81.燭




「実際、センパイの【即死そくし】ってどういう能力なんです? 未だによくわかってないんですよねー正直なところ」


 ──数ヶ月前にまで遡り、場所は四国の香川県。

 とあるうどん屋にて、本場の讃岐うどんを吟味する死に損ないの死神が二人。

 時雨峰しうみね せい都雅とが みやこ、である。

 

「…………今更だな」


「今更だから、ですよ。この後二人三脚であの根暗ショタ爺の所にカチコミに往かなきゃなんですから。あの問答無用のハメ殺し野郎相手にするなら、バッチリしっかり息を合わせていかないとでしょ。情報共有、大事です」


 長年この四国に潜んでいる、孤高にして独尊たる古老の死神グリム。それが当時の二人が相対していた【始まりの死神グリム】の一角であった。


「…………だいたいお前の想像通りだと思うんだがな。要は【省略】だ。使い勝手も悪いし、周りが思う程大層なもんでもない。カップ麺つくる時に便利な位だ」


「こんな美味しいうどん食べながらよくカップ麺の話とか出来ますねぇ」


 そんな壮大な闘争の最中とは微塵も思えない緊張感の無さで、ズルズルと麺をすすりながらにみやこはジト目を向ける。


「でも、戦闘だと色々と応用して悪さしてるじゃないですか。ズッコイですよあれ。瞬間移動したり、気がつけば攻撃し終わってたり」


「あれだってノーリスクってワケでもないし、何時でも何処でも使えるってワケでもないんだよ。今まで何度も言っただろ」


 せいはいち早く麺を食べ終え、ジックリとだしの風味を楽しみつつ、若干辟易した顔をした。


「そこですよそこ。便利じゃないとか融通利かないとかよく言ってますけど、具体的な線引きがわからないんですって」


「可能な範囲なら省略出来るが不可能を可能にすることは出来ないってだけだ。移動は勿論、攻撃も、防御もな。あと『理論上は可能』みたいなのもかなり厳しい。難易度は勿論、時間的なものもな。何日もかかるような事象を一瞬一発で【省略】すんのは無理だ」


「その割にはだいぶやりたい放題やってる感するんですけどねー、戦闘中とかは」


 未だに不満げなみやこの表情を見て、嘆息しながらにせいは手を伸ばした。


「じゃあ、じゃんけんしてやる。【即死そくし】の応用で何連勝出来るか試してみようか」


「お、いいですよー。じゃーんけーん…………」


 以下省略。


「──ほい。これでおれの十連勝だな」


 退屈そうなせいに対して、みやこは憤懣遣る方ない様子である。


「んなぁっとくいかなーーい! 不可能は可能に出来ないんじゃないんです!? 二分の一を十連勝って事はえっと…………千二十四分の一──0.0009765625%!? その確率拾えるならマジでなんでもありでしょ!」


「違うっつの。途中で何回かあいこ挟んだだろうが。おれが【省略】したのは『負けない結果』までの過程だ。一度のじゃんけんの結果は『勝ち』『負け』『あいこ』で、負ける確率は三割強。何もしなくても七割弱負けないだろ。その確率──七割弱ならまあ、そこそこ安定して【即死そくし】で拾えるな。後はその【省略】を繰り返すだけだ。十連勝は流石に運が良かったが」


「ど、どのみち納得いかね~……! めっちゃ屁理屈をごり押ししてる……それこそあのショタ爺と大差ないじゃん」


「あいつと一緒にすんじゃねえ! おれは言っちまえば確率を底上げしてるだけだ、糞みたいな自分ルール押し付けて勝手に勝つクソゲー爺とはまるで違うっつうの!!」


 と、その後もしばらく痴話喧嘩いちゃいちゃが続き、その先には【孤高皇帝ソリチュードペイン】との一大決戦が待ち受けているのであるが──それはまた、別の話。


 話を現在いまに戻し。


 【刈り手リーパー】対【時限式隠者クロックワークス】。

 その戦局は──


「【喝采を、終幕は此処にActa est fabula.】」


 その声と共に【刈り手リーパー】──時雨峰しうみね せいの背後の影法師、【無辺なる刈り手グリムリーパー】が死鎌デスサイズを振りかぶり、一閃。

 刈り取る。

 両者の間で繰り広げられる、その死闘そのものを。


「………………」


「………………」


 無音。

 双つの死神の交錯、その結果は──


「か、は」


 崩れ落ちるのは──【時限式隠者クロックワークス】。

 その肉体の右半身が、根刮ぎに抉り削られていた。


「なんとか、なったか」


 息を荒げながらに振り返るせいもまた、腹部に深い切創が刻まれている。だがしかし相手のソレよりかは幾分浅い。


「ゴ、は…………っ! 【死因デスペア】が──発動しない。いや、そもそも回帰自体が阻害されている…………!? 何だ、これは…………」


 その場で膝を折って、【時限式隠者クロックワークス】は多量の血を口から吐き出した。

 どんな損傷も【死因デスペア】と自身の優れた回帰速度の併用により瞬く間に全快させてしまう【時限式隠者クロックワークス】だったが、ここに来て易々とは直せない致命傷を叩き込まれることとなった。


