78.脆




(さて、と。一先ず、相手の手札を、おさらいしておこう、かな)


 第零隊ヘムロック隊長、時雨峰しうみね れいは脳裏で一人言ちる。


(相手の【死因デスペア】は、【圧死あっし】──【死業デスグラシア】は、【八十神ヤソガミ】って言ってたっけ? 日本神話由来の死神グリムは、碌なのがいないんだよねえ、まったく……)


「【渾玉こんぎょく──」


「させないよ、【冥月みょうげつ須臾しゅゆ】」


 投擲された短槍型生装リヴァース、【イツ】が黒く瞬いたかと思った次の刹那、空間のの中心を正確に居抜き、霧消させた。


「あぁこんちくしょう、【渾玉こんぎょく】を作るのも一苦労になってきたか!」


「そりゃ、何発も食らえる攻撃じゃないからね。発生を潰せるならそうするよ」


 そうれいが言い放つが、その言葉を受ける【圧搾者エキスペラー】は相も変わらず距離を取り、離れた位置で駆け続けている。


(【渾玉こんぎょく】…………くだんの、空気爆弾。アレの攻略が、この闘いの趨勢を決めると言っても、過言じゃないだろうね。もちろん、アレしかないってワケじゃ、ないんだろうけれど、【圧死あっし】の【死因しいん】は単純に使う分には良くも悪くも実直過ぎて──)


「ったく、息つく暇くらい、与えてくれって──のお!」


 【圧搾者エキスペラー】が乱雑に後ろ手で、机を掌で叩くかのように片手を振り下ろす。

 瞬間、上空から見えないの塊が降り注ぎ、【圧搾者エキスペラー】の後方一体を根刮ぎに圧し潰していった。

 湘南の街並みが軋み、唸り、歪み、ひしゃげて崩れ臥す。

 響く轟音、舞い立つ砂煙。

 そこに──


「──凌ぐだけなら、超過偏在オーバーロードを、切る必要もないよ。インパクトの瞬間に、最長時間の【冥月みょうげつ】を使えばいいだけ。動きながらの片手間じゃ、【圧死あっし】は単発的にしか使えないんでしょ? 圧力を広範囲に、長時間かけ続けられるなら、とっくにそうしてるだろうしね」


 砂塵の中を悠々と、傷一つないままにれいは闊歩してゆく。

 それを見て【圧搾者エキスペラー】はますます疲れた顔をして呻くばかり。


「闘えば闘う程こっちの伏せ札が見抜かれてくなぁ、うんざりする」


「闘いって、そういうものだと思うけど」


「正論言われたって聞く耳持てるシチュじゃねえっての」


 常に冷淡無表情を保ち続けてきたれいだったが、そこで少しだけ眉をひそめる。


「ずーっと、グチグチ言ってばっかだね、君。ちょっとはやる気出したら? 足を止めて本腰入れれば、広範囲かつ長時間、圧力か続けることも出来るでしょうに。【冥月みょうげつ】の発動時間は、ごく一瞬で、使った後にはインターバルが出来る。それぐらい、もうわかってるでしょ?」


「もちろんわかっていますとも。足を止めて全力で【圧死あっし】使った瞬間、さっきの伸びる剣か投擲で【圧死あっし】の力場もろともに即殺されんでしょ。あんたをぺちゃんこにするよりも俺が仕留められる方が早い。違うか?」


