90.まつろう弓




 圧殺的な気迫プレッシャーを湛えながら立つ【蒼焉の騎士ペイルライダー】。それと相対する三騎の死神グリム──【刈り手リーパー】、【凩乙女ウィンターウィドウ】、【慚愧丸スマッシュバラード】。

 その背に言葉を投げかけたのは──


「あ。せいじゃん。久しぶり」


 第零隊ヘムロック隊長、時雨峰しうみね れいだった。


「………………」


 その声に【刈り手リーパー】──時雨峰しうみね せいは、反応しない。


「おーい。無視するなー。数年ぶりの姉さんだよー」


「…………呼んでるわよ?」


「俺らに名前は聞こえんが、お前だろ【刈り手リーパー】。返事ぐらいしてやればどうだ」


「うるせえよ…………」


 隣に並び立つ【凩乙女ウィンターウィドウ】と【慚愧丸スマッシュバラード】の二人からの言葉にも不貞腐れたような態度をとる【刈り手リーパー】。


「へー、んー、じー、しろー。せーい。ていうか、あんたいつまでその白ラン着てるのー。年齢トシ考えなよー。コスプレになるよそれ」


「ああああぁもう! 黙っててくれ姉貴!」


「姉貴? え、今、姉貴っていったの? ひゅー、カッコイイー。そんな二人称、初耳じゃない。もう霊姉さんって呼んでくれないのー?」


「…………ぷふっ」


「…………クックック」

 

「おい何笑ってんだお前ら! あーもう! 危ないからどっかいきなよ姉さ……あねっ、き!」


「あ、やっぱ慣れてないじゃん。はいはい、わかったわかりました。逃げまーす。頑張ってね、せい。霊姉さんは応援してるよー……じゃ、いこうかみんな」


 れいはくるりと回れ右をし、弟に背を向けて歩き出した。


「えーと……いいんですか?」


「いいんだよ。さっさと逃げよ。心配しないでいいよ、むすび。私の弟が、なんとかするから」


「…………はいっ」


 そうして、灰祓アルバ達はその場から立ち去っていった。


「…………ふくっ、くくふふふ…………面白いもの見ちゃった」


「同感」


「うるさいジジババども! んなこと言ってる場合か!」


「でも、待ってくれてるわよ?」


 彼ら三人の目前にて佇む【蒼焉の騎士ペイルライダー】は、先刻までのやり取りの最中にあっても身動ぎ一つしなかった。

 ただ一点。

 時雨峰しうみね せいを、見つめるだけ。


「…………会話は、通じなさそうなんだがな」


「んー、まあ正気は保ってなさそうなんだけれどね…………つまりこれはアレよ。りっくん」


「【刈り手リーパー】って呼べよ…………アレってなんだよ」


 フッ、と一つ笑みを溢し。

 【凩乙女ウィンターウィドウ】は浮ついた表情で言った。


「さ、そ、い、う、け♡」


「アホか!!」


 怒鳴る錆だが、そんなものにたじろぐ女であるわけもない。


「えー?真面目な意見なんだけどなぁ。さっきまで派手に暴れてたっぽいのにりっくんが見えた途端じっとしてるじゃない。これはもうイクしかないわよ! ガツーンと突撃して男を見せなきゃ!」


「女を待たせるのは男として感心せんぞ、坊主」


「ちょっとまて何だこの流れはバラエティやってんじゃないんだぞ」


「ゴチャゴチャくっちゃべってないで! ホラ! 【駆り手ライダー】ちゃん待ってるわよ!」


「グハっ」


 背中に蹴りを入れられて、錆が【蒼焉の騎士ペイルライダー】の目前にまで歩み寄る事になる。


「………………」


「あー……えー……、まず、何があったんだ、ミヤ






 こッ。」




 ミシミシ、ベキィ。




 という厭な音が響く。

 錆の首を的確に捉えた【蒼焉の騎士ペイルライダー】のハイキックによるものである。


「うわっ」


「頚椎ったなありゃ」


 他人事極まりない態度で後方のニ名が呟いた。


「────〜〜〜〜!!!!」


 呻き声もあげられぬままにせいは縦に回転しながら地面と平行してスッ飛んでいき、【凩乙女ウィンターウィドウ】と【慚愧丸スマッシュバラード】の間を通過して更に後方のビルディングへと轟音を立てて激突した。


