60.UUU




「──くそっ。おい、離せイザナ


「…………やれやれ、過保護ねー。あんな間隙にみやこちゃんへのフォロー捩じ込んじゃって。ぷーはんが可哀想だわ、ただでさえ格上相手のマッチアップなのに」


 由比ヶ浜海岸から少しだけ離れた鎌倉海浜公園にまでイザナせいは移動してきていた。


決着オチの見え透いた勝負なら多少嘴を挟んだ所で問題ないだろ。…………みやこの勝ちは動かない」


「だぁからー。そういう信頼は相手に見えてるところで表さないとダメなんだってば。シャイでへそまがりなんだからもう。みやこちゃんかわいそー」


「うるっせぇっての。…………そろそろ聞かせろ。お前、この湘南で何を企んでる」


 冷ややかな目で見据えながらせいイザナを見据える。

 対するイザナはその視線を気にもとめず、薄ら笑いを見せるだけであった。


「ネタバレなんて無粋な事はしないよー。今は一先ず二人の闘いを温かい目で眺めようじゃないの。ぷーはんだってそうそう捨てたものじゃないからさー」


「あーそうかい…………ふん、どうせ観客は俺たちだけでもないんだろうがな」


「ま、そりゃそうでしょうね。達ももうだいぶ集まってきてるみたいだし…………あの子も、ね」


「? あの子って、どの──」


 そうせいが問おうとした時、既に背後に一人の少女が立っていた。


「…………」


 ゆっくりと振り返り、せいはその少女の姿へと視線をやる。

 黒白の髪を湛えるその幼い少女を見て。

 せいは、掠れた声でその名を呼んだ。


「……………ル、イ」


 その声を受けて。

 時雨峰シウミネ ルイは──【死姫アデライード】は、静かに微笑んだ。






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「随分と派手にやってくれたものだねぇ…………既存のデータでは【不沈鉄槌ディープハンマー】は逸話級フォークロアクラスだった筈だが…………これ程の偏在規模とはね」


 こちらも海岸からある程度離れた場所。

 【死神災害対策局アルバトロス】の臨時軍用拠点内にてそう呟いたのは、眼鏡をかけた痩せぎすの男──【聖生讃歌隊マクロビオテス第八隊バレンワート隊長、氏管うじくだ 轆轤ろくろだった。


「いやそんな感心してる場合じゃないですって。被害ヤバすぎですって洒落になってないですって」


 焦燥を隠そうともせずそう語る青年は同じく第八隊バレンワートの隊員、矢妻やづま とうである。


「民間人を案じる君の気持ちは立派なものだがね、とう。まことに遺憾ながら既に事を起き、被害は出てしまっている。今更泡食っても誰も助かりはしないよ。メリハリだメリハリ」


「相変わらず人間に興味無いよねー氏管うじくださんは。死神グリムオタクは健在かぁ」


「君も大概だと思うがね、文槻ふみつき君。まあ、かの天才児の思考なんぞ私ごときには計れんが」


「うーん、それ皮肉? まあ確かに僕もそんに民間人とかは気にしないけど」


 そういって笑うのは、まだ少年というべき年頃ながら氏管うじくだと肩を並べ【聖生讃歌隊マクロビオテス】隊長という地位につく者──第七隊ハイドレンジア隊長、文槻ふみつき 理尽りづきであった。

 弱冠十四歳で隊長の座に登り詰めた天才児、という触れ込みでその名は局内に知れ渡っている。


「【不沈鉄槌ディープハンマー】と…………相手してるのは偏在反応からして件の特異遍在個体、【駆り手ライダー】か。僕が散々追いかけ回してた【裂き手リッパー】を横からかっさらってくれたヤツだね。相手してみたいんだけどなぁ」


「止めたまえよ文槻ふみつき君。折角死神グリム二体が潰しあってくれているんだ。思う存分闘って貰おうじゃないか…………私としても【駆り手ライダー】には大いに興味がある事だし、漁夫の利があるなら是非ともいただきたいものだよ」


