Office-3 王子様の正体

「麻生ー!人事部の山田さんにこれ持ってって」


「麻生ー!管理部に連絡して明後日の11時から会議室押さえといて!」


「麻生ー!総務までこれ配達!よろしく!」




 麻生、麻生、麻生……

 あの日から、私はこき使われている。



『覚えとけよ』



 あの日、業務部の広報課に位置するイベント企画室に配属が決まり、緊張と期待に胸膨らませて開けたドア。


 この人、倉科 奏。


 あのエレベーターで乗り合わせた偽王子が、まさかまさか私の教育係だった。


 うちの会社は、ざっくり言うと、食品や衣料品のライフスタイルを提供する生産部と、紙やパルプを扱う素材部、エネルギー部に物流部……そして私たちのように業務を取り仕切る本部がある。

 職種も、事務に営業、バイヤーや技術者、研究者と様々で、業界大手なだけあって何百人もの大所帯だ。

 そんな中で、まさか彼が私の教育係だなんて。



「……くらしな そう……はぁー」



 資料室からの帰り道、私は深い深い溜め息をついた。



「あ、麻生ー!」



 またヤツの声がして、私は思わず体がびくりと跳ねる。


 次は何だ。


 恐る恐る声がした方に目をやると、やはりそこに倉科さんが立っていた。


「……つ、次は何を……」


 そうゆっくり彼を見上げると、彼は丸めた書類で私の頭をコツンと叩き、


「飯行くぞ」


 と言った。


 ***


「そういや、王子は見つかったか?」



 今日のAランチ、しょうが焼き定食を向かい合わせに座って食べ始めると、突然彼はそう言った。


「!!!」


 食べていたご飯が喉に詰まりそうになり、慌てて麦茶を飲むと彼はまた続ける。


「人事部、管理部、総務部……午後からは営業攻めてみるか」



 へ?


 何この人。


 どれもこれも午前中に回った部署。

 もしかして、私の王子探しの為にあちこち行かせてくれてたの?

 もしかして、ものすごくいい人なのかも。


 ご飯を頬張る倉科さんが急に素敵に見えた。


 私は恵まれてるのかも!

 よく見たら、シュっとしてるし!

 私は彼の優しい一面を知った気がして、この配属先は当たりかも!と内心はしゃいだ。



 ――が、しかし。



「まっ、年内には見つかるだろ」



 そう言ってニヤリと笑った彼を見て気付く。


 か、からかってる。

 なんなら私で楽しんでる!!

 や、やっぱり嫌な奴!!!



 私はイライラしながら豚肉を頬張った。



「あれ?奏。今日は遅いな」


 そう言って、食べ終わった食器が乗ったトレイを持ち声をかけてきた人がいた。


 視界に入る細身のスーツ。

 長い足。


 ゆっくり見上げると、そこに……彼がいた。



「お、おう……じ」



 ポカンとする私に彼は軽く会釈して、再び倉科さんに話しかける。


「奏、この前の資料悪かったな。今度お礼に奢るわ」

「おう!とりあえずANNAMOEのランチだな」

「とりあえずって一体、何回奢らせる気だよ」


 そう言って、軽く握った右手を口許に寄せて笑う姿。


 今までこんなに素敵な人見たことない。


 またな!と立ち去る彼の後ろ姿は、なんだか神々しくさえ思えた。



「くっ!倉科さん!」



 私が慌てて呼び掛けると、倉科さんは何故か片方の眉を下げて言葉を濁した。



「あいつが王子かぁー」



 うん。うん。


 思いきり頷く私を見て彼は、ものすごく気まずそうな顔をしたが、少しずつ王子について話し始めた。



 倉科さんと同期入社の彼は、我が社のエリートコース、システム開発部の若きエースだそうだ。



 あの外見で、さらに仕事も出来る!?

 本当の王子様じゃん!!



 それで!?それで!?


 興奮する私に、倉科さんはさらに困った表情で、言いにくそうに頭を掻いた。



「格好いいし、仕事も出来て、なんなら性格もいい。けど……」



 ……けど?



 その言葉のせいで、午後は仕事にならなかった。

 王子様は見た目も中身も完璧だった。

 部署も分かった。

 名前も分かった。

 倉科さんと同期だった。

 知り合える距離だった。



 でも……



『あ、あいつ、左京、結婚したんだ。去年。ずっと付き合ってた彼女と』

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