76.油断




「…………チッ」


 牢獄と化した湘南の外側アウトサイド

 首謀者兼傍観者である二名の片割れ、【無限監獄ジェイルロックマンション】は煩わしそうに舌打ちを一つ洩らした。


「ん? どうしたの、イルマ?」


 向かい合う席に座っている彼の上役、【醜母グリムヒルド】が首をかしげて訊ねた。


「…………狙撃の生装リヴァースを使う灰祓アルバ達が【処刑者パニッシャー】と【処女メイデン】の戦闘に参入した」


「あらら。狙撃部隊と言えば…………第四隊クローバー罵奴間ののしぬまの娘さんが隊長やってたかしら。そっかー。それはちょっとよろしくないかも。にっしゃんとめいちゃんの使う【死装デスマスク】、だったっけ? 中々面白いアイデアだったけど、偏在強度を底上げ出来る代わりに射程がガッツリ落ちるから…………まあ遠距離の相手は面倒になるでしょうね」


 ズゾゾ、とフルーツスムージーを啜りながらに【醜母グリムヒルド】──太白神たいはくしん イザナは他人事のように言った。


「てか、戦局は重ならないように分断して調整してたんじゃなかったの? 監獄長として怠慢じゃない?」


「無茶を言うな無茶を。湘南を俺の監獄内へと堕とし、監獄を分割して位置換えシャッフルした。が、そもそも複数の神話級ミソロジークラスが入り乱れる戦場としては湘南は少し狭すぎる。今現在開かれてる戦端は四つだが──少し位置調整をミスればいずれかがかち合って乱戦になるぞ。それはお望みじゃあないんだろう」


「そうねー。流石にこれ以上ぐちゃぐちゃにしたら不確定要素が増えすぎるし。といっても第四隊クローバーは四人編成だったでしょ? 相手の人数がいきなり倍になるのは流石に二人が気の毒だし、なんとか離してあげられない? エリアじゃなくて個人指定で飛ばすのも不可能じゃないんでしょ?」


「だから、現在進行形で戦局の維持に手一杯だと言うんだ。…………チッ。特に【少女無双ヴァルキリアス】と【駆り手ライダー】の戦闘が手に余るな、しっちゃかめっちゃかに駆け回ってる。この上灰祓アルバを個人指定で操作する余裕は一切無い。エリア指定より個人指定の操作の方が当然神経使うからな」


「んー、やっぱフィールドが狭すぎたかしら? もっと監獄広げたりとかは?」


「今でもう限界越えてるレベルだ。【白銀雪姫スノーホワイト】の偏在規模と同列に語るな。だいたい、相手は狙撃部隊なんだろうが。なら少々位置を調整したところで攻撃の手が止まるとも思えん。どころか、位置の移動は狙撃手スナイパーからすればむしろありがたいぐらいだろう」


 しかめっ面しながら語る【無限監獄ジェイルロックマンション】は目を瞑ったまま身動ぎ一つしない──今なお自らの宿業の制御に努めているのだろう。


「んー、じゃあイルマから手出しは出来ないってことね…………うーん…………よしっ! 二人には自力でなんとかしてもらうことにしましょう! 信じてるよ、にっしゃんにめいちゃん!」


 結局丸投げか、という言葉は呑み込みつつ、【無限監獄ジェイルロックマンション】は呆れた視線を片目だけ自らの首領リーダーへと向けたのだった。






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「ざっけんなあーーーー!!!! くっっっそ…………なんやねんもー! イルマの旦那の手落ちやろコレ! 乱入は聞いてへんわ!」


「愚痴りたいのは山々ではありますが、言っても仕様がありません。眼前の相手から始末していきますよ、【処女メイデン】」


 襲いくる弾丸に苦慮しつつ、【処女メイデン】と【処刑者パニッシャー】の両死神グリム第十隊ダチュラ弖岸てぎし むすびとの闘いの中、まずは互いの合流を目指す。


「させるか!」


「行かせない……!」


 その行く先を加我路かがみち 明騎みんきむすびが必死に阻む。


「足掻きますね──少々の援護があっても、この状況はそうそう引っくり返りませんよ。否、返させません」


「それを返すのが隊長ぼくの仕事だ…………隊長になってまだそう時間は経ってないけど、だからこそこんなところでくたばってられなくてね。なんとか九死に一生を得たからには、この好機を是が非でもものにさせてもらう…………!」


 狼牙棒型生装リヴァース、【針泥シンディ】を振るいながらに明騎みんきは言い放ってみせる。

 【処刑者パニッシャー】はその言葉に目尻をピクリと動かし、そして──容赦の無い猛攻を重ねる。


「…………【五行相剋ごぎょうそうこく】」


 【処刑者パニッシャー】の四肢と胴体、五つの箇所から放たれた断頭の刃が明騎みんき、そして後方の隊員達へと襲いかかる。


「くっ、そっ…………!」


「そうはさせない!」


 第四隊クローバーの隊員たちはすかさず【処刑者パニッシャー】の身体へと銃弾を叩き込む。

 【死装デスマスク】の装甲に守られた【処刑者パニッシャー】の身体にダメージを負わす事は叶わない──が、たとえ防御したとしてもその衝撃までは殺せない。【処刑者パニッシャー】の身体は大きく揺らがざるを得なかった。


