alcohol-1 本屋の三代目

「しずくー!今日飲みに行かない?!」


 一日の終わり。

 同僚からの誘いに私は苦笑した。


「もしかしてまた彼と喧嘩した?」


 そう私が言うと、彼女はバレた?と笑った。


「付き合ってあげたいけど、これから絵本の受け取りに行くの。ごめんね」


 短大を卒業し、お祖母ちゃんの幼稚園で働きだしてから約八年。お祖母ちゃんは理事長になり、父は園長になった。


 私は、たぶん。

 このまま行けば三代目。

 いつかなる園長。

 日に日に仕事が増えていく。


 絵本の選書もその一つ。

 園の予算の中から、毎月何冊かずつ絵本を購入する。最初は簡単な仕事だと軽く見ていたが、最近その難しさに気づき始めていた。


 子供が読みたい本。

 親が子供に読ませたい本。

 一緒に読んで楽しめる本。


 考えれば考えるほど難しくなってしまう。



「……雫さん?」



 来月分の新刊表を見ながら固まる私に、彼は静かに声をかけた。


「あ、ごめんなさい!迷っちゃって!」


 出されたお茶はぬるくなってしまっていた。

 『ごめんなさい!』

 もう一度そう繰り返した私を見て、彼の瞳は眼鏡の奥でとても優しく細くなった。


 祖母の代からお世話になっている風間かざま書店の息子さん。私と同じ、家業を継ぐ三代目の彼はとても穏やかな人だった。


たもつさんはどんな本が好きですか?」


 そう言えば今まで聞いたことがないなと思った。


「僕……ですか?」


 思わず聞いてしまったが、すぐに少しだけ後悔した。

 なぜなら普段あまり本を読まないから、絵本以外はあまりよく知らない。難しい本のタイトルを言われたらどうしよう。作者すら知らないかもしれない。

 緊張に似た感情にとらわれていると彼は恥ずかしそうに口を開いた。


「ねずみくんのチョッキをご存知ですか?」


 ――それって。


「……ねずみくんのチョッキを大きな動物がどんどん着てって、最後にチョッキが伸びちゃう、あれですか?」

「はい。小さい頃からずっと、なんだかあれが好きなんです」


 そうはにかむ彼は私よりも六つも年上なのに小さな子供のようで。


「――可愛いですね!」


 彼は私の口から勢いよく飛び出したその言葉を受けても、それはそれは穏やかに微笑んだ。

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