「あらぁ…………【駆り手ライダー】ちゃんってば激し〜〜」


「まあああなるだろうな、あのじゃじゃ馬が相手なら」


「うふ、うふふふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふ」


 不吉な含み笑いを溢しながら、ようやく【蒼焉の騎士ペイルライダー】は目前の死神──【始まりの死神グリム】たる二名へと視線を向けた。


「【駆り手ライダー】ちゃん…………わね、もう」


「そうらしいな。心してかかるとしよう」


 その、蒼く蕩けた双眸を見た瞬間に、いよいよ二人の表情から余裕の色が消えて失せる。


「──【無常愛す冥府の花嫁ペルセポネ】」


「【慚剋十字殲愧ゲーデ】」


 無常を表わす風車と、慚愧を刻む鉈。

 二つの得物が具現した次の瞬間、【蒼焉の騎士ペイルライダー】は躍動した。


「うふ」


 神速。そうとしか言い表せない速度を持って【凩乙女ウィンターウィドウ】の側頭部へとハイキックを叩き込む。


「…………っ!」


 腕での防御が成功したのは、先程の錆への一撃と寸分違わぬ動作モーションだったから。ただそれだけだ。

 百余年に渡る歴戦の経験値からくる勘。それが【凩乙女ウィンターウィドウ】の存在を繋いだ。

 そして、それはあくまで首の皮一枚。

 【凩乙女ウィンターウィドウ】はそのまま真横に吹き飛ばされ、壁面へと叩きつけられる。


「かあッ、はァ……!」


「うふ」


「…………!」


 追撃の姿勢を見せた【蒼焉の騎士ペイルライダー】の頭上へと、背後からすかさず【慚愧丸スマッシュバラード】の大鉈が振り下ろされる──


「なっ……!」


 ぎゃりりりりりりりりりりりりりりり 。


 細やかな不協和音を奏でたてながら、閃光ヒバナがその場を照らしあげる。

 【蒼焉の騎士ペイルライダー】の手にとっていた大車輪が、その手を離れて持ち主の背後を守っていた。


「【駆り手ライダー】の車輪にはない挙動だ…………【死業デスグラシア】の、自動操縦オートマ化か…………!」


「うふふふふふ」


 背後から迫っていた【慚愧丸スマッシュバラード】を意にも介さず、【蒼焉の騎士ペイルライダー】は【凩乙女ウィンターウィドウ】への追撃に移る。

 再びの神速を以てして、対象の頭蓋を打ち砕かんと飛びかかる──


「【壊風えふう】」


 ふ、と【凩乙女ウィンターウィドウ】が一息を吐く。

 カラカラと風車が回り、それによっておこる風は、しかし全てを滅ぼす颶風となって【蒼焉の騎士ペイルライダー】を襲った。


「…………」


 カウンターと言って差し支えないタイミングで放たれたそれを、【蒼焉の騎士ペイルライダー】は無言で躱してみせる。影も形もないその攻撃の驚異を、理屈を無視して察したのだろう。


「初見でしょうよ…………なんで避けちゃうのかしら、まったく…………!」


 ダメージを回帰して、ようやく立ち上がる【凩乙女ウィンターウィドウ】。


「お、らぁ!」


 大車輪を弾き飛ばした【慚愧丸スマッシュバラード】が【凩乙女ウィンターウィドウ】へと歩み寄る。


「うーん、やっぱり全然別物ね、アレ」


「だろうな。以前の小娘なら今の交錯やりとりで三回は死んでる」


 【蒼焉の騎士ペイルライダー】は少し距離をとり、ビルの壁面に直立して標的の二人を見据えていた。


「あれだけの偏在速度はやさがあるのなら間髪入れずに襲ってきてもいいでしょうに…………不気味よね」


「よく言うな。お前が一発入れただからだろ」


「何よ。私は入れられた側でしょどう見ても」


 ピシピシという罅割れ音を立てるのは、【蒼焉の騎士ペイルライダー】の片足である。


「………………」


 【蒼焉の騎士ペイルライダー】は片脚で壁面に立ちながら、崩壊していく自らのもう片方の脚を興味深げに眺めていた。


(【凩乙女ウィンターウィドウ】の【死因デスペア】…………【壊死えし】は攻防一体にして一撃必殺だ。攻撃はもちろん防御の際の接触でも効果を発揮し、本来掠るだけでも崩壊が全身に広がっていき、対象の全てを破壊する──筈なんだがな)


 【凩乙女ウィンターウィドウ】に蹴りを入れた【蒼焉の騎士ペイルライダー】の片脚を【壊死えし】の【死因デスペア】は確実に蝕んでいたが──その侵食は膝までで止まっている。

 どころか。


「う、ふ」


 ウゾゾ、ゾゾゾゾ、と。やがて崩壊した片脚は元の形へと回帰していった。


「うわー、やってくれるわね【駆り手ライダー】ちゃん」


(本来【壊死えし】の【死因デスペア】の恐ろしさはその持続力だ。【死因デスペア】によるダメージは本来死神グリム同士では効果が薄いが、絶えず対象を崩壊させ続ける【壊死えし】の力を受ければ回帰を上回る損壊を受け続ける…………それをさらに上書きしうるだけの回帰速度となると)


「うふ」


 崩壊を完治させた【蒼焉の騎士ペイルライダー】は、視線を【慚愧丸スマッシュバラード】へと移した。

 

(──来る)


 と、脳裏で言葉にするよりもはやく、【蒼焉の騎士ペイルライダー】の一撃は叩き込まれた。


「──向日葵ヒマワリ一輪いちりん


 真っ向からの、衒いのない剛撃。当然【慚愧丸スマッシュバラード】はそれを迎え撃つ。


 ゴウ、と。ぶつかり合った車輪と大鉈がその場の大気を弾いて揺るがす。


「ぐ、ぉ…………っ!」


「う、ふ──ふ」


 鍔迫り合いは刹那。

 【慚愧丸スマッシュバラード】の巨体が宙に浮き──やがて弾き飛ばされた。


「ご、あっ…………!」


「嘘、でしょっ…………!」


 流石の【凩乙女ウィンターウィドウ】も今度ばかりは言葉を失うしかなかった。


(【慚愧丸スマッシュバラード】が真っ向勝負で力負けした…………っ!? 冗談キツイわよ。ソレってつまり、今のアレは偏在速度はやさだけに留まらず偏在強度ちからに於いても、今までに発生したどんな死神グリムよりも…………!)


「………………強、い」


 とうとうその声からは、感情が抜け落ちている。






「うふ。うふふふふ。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」






 【蒼焉の騎士ペイルライダー】は。

 終末論エスカトロジーを体現する、災厄の死神グリムは。









 史上最凶の死神は、ただ嗤っていた。



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