94.遊廓




れ──【時耕の死鎌αδάμας】」


 一閃と共に唱えられたそのは、原初の巨神の振るいし刃。

 【刈り手リーパー】──時雨峰しうみね せいが放ったその一刈りは、目前の終焉の体現者、【蒼焉の騎士ペイルライダー】のを確かに刈り穫った。


「──う」


 連撃の最中、音もなく両断された【蒼焉の騎士ペイルライダー】。

 しかし、その程度では何の痛痒もなく、すぐさま回帰し反撃に転ずるだけ。

 ──その筈、だった。


「う、うっ──?」


 回帰出来ない──いや、回帰自体は行われているが、異様に遅い。瞬きの間に終わるはずの回帰が、目に見えるレベルにまで減速している。


「呆けてる場合かよ」


 その言葉が耳に届くより速く、二の刃が【蒼焉の騎士ペイルライダー】を襲う。


「ふぐ、うぁ──」


 神速としか形容出来ない程の速度を誇る【蒼焉の騎士ペイルライダー】──しかし今、せいはそれを捉えて次々と追撃を叩き込んでいく。


「俺が速くなった──だけじゃ、もちろんこうはいかないさ」


「う、ああっ!」


 振るわれる蒼葬の車輪を紙一重で見切り、躱し、通り抜け、返す刃でカウンターを狙っていくせい


「──、韋駄天バカ」


「ぎッッッ!」


 白刃を車輪で弾き飛ばされるも、その勢いを殺さぬままに放ったミドルキックが【蒼焉の騎士ペイルライダー】の喉元を踏み抜く。


「うぅぅぅあ"あああぁぁぁ!!」


 その一撃に呻きながらも怯みはせず、嵐のように車輪を駆動させて【蒼焉の騎士ペイルライダー】は周囲を根刮ぎに轢き潰した。


「…………いいの入ったと思ったが、後退りもしねーのかよ。偏在強度の格差は依然変わらずか」


「う"うぅぅぅ──ふ。うふふふふふふ」


 蒼葬の騎手は、尚も嗤う。

 落雷のような駆動音とともに、内燃機関エンジンは更に轟きエネルギーを増していく。

 ガチャリ。

 爆音の中でありながら、その音はそれでもその場に確かに響き渡った。


「おいおいおいっ──まさか!」


「【五速トップギア】」


 大気が爆ぜる。

 音の壁を超え、【蒼焉の騎士ペイルライダー】が疾駆した。


「──ぶ」


 口から噴水のように吐血したせいは、上半身だけで宙を舞っていた。


(は、や、す、ぎ──)


『う 

  ふ

   ぅ

    ふ

     ふ

      ふ

       ふ

        !』


 断片的にしかもはや【蒼焉の騎士ペイルライダー】の声は聞き取れない。


(くそ、ヤバい…………このダメージの回帰に【死因デスペア】を回せばさっき【時耕の死鎌αδάμας】で刈り穫ったは底をつく! あいつの速度が全快したら本当に勝ち筋が潰える!)


「徹頭徹尾、締まらない子ね! 【刈り手リーパー】!」


「同感だな」


「おま、えら──」


 何とかダメージは立て直し、再び戦線へと復帰さてきたのは【凩乙女ウィンターウィドウ】と【慚愧丸スマッシュバラード】。

 無論、もはや両者共に余力はない。これが最後のチャンスになるだろう。


「とっととその傷戻しなさい──【壊劫颱風えごうたいふう】!」


「あの速度と力を見るに、壊風えふうの渦も気休めにしかならんだろうがな……」


 宙空のせいごと大旋風で自分の周囲を覆い、防護壁とする【凩乙女ウィンターウィドウ】。しかしそれも【慚愧丸スマッシュバラード】の言う通り、どれ程の役に立つものか。


「さっきの鎌、もう一度決めろ。そこからはお前の仕事だ」


「っ、無茶、だ。今のあいつの速度は埒外だぞ、あんたら二人でもとても見切れない──元の速度に戻れば尚更だ。はホイホイ振るえるものでもないし」


「どの道その傷で闘りあっても勝機はないだろう。なら僅かでも可能性のある方を選べ。時間タメが要るなら稼いでやる」


「そして──年長者をあまり見縊らないで頂戴ね? なんとかするわよ、最後の一踏ん張りくらいは」


 二人の言葉には気負いも強がりもない。

 故にせいもまた、何も言わずそれを受け入れた。

 颱風の中心にせいが座し、そしてその前後に二人が背中合わせで身構える。


「…………5秒後に傷を戻す。その瞬間向こうも最高速で突っ込んでくるだろう」


「了解」


 5。


「いいだろう」


 4。


 壊風えふうはその勢いと相反するように静かに渦を巻いている。


 3。


 その破滅の風の檻の外で。


 2。


『──うふ』、と、笑みが溢れた。


 1。


「来い──ミヤコ」


 0。


金雀枝エニシダ天輪てんりん


「──っっっ!! 上だ!!」


 颱風の目に飛び込むように、上空から渦の流れに沿うようにして四つの車輪が舞い降りて来た。


「想定内よ! 【壊劫えごう時津風ときつかぜ】!」


 真上に向かって渾身の壊風えふうを放つ【凩乙女ウィンターウィドウ】。しかしそれでは四つの車輪は止まらず、崩壊するよりも早くに三人の元へと疾走する!


