96.箜篌




 【無限監獄ジェイルロックマンション】。

 【十と六の涙モルスファルクス】所属。

 十之三じゅうのさん

 神話級ミソロジークラス死神グリム

 発生時期はおよそ四十年前。

 前代の【醜母グリムヒルド】によって、筋書シナリオの屋台骨として製造された改造個体。

 司る【死因デスペア】は【獄死ごくし】。

 駆使する【死業デスグラシア】は【幽冥鎖す黒き神チェルノボーグ】。

 内包する【死界デストピア】もまた──【黒獄チェルノボーグ】。

 【死因デスペア】、【死業デスグラシア】、【死界デストピア】の全てが直結した性能になっており、監獄である【黒獄チェルノボーグ】への収監を【死因デスペア】により行うという構造になっている。【死業デスグラシア】によって【死因デスペア】の機能性、及び出力を上げるという点は他の死神グリムと一致している。

 通常【死界デストピア】は【泡沫の空オムニア】に上書きする形で構築されるものであるが、【無限監獄ジェイルロックマンション】の【黒獄チェルノボーグ】は死神グリムそのものの肉体を外郭として構成されているため、現実世界を塗り潰して展開される事はない。

 現在湘南全域を覆っているようにみえるものは厳密には牢獄そのものではなく牢獄に繋がる扉──【獄門ごくもん】である。




 その【獄門ごくもん】が一部とはいえ。

 初めて打ち破られることとなった。




「………………」


 静かにその身体を震えさせる、監獄の主。

 その身震いは何からくるものか。

 怒りか、屈辱か、はたまた歓喜か、それとも──


頭尾須ずびすぅ…………!」


 とまれかくもあれ。

 【無限監獄ジェイルロックマンション】は獰悪極まりない笑みをその顔に浮かべていたのだった。






◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■

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「し、しょ──」


「すまんむすび、随分遅れた」


 【無限監獄ジェイルロックマンション】の監獄内への侵入を果たした男──頭尾須ずびす あがなは白刃を構えながらに自らの弟子へと声をかけた。


「まったくですね。重役出勤と言いますか。千両役者のおでましと言いますか」


「お前は本当に相変わらずだな……時雨峰しうみね


「そちらこそ。相変わらずのヒーローっぷりで、なによりです」


「まだ言うか畜生。お前のその鉄面皮だって大概だろうに」


 後輩二人の元へと歩み寄ったあがなは軽口を叩き合う。

 それを目にした死神グリム二体の反応も、極めて気安いものだった。


「おいおい、監獄ここって出入り禁止の筈じゃなかったのかよ」


「その筈…………だったんですがね。私としても素直に驚かされましたよ。…………アレが頭尾須ずびす あがなですか」


 【宣叫者プロクレイマー】と【少女無双ヴァルキリアス】の両者があがなの所業に目を見張っていると、ニコリともせずに当のあがなが口を開いた。


「んな買い被られるようなことはしてないがな。俺一人じゃどうにもならなかったことだ…………というか、なんで神話級ミソロジークラス死神グリム共はどいつもこいつも俺のことを知ってるんだ」


「有名だからです。死なせても死なないような人間だと」


「勘弁してくれ。死ぬに決まってるだろうが…………人間なんだから」


 ゆっくりと白の直剣を構えながらに言う贖のその姿は、神話級ミソロジークラス二体の前にしてもなお揺るがない。

 とはいえ。

 その死神グリム達を目にした時は──流石に目を見開いた。


「…………現況を簡潔に言ってもらえるか、時雨峰しうみね


「えーと。脱出の為に、この空間の淵まで、行こうとしたんだけど、案の定、辿り着く直前で、あの二体に捕捉されました。あの少女の方……【少女無双ヴァルキリアス】の方は闘る気はないらしいので事実上青年の方──【宣叫者プロクレイマー】が相手でしたね。なんでも【賜死しし】の【死因デスペア】を使うそうでして、対象を強制的に死神グリムへと変えて操るみたいです。で、あの結果となりました」


 時雨峰しうみね れいが指し示した先に佇む者達、その数は五人。

 第八隊バレンワート隊長、氏管うじくだ 轆轤ろくろ

 同じく第八隊バレンワート隊員、矢妻やづま とう

 第十隊ダチュラ隊員、神前こうざき えん

 同じく第十隊ダチュラ隊員、罵奴間ののしぬま 鍔貴つばき

 そして第零隊ヘムロック隊員、儁亦すぐまた 傴品うしな、だ。

 みな一様に生気を失った無機質な表情で、死鎌デスサイズを構えている。


「ちょっと前に、第四隊クローバーも狙われたみたいで、日脚ひなしツインズは御呉ミクレが助けましたが、罵奴間ののしぬま隊長は消息不明で、嘉渡嶋かどしま副隊長は【賜死しし】を食らって恐らく操られてます。狙撃にご注意を」


「…………この上なく簡潔な説明どうも。つまり状況はほぼ最悪ってわけだ」


 吐き捨てるような口調であがなは言う他なかった。


「悪趣味は承知の上だが、そこは勘弁してくれ。こちとら新入りニュービーなもんで手段を選んじゃいられないんだわ。まあ使っててようやくコツを掴んで来たとこなんだけどな」


