88.「  」




 活動を開始した【蒼焉の騎士ペイルライダー】の最初の行動は、まず自身の目前にあった【醜母グリムヒルド】の首を螺切る事だった。


「ありゃパっ」


 おかしな声を出した【醜母グリムヒルド】の頸は540度回転しており、どう見ても致命傷である。


「っ──! 【獄門ごくもん】!」


 【無限監獄ジェイルロックマンション】は反射的に両脇にいた二人の死神グリム──未だ目前の異常事態に反応しきれていない【処女メイデン】と【処刑者パニッシャー】を自らの【死因デスペア】にて避難させる。


「う、ふ」


 生来の笑い方ソレとはかけ離れた微笑を零しつつ、【蒼焉の騎士ペイルライダー】は仲間の避難で両の手が塞がっている【無限監獄ジェイルロックマンション】めがけて無造作な前蹴りを放った。


「ガっっっバぁあ!!??」


 ただの前蹴り。それ一発で神話級ミソロジークラスたる【無限監獄ジェイルロックマンション】の胴体には風穴が空き、それだけに留まらずその衝撃は真っ二つに【無限監獄ジェイルロックマンション】の身体を引き千切ったのである。


「ぐっ……ア”」


 勢いのままに中空へと舞い飛んだ【無限監獄ジェイルロックマンション】はそれでも辛うじて【獄門ごくもん】を開き、死地より脱出していった。


「………………うふ」


 目ぼしい標的を見失った【蒼焉の騎士ペイルライダー】は尚もその表情から笑みを絶やさない。

 どころか。


「うふ、うふふふふ。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


 その含み笑いは留まることなく零れ続ける。

 やがて、終末の駆り手──【蒼焉の騎士ペイルライダー】は駆け出した。

 目的は無く、ただ目前の世界に終わりを齎す為に。

 この江ノ島が青褪めた車輪によって轢滅されるまでの時間は──そう長くはないことだけは確かだった。






●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●






「いやーーあっはっはっ。死ぬかと思った」


「「「死ねばよかったのに…………」」」


「声を揃えて酷いこと言わない! 泣くわよ!? 泣いちゃうわよ!?」


 【醜母グリムヒルド】は当たり前のように健在ではあったが──


「流石にイルマはグロッキーねー。しばらく休んどいてくれて構わないわよ。監獄の外枠だけ維持してくれれば」


「休んでいいといいつつ働かせとるやんけ」


「ブラックの極みですね…………ともあれ、先程は助けていただきありがとうございます、【無限監獄ジェイルロックマンション】」


 下半身を消し飛ばされて回帰も間に合っていない【無限監獄ジェイルロックマンション】に対して素気ない態度をとる首領リーダー、それを嘆く部下達。

 【十と六の涙モルスファルクス】、平常運転である。


「…………問題、ない」


 上半身だけの身体で、それでも【無限監獄ジェイルロックマンション】その言葉を絞り出した。


「問題なくないでしょーよ、ちゃんと苦情入れんとあきませんよ」


「ホント真面目ですよね、【無限監獄ジェイルロックマンション】は。正直に言ってあまり見習いたくはありませんが」


 再び集結した【十と六の涙モルスファルクス】の生き残り達──【醜母グリムヒルド】、【無限監獄ジェイルロックマンション】、【処女メイデン】、【処刑者パニッシャー】、そして新たに合流した【少女無双ヴァルキリアス】の五人がここに揃っていた。


「【少女無双ヴァルキリアス】がここにおるってことは……【奈落食堂ストマックフォール】は?」


「【醜母グリムヒルド】の言うとおり所定の場所にふん縛っておきましたよ」


「そりゃあお疲れさまやねー。取り敢えず【駆り手ライダー】も【奈落食堂ストマックフォール】も檻の中。ウチらは外に避難して一安心ってトコですか──と言いたいとこやったのに、結局なんですかコイツ」