「こな、くそおおおお!」


 らしくない気勢をあげながらに【凩乙女ウィンターウィドウ】は四方から襲い来る車輪を、


「マジかよ!?」


「肉弾戦が出来ないと思われてたのなら……心外、よ」


 無論、その代償は大きい。その体躯は今度こそズタボロ。限界が近い今の【凩乙女ウィンターウィドウ】では回帰も容易くは行えない。

 ──何より、本命はこれからだ。


「うふ」


 颱風の障壁をいとも容易くブチ破り、【蒼焉の騎士ペイルライダー】が襲来する。

 狙いは一人、白き刈り手のみ。


「一人しか眼中にないお陰で割り込むのは容易い──ったく、お熱いことだな」


 その征く手を阻まんとする【慚愧丸スマッシュバラード】に──終焉オワリの轍が今刻まれる。






「──蒼薔薇アオバラ百輪ひゃくりん






 空も光も劈くように、その輪終りんじゅうは放たれた。


「         」


 言葉も反撃もなく、ただその終輪じゅうりんに曝される【慚愧丸スマッシュバラード】──


「やべえ死ぬぞアイツ!!!!」


「わかっってる、わよ!」


 【凩乙女ウィンターウィドウ】先程のダメージは回帰していない。そんな余暇も余裕もない。

 


「【死界デストピア】、開境──!」


 【慚愧丸スマッシュバラード】が作ったこの刹那の間に、抉れ潰れた身体を押して、自らの領域テリトリーへと引き摺り込む!


(思わぬシナジーだったわね。なら私の神話体型せかいかんの内側でも問題なく振るえる! これで決めなさい!)




「【金枝樹クリューソス──




 スパン、と。

 乾いた音が鳴り、赤色が弾けた。


「…………くっ、そ」


 ゆっくりと、【凩乙女ウィンターウィドウ】の腰から上がズレ落ちていく。


(さっきの車輪、妙に、あっさり弾けたワケね…………弾き飛ばされるのは、織り込み済み、で、飛ばされた先でバックスピンをかけて、時間差で戻って来た…………)


「なんっっっで、暴走してるときのほうが、頭回るのよ、あの子はぁ……っ!」


 血反吐と内臓をぶち撒けて、【凩乙女ウィンターウィドウ】の上半身が血溜まりの中に倒れ落ちる。


「ごっ、め…………しくじ、た…………」


「オトメっっっ──」


「うふ」


 一手、足りない。


「ちっっっく、しょうが」


 切り札エースをついぞ捲れぬまま。


「う ふ」


 終焉を体現する蒼褪めた騎士が、世界を征き滅ぼさんと歩を進める。


「──【死界デストピア】、終淵しゅうえん


 三人は最早為す術もなく、巻き起こる滅亡を臥して待つのみ。






「【終末極まるアポカリプス──















「………………あひゃ♡」




 鬼札ジョーカーが笑った。


凶悪ドラギニャッツォ


 背後から零距離。強装マグナム弾の接射が、【蒼焉の騎士ペイルライダー】の後頭部を撃ち抜き──



 ──否。




「あ"ぁ?」




 


 仰け反りノックバックも殆ど無いまま、【蒼焉の騎士ペイルライダー】は、殺意に塗れた視線で背後の射手を睨めつけた。


「うっしょお!? ノーダメぇ!?」


「あ"ぁぁあぁっっ!!」


「ふ、かがぁはぁ!?」


 読んで字の如くの『瞬く間』に、【蒼焉の騎士ペイルライダー】は奇襲の下手人──【狩り手ハンター】の喉元を掴んで締め上げる。


「はが、ぉ、あ"っ、〜〜〜!」


 今の【蒼焉の騎士ペイルライダー】の力に抵抗できる強度など【狩り手ハンター】には望むべくもない。抗うことなど不可能。半瞬先には頸が握り潰されている。


「あ──びゃああああぁぁぁッッ!!」


 迷いなく、【狩り手ハンター】は自らの首を自らの死鎌デスサイズで刎ねた。


「ぴゃー…………」


 落下していく【狩り手ハンター】の頭部。

 それを見た【蒼焉の騎士ペイルライダー】は刹那の逡巡の後──


「ジっっっ!!」


 即座にそれを踏み砕くべく足を踏み降ろした。

 轟音が響き粉砕される地面。しかしそこにひしゃげた【狩り手ハンター】の脳髄は無く、真黒い影が広がっているのみ。


「…………っ」


 その影がぬるりと平面に移動し、そこから【狩り手ハンター】が姿を現した。

 それは【狩り手ハンター】の従える猟犬、無貌の凶獣──【渾沌こんとん】。


「あぁっぶねぇ〜〜。サンキュー、コン──」


「ジャあっ!」


「うひぃぇあっ!?」


 追撃を影に隠れて空かしつつ、【狩り手ハンター】は叫ぶ。


『呆けてんじゃねっつの! はよめなさいよ──【刈り手リーパー】!!』


「〜〜〜! あぁクソ、意味不明だがっ…………恩に着てやるよクズ女!」


 不本意ながら時間は充分。切り札を振るう準備は整っている。

 だが、今の【蒼焉の騎士ペイルライダー】目掛けて闇雲に振るったところでまず命中はすまい。

 故に、限界まで精度を上げる。


「【時耕の死鎌αδάμας】──」


 時を刈る白刃を構え、自身の神格へと意識を沈める。




我ら生贄と讃美の祈祷を主に捧げ奉るHostias et preces Tibi, Domine, laudis offerimus.