「あぁ、そう言えば支配できる数が増えてましたね。当初の限界だった四体どころかもう六体ですか。成長著しいようでなによりです」


 戦いのさなかに乱入してきた第八隊バレンワートの二人を眺めながらに【少女無双ヴァルキリアス】は言った。

 この二人はここに来るまでの間に【宣叫者プロクレイマー】に敗北した者達だったが、その時の【賜死しし】の【死因デスペア】ではまだ操るところまではいかなかった。

 戦いの中で【賜死しし】の能力の上限が向上したことにより、支配が適ったらしい。


「まあ、そんな感じなんで、困ってます。全員撫で斬りにしちゃえば、終わりですけど、流石に憚られますからね」


「そこで『有り得ない』とか『言語道断』とかじゃなくて『憚られる』止まりなのがお前だよな……」


「別に良いでしょ、慮ってるんだから…………で、どうします?」


 ゆっくりとあがなの隣に並び立ちながら、れいが問いかけた。


「どうするもこうするも、俺にだってどうしようもねえよ」


「………………」


「そう白々しい目でみるなっての。まあ、幸いにして…………どうにかできるやつが、一緒に来てくれてる」


「は? どうにかできるやつ…………?」


「………………! まさか」


 訝しむ【宣叫者プロクレイマー】をよそに、【少女無双ヴァルキリアス】はその目を見開いた。


「他力本願で申し訳無いが…………頼むぞ、助っ人」


「──人じゃないけどね」


 最後の乱入者は──灰色グレイの禍炎にその身を包んでその場に現れた。


「やあやあ、どうも。お二人共に初対面だね? 若い死神グリムが育っているようで何よりだよ──なんて言ってもいられないのか。今現在は人間サイドなんだったね私。あっはっは」


「…………【灰被りシンデレラ】。すっかり梟の使い走りですね」


「いやぁそれほどでも」


「褒めてません。『始まりの死神グリム』とあろうものが、嘆かわしい…………」


「そうは言ってもねぇ。私は性質的にどうやっても人間に対しては無力だし。私がデカい顔出来るのは死神グリム相手だけだとも」


 ボウゥ、と、不可思議な色の炎を舞い上がらせながらに【灰被りシンデレラ】は言う。

 そしてその炎を目にした瞬間、【少女無双ヴァルキリアス】の──死神グリムの中でも最高戦力を誇るといってもいい彼女の──表情に、戦慄が走る。


(まずい──私はともかくとして今の【宣叫者プロクレイマー】には紛れもなく致命の攻撃が来る)


 【少女無双ヴァルキリアス】は瞬時に【宣叫者プロクレイマー】へと向き直り──


「失敬」


「へ?」


 渾身の飛び後ろ回し蹴りを叩き込んだ。


「ボ、げぁああぁあぁぁぁ!?」


 【宣叫者プロクレイマー】は吐瀉物を撒き散らしつつ、彼方へと吹き飛んでいく。

 そして──


「そこまで。さぁて──死返まかるかえしの、お時間だ」


 【灰被りシンデレラ】は感慨もなさそうに呟き、そして自らの【死因デスペア】を解放した。


「【灰濤シン・ヴァーグ】」


 灰色の炎幕が、海嘯の如くにその場に押し寄せ、呑み込んでいく。


「く、そ…………!」


 【宣叫者プロクレイマー】を逃した直後の【少女無双ヴァルキリアス】にそれを躱す時間など残されていない。

 為す術もなくその灰の波に飲まれていく。

 そして。

 その周りにいる、死神グリム化した面々も──


「そんなっ、待って、みんなが!」


「下がってろむすび


 灰の焔が周囲を舐め尽くした後──その場に遺っていたのは。


「ん、んぅ…………あれっ? 何が、どうなりました?」


 ケロッとした顔で飛び起きた。儁亦すぐまた 傴品うしなの姿だった。


「やーやー傴品うしな。君の悪運の強さは身に沁みて知っているつもりだったがね。ここまで来ると呆れを通り越して畏敬の念すら湧いてくるよ」


「え? あ。はい。そうでしょうそうでしょう」


「うん、殴っていいかい?」


「何故にっ⁉」


 漫才めいたやり取りをする【灰被りシンデレラ】と傴品うしな


「〜〜〜〜! あの、あのアホバカ傴品うしなっ! 何度心配させれば気が済むのよもう…………!」


 それを見たむすびが身体を震わせ──そして他の灰祓アルバの面々も次々と起き上がってくる。

 そして、敵も。


「話には聞いていましたが…………やってくれますね、【灰被りシンデレラ】…………!」


 忌々しげな声を上げる【少女無双ヴァルキリアス】──その身体は全身鎧で覆われていたようだったが、その鎧は既に焼け朽ちて地面へと崩れ落ちていっていた。


「おお、まともに食らってまだ消えてないのか。中々にとんでもないな、君も」


「全くもって悍ましい──人の見果てぬ夢が孕んだ堕とし仔。【死に損ないデスペラード】達とも一線を画す、真なる【死神グリム殺し】の権能チカラ…………!」


 吐き捨てるように、【少女無双ヴァルキリアス】は目の前のナニカの正体を口にした。


「もはや【死因デスペア】とも言えない、死神われらの絶対否定そのもの──









 ──【不死ふし】の、【死因デスペア】…………っ!」



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