89.鬱と夜




 戦局は混迷を極める。

 数多の衝突を繰り返した宵の宴が、今集結し終結を迎えようとしている。

 【謝死屍祭グリムフェス】、最終日。

 この湘南に集った数多の生存者、もとい残存者達──生者も死者も混合されながら、この三日目までを踏破した者達が、一所に集うときが来たのである。






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 弖岸てぎし むすび達が【宣叫者プロクレイマー】の脅威に晒されてるその裏。

 【狩り手ハンター】は物憂げに腰を下ろしていた。


「ここにきて新しい手札切ってくるとか相変わらず無粋だよねーあの女王ババア


 溜息を吐く死毒の射手。

 この舞台に足を踏み入れてから、もはや何回目なのかは数え切れない。


「【賜死しし】の【死因デスペア】か…………全貌はまだまだ見えてこないけど、対象の行動をある程度決定づける──支配の性質を持ってるのは間違いなさそうだね。その強制力はどれほどかまだまだ見当つかないけどー…………取り敢えずわかったことは」


「ぐっ……ア”っ……!」


 足元に臥す第四隊クローバー隊長、罵奴間ののしぬま 鐔女つばめを足蹴にしつつ【狩り手ハンター】は呟く。


「その【死因デスペア】の自由度故に、他の【死因デスペア】での上書きは容易だって事だねー。オレ以上に対人特化……というよりは対人限定・・・・の【死因デスペア】かー。道理でおっかない羊飼いを側につけてるワケだ。よかったね狙撃手ちゃん? 弟君達を狙わずによくなってさー? オレちゃんに感謝感激して感涙に咽び泣いてくれちゃってくれちゃってくださいヨー?」


「アガっ、あ、うァァァァっ!!」


「まあ上書きの為にわかりやすい神経毒を使ったから全身めっちゃんこ激痛だろーけどその辺はちとごっ愛嬌! 弟君の身の危険と引き換えならそんな痛み屁でもないよねー? うぅ、なんて素敵に無敵な姉弟愛! ハァハァしてきちゃいそっ!」


 激痛にもがく鐔女つばめを見て上機嫌に声を上ずらせる【狩り手ハンター】。


「だ、れよ……」


「んー?」


 激痛に苛まれながら零した鐔女つばめの言葉が【狩り手ハンター】の耳に届く。


「そもそも、この湘南に、なんでアンタがいる……【狩り手ハンター】。あんたはほぼ孤軍だってことぐらいわかってる。【十と六の涙モルスファルクス】とも【死に損ないデスペラード】達とも敵対関係……そしてだからこそあんたが何らかの手段で【死神災害対策局アルバトロス】から情報を抜き出してた事も」


「そりゃーよーくでーきまーしーーたーぬぇっと。遅きに失しすぎてるけどにー」


「だからこそ、ここ最近は情報統制を徹底していた……っ、この湘南に【十と六の涙モルスファルクス】の手が伸びてた事実は【聖生讃歌隊マクロビオテス】とそれから司令を受けた【破幻隊カレンデュラ】の分隊長格だけっ……! なのになんであんたが先回りして八子やこさん達を潰せたのか……!」


「本題を、言えやぁさっさとおおおぉぉぉ!」


「誰よ






 ──!!」






 BANGばん






「沈黙は金、と。あひゃ♡」






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「よく、ここまで逃げたね。偉いぞ、みんな」


「ドュうぅうぅうぅえ”え”ええぇぇ!! れいしゃんんんんん!!!!」


「うん、傴品うしな、静かにしようか。敵に狙われるよ?」


 弖岸てぎし むすび儁亦すぐまた 傴品うしな達、少年少女の灰祓アルバ四人は、第零隊ヘムロック隊長、時雨峰しうみね れいとの合流を果たしていた。


「ごわかっだでずぅ〜〜! れいざんがムヂャぶりするがらぁ〜〜!」


第四隊クローバーに、異変があったのはわかったから、先に合流してた盾持ちの傴品うしなむすび達の迎えに行かせてたんだ。傴品うしなが、タゲ引いてる間に、狙撃位置を逆算して、第零隊わたしたち二人が止めに回った」