「おおっ…………!」


 加えてそこに明騎みんきが一撃を与える事により完全に体勢が崩れる事となる。

 結果、五つの巨刃は灰祓アルバ達から逸れて後方の街並みへと突き刺さる。


「ええい、鬱陶しい…………!」


 【処刑者パニッシャー】は即座に刃を引っ込めて次の攻撃へと移行しようとするものの、当然それを見逃す第十隊ダチュラでもなかった。


「ここだ! 攻め込めぇ!」


「ああぁぁっ!」


 明騎みんきの声に呼応して、大剣型生装リヴァース一空いっくう】を振りかぶり神前こうざき えんは駆け出していく。


「おっとぉ! 【処刑者パニッシャー】の姐さ…………」


「今度は、ワタシが通さないっての! 【冥月みょうげつ】!」


「うわっちょっ、危なぁっ!」


 窮地の相方バディの元へ駆けつけんとする【処女メイデン】の歩みを全力のむすびが阻む。

 もはや並大抵の攻撃などまるで受け付けない偏在強度を獲得した【処女メイデン】ではあるが、この黒き月輪──【冥月みょうげつ】だけは別だ。死神グリムの存在そのものを絶ち斬り、否定するこの一閃はいかなる偏在強度を誇っていようとも耐えられるものではない。たまらず【処女メイデン】は後退して距離を取った。


「生憎と形勢は逆転してるのよ──みんなが【処刑者パニッシャー】を倒すまで、あんたをこの先には通さない! 【処女メイデン】!」


「あらそう。そんならしゃーない──ここで始末してまおっかなぁ!? むすびちゃん!」


 赤黒い死棘を纏ったその腕で空を薙ぎながら、【処女メイデン】はむすびへと飛びかかった。

 対して、第四隊クローバーからの集中放火を浴びながらも第十隊ダチュラと真っ向からつばぜり合う【処刑者パニッシャー】。


「ああああぁぁっ!」


「せいっ!」


「チッ…………!」


 明騎みんきえん、どちらの武器もかなり大振りな代物。【死装デスマスク】にて基礎能力を底上げしている今の【処刑者パニッシャー】からすればその攻撃はあまりにも鈍重過ぎた。容易く躱せるものでしかない。