 ベロリ、と氏管うじくだは自らの唇を舐め回す。それを見た部下である矢妻やづまは引きつった顔で身震いした。






◎○◎○◎○◎○◎○◎○◎○◎○

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「…………出遅れた、かな? 【駆り手ライダー】と【不沈鉄槌ディープハンマー】が既に交戦開始だってさ」


「…………そうですか」


「ホッ…………巻き込まれなくてよかったぁー」


「やれやれ、傴品うしなはオールウェイズで傴品うしなだねぇ」


 【死神災害対策局アルバトロス】専用車両内にて会話を交わす者達。

 【聖生讃歌隊マクロビオテス第零隊ヘムロック、そして現在その指揮下に入っている弖岸てぎし むすび儁亦すぐまた 傴品うしな──及び、神話級ミソロジークラス死神グリム灰被りシンデレラ】であった。


「まあ、この対戦マッチングだと、【駆り手ライダー】の勝ちは動かないんじゃ、ないかな…………大層強いって、話だし」


れいさんよりですー? れいさん以上の死神グリムがいたらもう人類おしまいなんじゃって感じなんですけど、アタシからすれば」


「さて、ね。やってみなくちゃ、どうとも言えないね」


 そんな傴品うしな第零隊ヘムロック隊長、時雨峰しうみね れいの掛け合いを眺めつつ、【灰被りシンデレラ】はぼやく。


「…………いやはや、現代は死神グリム灰祓アルバも随分化け物じみてきたみたいだねぇ。君らみてると染々感じるよ」


「失敬なー! れいさんやむすびちゃんはいいですけどアタシを人外呼ばわりしないで下さいよぅ!」


「人外かどうかはともかくとして、君が人でなしなのは間違いないだろう、傴品うしな


「………………ウヒ」


「うんうん、そこはちゃんと否定せずにいる程度のギリギリの分別はある傴品うしなが好きだよ私は」


 少女達のそんなやり取りを尻目に、第零隊ヘムロック副隊長薙座ナグザ 御呉ミクレはため息を吐く。


「呑気な女子会、結構な事ですけどねぇ。この先湘南で何が起こるかわかったもんじゃないんです。もちっとだけでも緊張感持った方が良いんじゃないですかねぇ?」


御呉ミクレ五月蝿い。現場についてもないのに気ぃ張ってても仕方ないでしょ、前見て運転して」


「うーん膠もしゃしゃりもない」


 いつもの自らの隊長の辛辣な言葉に呻きながら、御呉ミクレは運転手としての役目に戻る。

 それに一瞥もくれることなくれいは静かに思考の波に意識を乗せ、周りに聞こえない程微かな声で、呟いた。


「久しぶりに会えるかな…………せい






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 夏の陽射しを厭うかのように。

 闇の中で跳梁する狩人が、独り。


「相っ変わらずミヤコちゃんは人気者だね~♡ みんなの視線を一人占めっ! 悪いコだなぁもう…………あひゃ♪」


 ザクッザク。

 肉が裂ける音。


「ああ"っアアあア"ア"ア"アぁぁぁァ!!!!」


「しかーし、敵もさる者引っ掻く者。なかなかどうして油断ならないみたいじゃん? 格下だからって甘く見ちゃ一杯食わされちゃうよねー。ねー? …………おい、話題振ってんだから答えろや。お前だよお前」


 ギチチチッ、ブチィ。

 肉が千切れる音。


「はばっ、あ"ー! あー! アア"ーあっー!!!!」


「人語を喋れーーー。喉と肺はイジってねーぞー、会話は出来んだろ根性出せやー」


「もう止めてぇ! 知ってることは全部話したって言ってるでしょ! それ以上傷つける必要なんてない!!」


 そう叫んだのは、少し離れた位置で縛られている女性。純白の隊服に身を包んでいる。灰祓アルバ隊員らしかった。

 そして、死神に──【狩り手ハンター】に拷問されている男性も、また。

 彼は不生いかさず不殺ころさずのギリギリの淵を行ったり来たりするように傷めつけられている。

 殺してくれと懇願する程の──しかし苦痛で意識を手放すまではいかない紙一重の線で、である。


「知ってるよー。てか話聞いてた? 別にオレ尋問してるワケじゃないって。世間話世間話。気軽な話題を振っただけなのに、それすらもシカトするんだもんなぁ。会話に幅のない男は一緒に居てもつまんないよお姉さん。今のうちに乗り換えるのをオススメするね。つーかそもそも情報とかはもう湘南ここ来る前に一通り抜き出してるしね。そこまで手際悪くないよオレ」


