83.殲




 ──死の神、冥府神、死神の歴史は極めて古い。

 神話というものが形成され始めたと言われる新石器時代、原初の神とされる大地母神は豊穣と同時に死をもたらすと畏怖され、崇められていた。生きることが極めて困難であった太古の時代、神は容易く人々に死を撒き散らす凶神として認識されるのが必然だったからだ。

 春に恵みを与え命を育み、その一方で冬に滅びを招き命を枯らす。それが始祖なる神、大地母神の姿だった。

 だが、時代は流れ、文明は進歩する。狩猟から農耕へと生活基盤が移り、人口が大幅に増加していく中で社会も共に変動し、その変化は神話にも直結する。

 自然の脅威に抗う術を覚え始め、爆発的に増加した人間達は当たり前の様に争い合った。ただ自然の恵みを享受するだけでなく、日々の糧を奪い合うようになっていった。結果、気づけば人の命を最も奪うのは自然の脅威ではなく、人間同士の戦争となっていたのである。

 そして、人間にとっての最悪の災厄、それが戦争となった時、その災厄が畏るべき死の神と結びつき、同一視されるまでにそこまで時間はかからなかった。

 結論を言うと。

 世界中で散見される死神、冥府神、その多くは得てして──






 ──としての側面を併せ持つものが多い。









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「私が一番強いと思いますよ」


 冗談みたいな台詞を吐きつつ、目前の死神グリム──【少女無双ヴァルキリアス】はクルクルと死鎌デスサイズを回して手遊びをしていた。が、こっちは呑気してられなくなった。

 一番強いぃ?

 ハッタリやブラフだったらありがたいんだが──生憎あたしの希望的観測ってヤツは大概外れるんだなこれが。


「さて、世間噺はこの辺でいいでしょう。そちらももう【死業デスグラシア】を見せてくれている事ですしね。【澱みの聖者クランクハイト】を打破した相手に小手調べが必要なわけもなし──こちらも見せましょうか」


 【少女無双ヴァルキリアス】は手遊びを止め、死鎌デスサイズを真横にピタリと構える。


「──【天輪なる戦乙女ワルキューレ】」


 迸る閃光。

 目が眩むのは一瞬で、直ぐにその姿は現れる。


「…………綺麗」


 と、思わず素の感情を漏らしてしまう程に、その容姿は煌びやかであったと思う。

 黄金に耀く光輪が頭上に浮かび、白鳥を思わせる装甲を身に纏った戦乙女は、すぐに自らの武器を手に取った。


「【衝破進槍Geirölul】」


 翡翠色に煌めくその槍を此方に静かに突きつける。

 あ、ヤッベ。


(来る──)


 などと思った瞬間に相手の姿は消えていた。

 

「二速──」


「遅い」


 初撃は目で追えなかった。

 故に勘で飛んだ。

 左脇腹に裂傷がはしる。


「ぎっ……!」


「まだまだ」


 そこから矢継ぎ早に放たれる刺突つきは、まるで流星のようだった。

 翠の閃光が次々と煌めき、あたしの躯体を抉り穿つ。


「が、この、あだぁ!」


 駄目だこりゃ、二速じゃどうにもならない。


「──それでも致命傷は受けませんか、流石に戦闘慣れしているようですね」


 称賛してるつもりかは知らんが、この状況じゃ嫌味にしか聞こえないっての!


「三速ぅ!」


「っ!」


 更に速度を引き上げる。

 【駆り手あたし】のギアは一段階毎に速さが概算で倍化・・していく!


「死神走法──君影草スズラン双輪そうりん!」


 相手がこっちの速度にギャップを覚えてる内がチャンスだ。即座に畳み掛ける!

 放たれた二連撃は【少女無双ヴァルキリアス】の頸と胴目掛けて進み──


「なるほど」


 寸前で、かわされた。


「なっ──」


「加速によって感覚のギャップが生まれるのは貴女も同じな様ですね。半歩踏み込みを甘くしただけなのですが」


「!」


 こちらが加速したのを見るや、逆に減速して──しかもこっちが気付かないほんの僅かだけ──間合いを狂わせたってこと!?

