77.熱




 【十と六の涙モルスファルクス】所属。

 十之八じゅうのはち、【圧搾者エキスペラー】。


 対。


 【聖生讃歌隊マクロビオテス】所属。

 第零隊ヘムロック




 連続して町並みに鳴り響くのは、甲高い金属音。

 ──長い白髪を靡かせながらに攻め立てるのは、その白い髪と肌を際立たせるかのような漆黒のスーツに身を纏った女性。

 第零隊ヘムロック隊長、時雨峰しうみね れいだった。

 間合いを取るべく後退する標的──【圧搾者エキスペラー】に貼り付くように追撃し続け、ひたすらに近接戦闘を相手に強要させている。

 

「腰が、引けてるよ、【圧搾者エキスペラー】。神話級ミソロジークラスとあろうものが、消極的だね」


「いやいやいや、寄られるのは不味いなっていう冷静な判断ね! 勝利への道筋を堅実に模索してるだけ! だって怖いもんアンタ!」


 そんなやり取りの間にも、勿論両者の剣戟は止まらない、留まらない。

 登鎌のぼりがま──先端だけが曲がった垂直の刃を持つ型の死鎌デスサイズを振るう【圧搾者エキスペラー】と日本刀型生装リヴァースレツ】を閃かせるれい。軽口を挟みながらもみるみるうちに火花を散らすその殺陣は加速していく。


(おいおいおい──まだギアが上がってくぞこの女。マジで人間なのかよ)


 後退する足を止めて、本腰入れて打ち合うか。

 そう判断した【圧搾者エキスペラー】が、その場で踏ん張る──


「はいそれ悪手。ならぬ悪足」


 【圧搾者エキスペラー】が慣性を相殺して前に踏み込むまで、その有るか無いかの刹那の間隙に、れいは刃を捩じ込んだ。

 【レツ】の白い鋒が【圧搾者エキスペラー】の足の甲を貫き、地面へと縫い止める。


「チッ……目敏いなぁもう!」


「それだけじゃないよ」


 【レツ】を突き刺したもう片方の手は後方へと向けられており。

 パシり、と。

 そこに瞬時に新たな武器が収まった。


「荷物出し係くらい、大目に見てねー神話級ミソロジークラス


 恐ろしく緊張感の無い声色で、薙座ナグザ 御呉ミクレは対死神グリム兵装専用収監庫アーセナル、【白鎖ビャクサ】から取り出した新たな生装リヴァースれいへと投げ渡したのだ。

 れいが【圧搾者エキスペラー】の動きを止めた、その瞬間に。一瞬のズレもなく。

 まるで、そうなることが全て決まっていたかのような、そんな連携。


「──【カツ】」


 手斧トマホーク型のその生装リヴァースを、れいは流れるような所作で【圧搾者エキスペラー】へと叩き込む──


 ドッ。


 鈍い音。骨肉を絶つ音。

 【圧搾者エキスペラー】の片腕が宙を舞う。


「む。脳天唐竹割りにするつもりだったのに、なんか、ズレた?」


「あっっっぶな! 怖! 動きが滑らかすぎ!」


 断ち斬られた片腕と切り離した片足を瞬時に回帰し、再び間合いを取りながら【圧搾者エキスペラー】は悲鳴を上げる。


「もー、神話級ミソロジークラスが、そんなに逃げないでよ」


「逃げいでか! 怖すぎんだよあんた! ああもう! やるしかないってか」


 パン、と両の手を鳴らして。

 死神は【死業デスグラシア】を解放する。


「【八十神ヤソガミ】」


 青年死神グリムのその両手に、堅牢な装甲──籠手が装着された。


「籠手…………籠手。防具は、珍しい、ね。【死業デスグラシア】は大抵武器というか、凶器というか、何かしら物騒なものになることが多い筈なのにね。死の化身アレゴリーなんだから、妥当な話だけどさ」


 突き刺さった【レツ】を地面から引き抜きつつ、相変わらずな平坦な口調でれいは変化した【圧搾者エキスペラー】の様相を語った。


「んな細かい事情や理論は俺らみんな気にしちゃいねーけどな。ま、俺なんかは不真面目で消極的な死神グリムなもんで、それが表に出たんじゃねーの」


 カシュ、と栓を開ける音。

 言いながら【圧搾者エキスペラー】は何処から持ってきたのか、缶コーヒーを手に取り、それを一気飲みし始めた。


「緊張感ないね」


「…………ぷはー。そうでもねぇさ。本気だすなんてかったるいこと、自分へのご褒美がなきゃやってらんねぇから、なっと」


 【圧搾者エキスペラー】が飲み干したその空き缶を無造作に放り投げる。

 するとその空き缶は──


「【渾玉こんぎょく八勢はちぜい】」


 けたたましい破裂音を立てて四方八方へと爆散した。


「──!」


 時雨峰しうみね れいは。

 それらの炸裂した金属片を全て、両の生装リヴァースで叩き落とした。


「──わあ。何今の、びっくりした」


「いやいや初見で完全攻略しないでもらえますぅ!? なんで今の防げんの! 人間じゃねえでしょ絶対! だから怖いってあんた!」


 呆れ半分恐怖半分で目を剥いて【圧搾者エキスペラー】が叫ぶ。


「ふーん。なるほど。今のは、空き缶を使って、破片手榴弾を再現したワケだ。人間相手なら、まあ確かに、十分かつ確実な方法だね。風情も何もないけど。君、能力バトル漫画読んで、『これ銃使えば終わるよな』とか言っちゃうタイプ?」