「なら、姉貴達は……!」


 鐔女つばめの弟である鍔貴つばきが問いかけるが、れいは相変わらずの無表情を崩さなかった。


日脚ひなしツインズは、御呉ミクレが回収した。…………嘉渡嶋かどしま副隊長は、手遅れだった。鐔女つばめさんは、見つからなかった」


「…………っ!」


 その言葉を聞いたむすびが唇を噛み締める。


「…………そんな顔するなよむすび。見つからないってことは逃げたってことだ。まだ姉貴が操られて俺たちを狙ってきてるならここまでで俺たちが大きな負傷もなく切り抜けられた筈がないしな」


「…………そう、だね。」


「うん。落ち込んだり、悔やんだりは、後にしてくれると、助かるかな。私達みんな、ただいま絶賛四面楚歌、って感じだから。…………ただ、最悪ってわけでも、ないかもしれない」


 既に先導して歩き出したれいが振り返らないままに言葉を紡ぐ。


「今朝から、エリア内のシャッフルが、一度も行われてない。バラバラに、シャッフルされてた地形も、一つに戻ってる。この監獄の主──【無限監獄ジェイルロックマンション】に、何かあったのかも知れない。だとしたら、今がチャンスだね」


「チャンスって……なんの、ですか?」


「脱出。湘南ここからの」


「え、えぇえぇ!? 脱出出来るんです!? エスケープ可能なんです!? なら逃げましょうすぐ逃げましょう直ちに可及的速やかに脱出しましょう!!」


「逃げるとなったら、食いつくねー傴品うしなは。…………さっき言ったように、もう湘南は、本来の地形に戻っている。監獄の中なのは、変わってないけどね。だから、監獄のふちを見つければ、そこをぶち抜いて、脱出──いや、脱獄というべきかな。とにかく、出れるかもしれない」


 れいのその平坦な口調からはただただ事実だけが語られ、そこからは希望も絶望も窺えない。

 それでもこの状況下において、その言葉は確かなしるべとなった。


「で、どうする?」


「どうする、って…………? 逃げるんですよね?」


「どう逃げるのか、って話。【無限監獄ジェイルロックマンション】に、何かあったっていうのは、希望的観測、っていうほどじゃないけど、絶対とも言い切れないからね。バラバラに逃げるか、一纏めで動くか…………まあ、脱獄には、【冥月みょうげつ】を使わなきゃだから、分けても私とむすびの二組でだけど」


「それは、一丸になったほうがいいんじゃ……」


「それだと、ほぼ間違いなく、縁に辿り着く前に、捕捉されるだろうね。けど分かれたら、片方は何事もなく脱出する目もある」


「もう片方は?」


「半分の戦力で、どうにかなる相手じゃない。言わずもがなだけどね。だからまあ、追いつかれた半分は、死んじゃうと思う」


「「「一丸で」」」


 声が揃った。


「あ、カメラの話です?」


 傴品うしなは殴られた。






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「どうやら戦況は芳しくないようですね、【宣叫者プロクレイマー】」