「わからねえよな。まあわからせないようにしたからな。今のはおれにとっても切り札だ。初見殺しのままに取っておきたいんで、アレを使わせてもらった…………【喝采を、終幕は此処にActa est fabula.】は、本来雑魚狩り専門のワザなんだ。戦闘の強制終了・・・・・・・──強い相手に迂闊に使えば、最悪気づいたら自分コッチが負けてたなんて事も有り得るんでな」


 膝はつくまいと傷に手を当てながら、掠れた声を絞り出すせい

 絶え絶えになった呼吸を繰り返しつつ、自身が賭けに勝ったことを確信した。


「そもそも、あんた程の手練れとの戦闘をバッサリと【省略】することは不可能に近い──だが、あんたの早さ・・がかえっておれの【即死そくし】に対して良いように作用してくれたよ。時間は【即死そくし】の【死因デスペア】にとって極めて重要な因子ファクターだが…………おれが【省略】するまでもなくあんたは勝手に極限まで事象の時間を加速してくれたんでな。おれは因果の切り継ぎパッチワークに注力してればそれだけで良かった。…………それでようやく、ほぼ相討ちこの結果だが」


 せいはゆっくりと振り返り、【時限式隠者クロックワークス】を見据える。


「最後の、勝負だ。お互い、小細工の余裕はないだろう」


 神格みずからの深奥、人類の意識に刻み込まれた神話譚。それをこの現世うつしよへと引き摺り出す。

 最早、両者ともに介入する余地などない──重傷を負った現状、下手な妨害にもし失敗すれば、それは今度こそ完敗を意味する。


「【冬の風は吹きすさび、夜は深いLe vent d'hiver souffle, et la nuit est sombre,


  菩提樹から漏れる呻き声Des gémissements sortent des tilleuls ;


  青白い骸骨が闇から舞い出でLes squelettes blancs vont à travers l'ombre


  屍衣を纏いて跳ね回るCourant et sautant sous leurs grands linceuls,】」


 故に、残された手段は──全身全霊をぶつけ合う、ただそれのみ。

 それを察した【時限式隠者クロックワークス】もまた、最後の権能ちからを迷いなく行使した。

 傷は深い。回帰も未だ間に合っていない。しかし戦局は止まらず、このまま決着まで雪崩れ込む他ありはしない。


「さて──我らが女王、【醜母グリムヒルド】。貴女が見出だしたこの少年が、果たして人類にかけられた幾千もの呪いを解き放つに足るか。はたまたそれらを呑み干し全ては自壊に至るのか。…………私が見極めると致しましょう。老骨にはちと堪えますがな」


 劣勢、されどその態度は泰然として不動。

 【始まりの死神グリム】、その中でも最古参たる原初の死神──およそ三百年近い年月もの間、人類を見届けてきた老いたる死神は、一片の迷い無く目前の【死に損ないデスペラード】を迎え撃つ。


「【始まりのときThe Beginning】」


 老練たる死神グリムのその呪文ことばは、何処までも端的で、故に険しいつよい


「【最も強くThe Strongest】」


 時間ときが唸る。


「【最も高くThe Highest】」


 時代ときが蠢く。


「【美しき群像The Woman】」


 時刻ときが捻れる。


「【最も速くThe Fastest】」


 時流ときが逆巻く。


「【二日間の苦闘The Decathlon】」


 時世ときが暴れる。


「【敗者たちThe Losers】」


 時期ときが壊れる。


「【最も長い戦いThe Longest】」


 ときが、現在いまを押し流して具現する。




「「偏在率、200%超克オーバーエンド──【死界デストピア】、開境」」




 互いに、時に手を掛ける死神達。


 両者の神話体系ものがたりが爆ぜて世界を埋め尽くした。




「【死屍輪廻舞踏宴エル・バイレ・デ・ラ・ムエルテ】」




「【滅び揺蕩う光年巡礼ペレグリヌス・サターン】」



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