84.生くる者に




「ゲ、ほぁ…………」


 黒ずんだ血反吐をぶちまけながらに、あたしはそれでも機動あしを止めない。

 動くのを止めたらそこが最期だ。瞬く間に身体中を孔まみれにされて御陀仏だろう。


「だっっっりゃああああぁぁぁ!!」


 気力を振り絞るように怒鳴りながら、あたしは速度を維持し続ける。【黙示録の駆り手ペイルライダー】の大車輪はただただ機動力あしとしてしか使えない。下手に防御や反撃の素振りを見せたら、途端に飽和射撃で磨り潰されるに決まっているからだ。

 【少女無双ヴァルキリアス】の放つ矢の雨はその連射速度だけではなく威力も冗談染みていた。鉄コンの建造物が発泡スチロールか何かのように。これじゃ弾除けどころか緩衝材クッションにもなりやしない。

 そして厄介極まりないのがその矢の射線にあった。アニメや映画の機関銃よろしく糸引くように標的あたしを追いかけてくる弾道ならまだやりようがあったが、【少女無双ヴァルキリアス】の射る矢は一見てんで無軌道に──しかし確実にあたしの動きを制限し、逃げ道を潰すようにバラ蒔かれている。


「【黙示録の駆り手あなたのデスグラシア】の回転とそれによって生み出される馬力パワー機動力スピードには舌を巻きますが──いかんせん車輪の致命的な欠点として、動きの軌道が読みやすいというのがあります。加えて無闇な大きさのお陰で目視でも十分車輪の向きがわかってしまいますしね。初見時ならそれなりに翻弄できるかもしれませんが…………期を逸したら、後はの的です」


 きがるにいってくれるなぁ。

 【黙示録の駆り手ペイルライダー】の大車輪は一つだけ。だからバイクや自動車と違って方向転換は凄く楽だ。その場で回転すればいいだけだからね。加えて慣性や摩擦を無視できるお陰でどれだけ加速しようがお構い無しにいつでも瞬時に軌道は変えられる。正に縦横無尽にして神速の機動力を実現できるのだ。

 そんなあたしの動きの軌道が読みやすいなどと言えるということは、それはつまり、『自分に読めない動きはない』と言ってるのと大差無い。少なくともあたしにはそう言ってるとしか思えない。…………まあ、三速のあたしと素で同速の化物バケモンなんだからそりゃ見切れない相手なんかいるわけないか。そりゃそっか。

 気付けば飛び交う矢によって湘南の町並みはチーズのように穴ボコに──どころじゃなく、チーズはチーズでも粉チーズの如くに粉砕されて消し飛んでしまっていた。マジ洒落になんない。


「さて、もう建造物は粗方処理し終えましたし…………これで立体的三次元な駆動は出来ないでしょう。降参するなら丁度いいタイミングだと思いますが?」


「ふーん。冗談言うタイプだとは思わなかった。人も死神も見かけに依らないねえ」


「…………交渉決裂、と。まあ確かに野暮な提案でしたね。謝罪しましょう。では、続きを」


 再び弓をつがえ、連射態勢に移行する【少女無双ヴァルキリアス】──クッッッソこのまま逃げ回っても意味無いしどうにかなんとか打開策を見出ださなきゃいけないんだけどそんな猶予なんて与えてくれる筈もなくそもそもそんなあっさりいい感じの作戦が思い付いたら苦労しないっつぅかあぁもうダメだ間に合わん。

 そんな感じで再びガトリング風の射撃がやってくる。


「こん、チクショーーーー!!!!」


 自棄糞気味にあたしは最大回転力トルクの【黙示録の駆り手ペイルライダー】を飛来する矢の雨に叩きつけた。


「…………本当に馬鹿正直ですね。どうしようもないなら素直に敗けを認めればいいものを」


「やーなこーったーーーー!」


 回転による防御でひたすらに矢を弾き続ける、が、さっきいった通りジリ貧もいいとこだ。無限にさえ感じる矢によって、比喩抜きでガリガリと車輪が削り倒されていく。


「グッッッッ、がああああぁぁぁぁ!!」


「下手の穴熊、死するに似たり。と」


 その声は真上から聞こえてきた。


「先程は逃げ回られていたので足を止めてじっくりと狙わせて貰いましたが──そちらが動かないのであればこっちは気兼ねなく動けます」


「くうぅぅ!」


 上空から降ってくる一斉掃射。一瞬反応が遅れただけでも数発食らった。泡を食ってあたしは前方に逃れる。


「また逃げますか? 鼬ごっこが好きですね」


「──いーや、もう懲りたし腹も括った。…………限界越えないと、もう敗けしかないって思い知った」


 なら、もう、越えるしかないじゃん?




