92.EURO




「【御稜威の王Rex tremendæ】」


更紗空木サラサウツギ十一輪じゅういちりん


 双方のワザが放たれ、衝突し、炸裂する。

 そしてどうなるかは、もはや自明の理と言えた。


「ぐぁ、バッ…………!」


 【御稜威の王Rex tremendæ】は『防御の省略』。「攻撃を防ぎきった状態」まで状況を省略し、相手の攻撃を強制終了シャットダウンする代物だ。

 だが、当然その為には相手の攻撃を捌けるだけの実力が要求される。

 そして互いの彼我差を考慮すれば、その先に待ち受けている結果は──一つだけだ。


「止め、られたのは…………半分、以下か。クソっ、俺の知る限りではあいつの最大輪は五輪までだったはずだぞ…………正しく、桁違いってか」


「うふ」


 中空にて撃墜された【刈り手リーパー】──時雨峰しうみね せいを眺めて笑うのは、終焉を体現する蒼き死神、【蒼焉の騎士ペイルライダー】。

 そしてそのまま大ダメージを負ったせいへと追撃の構えをとる──


「私を忘れられちゃ困るわよ、【駆り手ライダー】ちゃん──【壊劫えごう爽籟そうらい】」


 【刈り手リーパー】が盾となったことにより【蒼焉の騎士ペイルライダー】の元へと辿り着いた【凩乙女ウィンターウィドウ】が、滅びの風を巻き起こす。


「ゼロ距離で壊風…………!? オイ殺す気か!」


「この期に及んで心配なんてしないの。これで死んでくれるなら、気楽なものなんだけれどね…………!」


 万象を崩壊させる冥府の風が吹き荒ぶ中で、【蒼焉の騎士ペイルライダー】は──


「──うふ。うふふふふふ。うふふふふふふふ」


 笑う。

 笑う笑う笑う。

 全身が罅割れ、今にも壊れんとするその顔を歪めて。

 壊風の中をなおも一歩踏み出し、【凩乙女ウィンターウィドウ】へと手を伸ばす。


「ぐっ…………! ああもう、壊風による崩壊よりも回帰による修復の方が早くて強いの…………!? 壊れた端から戻っていっちゃう! こんなのアリ!? 【駆り手ライダー】ちゃんの回帰速度はのろまだった筈なのに…………! これじゃ完全無欠でしょ!」


