93.窯




「──ここは通行止めです。ちなみにUターンも認めません」


 牢獄の最端にて、戦女神が静かに佇んでいた。


「…………まあ、そう、甘くはないよね」


 灰祓アルバ達を率いる時雨峰しうみね れいは、目前にて立ちはだかる【少女無双ヴァルキリアス】を眺めながらに呟いた。


「ご心配なく。私はただのお目付け役だと言ったでしょう? ここに立っているだけですので、関知しなくて結構。あなた達の相手は──変わらず彼ですよ」


「はいよ、【宣叫者プロクレイマー】でっす。さてさて、いよいよ決戦と行きましょうか」


 【無限監獄ジェイルロックマンション】の牢獄のふちに当たる場所にまで辿り着いたれい率いる灰祓アルバ達。しかし──当然ながら安々と脱出出来る道理もない。

 先回りしていた【少女無双ヴァルキリアス】に行手を塞がれ、後方から来た【宣叫者プロクレイマー】に追いつかれていた。

 【少女無双ヴァルキリアス】の言を信じるならば、挟み撃ちにはならなそうではあるが──


「じゃあ、手駒召喚だ。他力本願は大目に見てくれ。こちとれ初心者ニュービーなもんでな」


 その言葉とともに現れたのは──死鎌デスサイズを携えた──


「…………ッ! あんたッ…………!」


「だから、大目に見てくれって言ったろうが。まだそっちが数的には有利だ。気にすることはないだろ」


 むすび達灰祓アルバが憤る、その視線の先にいた者たちは──


 第八隊バレンワート隊長の氏管うじくだ 轆轤ろくろと、副隊長の矢妻やづま とう

 そして第四隊クローバー副隊長の嘉渡嶋かどしま 柚智ゆち


 三名の【聖生讃歌隊マクロビオテス】が、死鎌デスサイズをその手に取ってむすび達の前に姿を現した。


「完全ではないとはいえ…………生者にんげん死神グリムに転換させるのは本来【醜母グリムヒルド】にしか赦されないな権能ちから。それをやってのけますか。まあここにきての追加メンバーですし、それくらいの芸当は見せてもらわなければ困りますがね」


「へぇどーも。ったく、もっとわかりやすく強い能力の方が良かったがなぁー。こんな能力だとなんか俺が酷くて悪い奴みたいに見えるだろ」


 軽口を叩く【宣叫者プロクレイマー】だったが、その目だけは笑っていない。

 静かに、そして冷淡に、目前の生命を睨みつけていた。


「私と、しては」


 時雨峰しうみね れいは大して深刻さも伺えない平坦な口調で言う。


「迷わず、死神グリムとして、戦うのを、推奨するよ」


れいさん!」


「いや、迷いながら相手して、どうにかなるような、雑魚じゃないし。罷り間違ったら、私達も、あちらさんの、仲間入りだよ?」


「…………でも!」


「三人とも、もう【死因デスペア】の、影響下にあるみたい。新入りとは言ってたけど、あの偏在率からして、神話級ミソロジークラスなのは間違いない。神話級ミソロジークラスの【死因デスペア】をまともに受けてるなら、何をどうしても、手遅れとしか言いようがないよ。隊長として、半端な覚悟で死神グリムに向かうのを、許可するわけには、いかない」


「っ…………!」


 唇を噛み締めるむすびに対して、傴品うしなが珍しく若干遠慮気味に口を開いた。


むすびちゃんの気持ちはわかりますけど、その、今絶体絶命な、アレなので、その、人情を優先する余裕がないといいますかですね」


「…………うん。わかってるよ」


「てゆーかむすびちゃんが本気出してくれないとマジにアタシ達の命がヤバいですので」


「…………うん、あんたはまあそういうこと言うよね」


 嘆息しつつ──むすびは黒刀を正眼に構える。


「うん、ヨシ。じゃ、みんな──正念場だよ、全霊でいこう」


 れいの言葉とともに、戦端が開かれた。






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「さぁてさて──宴もたけなわ、ってところかしら」


 牢獄の外。

 しかしそこから総てを見透かしながらに、死神グリムの女王──【醜母グリムヒルド】は呟いた。


「【終末しゅうまつ】へと至る因子は芽吹き、今まさに花開こうとしている──で。まさかそれを呆けて眺めてるだけじゃないわよね? お・う・じ・さ・ま♡」

 