「────!!!! !!!!」




「!」


 調子に乗って宙に跳んだのを後悔しろ。

 超速であたしは大車輪を空中の【少女無双ヴァルキリアス】目掛けて投擲した。


「死神投法、石楠花しゃくなげ飛輪ひりん!」


 放たれた蒼輪は矢を砕きながらに【少女無双ヴァルキリアス】の元へと到達する。


「チッ!」


 咄嗟に構えた弓を無理矢理盾にしたようだが…………無駄だ。


「ぶち抜けええぇぇ!!!!」


 弓を真っ二つにへし折り、大車輪が炸裂する。

 だが、やはりというべきかその程度では倒れてはくれない。

 弓と片腕はもっていけたが残る片腕で車輪を弾き飛ばしてみせた。クソが。マジどんな偏在強度してんだよ。


「更に速い…………! そう、私よりも明確に」


 あっという間に欠損を回帰させながら(ふざけんな)、そう言う【少女無双ヴァルキリアス】は──ビックリする程輝かしく






               笑ってた。




「では、


 その瞳を爛々と煌めかせ、歓喜よろこびを隠そうともせず、高らかに謳い上げるように、【少女無双ヴァルキリアス】は新たなる戦争イクサをその身に纏う。


「──【無双戦姫Sigrdrífa】!!」


 純白のドレスを纏い、黒髪を靡かせ、火炎に包まれた槍を構え、戦乙女は迎撃態勢を取った。

 が、生憎とこっちにはそれに驚く余裕もない。


「が、はあああああぁぁぁああぁぅあぁぁ…………」


 身体中がバラんバラんになりそうだった。視界は真っ青になってぐにゃぐにゃと歪んでいく。レッドアウトならぬブルーアウトか。

 ダメだコレ。なんとなく悟ってはいたけど、もう一分も保たない。それ以上このを維持したら過負荷で潰れるな。


「どうやら時間は短そうですね。さあ、早くしましょうか」


 お見通しってか。大した観察眼──いや、戦闘眼とでもいうべきか。

 コロコロと武装を変化させてるところを見るに、おそらく【少女無双ヴァルキリアス】の【死業デスグラシア】の形状は不定形──いや、違う。『戦闘行動』がこいつの【死業デスグラシア】と考えるべきなのだろう。

 ありとあらゆる戦闘戦争戦法戦術戦略戦局戦場に対応し適応し、その全てを征圧せしめる。無欠にして磐石たる戦神イクサガミ。それがこの死神グリムの神髄だ。

 …………そういう意味ではやはり、個人的には【慚愧丸スマッシュバラード】の方が圧殺感プレッシャーは大きかった様に思う。【少女無双ヴァルキリアス】の強さは単純な強度ではなく、全ての『戦闘たたかい』を支配するというその在り方そのものだ。

 それ故に、無敵感どうしようもなさでは今まで戦ったどの死神グリムにも勝ると言わざるを得ない。

 …………【孤高皇帝ソリチュードペイン】? アイツは語る価値無し。


「さて、行こっか」


 一瞬で決める。この期に及んでグダグダやる余暇はない。グチャクチャになった脳ミソに喝を入れながらあたしは突撃の為に姿勢を低くした。


「結局、一から十まで真っ向勝負ですか…………ここまで来たらもはや感心せざるを得ませんね。受けて立ちましょう」


 童子のような笑顔を絶やさぬままに、【少女無双ヴァルキリアス】は半身で立ちつつ槍の穂先を上後方に向けた。薙刀でいう八相の構えだ。

 一拍の沈黙を挟んでから。


「ヨーイ…………どんっ!」


 あたしは疾走した。

 対する【少女無双ヴァルキリアス】は嬉しそうに楽しそうにあたしを迎え撃つ。

 …………こいつのヤバさはこれでもかと言わんばかりに思いしらされた。四速のスピードでもただ突撃しただけじゃ絶対に返り討ちにされる。

 が、ただでさえ尋常じゃない反動で尻からゲロ吐きそうな今の状態で、軌道を変えてフェイントかけたりはまず出来ない。一直線に突っ走るしかない。

 道筋ルートは。


「────


「!」


 故に、あたしはギアを。減速したのだ。

 野球の球種で言うところのチェンジアップで、タイミングをずらす──だけ、じゃだめだってのは…………もちろ、んわかて、る。負荷、は、デカくなるけど、やらなきゃ、勝て、ないから。