 理屈はわかるが納得できるか。どう考えたってリスクがデカすぎる。普通思い付いてもやらないぞ。

 そして恐るべきは胆力ではなく、あたしの加速を目にした次の瞬間にそんな真似をやってのける判断の瞬発力──


「お返しです」


「う、ぅおおおお!」


 カウンター気味に放たれた突きはまたしてもあたしの身体に孔を空ける。

 クソッ、どうしても避けられない。回避出来ない瞬間を狙って攻撃を捩じ込んで来る。辛うじて決定打を避けられてるのは半分運だ。

 即座に真後ろへと加速し、一旦間合いを置く──


「へえ、慣性や摩擦係数は完全に無視しますか。正に縦横無尽。大した機動力です」


 その声はあたしの聞こえた。

 は????


「嘘、でしょ」


「何が?」


 【少女無双ヴァルキリアス】は退屈そうにそう呟き、槍を振るう。


「はっ!!」


 何とか蒼の大車輪を盾にし、槍を弾いた。

 しかし安堵する余地など微塵もない。


「くぅっ!」


 三速の速度で疾駆するあたしにピッタリと張り付くように【少女無双ヴァルキリアス】は並走してきた。


「なるほど、流石は【駆り手ライダー】。素晴らしい速度です──の相手なんて、中々お目にかかりません」


「冗談、じゃねえっての!」


 三速のあたしの速度に素で追い付いて来てる!?

 商売上がったり、おまんまの食い上げ極まれりー!!


「ふっ……!」


 どれだけ悪態を吐いてもその槍の鋭さは変わりはしない。息吹と共に繰り出される一閃は、限りなく致命的だ。

 こうなったら…………!


った」


 【少女無双ヴァルキリアス】の槍が吸い込まれるようにあたしの腹部を貫いてみせる。


「ぐ、ぶ」


 喉奥から湧き上がる鉄の匂い。

 だが。


「っ。なるほど、骨を切らせてなんとやら──」


「お"、っらああああぁぁぁぁ!!」


 突き刺さった槍に対してテコの原理で渾身の力を込めてやる。

 ベキィ、と槍は音を立ててへし折れた。


「ここだ!」


 個体にもよるが、破壊された【死業デスグラシア】の修復にはある程度の時間がかかる。少なくとも数秒は!


「死神走法、姫椿サザンカさんり──


「【神姫麗剣Hjörþrimul】」


 スパァン、と小気味良い音を立ててあたしの片腕が飛ぶ。


「ん、なっ…………!」


「私の【死因デスペア】、まだ言ってませんでしたかね」


 流麗なるを見せながらに【少女無双ヴァルキリアス】は宣告する。


「私が司る死のカタチは、【戦死せんし】」


 そのかおは、身震いが起きるほどに美しい。


「凡ての戰斗イクサは、私の掌の中に」


「っ、はあああぁぁ!!」


 あたしは脚を止めて、真っ向から攻撃の雨を降らせた。

 【少女無双ヴァルキリアス】が新たに顕現させた剣は、片刃のカトラスに近い形状のもの。あたしの大車輪と比べればあまりに頼りない。

 速度が互角なら、質量おもさで押し切ってみせる!


鳳仙花ホウセンカ五輪ごりん!」


「打ち合いですか? いいでしょう」


 高速回転する大車輪による五連撃、とても剣一本で捌ける威力ではない。

 だが。


「愚直過ぎる。一本調子の攻撃を何回撃ち込んでも無意味ですよ」


 耳障りな金属音を立ててあたしの車輪を弾く──いや、逆だ。回転するあたしの車輪の衝撃を往なし、弾かれている!


「こん、のお!」


 最後の一輪を思い切り叩き込む。今度は回転を逆用されないよう、無回転の質量で上から押し潰してやる!