 破壊と回帰を猛スピードで繰り返しながら、そのまま【蒼焉の騎士ペイルライダー】は終焉の車輪を疾駆させた。


帚木ハハキギ十八輪じゅうはちりん


 ドキャギャガガガベキメギグチャバキャッ。

 そんな感じの異音が響き渡った。


「………………カっ」


 一回り縮んだ──もとい削ぎ落とされた輪郭のまま、辛うじて【凩乙女ウィンターウィドウ】は声をあげた。


「うふふふふふふ、うふふふふ──」


 その哄笑は如何なる感情から来るものなのか。蒼褪めて濁ったその瞳からは何も窺い知ることは出来ない。


「調子に乗るなよ、小娘」


 背後からのその声に【蒼焉の騎士ペイルライダー】が反応するより早く、【慚愧丸スマッシュバラード】の振るう大鉈が頸を捉えた。


「う、ふ、うぶぐきゃぁか」


 頚椎をへし折られて声にならない声をあげる【蒼焉の騎士ペイルライダー】。無論その一撃はそこで終わらない。


「お、おおおおお!!」


「うぶ、うぶぶぶぶぶぎゃらら」


 バツン。


 珍妙なその音とともに【蒼焉の騎士ペイルライダー】の頸が宙に舞う。


「ミヤ──」


「まだだ! 緩めるな小僧!」


「うぶ♪」


 ギョロリ、と蒼白く揺らめく生首が【慚愧丸スマッシュバラード】へ向けて空中にて目を剥いた。

 次の瞬間、切断された喉元から蒼い陽炎が巻き起こり、形を成していく。


「クソが。【神髄デスモス】は一体何処に──」


凌霄花ノウゼンカズラ二十九輪にじゅうくりん


 未だ回帰しきれていない、不確かな肉体。その状態でもなお滝のような連撃を放って見せる【蒼焉の騎士ペイルライダー】。


「嘗っ、めるなあぁぁ!」


 それを凌ぎ切れる事こそが、【慚愧丸スマッシュバラード】が神話ミソロジークラスでも最上位に座する事の証明だろう。

 不完全不安定極まる状態で放たれた乱雑な車輪群、一世紀を越える戦歴を経た彼が見切れない筈も無かった。躱し、空かし、流し、それらの全てで致命傷を受けぬまま防ぎきっていく。


