82.千葉




十と六の涙モルスファルクス】所属。

 元老院、【時限式隠者クロックワークス】。


 対。


 無所属。

 【死に損ないデスペラード】、【刈り手リーパー時雨峰しうみね せい


 ──勝者、【刈り手リーパー時雨峰しうみね せい




 ──生涯という過程を徒爾に帰す、無辺なる死祭壇アルタール

 ──生涯を滅びという終着点へと押し流す、無為なる巡礼。

 似て非なる二つの死の神話体系は衝突ぶつかり、ねじれ、まがり──やがて炸裂はじけた。


「………………」


「………………」


 互いの世界が崩れ去り、両者はそれでもまだ対峙し続けている。

 が、それも束の間。


「が、はっ…………」


 大きく吐血し、その場に倒れ臥したのは──【刈り手リーパー】、時雨峰しうみね せい


「ごめん…………ミヤ、コ」


 掠れた声でそう溢し、そのまませいは意識を手放す他無かった。


「…………やれやれ、何処に謝る理由があるのやら」


 老練なる死神グリムは、そういって静かに微笑むばかり。


「──貴方の勝ちですとも、【刈り手リーパー】」


 ズズ、と響いた音は、袈裟斬りにされた【時限式隠者クロックワークス】の身体がズレたもの。

 そのまま【時限式隠者クロックワークス】の半身は、仰向けで地面に墜ちた。


「ぐ、あ…………」


 『始まりの死神グリム』と呼ばれるもの達──その中でも最古参の原初の死神グリム、二世紀近くに渡って跳梁し続けた時を渡る翁が、遂に落魄の時を迎えようとしていた。

 そこに。


「あぁー、いたいた。りっくん──て、うぇえ!? やだ、胴体風穴空いてるじゃない! ちょっとしっかりしなさいよー!」


 先刻まで死闘が繰り広げられていた緊迫した空気をあっさりと粉砕しつつ、黒髪の乙女──【凩乙女ウィンターウィドウ】が倒れ臥した【刈り手リーパー】の姿を目視し、慌てて側へと駆け寄った。


「おやおや…………」


「──フン。がきんちょ相手に随分としてやられたようだな、【時限式隠者クロックワークス】」


 重厚な足音を鳴らして歩み寄り、【時限式隠者クロックワークス】の有り様を見下ろすのは、仮にも真夏の湘南においてはあまりにも奇態な漆黒のレインコートを着込んだ巨漢。


「ざまあない」


「…………これはこれは、相変わらず、手厳しいですな…………【慚愧丸スマッシュバラード】」


 【凩乙女ウィンターウィドウ】、【慚愧丸スマッシュバラード】。

 【時限式隠者クロックワークス】と並び謳われる『始まりの死神グリム』が二人、この場にやって来ていた。


「さっきまでこのおかしな牢獄で分断されてたとこだが…………ついさっき空間のシャッフルが止んだ。戦闘が終息した区域エリアまで干渉し続ける程余裕はないという所か?」


「ほほ、まあ、そんな所かも知れませんな…………」


 そう口にした【時限式隠者クロックワークス】ではあったが、内心ではそれが正鵠を射てはいない事を悟っていた。

 【無限監獄ジェイルロックマンション】の力量からすればシャッフルの継続は容易くはなくとも至難でもない筈だ。

 即ち。


(気を遣わせてしまいましたかな…………やれやれ)


 存外に小粋な計らいをしてくれた後輩に、【時限式隠者クロックワークス】は内心で礼を言った。


「まあ、一世紀以上の顔見知りに看取られる、という体験は、定命の身では叶わぬものでしょうな…………そう考えると、いやはや、望外な最期と言えましょう」


「ふん。流石のお前も臨終の際には少しはしおらしくなるかと思いもしたが…………徹頭徹尾掴み所の無い事だ。折角足を運んでやったというのに、なんとも妙味に乏しい」


「【凩乙女ウィンターウィドウ】の方は、あの少年の方を注視しているようですがな」


「それを言うならお前もだろう。随分と熱心に指導していたように思える。女王ヒルドの指示かお前の意思か、或いはその両方かは知らんがな」


 言いながらに【慚愧丸スマッシュバラード】は口に運んだ葉巻に火を着ける。

 もはや視力も失ったのか、目を瞑ったままの【時限式隠者クロックワークス】は声色は変えぬまま、しかし少しづつ弱りゆく声で語った。


「彼は…………女王ヒルドの見出だした堕とし仔。女王ヒルドの遣いとしても、私個人としても、相対する事は必定でありました…………無論、現状に至る全てが彼女の思惑通りというワケではありませぬ。ありとあらゆる状況を見据えて導線を引いてはいたのでしょうが…………ここ数年はとんと計画通りに進むことはなかったようですよ」


「そうか。まあ、終点終局はどう足掻いても動かないと踏んでるのかも知れんが…………いや、或いは動いてもそれでよしとする気なのか。何にせよ、あの女は我々とはスケールが違う。人類が今日に至るまで築き上げた死という幻想──その結晶体だ。その上で…………とうの昔に、アレは歪み皹割れ、狂い極まっているのだろうしな」