 しかしそれは。


「ぐっ───おのれ利かない攻撃をネチネチと!!」


 ──相手が二人のみだった時の話。

 けたたましい金属音を炸裂させ、【処刑者パニッシャー】の全身が震える。

 第四隊クローバーの狙撃に対し、現状死神グリム二人は対抗策を持たない。【死装デスマスク】を身に纏った事による射程の減退は消しようのない泣き所だった。


「煩わしいっ…………! 【絶交錯ソノ】!」


 十字を切って振るわれた両腕の刃、それから紙一重の差で逃れつつ、第十隊ダチュラは反撃の隙を伺う。

 それを見た【処刑者パニッシャー】は苛立ちをその表情から滲ませながらに言った。


「これ以上粘って何になるとでも? 貴方達では私達の装甲は穿てない!」


「さぁて──それはやってみなきゃあわからない。少なくとも僕らは決して諦めないぜ」


「──ああそう。では、すぐに諦めがつくようにしてあげましょう」


 そこから【処刑者パニッシャー】の顔からは色が失せ、悪寒を湧き立たせるものへと変わる。


「──来るぞ! 構えろえん!」


「はい!」


 両者が腰を落とし、防御体勢を取った瞬間──


「【森羅絶乖士ファルプヴェクセル】」


 【処刑者パニッシャー】の身体の中心、正中線からまるで彼女自身を両断するかのように射出された特大の刃。

 それは次々と枝分かれして合計11の刃となり、全方位を根刮ぎに切り刻まんと暴れ狂う。


「来るんだ! えん!」


「はい隊長!」


 第十隊ダチュラの二人は互いの武器を交差するように地面に突き立て、支え合うようにして刃の嵐を防ぐ。


「く、おおおお!!」


「あ、ああああ!」


 武器が、そして全身が軋み、揺らぎ、悲鳴を上げる。

 折れんばかりに歯を食いしばり、二人は踏ん張り続けた。

 そして。

 暴嵐は過ぎ去る。


「──行くぞ!」


「はいっ!」


 大技を放ったその間隙インターバルを狙い、二人は駆け出した。


「無駄です。この程度で私の攻撃が終わるとでも──」


発砲ファイア!!』


 そこに第四隊クローバーの一斉放火が【処刑者パニッシャー】を襲う。


「利かないと、言ってるでしょうがっ!!」


 怒声を上げて【処刑者パニッシャー】は銃弾を浴びながらも追撃の体勢に移り──


『これならどう──【谺六連こだまりくれん】、全弾放火フルバースト!』


 第四隊クローバー隊長罵奴間ののしぬま 鐔女つばめ生装リヴァース──その名の通り、六連発の弾丸が【処刑者パニッシャー】の装甲のただ一点を目掛けて叩き込まれる。

 ──ピシリ。

 【死装デスマスク】の装甲に、ひびが入った。


「…………サンキュ、姉ちゃん」


 そこで、が放たれる。

 左足を刎ねられた第十隊ダチュラ隊員罵奴間ののしぬま 鍔貴つばき──彼はそれでも諦める事なく一瞬の隙を待っていた。

 【処刑者パニッシャー】の射程の外まで這いずり。

 仲間達が必ず作ると信じた隙を待って。

 クロスボウ型生装リヴァース、【Altoアルト】から放たれた一矢は姉が入れた装甲のひびを逃さず射貫き、【処刑者パニッシャー】の身体を穿って見せた。


「馬鹿、なっ」


「おおおおおお!!」


 間髪入れずに振り下ろされた明騎みんきの【針泥シンディ】が孔の空いた【首刎ね女帝クイーンオブハート磔刑ドゥオデキム】へと叩き込まれる。


「が、ハッぅ!」


 ビシビシ、とひびは遂に装甲の全体にまで伝播した。


「決めるんだえん!」


「う、ああああああああぁぁぁぁっ!!!!」


 閃光が疾駆はしる。

 えんの【一空いっくう】が装甲ごと【処刑者パニッシャー】の身体を斬り裂いた。

 飛び散る鮮血。

 頽れ、その場に膝をつく【処刑者パニッシャー】。


「勝っ──




「【断頭台ギヨッティーネ】」




 ドッ。

 鈍い音が響く。


 マルいものが宙を舞う。


「   」


 声にならない声が響く。


 【処刑者パニッシャー】の裂けたように開かれた口から断頭刃が放たれ。

 それは渾身の一振りの余韻で硬直していた加我路かがみち 明騎みんきクビを捉えた。


 ドチャリ。


 頭部マルいのが落ちた音。


「っ、うああああああぁぁぁぁ!!」


 絶叫するえんが再び【一空いっくう】を振るうも──


「っっ、とぉ! そうは、いかさん!」


 ガシャアン! と音を立てて【処刑者パニッシャー】を鋼鉄の処女アイアンメイデンが包み込んだ。


「【死装デスマスク】で射程が縮まったと思い込むのもアカンで? んなもんいつでも解除出来るんやし──ホイっと!」


 叫びながらやってきた【処女メイデン】には片腕がない──ダメージ覚悟で【死装デスマスク】を解除してむすびから逃れて来たのだろう。

 そしてその代償に伸びた射程を活かし、鋼鉄の処女アイアンメイデンで戦闘不能になっあ【処刑者パニッシャー】を守ったのだ。


「待ちなさいっ! 【処女メイデン】!」


 叫ぶむすびに、【処女メイデン】は冷ややかな目線を流す。


「待つわけないやろ。安心しなぁ、今回はウチの完敗やでむすびちゃん。結局足止めしか出来ひんかったしな。だからまあせめて──【処刑者パニッシャー】の勝ちは守らせて貰うわ。さんざんぶっぱなしよったお陰で狙撃手スナイパーの位置はだいたいわかっとるし。死角もな」


 そうして【処刑者パニッシャー】を回収し抱き止めた【処女メイデン】は、その場で跳躍体勢を取る。


「待てえ! 死神グリムっ、死神グリム死神グリムウウウゥゥゥ! 逃げるな! 逃げるなああッッッ!!!!」


 引き裂くような絶叫を上げるのは、神前こうざき えん


「は、八人がかりでかかってきてようぬかすもんや。ま、卑怯もん呼ばわりしたけりゃどうぞご随意にー。ほな、さい、なら!」


 そして【処女メイデン】の直下から凄まじい勢いで鋼鉄の処女アイアンメイデンが隆起し、カタパルトのように死神グリム二人は吹き飛んでいった。


「あ」


 その場に崩れ落ち、四つん這いになるえん




「あ──ああああああああぁぁぁぁ!!!!」






 【十と六の涙モルスファルクス】所属。

 六之一ろくのいち処刑者パニッシャー】&六之二ろくのに処女メイデン】。

 対。

 【聖生讃歌隊マクロビオテス】所属。

 第十隊ダチュラ&弖岸てぎし むすび&第四隊クローバー


 勝者、【処刑者パニッシャー】&【処女メイデン】。

 第十隊ダチュラ隊長、加我路かがみち 明騎みんき、死亡。





















 その闘いを、眺めているものがいた。


 その者は、死神グリムだった。


 その死神グリムは、嬉しそうだった。


 その死神グリムは、愉しそうだった。


 その死神グリムは、嗤っていた。






「……………………………………………………………………………………………………………………………………………あひゃ♡」



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