80.烏鷺




 本来は潮風が吹いていたであろう湘南の海辺には、今はそよ風一つおこらない。

 死の牢獄として鎖された今の湘南に吹くのは、命を風化させる死の風のみだった。


「…………はぁーあ」


 【凩乙女ウィンターウィドウ】と呼ばれる最古の死神グリムは、辺り一面が朽ち果て崩壊した湘南の一角にて所在無さげに腰を下ろしていた。

 その場所は大きなクレーターのようになっており、窪んだその地形の全てが崩壊し、塵と化している。


「…………何をこんなところで黄昏ているんだ、お前は」


 ドス、ドス、ドス、と砂丘のようになった地形の上を音を立てて歩みながら近づくのは、最古の死神グリム、そのもう一人。

 巨漢なる死神、【慚愧丸スマッシュバラード】である。


「…………中々派手にやったもんだな。あの毒々娘はそうそうまともには戦わんだろうとは思っていたが、この様子だと大規模に【壊死えし】を走らせて逃げ場を潰しにかかったな? 大人気ないことだ」


「………………」


 そんな同期の言葉にも【凩乙女ウィンターウィドウ】は反応をせず、ただ佇むだけである。


「それで、毒々娘──【狩り手ハンター】は何処だ? さては今も地面の下で延々と【壊死えし】を食らわせ続けている──」


「逃げられた」


 ボソリ、と【凩乙女ウィンターウィドウ】は呟いた。


「…………もう一回いってくれ」


「…………逃ゲラレ、タンデス」


 ぎこちなく口を動かし、冥府の破壊者は無表情に繰り返す。


「お前という女は…………」


 ふううううぅぅぅぅ、と大きく大きく嘆息して。

 【慚愧丸スマッシュバラード】は言った。


「役立たず」


「うるしゃいっ!!」


 途端に立ち上がり、大声で【凩乙女ウィンターウィドウ】は噛みついた。


「あんのクソガキがあそこまで姑息で卑劣な性悪だとは思わなかっただーけーよっ! 変わり身の術みたいな影分身の術みたいな事しちゃって! 死神じゃなくて忍者っていうのよあれは! 大体何よあの冗談みたいな回帰の速度と効率! 壊しても壊してもキリがないったら!」


「まあ、大前提として死神グリムには死神グリムを殺せない。【死因デスペア】で致命傷を負わせたところでそれはすぐさま回帰してしまうのがお約束ではあるが…………まあ、お前がそこまで言うなら尋常ではないものだったんだろう、と納得しておいてやる」


 ただでさえ機嫌が悪いであろうところに【慚愧丸スマッシュバラード】のそんな上から目線の冷めた態度は流石に癪に触ったのか、【凩乙女ウィンターウィドウ】は即座に噛みつきにかかる。


「偉っそうに言ってくれてるけれど貴方の方はどうなのかしら? 【慚愧丸スマッシュバラード】。 あの爆弾魔の女の子だって、中々厄介そうだったじゃない──


 と、そこまで言われたところで【慚愧丸スマッシュバラード】は右手にぶら下げていたモノを無造作に【凩乙女ウィンターウィドウ】の側へと投げ捨てた。

 音と砂塵を立てて、球状のソレはゴロリと転がり止まる。

 ボール、などでは勿論なく。

 【爆滅ノ使徒ブラストバレル】。

 そう呼称される少女死神グリム

 の、頭部だった。

 その頚元は乱雑に螺切られており、無惨な断裂面を覗かせている。


「Oh…………容赦ないわね。よくそれで他人に大人気ないなんて言えたものだわ」


 【凩乙女ウィンターウィドウ】も呆れぎみにそう言う他ないようだった。


「確かに容赦はしなかった──実際、そんなことをする程暢気な戦いにはならなかったんでな。そこそこ手こずらされた。最近の中では一番骨があったかもしれん」


 【慚愧丸スマッシュバラード】はニコリともせず、かといって不快感があるわけでもなさそうに溢す。


「へー、貴方を手こずらせるってなれば相当ね…………まあ、それはともかくとして。もう一人、湘南ここにご同輩が来てるの、気づいてるでしょ?」


「…………【時限式隠者クロックワークス】か」


「どうもりっくん──【刈り手リーパー】クンとぶつかっちゃってるみたいなのよね。悲しいことに」


「なるほど。確かにそれは御愁傷様だ。どんな結果になれど、な」


「二人の性格的にも実力的にも、なあなあでお開きってワケにもいかないでしょうしね………二人とも根が真面目だから」


 【凩乙女ウィンターウィドウ】はその顔に憂いを浮かべている。


「なにより【死因デスペア】の性能的にそうなるな。あいつらの戦いが止まるときは必然としてどちらかが消える時だ。【老死ろうし】と【即死そくし】──言い換えれば【加速】と【省略】か。相反する結末同士でありながら、その到達点は似たり寄ったり。色々と思うところはあるが」