 紫煙を吐きつつ、何処ともつかぬ方向へ目をやりながら【慚愧丸スマッシュバラード】は呟いた。


「我等死神グリムの行き着くはて…………見届けられぬのは残念ではありますが…………そんなものを見ずに逝けるのが気楽でもありますな。ほ、ほほ…………」


「は。気儘なもんだ。…………が。恐らくは最も人々に望まれる死の形。それを統べたお前の終わりが──安らかでない理由が、無かったな…………」


 老いたる死神グリムは、ただ静かに朽ち逝く。

 眠るように。

 霞むように。






★◉★◉★◉★◉★◉★◉★◉★◉

◉★◉★◉★◉★◉★◉★◉★◉★






 湘南の寂れたラブホテルの一室にて、あたしこと都雅とが みやこは現れた敵と相対していた。


「闘いに来ました、ねぇ…………」


 わかりやすさが限凸しちゃってるよ。

 お陰でこっちは逃げ場がないじゃん。

 と、内心でため息を吐き散らかしつつあたしは急ぎ思考を巡らせる。

 目前の女の子死神グリム──【少女無双ヴァルキリアス】と名乗った彼女は、セーラー服に純白のパーカーを着込んだ姿で佇んでいる。

 他人に言えた事じゃないのは百も承知だが、厚着だ。死神グリムってなんかやけに服着込みがちな気がする。

 寒がりが多いのだろうか。

 寒いのは身体じゃなくて心だ、とか言い出すほどセンチメンタルな連中じゃないのは間違いないが。

 …………現実逃避はほどほどにしよっか。

 とにかく、あたしの直感は最大の警鐘を鳴らしている。特級にヤベー奴であると。

 そんな相手に迂闊に飛び込むと碌な事にはならないと流石のあたしも学習しているのだ。

 …………してるよ?


「話し合いで平和的に文明的に解決する──とかってのはナシなんだよね、どうせ」


「貴女はそういうのから最も遠い位置にいると聞いていますが」


「誰だそんなこと言ったの。心外な。デマだねそれは」


「何にせよ、貴女を捕えろとの命令ですので。おしゃべりは得意ではないのでさっさと始めてしまいましょう」


 ああ、そうかい。

 あたしは腰を落とし、相手のどんな動作アクションにも対応できるように身構え──




 ──たと思った時には、あたしののどぶえに刃が迫っていた。


「──ッッッ!!!! 【黙示録の駆り手ペイルライダー】!!!!」


 反射的にあたしは【死業デスグラシア】を解放していた。


「はっ、はっ、はっ、ふ…………」


 呼吸が詰まる。冷や汗がどっと湧き出る。

 咄嗟に具現化させた蒼の大車輪のお陰で斬撃の軌道は曲げられたようだ。

 喉──いや、首を落とす勢いだったが、顎を少し裂かれる程度ですんだ。


「け、けつあごになったらどうしてくれんのようら若き乙女に…………」


「そのくらいすぐに戻るでしょう。…………しかし、流石に良い反応です。皆大抵初撃で終わってしまうので」


 少しだけ声と表情を崩しながら言う少女死神グリム──【少女無双ヴァルキリアス】は、その手でくるくると得物を回しながらに語った。

 その形状は──


(槍…………いや、薙刀? しれっと【死業デスグラシア】を解放してたってこと──)


「ああ、これは私の死鎌デスサイズですよ。戦鎌ウォーサイズ型なんです」


「…………へー、そう」


 解放せずにあの初速か。

 どうなってんだ、いったい。


「えーっとさあ、ちょっと質問したいんだけど」


「…………時間稼ぎでしょうか? まあ数分程度なら付き合いますが。何です?」


十之六じゅうのろくって言ってたじゃん? ってことはあんたは【十と六の涙モルスファルクス】の中で六番目に強いってこと──じゃないよね? 絶対違うよね?」


「【醜母グリムヒルド】から聞いていないんですか?」


「別に、なんにも。十が神話級ミソロジークラスで六が逸話級フォークロアクラスってことぐらいは察してるけどさ」


「そうですか。生憎私からしても、メンバーのナンバリングに関してはよくわかってないです。他の皆さんに聞いたこともありますが、皆知らないようでしたね。【死姫アデライード】を見るに加入した順番というわけではないようですし…………強さ順というわけでもなさそうです。【紫の鏡ヴァイオレットヘイズ】が筆頭になる辺りイカレポンチ度が評価されているのかとも思いましたが、それだと【無限監獄ジェイルロックマンション】が三番手になるのは違和感がありますしね。最有力説は『適当』です」


「わー、スゲー説得力」


「別に番号が若ければ偉いというような風潮も感じたことはありませんし…………まあ、トップ3の方々は『別格』としての風格を感じさせられますが。古株ですし」


 内情を聞けるのは新鮮っちゃ新鮮なのだが、聞きたいのはそういうのじゃない。


「じゃあ、誰が一番強いの?」


「さて、強さの定義にもよりますね。皆得意不得意というものがあります。例えば単純な偏在率、偏在規模で言うなら断トツで【白銀雪姫スノーホワイト】しょうし」


「あー、あの雪女ね」


 それは納得。

 だが、あたしが知りたいのは。

 今あたしの目の前にいる、あんたが──


「ですが、そうですね…………純然たる戦闘力、戦闘技巧という点では






 私が一番強いと思いますよ」



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