「う、ふ──」


 だが、【蒼焉の騎士ペイルライダー】の回帰は攻撃のさなかにも進行し続ける。その場を凌ぐだけでは不利を増すだけだ。

 故に。


「うふ、かッ?」


 笑う【蒼焉の騎士ペイルライダー】の脳天を貫いたのは、ちゃちな風車が一本。


「ごめん、なさいね、【駆り手ライダー】ちゃん。ここまでズタボロにされちゃえば、まあ──流石にキレるわ私も」


 【凩乙女ウィンターウィドウ】は未だ襤褸雑巾めいたその身体で、何とか片腕だけを最優先で回帰して【死業デスグラシア】を投擲したのだった。


「【壊劫えごう松濤しょうとう】」


 カラカラカラと音を立てて回りだす風車。それとともに吹き荒れる破壊の風が、【蒼焉の騎士ペイルライダー】を脳髄から崩壊させていく。


「ううううぅううゔゔウゥ、ヴー! ゔゔー!」


 歯を噛み砕かんばかりに食いしばりながら、唸り声を上げて堪える【蒼焉の騎士ペイルライダー】。

 頭部に罅が走り、それでも尚原型を留めて踏み止まる。


「まだ塵に還らない……っ!? 脳ミソに直でブチ込んでもまだ回帰と拮抗してるわけ⁉」


「充分だ、退いてろ【凩乙女ウィンターウィドウ】!!」


 間髪入れずに【慚愧丸スマッシュバラード】が決意と覚悟を伴った眼差しで叫んだ。


「──そうね、後は任せるわ。十字架男爵Baron La Croix


 【凩乙女ウィンターウィドウ】が微笑をもってそれに応え、その場に倒れ臥せるのと同時に。

 【慚愧丸スマッシュバラード】は。

 【慚剋十字殲愧ゲーデ】のその本質、十字路に立つ黒き精霊としての世界観イメージを展開した。




「【死界デストピア】開境──

              ──【十死路クロスロード・ロア】」




 ──かげが舞い踊り、【慚愧丸スマッシュバラード】を起点に世界を塗り潰してゆく。

 其処は、奴隷たちの解放を謳った死を嗤う神が坐す永遠の交差点。

 此岸と彼岸を顕す二つの道が交わるその中心に、【蒼焉の騎士ペイルライダー】は立たされていた。

 既に額を貫通していた風車は消失している。

 【慚愧丸スマッシュバラード】の神話体系せかいかんの内側であるこの世界では、他の死神グリムの【死因デスペア】は発動しようがないからだ。

 そしてもちろん──それまでの損傷を回帰する余暇など、彼が与えるはずもない。

 カツ、カツ、カツ、カツ。

 十字路の中心に立つ【蒼焉の騎士ペイルライダー】へ向かって、四方から四人の死神が迫りくる。


「「「「これでしまいだ」」」」


 呟きながらに四人の【慚愧丸スマッシュバラード】は音もなくその大鉈エモノを振りかぶる。

 そして。




        ザン

       ザン    ザン

        ザン




 既に徹底的なまでに破壊されていた【蒼焉の騎士ペイルライダー】の躯体を、その上から四重にぶったギった。




「…………終わった、かな?」


 落下するように現れた二つの影を眺めながら、【凩乙女ウィンターウィドウ】は呟いた。

 【死界デストピア】が展開されていたのは時間にして二十秒もなかった筈だが、それでも見るに耐えなかったその損傷はそれなりに回帰出来ていたのだから呆れたものである。


「──ミヤコ! クソ、年寄りども本気で殺しにかかりやがって」


「アホが。加減する余裕なんぞ何処にあった。事が収まってまだ息があったならトドメはささん位の配慮はあったがな」


「んなもん配慮でも何でもねぇよ! もし無事じゃなかったらただじゃおかねえからな…………!」


 そう言って【刈り手リーパー】は落ちてきた【蒼焉の騎士ペイルライダー】へと駆け寄った。




             甘過ぎる判断だった。


「ミヤ────ゴっっっ」


 せいの顔面に右ストレートが突き刺さり、そのまま吹き飛ばされる。




『うふぅ──うふふふふふふふふふふふふ』




 その声の出処は、もはや何処かもわからない。

 せいを殴り飛ばしたその腕もすぐに崩れて消えた。

 それでも。

 未だに【蒼焉の騎士ペイルライダー】は、其処に在った。


「アホらしくなってきたな、オイ…………!」


「どうやったら終わるのよ、コレっ…………!?」


 周囲一帯に蒼褪めた気炎が立ち昇り、ゆらゆらと翳りだす。

 終わりなどないと言わんばかりに。

 これからが終末おわりだと言わんばかりに。

 これこそが終焉おわりだと言わんばかりに。


「…………取り敢えず、【神髄デスモス】もクソもないのは充分に分かった」


「もう壊してない箇所トコなかったものね…………それにしたってこの状況はどういうことなんだか。身体を壊したから──正体ナカミが出てきたってコト?」


 冗談じみた口調で言った【凩乙女ウィンターウィドウ】だったが、その言葉が妙に現実味を帯びていた事が自分でも嫌になった。


「【死界デストピア】使っちゃったし、あなたはもう碌に戦えないわよね…………」


「言ってる場合か。やらなきゃやられ──げぼ」


 【慚愧丸スマッシュバラード】が吐血する。

 【死界デストピア】を使った反動──ではない。

 【蒼焉の騎士ペイルライダー】との戦闘の負荷でも、ない。

 ソレは。


「…………【死因デスペア】、だ。コレは…………【病死びょうし】、の」


『う     ふ』


 哄笑が響く。

 が、笑いたくなってきたのは三人の方である。


「【澱みの聖者クランクハイト】の…………! クソっっっ! イザナのヤツ!!」


「黙示録の四騎士…………最後の騎士、ペイルライダーが司るのは…………ああもう、そういうこと? この湘南を蠱毒壺にした悪趣味な祭は、全て──」


『うふ──』


 蒼褪めた陽炎が束ねられ固まり──再び人のていを成す。

 それと同時に、彼女の騎乗する機体もまた。

 ドッドッドッドッ──爆発的な内燃機関エンジン音が轟き、怪物機モンスターマシンとしか形容出来ない大型自動二輪車が現れる。

 それに座るでもなく、座席の上にただ佇む死神──【蒼焉の騎士ペイルライダー】はついにその姿を完全なモノへと変え始めていた。

 蒼一色のエンパイアドレスに身を包み、白く揺らめくマフラーを靡かせ。

 目前の死神を──時雨峰しうみね せい唯一人に目を遣りながら。


「──うふ♪」




 終焉を駆る蒼き騎士は、なおも笑い続ける。

 おそらくはこの世の全てに、終わりを齎すまで。






 終末論級エスカトロジークラス死神グリム、【蒼焉の騎士ペイルライダー】、想定を超過する速度での覚醒進行を確認。




 改めた完全覚醒までの推定時間──約四十秒。



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