Office-4 自信をくれたキミ

 僕の家は、小さな居酒屋だ。


 それが僕はずっと前から嫌だった。

 両親は土日も仕事だから家族で出掛けたこともあまりないし、食事はいつも店のメニュー。


 地味で、地道。

 とてもとても嫌だったんだ。


 だから、頑張って頑張っていい大学を卒業した。この会社に入社が決まった時、僕の人生はこれから大きく変わると思った。


 華やかで派手なものに。


 だから実家のことは隠していたのに。


 入社後、少しして開かれた同期との親睦会。一次会で近くに座った数名で、二次会の店を探していた時だった。


『ここ渋っ!ここにしようぜ!』


 誰の目にも止まらないと思っていたのに、それは簡単に見つかってしまった。

 暖簾をくぐった僕たちを見て両親は喜び、自己紹介までしたもんだから、あっという間に見事にバレてしまった。

 母さんは、サービスだと次々に料理を運んできたが、お調子者の一人がこそっと『茶色だな』と笑ったのを聞き逃さなかった。


 恥ずかしくて、恥ずかしくて、自分の口から店を侮辱する言葉を発して、笑いに変えようとした。



 その時だった。



「おいしー!!!!!」



 右隣に座った彼女は、そう言って次々に料理を口に入れた。


「すごいね!神田くんのおうち!全部すごく美味しい!」


 その魔法の言葉に導かれるように、他のみんなも食べ始め、帰る頃には口々に『また来たい!』と言った。


***


 彼女をお昼に誘おうと、彼女の部署を覗いた時だった。


「麻生なら、今日は終日イベントの手伝いでいないぞ?」


 そう後ろから声をかけられ振り向くと見上げるほど背の高い彼、倉科さんがいた。


『倉科さん人使いあらいんだから!』


 彼女の言葉をふと思い出した。


 じゃあ、と僕を通りすぎようとする彼を僕は思わず呼び止めてしまった。


「倉科さん!」


 ゆっくり振り向く彼に、勢いよく続ける。


「紗良ちゃんに色々やらせすぎじゃないですか!?」


 僕の顔を見たまま、なにも反応しない彼に少しイラっとした。


「次々と仕事を頼みすぎです!もう少し!優し……」


 そこまで言うと、倉科さんは二、三歩近づいてきて言った。



「落ち込む暇もないくらいに仕事がある方がいい、そういう時もあるんだよ」



 ――?

 ――落ち込む?



「か、彼女が落ち込むって!それは倉科さんがこき使ってるからじゃないですか!」


 そう言う僕の言葉を最後まで聞くと、彼は少し下を向き口許だけで笑った。

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