99.易




 焦燥がその場を支配していた。

 終末論エスカトロジークラス死神グリム、【奈落王アバドン】の完全覚醒が完了してから既に数時間が経過している。

 【死神災害対策局アルバトロス】東京本局、司令室内では現状に対処する為、あらゆる情報が目まぐるしく飛び交っていた。

 聖書にも謳われた災厄そのものである蝗害こうがい──それが死神グリムとしての力も伴いながら、今猛威を振るっているのだから。


飛蝗バッタの群れは未だ絶えず【奈落王アバドン】から吐瀉され続けています! 現在までに放出された総数は一億を優に超え、以前増大中!」


「放出された飛蝗バッタは人間を標的として散開していっていますが、その大半が必然的に人口密集地──首都圏を目指して北東へと移動中! 群れの一部は既に横浜にまで到達しています!」


「多摩川沿いを最終防衛ラインとします! なんとしても飛蝗バッタの東京への進行を阻止しなさい! 【灰被りシンデレラ】の配備はまだですか!?」


 【死神災害対策局アルバトロス】局長、煦々雨くくさめ 水火みかが声を荒げる。

 無論、それを珍しいことだなどと思える余裕は、その部屋には無い。


「現在是政橋へとヘリで急行中! 到着次第是政橋から河口までの間に対【死因デスペア】用の炎上障壁を展開する手筈です!」


進明隊ディステルには横浜にまで到達した群れの対処を命じます! ただし決して編隊は崩さない事! 飛蝗バッタは【餓死がし】の【死因デスペア】を宿しています! 単体ではほぼ単なる虫ですが、数が余りにも膨大過ぎる! 全隊員広域に対処出来る装備で出動すること!」


「【奈落王アバドン】本体の進行を確認! 速度は時速10km未満ですが、飛蝗バッタ群と同様首都圏へと向かっています!」


「対死神グリム弾頭による狙撃は!?」


「周囲に溢れかえっている飛蝗バッタの大群によって遮られて【奈落王アバドン】本体にまではとても届きません! 飛蝗バッタ達の宿した【死因デスペア】に反応してすぐに弾頭が対消滅します! 遠距離用の生装リヴァースが碌に機能しません!」


飛蝗バッタ達は【死因デスペア】を宿している事を除いては通常の飛蝗バッタと大差ありません。建造物等を破壊するような力は持ち合わせていないのです。物理的なバリケードの構築を急ぐこと! それと隊員達の移動用のヘリと装甲車の更なる用意を! 警察庁にも協力を要請しなさい! 余りにも人員が不足しています!」


「警察、消防共に民間人の避難誘導で手一杯です! こちらに人員を回す余裕はとても──」


「ここで止めなければ首都圏が丸々蟲の餌食と化すと伝えなさい! そうなれば被害推定は今の数倍にも及びます! 【聖生讃歌隊マクロビオテス】の集結はどうなっていますか!?」


「元より湘南にて任務に当たっていた第零隊ヘムロック第八隊バレンワート第十隊ダチュラは既に六郷土手に配備された主要陣地に到着済です! 第四隊クローバーは湘南内の任務で既に壊滅状態! 現在第六隊モンクスフードが現場へ急行中! まもなく到着の予定です!」


「各隊には言わずもがなではありますが、くれぐれも単独行動は慎むようにと言明してください。この状況において貴重な戦力たちを無駄に損耗するわけにはいきません。…………それぞれの指揮系統はいつ脱落しても問題ないように引き継ぎは終わらせておくように。以上です。…………念造には出撃準備を命じておいてください。司令室ここで出来る事が終わり次第──


 私も──第一隊ブラックサレナも、現場へ向かいます」






□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇

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「──今頃水火みかのやつはキリキリ舞いだろうなぁ。同情するぜ」