 ──ズドォン。

 轟音が響き渡る中、【少女無双ヴァルキリアス】は──


「いや、無回転ソレだと受け止めるのが容易になるだけでしょう。強みを棄ててどうするんです?」


 鉄槌の如くに全力で叩きつけた【黙示録の駆り手ペイルライダー】の大車輪。それを【少女無双ヴァルキリアス】は──剣を持っていない、片腕・・で受け止めていた


「んな、アホなっ、【慚愧丸スマッシュバラード】のゴリラおやじじゃあるまいし──」


「! そうでしたか、貴女は彼とも交戦経験があったんですね…………ならば質問させてくれますか」


 【少女無双ヴァルキリアス】はあたしが回転を再開するより速く受け止めた車輪を腕力で捻ると、それを手にしたあたしも一緒に宙を踊る。

 そして空中で身動きが取れないあたしにサマーソルトキックを叩き込んだ。


「ふごぁ!」


 骨が軋む。たかが蹴り一発がシャレにならない威力を宿している。


「【少女無双】と【慚愧丸スマッシュバラード】、どちらが強そうですかね? 一度手合わせ願いたいと常々思っているんですが、中々機会に恵まれないので」


「ゲ、ホ…………くそっ」


 強さ議論ねぇ、案外俗っぽい性格してるじゃんさ。

 …………所感で言えば、どっちもどっちだ。自分からは桁違い過ぎて詳しい差違なんて見当もつかない。登山未経験者からすりゃヒマラヤの山がエベレストだろうとそれ以外だろうと難易度の差なんてないのと同じように。

 そもそも、かつてのゴリラおやじにしたって今のこいつにしたって、余裕の色が透けて見える。あたしが何を言っても正しい評価にはならないだろう。


「はん、批評してもらいたいってんならまずは全力出してからにしてもらえる? まあ、どうしようもない感で言えば現状は【慚愧丸スマッシュバラード】の方かなって思うけどもさー」


「…………なるほど。では、すぐにその評価をひっくり返してあげましょう」


 あたしの連撃四発を往なした剣は流石にただではすまなかったようで、あちこちが刃零れしていた。


「今のうちに、っと…………」


 今度こそあたしは距離を取った。相手は超のつく接近戦タイプだ。相手の土俵でやってちゃ勝てっこない。


「死神投法、カズラ飛輪ひりん!」


 放ったヨーヨーは【轢死れきし】の【死因デスペア】を宿している。まともに食えば即座にミンチと化す──


「何を出してくるかと思えば…………」


 落胆を隠そうともしない声を溢しつつ、向かってくるヨーヨーを【少女無双ヴァルキリアス】は回し蹴りで粉砕した。


「んなっ…………」


「驚くような事でもないでしょう。貴女の【轢死れきし】の【死因デスペア】は対象と接触する外輪の部分に宿っている。つまり側面の部分を叩けば【死因デスペア】の影響は受けずに済みます」


「こ、んのぉ…………! 雛罌粟ヒナゲシ飛輪ひりん!」


 続けざまにあたしは懐から取り出したフリスビーをめったやたらに投げつけまくる。


「ヨーヨーの次はフリスビーですか…………こんなものは武器とは呼びません」


 武器を持たず無手のまま、飛んでくるフリスビーを片っ端から粉々にしつつ【少女無双ヴァルキリアス】は言い放つ。


「これは、玩具オモチャです」


「マジレス止めろぉ!」


「では、口ではなく手を動かしましょうか」


 閃光ひかりと共に現れた武器を構え、【少女無双ヴァルキリアス】はあたしを射定める。


「【超越轟弓Hrist】」


 その大弓に矢をつがえ、流れるような淀みのない射法八節で戦乙女はあたしを射貫いた。


「がはぉ!」


 一射で終わる筈もない。

 何処からともなく現れる矢を次々につがえ、射る。あまりにも滑らかに行われるその動作は、この状況でさえ見惚れかねない。

 しかし、その動作の回転速度はまるでガトリングガンを思わせる程。放たれた矢は五月雨のようにあたしを討つ。


「う、ああああぁぁっ!」


 身体中に孔を空けられながら。

 あたしの脳裏には。

 巷で使い古された、酷く安易で他愛のない。

 そんな二文字が、克明に焼き付けられていた。











(………………さいきょう)



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