「なっ、なら…………どこにこんな事する必要があるのよ!」


「ないね、どこにも。いちいちやること成すことに必要性なんて必要ないでしょ。遊び心を大事にしてこーぜ」


 一切の迷いなくその言葉は【狩り手ハンター】の口からこの上なく流暢に紡ぎ出された。

 それを聞いた灰祓アルバの女性は、理解しがたいものを見る目を【狩り手ハンター】を見据える。


「貴女は…………なんなのよ」


 それは恐怖や怒りからではなく、純粋な疑問。


「どうしてこんな事が出来るの…………何故平気で、他人の命を踏みにじれるの」


「え、面白おもしれぇから」


 そしてその回答もまた、この上なく純粋な代物であった。


「趣味だよ、趣味。ホビー。心当たりが無いとは言わせないよ、共感できないとは言わせないよ。みんな好きでしょ。人類みんな好きでしょ。残酷なのが、悲惨なのが、醜悪なのが。シェイクスピアが証明したじゃん、悲劇は人類にとって最高の娯楽エンタメなんだってば。365日24時間休みなしでみんな悲劇ソレを追い求めてるじゃん。小説で漫画でアニメでドラマで映画で演劇で、みーんな不幸な赤の他人を見て楽しんでるじゃん。他人の不幸は蜜の味スイートハニーってね。みんながやってる事をオレもやってるだけだよ、ホラ何も可笑しくない」


「………………」


「わかってくれたぁ? うんうん、オレにとっても今回はなかなか大舞台になっちゃいそうだし、モチベとテンションageてきたいんだよねー。強いていうならそういう意味があるね、これには」


 ズボォ、ドチュドチャ。

 ハラワタを掻き分ける音。


「ふびゃアあアアアああーーーー!!!!」


 【狩り手ハンター】は男性隊員の裂いた腹部から、を引きずりだす。


「死が二人を分断わかつまで──っつーことでさ。今からこので貴女の首を締め上げます。貴女が縊死するかアイツが失血死ないしショック死するかで競争しよう。生き残った方は景品としてオレの新しい毒をご馳走してあげちゃうネっ♡」






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 大海嘯が轟き、海岸一帯が波に呑み込まれていく。

 其処にいた人々も、建物も、全て。

 哀れな犠牲者達は皆、水底へと沈んでゆき──日の目を見ることなく【溺死できし】していった。


「さて、これで決まってくれりゃあ楽なんだが…………まあそう易々と事は運んじゃくれねぇわな」


 海上に立つ死神グリム──【不沈鉄槌ディープハンマー】。

 彼のその呟きに呼応するかのように、眼前にて大きな水柱が立つ。


「──だああっせええええええい!!!!」


 怒声と共にその水飛沫の中から飛び出してきたのは、考えるまでもない。

 【駆り手ライダー】、都雅とが みやこ

 そして彼女が乗っているのは──


「…………水上自転車!? そういうのもアリか…………!」


 幅広で大きな車輪を駆り、水上を疾駆しながらにみやこは叫ぶ。


「やってくれたな三下ぁ! リゾートを何だと思ってんだ無粋野郎!」


「そいつは失敬、形振り構ってる余裕は無いもんでね…………!」


 互いの意気は充分。

 湘南の海で死神二騎がぶつかり合う。


「轢き飛ばす!!!!」


「ロッカーん中にブチこんでやる」


 果たして。

 湘南における此度の一大祭典。

 その号砲となる一戦が、祭りの参加者達の視線を一心に集め、今始まる。

 一先ず。

 【死に損ないデスペラード】、【駆り手ライダー都雅とが みやこ

  対。

 【十と六の涙モルスファルクス六之三ろくのさん、【不沈鉄槌ディープハンマー】。




 いざ尋常に──開戦。



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