「ゥゥゥるるるあ"あ"ああッッッ!!!!」


「キーーーレ過ぎでっしょミヤコちゃんっ!? 何か気に障ることでも言っちゃったかなぁオレ!?」


 【渾沌こんとん】による潜伏と移動、そして自らの図抜けた回帰速度によって【狩り手ハンター】はただひたすらに【蒼焉の騎士ペイルライダー】の攻撃から逃れ続ける。




願わくば今日紀念せし霊魂が為Tu suscipe pro animabus illis,

 是を受け納め給いてquarum hodie memoriam facimus.




 荒れ狂う【蒼焉の騎士ペイルライダー】──それ故に【狩り手ハンター】を葬ることは敵わない。

 暴風雨によって吹き飛ばされる落ち葉のようなものだ。彼我の力量エネルギー差があまりにもかけ離れ過ぎているが故に、圧倒的な災害はその矮小な個を潰すには至らない。




彼等を死より旅立たせ生命を得せしめ給えFac eas, Domine, de morte transire ad vitam,




「うっ、ぶぅぅあ"あ"ああぁぁ!」


「っっっ! 受け切れなッッッッ──!」


 それでも【狩り手ハンター】の限界はそこまでだ。

 『始まりの死神グリム』二人を容易く蹂躙する滅亡の権化を前にして、魔弾の射手如きでは余りにも役者が不足している。




主の嘗ての聖地と其の裔に約し給えばなりquam olim Abrahæ promisisti et semini ejus.




「は、パぁ…………」


 襤褸切れのように転がる【狩り手ハンター】。それを見た【蒼焉の騎士ペイルライダー】が止まるべくもない。


「…………………………………………しね」


 ここで始めて。

 【蒼焉の騎士ペイルライダー】が、言語さついを口にした。


「あひゃ♡ 素敵な告白、ありがとねっ。ミヤコちゃん。オレの答えは──




 ──銃弾コイツだぁっ!」


向日葵ヒマワリ一輪いちりん


 単純にして純粋なる一撃さっしょうが【狩り手ハンター】撃ち抜く。

 【狩り手ハンター】の身体は、余すところなく。

 蹂躙され、轢砕され。

 跡形もなくグチャグチャにされ──




 ──そして消えた。






「後ろの正面だぁーーーーれっ♡」


「あ"?」


 潰したのは【渾沌こんとん】による影法師。

 渾身の一撃を放った、その背後から。

 再度【狩り手ハンター】が銃弾を放つ。


「一回目は撃ち抜けなかったけど、二回目。全く同じトコにブチ込んであげる。オレの【死因デスペア】は回帰しづらいって、前の遊びプレイで知ってるでしょ? ……損傷はなくても、確かにオレの毒は浸透してる」


 引き金が引かれ、銃声が轟いた。


憎悪グラッフィアッカーネ


 その銃弾は今度こそ【蒼焉の騎士ペイルライダー】の頭蓋を砕き──脳髄を貫いた。


 2秒で戻った。


「はへ?」


「ゔああああぁぁぁぁあっっっ!!」


 奇も衒いもない、渾身の右ストレートが【狩り手ハンター】の顔面へと突き刺さる。


「ぱミャ!」


 ハンドスピナーばりの勢いで真後ろに回転しながら吹き飛び、【狩り手ハンター】は見えなくなるまで殴り飛ばされた。


「ふーっ…………ゔーっ…………ふーっ…………」


 いまだ収まらない怒りを滲ませながら唸り声を漏らす【蒼焉の騎士ペイルライダー】に──


「…………礼は言わないさ。あのまま死んでてくれる事を願うよ」


 せいが決着の一振りを見舞う。


「…………セン、パ──」


「朝だ。起きろミヤコ。



 ──【賛美の生贄と祷りHostias】」





 宙高く高く、【蒼焉の騎士ペイルライダー】の蒼褪めた頭部が刎ね飛ばされる。

 切り離された頭部は、やがて纏ったその燐光を少しずつ弱らせ──そして消え失せた後に残るのは、本来の少女の素顔。

 ゆっくりと、落下してくると同時に回帰が進み──頭部から頸が、胴体が、手脚が、元の姿へと戻ってゆく。

 そのまま舞い降りるように落ちたその先で。


 死に損ないの少女は。

 

 都雅とが みやこは。


 一糸まとわぬ姿のまま静かに、恋する少年の元へと抱きとめられていったのだった。










「…………おかえり」




「ん…………ただいま」



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