「三速」


 一かいじゃ、だ、めなら、なん重にもする、し、kない


「二そく、よん、3、いち、三にⅣイチ──


 からダ、感じナクなる、見えるない、青、青、蒼青碧あおあお青おおとおアオ──






「【縛軍首枷Herfjötur】」






 ガシャン。ジャラジャラジャラ。

 無機質音。


「機転一つで勝てる相手と思われていたなら、心外ですよ」


 鎖。枷。動けない。


「何より──一つの武装しか使えないと思っていたのは甘過ぎます。トラップはむしろ戦場の主役でしょうに」


 これ見よがしな大げさな武装は、ただのブラフか。

 いや、そもそも、逐一で武装を一つ一つ使い分けてたことさえ、一度に一つずつしか使えないと思わせる為の──


「では、さようなら」


 槍が振るわれる。

 肩口から熱。

 あたしの意識は、そこで途絶えた。






◑●◐●◑●◐●◑●◐●◑●◐●

◐●◑●◐●◑●◐●◑●◐●◑●






「…………私の速度を上回った時は、正直期待したんですがね」


 嘆息しながら【少女無双ヴァルキリアス】はそうぼやいた。

 司る【死因デスペア】が示す通りに、戦闘の中でしか安らげないのが彼女という死神グリムであったからだ。

 が、満足いく戦闘など死んでうまれてこの方味わった事がない。

 戦闘そのものを司る彼女がすることなど一度もありはしなかった──むべなるかな、それは魚に溺れろというようなものである。

 しかし、彼女の裡にこびりつく人間としての残滓がそれを嘆いて仕方なかった。


「いくら速かろうが反撃するだけの牙を持たねばただ速いだけ──ゴキブリと変わりませんか。まったく、落胆させてくれるものです」


 【縛軍首枷Herfjötur】──設置型の鎖と首枷による多重捕縛。ちなみにその気になれば【少女無双ヴァルキリアス】はこれを複数箇所に仕込める。

 どれだけ速かろうとどれだけフェイントを織り混ぜようと──一直線に向かう事を選んだその時点で【駆り手ライダー都雅とが みやこは詰んでいた。

 故に囚われ、袈裟斬り一閃。

 右肩口から左脇腹へかけてバッサリと斬り捨てられ、それで終わった──


「さて、それでは【醜母グリムヒルド】に引き渡しましょうか。待っていれば【無限監獄ジェイルロックマンション】が回収してくれると思うのですが──」


 ──筈だった。











「う


 ふ





 バあああァああ"ア"ア"ぁぁッッ!!!!」




「っ、な──!?」


 枷を解錠したその瞬間、半分になったその身体で、都雅とが みやこは【少女無双ヴァルキリアス】目掛けてすっ飛んだ。


「嘘、がぁっ!?」


 お返しとばかりに【少女無双ヴァルキリアス】の喉元を残った片腕で握り締める。


「ダあアアああああァぁァ!!」


「ふ、カ、ゲぇっ!」


 万力のような握力で頸を締め上げる都雅とが みやこ

 と。

 呼んでいいのかは、もうわからないが。


「ぐ、ク、か、ぁ…………」


 苦痛に喘ぐ【少女無双ヴァルキリアス】だったが、四肢は自由で締め上げられているのは頸元だけ。その気になればすぐに──秒もかからず相手を斬り捨てられる筈だった。

 それが出来なかったのは。

 それこそ秒もかからず、が上から降ってきたからだ。


「な、はギャっ!!??」


 蒼の大車輪が、【駆り手ライダー】もろとも【少女無双ヴァルキリアス】を圧し潰す。

 否。

 


 ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り。


「ヒ、ぎゃあアアアアアアああああ!!??」


 響き渡る悲鳴は、【少女無双ヴァルキリアス】のもの一つだけ。


 ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り。


「は、ぅギャアぁアばああああ!!!! あ、あ、あっ、ア"っ!?」


 血飛沫が舞う。

 肉吹雪が躍る。


「~~~~~~~~!!!! で、デッででデっでデデデでっで、【死界デストピア】開きょ──






「ゲぼぉ」


 今度の吐血は、【駆り手ライダー】のものだった。

 バシュ、と音を立てて大車輪は消え。

 彼女の半身はピクリともしなくなった。


「……………………はっ。は──はぁ、ハァ、は、はッ」


 必死に呼吸を整えながら、轢き潰された自身の身体を両手で抱えるように抱きすくめ──目に薄い涙さえ浮かべながら、最強を名乗った死神グリムは溢した。


「なんなのよ、もぉ…………」






十と六の涙モルスファルクス】所属。

 十の六、【少女無双ヴァルキリアス】。


 対。


 無所属。

 【死に損ないデスペラード】、【駆り手ライダー都雅とが みやこ




 ──勝者、【少女無双ヴァルキリアス】。



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