 【処女メイデン】に軽く蹴飛ばされてゴツっと音を立てたのは、彼女達にとっても新顔となる死神グリム

 名前──もとい、識別記号コードはまだない。


「…………」


 未だに意識は戻らないまま、生前に珠環たまわ 北斗ほくとと呼ばれた青年死神グリムは静かに微睡んでいる。


「新戦力──いや、戦力としてはぶっちゃけどうでもいいんだけどね。そんなのはキリアちゃん一人で足りてるし」


「ごもっとも」


 【少女無双ヴァルキリアス】は当たり前だと言わんばかりに頷く。


「ただまあ、あの【死因デスペア】の使い手はいずれは現れてくれないと困るわけだし…………今まで絶妙にしっくりくる子がいなかったってだけよ。それにホラ、ロマンじゃない? 【十と六の涙モルスファルクス】秘められし最後の一人──じゅうゼロ!」


「ありきたりだな」


お約束テンプレですね」


「親の顔より見た展開ー」


「もっと親の顔みなさい!」


「ウチ親の顔とか知らんし」


「サラッと重いこというねめいちゃんは…………兎に角! 新入りなんだからみんなで教導してあげてね。えーっとほら、まだ監獄内に梟達の生き残りがいたでしょ。初戦の相手には丁度いいだろうし、連れて行ってあげてくれない?」


「ウチはやですよ。もー懲りました。しばらく休みます」


 微塵も態度を変えぬまま新しい仕事を押し付ける上司に流石に辟易した様子の【処女メイデン】。


「ならば私が出ます。新入りがどんなものなのかは多少の興味がありますので」


 それを見て手を挙げたのは【少女無双ヴァルキリアス】であった。


「あれ? キリアちゃんが出てくれるの? それはありがたいけど、正直言ってキリアちゃんが楽しめるような相手はいないと思うわよ」


「ご心配していただかなくとも、そこまで高望みはしていませんよ…………単なる好奇心ですので戦る気はありません。…………今の【駆り手ライダー】が相手なら物凄く楽しめそうだったんですけど」


「それはダメー。今はあの子は自由にさせとくの。イエス、【駆り手ライダー】、ノータッチ!」


「わかっていますよ。では──【無限監獄ジェイルロックマンション】、灰祓アルバのところまで【獄門ごくもん】を開いてください」


 倒れ臥したままの【無限監獄ジェイルロックマンション】へと向けて迷いなく要望を告げる【少女無双ヴァルキリアス】だった。


「あー! 私達も観戦したいから【鉄窓てっそう】も開いといてー」


「…………わかった」


「いやだからわかっちゃあきませんって。ワープ持ちの宿命とはいえ、酷使怖ぁ〜〜…………【過労死かろうし】の【死因デスペア】とかありませんよね?」


「さっき監獄の維持だけでいいと言った舌の根の乾かぬうちに…………」


 そんな周囲の言葉など届いていないかのように【獄門ごくもん】は開かれ、新入りと共に【少女無双ヴァルキリアス】はそれをくぐっていった。


「さあーて、新入りくんの初陣をみんなで観賞しましょうか。じゃ、にっしゃん。なんか飲み物持ってきて。暑い。炭酸がいいな」


「了解です」


「他人をこき使うのが堂に入り過ぎとる…………」


 ともあれ、その場に残された死神グリム達はひとまず活動を休止した。






◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■

■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆






 第十隊ダチュラ隊員、神前こうざき えん。使用生装リヴァース、大剣型兵装、【一空いっくう】。


 第十隊ダチュラ隊員、罵奴間ののしぬま 鍔貴つばき。使用生装リヴァース、クロスボウ型兵装、【Altoアルト】。


 第零隊ヘムロック隊員、弖岸てぎし むすび。使用生装リヴァース、太刀型兵装、【鐚黒アクロ】。


 ──第十隊ダチュラ隊長であった加賀路かがみち 明騎みんきが殉職し、指揮官を失った三人。

 そんな中で雑に強襲してきた【狩り手ハンター】の魔の手からは【奈落食堂ストマックフォール】の乱入に乗じてなんとか逃げ出して今に至っている。

 そこにやってきたのが──


「はぁ…………ったく、何がなんやら」


 【十と六の涙モルスファルクス】新入りの、青年死神グリムである。


「新手、みたいね…………」


 戦闘に立って気丈にその刀剣を構えたのは弖岸てぎし むすびである。

 敗北に立ち止まっている余暇など無いと背後の二人を庇うように佇んでいる。


(敵は…………二体?)