「違わないね。そうなるね」


「そらみろ、逃げるのを止めるわけにゃいかねーじゃねえか」


 あくまで足を止めずに間合いをとり続ける【圧搾者エキスペラー】──弱腰といっていいその立ち回りだったが、れいの目線からすればそう楽観視出来る状況でもなかった。


(はっきり言って、今、私側に、あの空気爆弾──【渾玉こんぎょく】を防御する術は、ない。【圧死あっし】による空気の圧縮を、【冥月みょうげつ】で阻止することは出来るけど、圧縮が完了して空気爆弾が完成してしまえば、もう打つ手が無くなる。そうなったらおとなしく風圧を浴びるしかない…………さっきは上手い具合に受け身を取れたワケだけど、状況次第じゃもろに衝撃を食らうことになる。それどころか…………受け身を取れたとしても、ノーダメとはいかないし。多分あと二、三発も食らったら、もう、ベストコンディションは保てなくなるな。そうなったらもう、後はなし崩しで追い詰められるだろうね。圧縮の段階でのキャンセルだって、そこまで簡単じゃない…………例の吸い込みがあるもんね。少し狙いがズレれば、もう圧縮を止めることは出来なくなるし、やれやれ、こりゃ手がかかりそうだ)


 自身の置かれている状況を整理し、改めて短期決戦への道筋を模索するれい

 対する【圧搾者エキスペラー】もまた、決着の一手までの流れをひたすらに見出だそうとしていた。


(このままいたずらに【渾玉こんぎょく】を狙い続けてもジリ貧だな。【八勢はちぜい】じゃあいまいち決定打にはならねえみてえだし…………【縮空しゅっくう】はとにかく扱いづらいんだ。下手すりゃ自分から相手の間合いに突っ込んじまうからな…………それに例の伸びる斬撃は元より、あっちの手札はまだまだ不明瞭だ。どんな形状の、どんな特性を持った生装リヴァースが控えてるかわかったもんじゃねえんだからな。ったく、持久戦も望み薄、【八勢はちぜい】も決め手にならないってなりゃあ…………しかねえだろ)


 自らの切り札を使う事を決意する【圧搾者エキスペラー】──しかし、容易く使わせて貰えるような相手ではないことは百も承知である。


(無策で勝負に出たところで、呆気なく真っ二つにされるのが関の山だろう──あれを使うには相応の隙が出来る。リスクの犯しどころを見極めねーと…………)


「…………【渾玉こんぎょく】」


 ──ここまでの闘いで、【圧搾者エキスペラー】は常に両手の【死業デスグラシア】にて【渾玉こんぎょく】を駆使し続けている。

 が、ひたすら乱雑に放ち続けているというわけでもない。

 【渾玉こんぎょく縮空しゅっくう】──大気の圧縮によって生じる真空、それによる吸引。

 【渾玉こんぎょく八勢はちぜい】──圧縮した大気を解放し、それによって炸裂する風圧の爆弾。

 【渾玉こんぎょく】は【縮空しゅっくう】から【八勢はちぜい】へと移行するワザであるワケだが、【圧搾者エキスペラー】はこの二段階を両手で同時に、で放ち続けていた。

 片方の【縮空しゅっくう】により自らの動きを補助──或いは相手の動きを阻害し、もう片方の【八勢はちぜい】にてダメージを狙う。ここまでの【圧搾者エキスペラー】の戦法はこれの繰り返しだった。

 だが、これで決着はつかないことは最早互いに承知の上。

 【圧搾者エキスペラー】は満を持して自身の最大の攻撃を放たんと駆け出した。

 【縮空しゅっくう】も使いつつ、半ば飛ぶように駆け込んだその先は──


「ん──屋内へ? それだと、【渾玉こんぎょく】のポテンシャルが、発揮できない筈…………遮蔽物かべが多すぎるし、空気の圧縮にも、手間取るでしょう」


 そう言って即座に後を追い、ビルの入り口へと差し掛かった瞬間──


「【渾玉こんぎょく八勢はちぜい】」


 屋外で圧縮し終わっていた【渾玉こんぎょく】を、【圧搾者エキスペラー】は屋内にて解放した。


「くぅ…………!」


 狭い屋内で解放された大気は、逃げ場を求めてビル内の各窓やドアへと殺到する。

 必然、今まさに中へ踏み入ろうとしていたれいはカウンター気味にその風圧を浴びる事となった。


「く、そ」


「よーい…………ドンッ!!」


 それに見向きもしないまま、【圧搾者エキスペラー】はビル内部を屋上目掛けて駆け上がっていく。


「ああ、そういう…………競争ね」


 受け身を取って即座に立ち直ったれいは迷うことなく【圧搾者エキスペラー】の後を追う。


「屋内で【渾玉こんぎょく】は作れねえ…………周りに余計な物が多すぎて【縮空しゅっくう】のコントロールがムズ過ぎる。もうちっとゆっくり作っていいなら問題ないんだが…………今はその時間が惜しすぎるんでな」


