school-3 一匹のハリネズミ
体育のあと教室に戻ると、辞書は机の真ん中に置いてあった。
直接返しに来ないのは、さっき口うるさく言いすぎたからかな。
ちょっと……失敗したな、と思った。
彼女が触れたであろう自分の辞書をペラペラと捲ってみる。
貸す前と何ら変わりのない姿に、少しガッカリした。
「書き込んだっていいのに……」
「ん?!シュウ、なんか言ったか?!」
「あ、いや!何でもない!」
隣のやつにそう言われて、俺は慌ててそう答え、辞書をしまおうと持ち上げた。
「……あ」
持ち上げて気付いた。
辞書の下に貼られた小さな付箋。
これって。
***
―― 2日前。
『イチ、今日部活ないの?!』
『もうすぐテストだろ?休み入ったんだよ』
『あ、そっか!じゃあ一緒に帰ろ!』
『とっ、友達いないのかよ!寂しいやつ!』
『そうイチがね!可哀想だから一緒に帰ってやるよ!』
そう言って、萌はアハハと大きく笑った。
その時の彼女の笑顔は、可愛くて可愛くて仕方なかったのに、また俺は怒って誤魔化した。
たまたま立ち寄った100均。
『これ可愛い!!!』
そう言って、彼女が手に取ったのが付箋だった。
『イチ!こっちとこっち、どっちが可愛いかな!?』
見せられた二つの付箋。
シロクマとハリネズミの柄がついていた。
『……こっち』
ひとつを指差す。
俺みたいな動物だと思ったから。
でも彼女は違う方を選ぶんじゃないかなと思った。
そして、俺の選んだ方にケチをつけるんじゃないかと思った。
イチ、センス悪い!とか、女子を分かってないわー!とか言われて、また俺は怒ったふりをするんだろう。
一瞬でそこまで予測してたのに。
『ハリネズミ?!私もこっちがいいと思った!気が合うね!私たち!!』
……と、予想もしていなかった彼女の返事と嬉しそうな笑顔。
『か、買ってやる』
慌てて奪ってレジに向かったのは、顔が絶対赤くなったと思ったから。
『イチが買ってくれるなんて明日は大雨かな?!』
『っおい!』
『嘘だよ。ありがとう、大事にするね!』
『大事……って、付箋なんだから使えよ。もうすぐテストなんだし』
『んー確かに。でもやっぱり勿体ないなー!』
そう言って、買ったそれをお日様に掲げる。
そして、俺の顔を見て『大事な時にだけ使うことにした!』と笑った。
机に貼られていたハリネズミ。
彼女の字で『ありがとう!』と書いてあった。
『大事な時にだけ使うことにした!』
彼女のその言葉が頭の中にこだまする。
持ち上げた辞書の表紙の裏に、そっと挟んだハリネズミ。
トゲで身を守るハリネズミ。
いつかただのネズミになれるかな。
ふとそう思った。
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