「掛け値なしの初心者ビギナーに無茶言わないでくれ…………こちとら右も左も分からないままやってるんだからな」


 新米死神グリムの【宣叫者プロクレイマー】と、それのお目付け役として立つ【少女無双ヴァルキリアス】。

 第四隊クローバーの面々は事実上の壊走と相成ったが、第十隊ダチュラの残党と第零隊ヘムロックがは未だ健在。


「とはいえ、残る連中はそこそこの手練ではあります。第四隊クローバーの隊員で支配出来たのは一人だけでしょう? 手駒、足りるんですか?」


「微妙……俺が支配できるのは現状四人てとこだし……」


「少なっ。【澱みの聖者クランクハイト】は10万人を軽く越えてましたよ」


「初耳だよなんだよそれ桁違いにも程があるだろ」


「レベリングの道行きは果てしなさそうですね…………さて、これからどうしますか──」



 監獄内での区域閉鎖が解かれ、一つの領域となった湘南は広い。逃げ惑うであろう灰祓アルバ達をどう追い詰めるのか。

 二人がそう思案しだした、矢先の事である。






「うふ」






 災厄の声が落ちる。


「【神髄デスモス】を防御カバーして! すぐ!」


「へぁ──?」


「チッ!」


 反応出来ていない【宣叫者プロクレイマー】との間に身体を強引に捩じ込ませる【少女無双ヴァルキリアス】。

 次の瞬間に自分達を襲ったを、【宣叫者プロクレイマー】はまともに認識出来なかった。




「うふ。うふふふふ。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」




 例えるならば、荒れ狂う暴風雨。或いは炸裂する閃光か。

 彼の脳裏を過ぎったイメージは、さしずめそんなところだった。







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「地震…………じゃないですよね」


「そんな、牧歌的で、平和的な、地球の営みなら、どんなによかっただろうね」


「そんな言い方しちゃダメですよー。不謹慎だって怒られますよー」


 灰祓アルバ達は脱出の為にひた走る。

 無論、何事もなくそれが遂げられるとは一人も思っていなかったのだが──


 ──がやって来ると思っていたものもまた、一人もいなかったのだった。




「──うふ」




 ありとあらゆるあらゆる建造物を「粉砕」──読んで字の如くに粉になるまで砕きながらにそれは現れた。

 蒼き燐光をその髪に湛え、瞳は濁々と淀んでいるようにも炯々と煌めいているようも見える。

 手の蒼い大車輪はぎゃりぎゃりという不協和音を奏でては。正に神速と呼ぶべき域にまで加速したその回転により、傍目からはその車輪は静止しているようにさえ写った。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………ウヒっ」


 【蒼焉の騎士ペイルライダー】が、その姿を現した。

 瞬きは勿論のこと、呼吸さえ止まる灰祓アルバの面々──一人は白目を剥いて失神(或いは失禁)しかけている。

 それでも最初に動いたのは、やはりというべきかれいだった。


「…………か。最初から、覚醒おこすのが、目的だったのか……【醜母グリムヒルド】」


 静かに生装リヴァースを構えながらボヤく霊。


御呉ミクレは別行動中だから、生装リヴァース予備ストックは無し…………うーん死んだかな。これは。流石に。終わりってのはこんなのか。夏の夜の夢…………だね。へーぇ。まあ、いいか。一回言ってみたかったし」


 ピタリ、と正眼に刃を構える霊。


「ここは私に任せて先に──「こ、らあああああぁぁぁぁっ!!!!」


 むすびが。

 弖岸てぎし むすびが、身を乗り出していきなり怒鳴った。


「なにをやってんのよ、ばかミヤコーーーー!!!!」


 お前が何を言ってんだバカ。

 そう内心で叫んだ灰祓アルバの面々に対して、【蒼焉の騎士ペイルライダー】は──


「………………………………」


 ピタリ、と静止し、身動ぎ一つしなくなった。


「止まっ、た? に、逃げるチャンス──」


「まぁたあんたは目ぇ話した途端に変な方向へぶっ飛んじゃって! 毎度毎度素っ頓狂なところまで追いかけていかされるワタシの身にもなれってのこのあんぽんたん──」


「わ”ーーーっ! もういい! いいですからむすびちゃん! 今のうちに逃げましょ! なんか止まってるウチに早く!」


「みんなは先行ってて! ほっとくワケにはいかないから──」


 ──その混沌とした舞台の上に。

 最後の演者達が、登場する。




「言いたいことは大体言われたが──先に行くのは、お前もだな。弖岸てぎし むすび




 音もなく、その白衣の死神は現れた。


「探してたのは、おれだろ? お望み通り、相手してやる」


「コラ。なぁーにまたぞろカッコつけてんのー? 心配でたまらなくなって飛んできたんだって言えばいいのにー」


「ふん…………ともあれ、遂に歯応えのある戦いが出来るか。いつぞやとは次元ワケが違いそうだな、じゃじゃ馬娘」


 残存者達が遂に集結し──しかし、御祭騒ぎだいらんとうに至ることはない。

 闘いは一つ。

 参加者は四名。

 周囲の有象無象エキストラはただ、木ノ葉の如くに弄ばれるのみ。




 【謝死屍祭グリムフェス】、最終日。初戦にして最終戦。




 終末論エスカトロジークラス死神グリム、【蒼焉の騎士ペイルライダー】。


 対。


 【刈り手リーパー】、時雨峰しうみね せい

   &

 【凩乙女ウィンターウィドウ】。

   &

 【慚愧丸スマッシュバラード】。




 ──開戦。



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