「流石にそこまで無粋じゃないつもりですけどねえ。なにぶん俺の【死因デスペア】は大雑把なもんで、対人仕様にするにはちょっと一工夫が必要ってだけさ」


「【死因デスペア】…………そう、【死因デスペア】ね。【圧搾者エキスペラー】、君の【死因デスペア】は、【圧死あっし】であって【爆死ばくし】ではなかった筈だけど…………それがなんで、あんな攻撃になるのかな」


「馬鹿正直に訊いたって教えねーよ、生憎と。是非ともそのままわかんねぇままであってくれや」


 ス、と目前へと【死業デスグラシア】を纏った両手を翳す【圧搾者エキスペラー】。

 そして。


「【渾玉こんぎょく握縮あっしゅく】」


 その両の手を握り締めた瞬間、

 宙が陽炎のように一瞬揺らめいたかと思うと、にあるが吸い込まれるように縮んでゆき──


「【冥月みょうげつみぎり】」


 そのひずみごと、れいは黒き月虹にて叩き割る。


「ホンっトワケわかんねぇレベルの反応速度だな──が、まあ片方だけだ。あんたはそれぐらいやるって、もう身に染みてわかってるさ」


 その両の手で圧縮したは必然、二箇所。

 【冥月みょうげつ】に──あらゆる死神のあらゆる所業を断ち斬る絶ち伐る宵闇の光芒によりその片方、空域ごとれいの身体を圧し潰す筈だった死の珠玉は両断されて霧散した。

 だが、その冥き月とて。

 断ち斬れぬ現実モノもまた、確かにある。


「【渾玉こんぎょく八勢はちぜい】」


 大気が爆ぜる──否、

 それさえも察知したれいは即座に防御体勢を取るものの──相手の攻撃はあまりに全面的過ぎた。

 吹き飛んだれいの身体は、道路を挟んだ向こう側のショーウインドウをぶち破って行った。


「…………よしよし、まずま/ 【みょう

利いたろ。取り敢えずは。/   げつ

所業ワザなんで、やっぱり/    

力に欠けるのが泣き所/     おん


 一人言ちる【圧搾者エキスペラー】を鞭のようにしなる黒き月が強襲する。


「ウッソだろ、おいぃッッッ!!??」


 鮮血せんけつが舞い散る。

 咄嗟に身体を捻って回避した【圧搾者エキスペラー】の被害は──


「腕一本でも落とせてれば、楽になったと思うんだけど、全然浅いね。やっぱりだ。ズレた。また。【久遠くおん】を使って、掠り傷で済まされたのは、初めてかな。変な手応え…………いや、まずは、順番にいこう」


 ガシガシと頭をかいて被った硝子ガラス片を落としながら、れいは砕け散ったショーウィンドウから現れる。


「さっきの空き缶手榴弾と、今の空気爆弾──どっちも【死因デスペア】じゃないね。いや、【死因デスペア】によって起こされた現象ではあるんだけど…………【圧死あっし】の【死因デスペア】は大気を圧縮するとこまでで終わってて、その後の圧された大気のはただの必然的な物理現象だ。だから──【冥月みょうげつ】でも打ち消せないってワケだ。賢いじゃん」


「へぇ、どーも。あっという間に見抜かれてちゃ形無しですけどもね。おーいてて」


 腹部の刃創を庇いつつ、【圧搾者エキスペラー】は立ち上がった。


「しかし…………あんたが規格外なのはもう散々にわからされたが、それにしたってさっきの一太刀の偏在駆動と規模はちっといきすぎてないか? 人間に敵う領域じゃない。確実に偏在率100%の壁を越えてた」


「あー、ね。それに関しては、まあこういうこと」


 れいは手に持った【レツ】を目の前に掲げる。

 するとその白い刀身はピシリと皹割れたかと思うと、消し炭のようにボロボロと崩れ去った。


「見た通りだから、この際そのまま解説すると、超過偏在オーバーロードって言ってね。一瞬だけど、偏在率100%の壁を越えられる。もちろん皺寄せはあって、ちょっと前までは、私の手足がこの生装リヴァースみたくなってたんだけど…………技術の進歩って、ありがたいよね。うん。だからまあ、可哀想だけど、私の生装リヴァースは、全部使い捨て」


「お陰で第零隊ウチの財政は万年赤字の火の車なんですよねー」


 建物の陰から御呉ミクレが愚痴った。


「荷物持ちの武器出ししか出来ない穀潰しが何か言ったかな?」


「言ってませーん! はいはいはい急いで次の出しますよっと!」


 新たに飛んでくる【生装リヴァース】を一瞥もしないまま受け取りつつ、れいは続ける。


「えっと、なんだっけ? ああ、そうだ、で、二つ目。貴方の、不思議な回避術について、だった。多分、空気爆弾と同じ、副産物バイプロダクト所業ワザだよね。【圧死あっし】で空気を圧縮した結果生まれると、それによる『吸い込み』かな、多分。それを移動手段としても利用してる、と」


「…………ド、ドウカナー」


「図星ね、了解」


「いやホント、戦闘マシンみたいな人だねー。どうしたもんかな、いったい全体」


「わかってるくせに。私の武器は、有限なんだから、持久戦に持ち込めば、分があるのはそっちだよ、心配しなくても」


「その戦法には二つの問題があるなあ。一つ目。あのアシスタント君の馬鹿デカい武器庫、どんぐらい武器入ってんの?」


「えーと、細かいのを入れれば、千二百ぐらいだったかな」


「はい、千二百回あんたの攻撃を凌ぐ自信はさらさらないですー。で、二つ目にして最大の問題なんだけど…………持久戦、持ち込ませてくれんの」


「あははは」


 これっぽっちも表情を動かさないまま、声だけで笑って。

 れいは言った。




「──まさか」



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