 湘南の道路の上で青年グリムと相対しながら、むすびは相手の後方で退屈そうに座り込んでいる少女の死神グリムへと目をやった。

 【少女無双ヴァルキリアス】と、彼女が名乗ることはなかったが。


「私の事はお気になさらず。たとえあなた方が彼を倒したとしても私が動くことはありませんよ。私はただのお目付け役なので」


 心底興味なさげに【少女無双ヴァルキリアス】はむすびへと告げた。


「…………えん鍔貴つばき。戦える?」


「…………当たり前でしょ」


「戦えなかったら死ぬだけだ。戦るしかないだろ」


「だよね」


 短く決意の言葉を交わし、三人は生装リヴァースを構える。


(勝算はある──さっき第四隊クローバーの四人とは連絡が取れた。こっちの動きも捕捉してくれている筈)


 得体の知れない相手だが、臆して後手に回る方が死神グリム相手には下策だと。

 むすびが先手をとって斬りかかる──


「ん、ノーーーー!! むすびちゃんっ!!」


 そこに割り込んできたのは──楯持つ少女。

 その直後に。


 ──ドドドドドドォン。と、轟音六つが響き渡った。


「な、え。は? 傴品うしな?」


 その盾──【不昊フソラ】によって自身の同僚、儁亦すぐまた 傴品うしなが守ってくれたというのは無論察した。

 問題は、直後に響いた、六連発の銃声だ。


「今、のは──姉貴の、【谺六連こだまりくれん】?」


 血の気が引いた顔で、喘ぐように鍔貴つばきが呟く。

 その銃声を──実の姉である罵奴間ののしぬま 鐔女つばめの攻撃音を彼が聞き間違える筈も無かった。


「あー…………防がれたな。指令実行のタイミングがちょいと遅れた。距離があるとラグが出るのか? 初めてだから暗中模索もいいとこだ」


「て、めえ…………!」


「ここ、ここここは、駄目ですぅ! 第四隊クローバーの人達からの絶好の標的まとになります! 建物の中へ逃げましょう⁉」


「──は!? 傴品うしな、あんた何を知って、てか今の状きょ──」


「説明してる余裕は絶無ですぅ! 神前こうざきさんはアタシと一緒に狙撃を防いでください! ヘッショ来ますよヘッショ! とにかく今は射線の無いところに──」


「あーもー、これ止めなきゃだよな? ええっと武器の出し方…………こんな感じかっ?」


 どこかおっかなびっくり気味に青年死神グリム死鎌デスサイズを取り出し、振るう。


「くっ…………⁉ あんた、第四隊クローバーの人達に何をしたの!」


 それの刃を受け止めるむすびであったが、狙撃を警戒せざるを得ないため、簡単には踏め込めない。攻撃を凌ぐどまりだった。


「俺の能力…………【死因デスペア】だっけか? それでまあ、ちょこっとな。スナイパーは怖いから先に狙わせてもらった。安心しろよ、死んでないから…………な」


 そんな対峙を傍から眺める【少女無双ヴァルキリアス】は、新入りへと語りかける。


「ネタバラシとは随分と余裕ですね、新入りの身で。まあ、このレベルの相手にネタが割れただけで負けるようなら用はありませんが」


「手厳しいねぇお嬢ちゃんは」


「お嬢ちゃんじゃありません。【少女無双ヴァルキリアス】と呼んでください」


「じゃあそっちも新入り呼ばわりやめてくれ」


「他に呼び方がありませんので」


「じゃあさっさと呼び名つけてくれっての。単純に不便だろ」


「それもそうですね。では失礼して、私の一存で──定型化された死を齎す我々大多数の死神グリムとは違い、貴方は対象に応じて死を決定し、死を命じ、死を下賜する…………支配者たる死神」


 【少女無双ヴァルキリアス】はどこか厳かな雰囲気を湛えながらに、その記号コードを告げた。






「司る【死因デスペア】は【賜死しし】──




 【宣叫者プロクレイマー】、とでも呼称しましょうか」











「……………………いや何で能力バラすの!?」


「あっ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る