 手甲を纏ったその拳で天井までをぶち抜き、屋上へと躍り出る【圧搾者エキスペラー】。

 すると空を仰ぐように両手を広げ、呟いた。


「【渾玉こんぎょく圧界あっかい】」


 すると、これまでのものとは比べ物にならないレベルの圧力が大気を歪め、圧縮していく。


「【八勢はちぜい】の威力で足りないならっ…………圧縮の規模を上げるしかねぇ。両手・・を使うことになるから、斬り結んでる間は使いようがなかったけどな。これで、なんとか圧縮までの時間をッ…………!」


「やれないよ」


 トン、と足音を立ててれいが屋上へと舞い降りた。


「はや、過ぎんだろ…………」


「そりゃ、律儀に階段を上ったりしたら、もうちょいかかっただろうけどね。いく先が、屋上だってアタリはついたから、伸縮ワイヤー使って、直行してきました…………さて、そのチャージ、止めて貰おうかなっと」


「勘弁してくれねえかなぁ…………もうちょっとで元気が貯まるんだが」


「私、宇宙の帝王じゃないんで」


 などと言いながらに、数多の短剣型生装リヴァースを投げ放ち、れいは【圧搾者エキスペラー】を細切れにしようとする──


「…………あれ?」


 白い刃の群れは、何にも命中することなく、宙空を切るだけだった。


「幻覚、なワケない…………っ、違う、幻影──!」


「ビンゴ、っと。【圧界あっかい】の規模と出力を見誤ってたな」


 これまでとは段違いの圧力で歪められた大気、それの結果生まれた大気密度の差違は光の異常屈折を引き起こしたのだ。

 そして見当違いの攻撃をしている内に、既に【圧搾者エキスペラー】はれいとは反対方向へと移動していた──


「俺の勝ちだ、食らえ──」


 両手を握り合わせるその仕草は、まるで祈りのようだった。

 【圧搾者エキスペラー】は自らの最大最高圧力で凝縮したソレを、今こそ解き放つ。


「【渾玉こんぎょく──






「【冥月みょうげつ久遠くおん】」






 ──その抜刀は、正しく神速。

 瞬時に転回した体勢そのままに放たれた黒き月虹。

 その軌跡は糸を引くように伸び、まるで吸い込まれるかのように【圧搾者エキスペラー】の心臓へと命中。

 【圧死】を司る死神グリム、その存在の基底諸共に貫き消し飛ばす






               筈だった。






「──は?」


 初めて。

 ここにきて初めて、時雨峰しうみね れいは目を剥き、驚嘆の声を漏らした。

 【冥月みょうげつ】を。

 如何なる死神グリムの、如何なる御業をも否定し、抹消する一閃を、急所である【神髄デスモス】へと叩き込んだ。




 しかし【圧搾者エキスペラー】は嗤っていた。




「紙一重、だな。最後の最後に残った伏せ札が、勝負を決めた」


 【圧搾者エキスペラー】は知っていた。

 【冥月みょうげつ】は0.4秒以上維持出来ない。

 【冥月みょうげつ】は、偏在率の推移によって発動する現象。

 80%以上から0%以下まで、0.4秒以内に推移した際に起こる世界の誤作動バグ

 故に、一度発動した場合、二度目の発動までに80%

 0.4秒。

 この状況に於いては、それは余りに永すぎるタイムラグだった。


「改めて──俺の、勝ちだ。

















          【渾玉こんぎょく十六勢ししぜい】」



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