95.破壊図




「…………うー。あうあうあうあうぅー…………」


「なんだ唸りだして」


 あたしの下からそんな声を出すのは、言わずもがな先輩だ。

 現状の体勢はセンパイがあたしを正気に戻してくれた上でキャッチしてくれて、そのまま二人揃って寝転がったままである。


「取り敢えず、その、なんだ。そろそろ離れるべきではないかと思うんだが……」


「…………嫌です。離れません…………」


「は、離れませんって、いや、お前、その」


 まあセンパイの言いたいことはわかる。

 なんせ今のあたしは衣服を身に着けていない。

 端的に言って、全裸だ。

 その上で、センパイに抱きついている。

 恥ずかしい!


「これは、流石に、あれだ。公然猥褻とまでは言うまいが公序良俗に抵触しかねると言うか」


「好きで抵触してるわけじゃねーですよ! ここで離れたら見えるでしょうがっ! 全部っ!」


「見、見え。いや見ねーよ目ぇ瞑るよ!」


「信用出来ません」


「してくれよ! 無情だな!」


「してましたけどこないだの海水浴でのアレで見損ないました。センパイは思春期です」


「あーはいはいわかりましたよ好きなだけくっついてろよ」


「好きでくっついてねーって言ってるでしょうが! 不埒者みたいな言い方しないでくれますかね! 殴りますよ!?」


「…………むしろまだ殴られてない事にちょっと驚いてるんだがな。マウントポジション取られてタコ殴りにされるかと身構えてたんだが」


「…………まあそうしたい気持ちもないではないですけど──」


「やめてくれな!?」


「しませんよ…………その、スゲー迷惑かけちゃったみたいですし…………申し訳なさが先に立ちますよそりゃあ」


 イザナさんに捕まってからの記憶はハッキリとはしていないが、何も思い出せないというわけでもない。

 随分と手間をかけさせてしまったみたいで……


「これで身勝手に暴れたらマジでアホクズじゃないですか…………てか、真面目にごめんなさい…………」


「…………まあ、お前の意志ってわけでもなかったんだろうし。反省してるなら、いい」


「どうも…………あ、でもいくら悪く思ってるからって『お詫びに好きなだけみていいですよ♡』みたいなR18な展開はありえませんからねっ! あたしそんなふしだらじゃないですから! 変な期待しないでくださいね!」


「んな期待するっ、す、するかぁ!」


「何で今どもったんですか? 何で綺麗に断ってくれないんですか? 死にたいんですか?」


 などとギャーギャー言い合っている最中で、視界の片隅の赤い染みがモゾモゾ動いたのが見えた。


「…………ハッ! オトメさん! 見るも無惨というか見る影も無い姿にっ! あ、あたしは何てことを…………」


「…………あ、う、だ──」


「お、おい、大丈夫かよオトメ──」


 あたし達二人が慌てて心配する中、オトメさんがひしゃげた身体から絞り出したその言葉とは──


「あ、だ、だ、だ──




 抱けえっ、抱けえっ、抱けっ、抱けーっ、抱けーっ…………」




「「だまれっ気ぶりばばあ!!」」


 何を言い出してるんだあの人わっ!

 だ、だ、抱くとかいきなりっ!