「ええ。一つだけは断言出来る」


 始源の死神達は声を揃えて一大決戦の結末を予見する。




「「──」」






▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲






 ガガガガガガ、と耳をつんざく熾烈な不協和音が響き渡る。

 常人では視認することさえ不可能な両者の打ち合いは、ただ音だけを空間に置き去りにして繰り広げられていく。


「ム…………」


「くっ…………!」


 【刈り手リーパー】と【時限式隠者クロックワークス】。

 死神グリムとしての最高位に座すといっても過言ではない二人の交戦は、もはや何人にも視認出来ない領域へと突入していた。


「勝負になっちゃいねぇな。お互いに」


「そのようで」


 【即死そくし】の【死因デスペア】により行動を省略する【刈り手リーパー】と【老死ろうし】の【死因デスペア】により行動を加速する【時限式隠者クロックワークス】。

 両者のぶつかり合いは一見激しく見えて、その実は膠着状態に陥っていた。


「こ、のっ…………【死界デストピア──」


 【刈り手リーパー】──時雨峰しうみね せいが切り札を出そうとするも。


「させませんとも」


「ぐっ!」


 即座に【時限式隠者クロックワークス】が近接攻撃を叩き込み、せいの動きを止める。


「やっぱムリか、畜生が」


「ほほ、しかしそれもまたお互い様でしょう」


 【死界デストピア】。

 死神グリムにとっての最終手段ともいえる代物であり、この二体の死神グリムは当たり前と言わんばかりにそれを習得している──ものの、この戦いの中でそれを展開することは両者共に極めて難しいようであった。

 【死界デストピア】の開境には僅かながらに猶予が必要だ。

 無論、5秒も10秒もかかるワケではないが──それでも数秒は要る。

 その「数秒」は、この二人の死神グリムにとってはあまりにも永すぎる時間であった。


(互いに【死界デストピア】を使う余裕は無し、か…………かといってこのまま削り合っても分があるのは向こうの方だ)

 戦闘に突入してから未だ3分の時間も経ってはいないのだが、時を越えて火花を散らし合った両者は、まるで数時間もの死闘を繰り広げたような実感を得ていた。

 そして、それは単なる錯覚とも言い難い。それぞれの【死因デスペア】により加速し省略された闘争の中での180秒足らずは、通常の数百倍の密度として感じられただろう。そしてそこから得られる情報もまた濃厚だった。


(ただでさえ上等な回帰速度を誇っておきながら、【老死ろうし】を自分を対象にしてかけることで更に桁違いの速度にまで加速している。どんな負傷も次の瞬間には元通りときた。一撃で即殺する以外に突破口は無いな)


 ──自身を対象に【死因デスペア】を発動させる事は死神グリムは珍しくはない。

 が、【老死ろうし】という現象を加速として、【即死そくし】という現象を省略として解釈し自身に行使する二人の戦法はやはり異端と言えるだろう。


(【老死ろうし】…………これといった原因を持たずとも必然として生命に訪れる終点か。因果を無視して結末を押し付けるおれとは、近いのやら遠いのやら。ともあれ、さっさと反撃に移らなきゃヤバいワケだが…………勝ち筋が見えてこねえな正直。スピードを除けばそこまで力量に差は無いのはわかったが、そのスピードを埋める手段をどうすべきかが問題だ)


 若人が思案を巡らせている間、老練な死神グリムはただ静かに悠然と戦局を俯瞰する。


(ほほ。それなりに鍔迫り合いましたが、いやはや流石の手並み。地力の差がなければ機能しづらい【死因デスペア】と聞いていましたが…………同格、或いは格上と相対しても腐ることの無い運用法を見出だしていたというワケですか。女王ヒルドが最も目をかけている死神グリムというだけはありますな)


 潜在能力ポテンシャル溢れる【刈り手リーパー】を称賛する一方、確実に仕留める為に今は見に徹する事を判断する。

 一方、せいは──


「やるしかない、な」


 目を瞑り、自身の奥底へと意識を集中させる。


「ほう──乾坤一擲、ですかな? 以外ですな。慎重な方だと伺っていたのですが」


「そうありたいと思ってたんだがな…………バカの影響を受けたのかもしれん」


 そう呟くせいの表情には、薄く笑みが浮かんでいた。

 

「このままジリジリやりあっててもまともな勝負にならないのはわかった。時間と体力を削られるだけだ。まあ…………あんた相手に安全で安定した勝ちなんて期待するほうが間違ってるよな」


 そして、せいは──【刈り手リーパー】は、その宿業を解き放つ。




「【喝采を、終幕は此処にActa est fabula.】」



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