 そんな台詞と共に主要陣地内へと建設された大型テントの中へと入ってきたのは、第六隊モンクスフード隊長、仇畑かたきばた しゅうだった。


「ようやく来たかよ、しゅう。重役出勤だな。しばらく見ないうちに出世したのか?」


「開口一番嫌味かぁ? 真夏の暑さでついに脳ミソがわいたかよ? あがな


「相変わらず、仲良しさんですね、お二人共。今日も今日とて、微笑ましくて、何よりです」


「「どこ見て言ってんだよお前は」」


 仇畑かたきばた頭尾須ずびすの二人のやり取りに口を挟むのは、二人の後輩にあたる時雨峰しうみね れいだった。

 ちなみにれいの視線は手元のタブレット端末に注がれており、一度もそこから動いてはいない。


「これで【聖生讃歌隊マクロビオテス】隊長が四人…………局長が来れば五人。【聖生讃歌隊マクロビオテス】の半数が揃うワケだ。いやはやのんとも豪勢なものだね」


「これだけバカデカい事件ヤマとなったなら当然…………というか、これでもまるで足りないと思うがな。被害状況を見るに」


 霊に倣って手元のタブレット端末に目を通す頭尾須ずびす。そこには【奈落王アバドン】による被害──いや、災害がありありと映し出されている。

 黒い塊と化した飛蝗バッタの群れが市街へと溢れ、それに呑まれた市民たちがあっと言う間に寄って集られて貪られ──そして比喩抜きに骨になるまで喰らいつくされてゆく。そんな光景が数多繰り広げられていた。


「死神というよりもはや怪獣だからねぇアレは。一体どうしろと言うのやら」


「どうしろもなにも、それを思いつくのがあんたの仕事だろ。死神グリム研究の第一人者さんよ」


 仇畑かたきばたが席に座りながらに揶揄したのは、死神グリム研究においても高い評価を得ている第八隊バレンワート隊長、氏管うじくだ 轆轤ろくろである。


「おやおや、随分と買い被ってくれているのかねぇ? 仇畑かたきばた君。期待してくれるのは嬉しいけれども、正直あの規模を見る限りはあまり希望を持ってほしくはないね」


「こっちも悪趣味な死神グリムオタクに期待なんかしたかねぇがよ。他に縋る藁もないもんでな」


「はは、酷い言われようだねぇ。まあ事実故否定も出来ないが。だが、頼みの綱とするなら私などよりも他にいるだろう? そこの、我ら【死対局】が誇る最強戦力たる彼女がね」


「………………」


 その言葉を向けられた当人──れいは変わらずノーリアクション。ただ画面を眺めているだけである。無視してるといってもいいだろう。


「…………おいれい。返事くらいしろ」


「いえ。ちゃんと、聞いてはいますよ。聞いては」


「聞いてるなら尚更だ。反応ぐらい見せろ…………で、何見てんだソレ」


「んー…………イメージトレーニング、です。【奈落王アバドン】と、相対した際の」


 その言葉で、隊長一同の間に僅かな驚きが奔る。

 あの桁違いというのも憚れるような大災相手に、既に静かに、具体的な闘志を向けていたその事実に。


「──やれやれ。自分の凡庸さを痛感させられるな」


「右に同じだねぇ」


「は。お前らの根性が足りないだけだろ」


 男衆がそれを受けて笑う。感覚が狂う程の規模の敵──そう、敵と向かい合う。結局自分達のやることなどそれしかないのだと。


「…………私としては、だ。公橋きみはし君にも席に加わってほしいのだがね。彼の死神グリムに対する知見は信頼が置ける。例の敷衍領域に対するレポートも実に興味深い代物だった──ちなみに、その辺については何かコメントはないのかな、れい君からは」


「………………」


れい


 眉を顰めた頭尾須ずびすの声を受けて、ようやくれいは口を開く。

 その顔は、一変もしない無表情のままで。


「…………特に。私に、言われても、って感じですね。父母の、仕事については、私は、ノータッチですので。知りたければ、父母に、訊ねて下されば」


「墓の下でかい?」


「そうなりますかね」


「つまり届かぬ問いというワケだ──いや、案外早く訊けそうかね? この先を思えば、すぐさまあの世で逢えてもなんら不思議はない」


「んな後ろ向きなこと言ったってなんもならねえだろ──んであがな。その公橋きみはしはどうなんだ?」


「最前線──とまではいかないが、【廉想隊カンナ】と合流して敵性体の分析を行ってくれてるよ。現場主義なんでな。座ってるのは性に合わないらしい」


「はは。それはそれは耳が痛い──呑気に座ってるのが恥ずかしくなってくるねぇ」


「あんたは監獄内で【駆り手ライダー】に〆られたばっかなんだろ。大人しく指揮に専念しとけや…………じゃ、万全の俺はそこの小娘に倣って敵のイメージでも固めとくかね。れい。お前の見てるデータってどんな──」


 言いながら仇畑かたきばたれいの後ろからその手の中のタブレットの端末を覗き見る。

 そこに映し出されていたのは──











「──いやこれ『シ■・ゴジラ』じゃねえかよ!!」


「あ痛」



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