Office-5 鬼の居ぬ間

『今日は努力が認められる日です。ラッキーアイテムは、たこ焼きです!』



 家を出る前に偶然観たTVの占いはそう言っていた。


 今日の私は浮かれている。

 占いが良かったからじゃない。


 なんと!

 今日は!!


 人使いの荒い倉科さんが、大阪に出張で丸一日いないのだー!!!


『麻生、これ、明日俺がいない間にやっとけよ』


 そうやって色んな書類をガサッと置いていかれたけれど。


 でも、それでも今日はパラダイスだ!


『明日だけでは終わらないと思うけど、なるべく多めに終わらせとけよ?』


 パラパラと指で捲ってみると、イヤというほど数字が目に飛び込んできた。


「抜けてるところを追って……入力してけばいいんでしょ。……よしっ!」


 終わらせてやる。

 今日一日でこなして、明日、目の前にバンっと突きだしたら彼はどんな顔をするのだろう。


 考えただけでワクワクした。


 よーし!


 パソコンに向かい作業を始めようとした、ちょうどその時。


「誰かーおつかい頼まれてくれー!」


 課長が書類の挟まれたクリアファイルをヒラヒラとかざしているのが目に入った。


「……私行きましょうか?」

「ん?あ、麻生か!……でもわかるか?」


 わが社は大所帯のため『顔と名前が一致しない人がいる』というのが常識のようになっている。


「……ちなみに誰に届けたらいいですか?」


 課長は期待していない表情で口を開く。


「……経理の中島さんと、営業1Gの田辺と、あと営業3Gの横田なんだが……」

「中島さんと田辺さんと横田さんですね」

「わかるか……?」

「はい、大丈夫です!ちょっと行ってきます!」


 あっという間に戻ってきた私を見て、課長は心配そうに内線をかけたあと嬉しそうに驚いた。


「麻生!すごいな!!」

「あ、ありがとうございます」

「こんなに早い時期に、こんなにスムーズに届けられる新人は初めてだよ!」


 課長に褒められたのは初めてだった。

 倉科さんにこき使われている間に自然と覚えていた人の名前が、こんなところで役に立つなんて。


 彼のイジワルもマイナスだけじゃなかったんだ――と、ふと、そう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る