 微笑みを浮かべて、謳うように、祈るように思いを馳せるのは──女王の悲願、それを宿せし白き少年。


「特異点にして分岐点は、──一体人類ヒトは、どんな異聞録モノガタリを選ぶのかしらね?」






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「うふ──うふふふふふふふ」


 爆音を轟かせていながら、それでも【蒼焉の騎士ペイルライダー】のその哄笑は厭に耳に響いた。


勿忘草ワスレナグサ四十四輪しじゅうしりん


 もはやその攻撃速度は三人の──神話級ミソロジークラスとしても最上位に位置するはずの面々でも微かにしか捕らえられない。

 怪物じみた自動二輪車を疾駆してのその連撃を、【凩乙女ウィンターウィドウ】は周囲の二人を守るように【壊死えし】の【死因デスペア】を発動させた。


「【壊劫えごう瑞風みずかぜ】──きゃ、ガァっ!」


 そして、崩壊の風をものともせずに終末の車輪は三人を蹂躙する。


「く、っそ! もう【慚愧丸スマッシュバラード】は碌に動けないのに──」


「勝手に決めるな、退け」


 連撃の最中、【凩乙女ウィンターウィドウ】の背後から前へ出て、その大鉈ぶきを振るうのは【慚愧丸スマッシュバラード】。


「お、おおおおああぁぁぁぁ!」


 目にも止まらぬその連撃を、もはや勘任せに【慚愧丸スマッシュバラード】は受け止め続ける。

 が、百余年もの間死神グリムとして在り続けてきた彼の勘はもはや戦術眼であり心眼だ。終盤の十数発は見事に凌ぎ切っていた。


「カ──はぁぁぁぁ。ハッ、連撃数は増えたが一発一発の重みは大して増しとらんな」


「いや、だからってあんなの防げる?化け物でしょ…………どっちも」


「お前の壊風である程度は向こうも削られとった。なら凌げんかったらアホじゃろが」


「さっき【病死びょうし】も食らってたでしょう! ったく、無茶するのね………」


「しなきゃアッという間に全滅じゃわい」


「それに関しては全くの同感だけど…………それでも守勢に回ってなんとか凌げるってとこまででしょ。攻め手が足りなさすぎるわ」


「うふふ、うふふふ、うふふふふふふふふ」


 その笑みは二人の敵対者が自らの連撃を凌ぎ切ったことに対する感心か。

 なんにせよ、もはや三人より明確に上の次元に達してしまった【蒼焉の騎士ペイルライダー】にとっては今の二人の抵抗も余興でしかない。

 容赦なく間断なく攻撃を浴びせ続ければ、直にその守勢も破綻する。手も足も、出ない。


「…………で、そろそろ起きてくれる? 【刈り手リーパー】君? なんとなくわかってるんだから──貴方に、何かが起こってることは」


「同感じゃな。さっきから蹲ってたが、まさかベソかいてたワケじゃあるまい」


「…………うる、せえよ。あぁクッソ頭痛え」


 片手で頭を抑えながらに、【刈り手リーパー】──時雨峰しうみね せいは悪態をついた。

 彼の【死業デスグラシア】──無貌の死の影はもはや側に立ってはいない。

 代わりに、彼自身の純白の死鎌デスサイズがその手に戻っていた。


「…………おっさん。【病死びょうし】の【死因デスペア】は?」


「食らった箇所をワシ自身の【死因デスペア】で斬り潰して相殺した。本来の使い手ならそれで済んだかは怪しいが…………まだまだ俄仕込の【死因デスペア】のようじゃ」


「そりゃ幸いだな…………だが、こっちは俄仕込のままじゃ、いられない」


 せいは静かに立ち上がり、【蒼焉の騎士ペイルライダー】へと向き直る。

 そう、彼もまた察していた。自らの中に芽吹きつつある力。

 先日の時を司る死神との一戦。その果てに、自らの権能チカラの本質へと近づいている──否、回帰もどりつつある、【無辺なる刈り手グリムリーパー】の偶像イデアに。


「うふ」


 それを見て、愉しげに笑う終末の駆り手。


「暢気に笑いやがってよ──だがな、その笑い方、柄じゃないぜ。さっきからずっと背筋が寒くなって仕方ない。すぐに笑ってられなくしてやる」


 静かにその鎌を振りかぶるせい──そして後ろの二人に語りかけた。


「初撃──俺が一振りするだけでいい。凌いでくれ」


「いやカッコよく見栄切ってそれ?」


「一人でやるんと違うんか」


「うるさい! 初撃分だけどうにかしてくれってだけだろ」


「今の【駆り手ライダー】ちゃんの攻撃速度だと貴方が一振りするまでに二十発は撃ち込めるんだけど」


「二十発で済めばええがな……」


「それがわかってるからどうにかしてくれって言ってんだよ!」


「ふーん。なら態度ってもんがあるんじゃないかしら、偉そうに」


「ここまで碌に働いとらんでその上から目線はなんじゃ」


「う、ぐ…………頼む」


「「頼む?」」


「………………お願い、シマス」


 その言葉を受けて、二人も静かに笑い、再び迎撃の姿勢をとった。


「さあ──勝負だ、ミヤコ」


「うふ」


 その言葉で口火を切り、【蒼焉の騎士ペイルライダー】は音を置き去りにして駆け出した。


「──玫瑰ハマナス六十輪ろくじゅうりん


 その一輪一輪が、もはや蒼白き閃光のようにしか映らない。

 それでも二人の死神は残る全力を以ってして迎え撃つ。


「──【壊劫えごう暁風ぎょうふう】!」


「おおらああああぁぁぁぁ!」


 最大規模の壊風と、渾身の連撃。

 それら全てをぶつけてもなお心許ない、終末の連撃。


「うふふふふふふふふふふふふふふふふ!!」


 波濤に呑まれる木の葉のように、二人は容赦なく蹂躙され──




「そこまでだ」




 ──白き死神の一刈りが、今振るわれた。






れ──【時耕の死鎌αδάμας】」



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