alcohol-3 意外な一面

 風邪をひいた父の代わりに出席した私立幼稚園・研修報告会。名前はお堅いが、言ってみればただの飲み会だ。

 時間が半分ほど過ぎて、一通り挨拶も済んだから、もう失礼しようとグラスを置いた。


 会釈し、会場を出る。


 久しぶりに出席したけれど、このきらびやかなホテルでの『飲み会』は今ひとつ好きになれない。


「どっかで飲みなおそうかな」


 一人呟き、フロントでコートを受け取った。


「高松さん!」


 名前を呼ばれ、反射的にエントランスの方を向くと、少しだけ息を切らした柏木がそこにいた。



 ――げっ。



 顔に出ていた筈だ。

 しかし、彼はそんなことまるで気にも止めないというように近付いた。


「さっき父に連絡したら、あなたが来てるというので」


 ――はぁ。


 また自慢でもしたかったんですか?と言ってやりたかったが、大人の対応をした。


「わざわざありがとう。でももう失礼しますので」


 そう丁寧に頭を下げ、にこっ、と営業スマイルを貼り付けたまま立ち去ろうとしたその時だった。



「飲みに行きましょう!」



 そう言って彼は、強引に私の右手を掴み、走り出した。



 ***



「あんたなんか大嫌い!」


 もう何杯飲んだだろう。

 どのくらい時間が経ったかもわからない。


「どこが嫌いなんだよ!」


 グラスを強めにテーブルに置いて、枝豆を口に入れながら彼は言う。

 こいつが飲みに行こうだなんていうから、格式高いお洒落なバーにでも連れていかれると思って嫌だった。

 でも、いざタクシーを降りてみると、少しのカウンター席と少しの小上がり席しかない、ごくごく普通の感じのいい小料理屋だった。


『かんだ』


 そう書かれた暖簾をくぐって中に入ると、カウンターに置かれた大きな器には、肉じゃがや煮蒟蒻、きんぴらごぼうなど全体的に茶色い料理が山のように盛られていた。



「こういうとこ来てみたかったの!」



 不覚にも彼に心からの笑顔を見せてしまったほどだった。


 絶対バカにされる。


 瞬間的にそう慌てたが、彼から返ってきたのは意外な一言だった。


『良かった』


 そして、とても可愛く、まるで子供のように嬉しそうに笑った。



「いーっつも人をちょっとバカにしたような態度!」

「あとは?」

「なんでも出来ます。みたいな自信たっぷりなとこ!」

「あとは?」

「あとはー……」

「ない?」

「んー。あとは良く知らない!けど、なんか嫌い!」


 これだけ私に色々言われているのに、彼は何故かニコニコと笑う。

 立てた膝を腕で抱えながら、目尻にシワを寄せて、それはそれは嬉しそうに。



 なによ!?



 またバカにされるのかと彼を睨み付けると、彼は私の顔をまっすぐ見つめてはっきりと言った。



「もう、バカにしない。自信過剰なところも直す。そしたら嫌いなところ、他にはないってことだよね」



 はぁ?!

 だからそれが自信過剰なのよ!



 そう言おうと開いた口は、彼が次に放った言葉のせいで閉じなくなってしまった。




『付き合おう、俺たち』

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