Office-2 もう1つの出会い

 会社までは駅5つ。

 私は買ったばかりのパンプスを履いて駅までの道を急ぐ。


 ふと券売機横の売店に目をやると、先日大ファンになった『ささのベーカリー』の文字が飛び込んできた。



 え!?ここでも買えるの!?



 私は、改札に向いていた体の向きを、ぐるっと変えて近づいた。


「あの!ささのベーカリーって、坂の上にあるあのささのベーカリーですか!?」


 はい。と笑顔で答えた店員さんは私と同じくらいだろうか。

 勝手に親近感が湧いた。


「あの!大好きです!私、ここのパン!!」


 唐突過ぎただろうか。


 けれど、その店員さんは、目を大きく見開いて『ありがとうございます!』と言った。




「おまけしてもらっちゃった♪」


 今日のお昼に食べよう。

 社食デビューも楽しみだったけど、明日にしよう。

 そんなことを考えながら、受付前を通り過ぎ、6階にある会議室に行くためエレベーターフロアへ向かった。


 今日、私の配属場所がわかる。

 緊張がどんどん高まってくる。



 いつの間にか下を向いていた顔を勢いよく上げたその時だった。



 細身のスーツに、黒い短髪。

 エレベーターに乗り込む後ろ姿。



 あ、あの人!!



「すいません!乗ります!」



 一瞬閉まりかけた扉は、その人がもう一度開けてくれたようだった。


 開いた扉から滑り込んだ私は彼の顔を確かめなければと使命感に駈られていた。



 ――近くで見れる!


 ――彼の顔を!!



「あ、ありがとうございます」



 息を整え、乱れた髪を直しながら大きな期待と緊張で、彼を見上げる。



 …………?



「……あ、あれ?」


 エレベーターボタンの前に立つその人は、私が期待していた『彼』ではなく全くの別人だった。


 確かに背は高いし、黒の短髪だけど……


 一気に込み上げる残念な気持ち。


「……なぁんだ。王子様じゃなかったか」


 落胆しすぎて、声に出てることに気が付かなかった。



 そんな私をただただ黙って見つめていたその人は、私の最後の言葉にカチンときたらしい。……無理もないけど。



「お前、覚えとけよ」



 3階で降りたその人は、扉が閉まるギリギリにもう一度振り向いてこう言った。



『またな、麻生』

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