「いや、マジな忠告なのだけど……やれるうちにやることやっちゃわないと後悔するわよ……」


「しません! するわけないでしょあたしは未成年です不純異性交遊なんか出来ません!」


「りっくんはそれでいいのかしらー……ホントのホントにそれでいいのかしらー……」


「…………べ、別に、いいっていうか、てか、いきなり変なこと言い出すなっていうか」


「チッ、童貞が」


 なんかオトメさんがやさぐれた声で毒づいた。

 なんか嫌な思い出でもあるのだろうか。


「…………ってキャー! 危ないちょっと上体おこしちゃってたっ! 見てないですよねセンパイ見てたら殴りますからねセンパイ!」


「ふぬぉ! きゅっきゅきゅきゅっ急に抱きつくなよオイ感触が、感触がっ!」


「み"ゃーーーーっ!! やめてモゾモゾしないでーっ! 動いちゃダメセンパイーーーーっ!」






●○●○●○●○●○●○●○●○

○●○●○●○●○●○●○●○●






「…………ったく。一人残らず死にかけておいて、よくああも呑気に騒がしく」


 【駆り手ライダー】、【刈り手リーパー】、【凩乙女ウィンターウィドウ】の三人のやり取りを尻目に、ゆっくりと【慚愧丸スマッシュバラード】は歩を進めていた。

 言語に尽くし難い程の暴威をその身に受けた筈だったが、その身には既に外見上の損傷は見受けられなかった。

 無論、その内情はともかくとして、だが──


「──なんだ。まだ消えていなかったか。残念だ」


「…………あ"ー。そりゃー期待に応えられなかった模様で、申し訳ないですねー。あひゃひゃひゃ……ゲェっホ!」


 【慚愧丸スマッシュバラード】が歩み寄ったのは、殴り飛ばされてダウンしていた【狩り手ハンター】であった。


「んでんで、何のご用でー? 律儀にトドメ刺しに来ちゃってくれちゃいました感じですー?」


「出来ることならそうしたいところだがな…………生憎とこうして立っているのもキツいぐらいだ、今回は見逃してやるとも。…………結果的には、助けられたようだしな」


「うしぇー。タスケタなんてサブイボ立つこと言わないでくれまいかー。んなキャラじゃないっすよオレちゃんってばー」


「ああそうだな。それはよーくわかる。だが、なら何故、なんのためにさっき乱入した?」


 静かに口にした葉巻に火を着けながら、【慚愧丸スマッシュバラード】は【狩り手ハンター】へと問いかけた。


「んぅえーっ。何でって言われましてもぉーっ」


「お前が乱入したあの時点では追い詰められてはいたものの、俺達に余力がないわけでもなかった。共倒れを狙うなら少し早くなかったか?」


「いやー、それで待ってるうちにあっさり全滅させられたらそのままオレも巻き添えコースですしー」


「ふむ。理屈としては通っている、が…………そういった理屈が介入する余地が無いほどに、先刻のお前はあまりにもと感じてな。一度やり合っただけの俺から見てもそう感じる程に」


「………………」


 そう言われた【狩り手ハンター】は、酷く面白くなさげな表情を浮かべる。


「キャラじゃねーことしたのはごもっともですけどにー。あー恥ずかし恥ずかし」


「…………で、その理由は?」


「…………別に、んな御大層な理由なんてありゃしないっての」


 他ならぬ自分自身に、心底呆れたような口調で。

 【狩り手ハンター】は、その答えをボソリと口にした。




「ただの──




       ──解釈違いです」






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「ん。詰んだかな、コレ」


 びっくりするほど他人事めいた声色で、時雨峰しうみね れいは呟いた。

 戦いの舞台は監獄の最端。

 【宣叫者プロクレイマー】と灰祓アルバの戦いは、佳境を迎えていた。


「中々粘られたが…………あと、一人か」


 【宣叫者プロクレイマー】は眼前の敵を見据えながら静かに言い放つ。


「ん? 数間違えてない? あと二人でしょ」


「いやいやこっちの話だよ──あんたら二人には手ぇ出すなって言われてたもんでね。詳しい事情は新入りの俺には聞かされちゃいないが」


「そ。まあ、まだ【死に損ないデスペラード】の楔を解き放つ気は、女王ヒルドには無いってワケかな。良かったねむすび、命拾いしたみたいだよ?」


 れいが語りかけた自らの部下、弖岸てぎし むすびは──


「………………」


 地面に仰向けに倒れ、死鎌デスサイズを突きつけられていた。

 その死鎌デスサイズを持つ死神グリムは二人。

 神前こうざき えんと、罵奴間ののしぬま 鍔貴つばき

 だった、者たちだ。


「う、うううう──」


 既に【賜死しし】の【死因デスペア】を受けて、死神グリムへと変貌している。


「だから躊躇するなって言ったのに……」


「それを言うなら自分が実践すりゃ良かっただろうに。あんたが速攻で全員斬り捨ててりゃ、全然違った戦いになったと思うんだがな?」


「…………私は優しいんだよ。これでも」


 バツが悪そうにれいは零した。


「お、お、お二人、ともぉ!」


 音の外れた声色で叫ぶのは、追い詰められた──【宣叫者プロクレイマー】の足元で抑えつけられている儁亦すぐまた 傴品うしなだった。


「た、たす、たすたたすけ助けて──」


「ハイ駄目ー」


 グサリ。

 あっさりと死鎌デスサイズで串刺しにされる。


「あっ、が──あががががひゃぱらら」


 壊れた機械のような奇妙な振動を見せて──【賜死しし】の【死因デスペア】に侵される傴品うしな


「…………うし、なぁ」


 色の無い顔と声で、むすびは掠れた声を絞り出す。


「戦闘終了、ですかね。存外つまらない一戦でした」


 終始傍観していた【少女無双ヴァルキリアス】が、退屈そうに呟いた。


「いやぁ──それはちょっと、判断が尚早じゃない?」


 手に取ったその刃に冥き月光を宿らせて、れいは言う。


「うお、やべ──ほら起きろ」


「ゔー…………」


 即座に死神グリム化した傴品うしなを起き上がらせ、盾にする【宣叫者プロクレイマー】。




「『冥月みょうげつ』」




「あ? 何処狙って──」


「っ、監獄の、壁を──?」


 放たれた月輪は、牢獄の壁面を抉って炸裂した。


「無駄です。いくら貴女の冥月といえど、灰祓アルバの独力で破れる程【無限監獄ジェイルロックマンション】の檻は脆く──」


「独りじゃ、ないから」


 さして嬉しくもなさそうに、れいは言う。

 その言葉が言い終わらない内に、甲高い音を立てて監獄の壁が砕け散った。


「やっぱり、遅れてやってくるものなんですね──ヒーローっていうのは」




「…………二度と言うなって、いったはずだがな」



 携えるその純白の刃のは、【白真ハクマ】。

 鋒を、眼前へと真っ直ぐに突きつけて。

 頭尾須ずびす あがなは監獄へと踏み入った。




「──第五隊サイプレス、現着した。これより行動を開始する」



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