかもしれないし、いたとしても、もう私に予定があるかもとか考えなかったんですか?」


 ――大人ならそれが普通でしょう?


「あ~。前もって連絡するとか?」

「そうです!!」


 彼は、確かにそうだけど……と頷いたあと、再びごくごく自然に次の言葉を私に向けた。


「じゃあ、次からそうするから、電話番号教えて?高松せんせ♪」

「はぁ?」

「それに!」

「……それに?」

「諦めてなんか全然ないんだよね、俺」


 夜風に揺れる柔い黒髪とにこやかな横顔。

 シャープな顎と、自信ありげな強い眉。


 ハーフだろうかと噂になるほどのイケメンが、なんで私なんだろう。

 もしかして、あらゆるタイプの女性を落とすゲームの最中なんだろうか。


 隣で、仕立ての良さそうなベージュのコートが風に踊る。

 アスファルトを軽快に蹴る靴音もなんだか楽しそうだ。



『……変なやつ』



 私はそう思いながらも、乾いた喉にもうすぐ流す冷たいビールのことを考え始めてしまっていた。

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