61.勲




 目前にて猛る【駆り手ライダー】──都雅とが みやこを見据えながら、【不沈鉄槌ディープハンマー】は苦笑を漏らした。

 先程の大海嘯で一気に押しきれればと思っていたが、流石は神話級ミソロジークラス。ピンピンしている。

 とはいえ、【溺死できし】の【死因デスペア】は見せ掛けではない。多少のダメージは入っている筈だが…………


「だーーーーあああぁぁぁらあああああああぁぁぁぁッッッ!!」


 現れた水上自転車を駆りながらに【駆り手ライダー】は海上を疾駆して【不沈鉄槌ディープハンマー】に迫る。


「っとぉ、寄られたら勝負にならねぇ…………距離とらねぇと、なっ!」


 海面を滑るようにして即座に距離を取る【不沈鉄槌ディープハンマー】。

 しかし。


「自分から仕掛けといて、日和ってんじゃねーーってのーーーーっっっ!!」


 大音声でがなりたてながらに【駆り手ライダー】は飛沫を上げながら疾駆し、【不沈鉄槌ディープハンマー】を猛追する。


「おいおいおいおい…………水上でも機動力は健在かっての!」


「健在なワケねーでしょがいっ! 六割減だわ!」


「それで俺と同速ってか…………! 噂以上の韋駄天ぶりだなおい!」


 【不沈鉄槌ディープハンマー】本人にとっては圧倒的に有利フィールドであり、また【駆り手ライダー】の最大の長所である機動力を削げる事を見込んでの海上での戦闘。


「となりゃ、使えるモンは片っ端から使わなくちゃあ、なぁ! ──来いお前ら」


 その呼び声と共に、海上に新たな影が幾つも現れる。

 それらを目にした【駆り手ライダー】は鼻白んだ様子で嘆息した。


「何かと思えば──死神犬いぬかよ。興醒め極まるね。そういう小細工使う時点でもうまともにやったらあたしに勝てないっつってるよーなもんじゃん」


 海上を走る死神犬グリム海犬シードッグ。イギリスの紋章などに見られる鱗と水掻きを持った犬だ。

 それを見て拍子抜けの意を示す【駆り手ライダー】に、【不沈鉄槌ディープハンマー】は肩を竦めた。


「こりゃ手厳しいねぇ。とはいっても返す言葉もないド正論だがな。仰る通り、俺の劣勢は動かないだろうさ。だからこそ、どんな手段も片っ端から使ってやる」


「そりゃ結構。じゃ、なんだってご自由に試してみれば? ──全部轢き潰したげるからさ」


 威風堂々と、【駆り手ライダー】は水上自転車の上で仁王立ちしながらそう言い放つ。


「勿論、遠慮無く──わざわざ志願した、一世一代の大勝負だからなぁ」


「は? 何あんた、自滅志願? そういうの割かしマジで萎えるから止めてほしいんだけど」


「まさか、あくまで勝つ気でいかせてもらうが──分の悪い勝負になるのは間違いないだろうからな。もっとも、それこそ望むところだが。お前にならわかるんじゃないのか【駆り手ライダー】。【慚愧丸スマッシュバラード】に【孤高皇帝ソリチュードペイン】と、名だたる死神グリム達に散々喧嘩を売ってきたお前なら」


「はあ…………あー、確かにあたしもあたしで格上に突っ掛けるのはしょっちゅうだけどさ。それはムカつくヤツがたまたま格上だったってだけで、理由もなく自分より強い相手に喧嘩売ったりはしないよ」


「理由なら、俺にだってあるさ。俺だけの、譲れない理由がな…………」


「へーそう。興味ないや」


「そう、あれはまだ俺が人間だった頃の話になるが…………」


「興味ないっつってんでしょうが何勝手に回想に入ろうとしとんじゃ! 隙自語!」


 そんな【駆り手ライダー】のツッコミもよそに【不沈鉄槌ディープハンマー】は独り言ちる。


「俺は仕事は漁師、趣味はサーフィンの海に生きる男だった…………ガキの頃から海と一緒に育ってきたようなもんさ」


海人うみんちゅだねー」


「ある日俺は長い漁から帰り、自宅の風呂で寛いでいた」


「そりゃ結構ー」


「疲れが溜まってた事もあり、湯船に浸かったまま眠りこけた」


「よくあるねー」






「そしてそのまま沈んで溺れて死んだ」






「………………」


 【駆り手ライダー】は思わず手で顔を覆い、空を仰いだ。

 尚。

 風呂場での死亡者数は年間二万人に達するとも言われている。


「お前に俺の気持ちがわかるか……?」


「 ぜ ん ぜ ん 」


 ブンブンと首を横に振りながら【駆り手ライダー】は言った。


「もちろん、こんなアホクセェ話に共感してもらおうなんざ思っちゃいねぇさ」


「そっか。そりゃ助かるよ。大いに」


 彼女にしては珍しく、無表情かつ抑揚のない声で【駆り手ライダー】は言った。

 それを見ても大して気にとめる事もないまま【不沈鉄槌ディープハンマー】は続ける。


「果てしなくしょーもない幕引きだった筈の俺が、何の因果か今こうしてこの世に留まっている…………だったら望むことは一つだ。今度は、今度こそは! もっと、こう、他人に面目立つような最期を迎えたいってな!」


「…………が、頑張れば?」


「頑張るともさ。今からな」


 足元のサーフボード──の形状をした【死業デスグラシア】、【鉄槌戦艦フライング・ダッチマン】が揺れ、水面が潮騒を奏で始める。

 それを見た【駆り手ライダー】は何とも言えない表情を浮かべるが──途中で何かを思い付いたかのような顔になった。


「あーーーーそっか。なるほど。つまり、あたしはあんたにこう言えばいいワケだ。正しく」


 そこで【駆り手ライダー】は彼女らしい不敵な笑みをニヤリと浮かべ、言った。




「──死に花咲かせろ!」






◆◉◆◉◆◉◆◉◆◉◆◉◆◉◆◉

◉◆◉◆◉◆◉◆◉◆◉◆◉◆◉◆






 ──と、いつものキメ台詞を本来の正しい意味で使用しつつあたしは改めて戦闘態勢をとる。

 相手の【死業デスグラシア】はサーフボード型──いや何でだよ。フライング・ダッチマンっつってたよな。幽霊船の筈だろ確か。相も変わらず色々といい加減だな死神グリムって。


「いけ、海犬シードッグ


 目前で海面を滑走し続ける死神グリム、【不沈鉄槌ディープハンマー】はそう言って幾匹もの死神犬いぬをけしかけてくる。

 ただの雑魚──ではないようだ。何やら厭な気配が漂っている。おそらくは【溺死できし】の【死因デスペア】を付与エンチャントされているのだろう。相性の良い死神犬いぬになら可能と聞いた事がある。

 が、雑魚は雑魚だ。ただの雑魚じゃなくて面倒な雑魚なのだとしても、戦力差は埋まらない。

 現在戦況は膠着状態と言えるだろう。サーフボードに乗る【不沈鉄槌ディープハンマー】の速度と、センパイがすんでの所で【死因デスペア】を使い渡してくれた水上自転車を駆るあたしの速度は大体どっこいだ。寄られたら即轢き潰される事は理解しているようで、相手は死神犬いぬを牽制として差し向けてきながらガン逃げに徹している。

 うーん煮えきらね~。

 襲い来る海犬シードッグ達を一瞥もくれてやらないまま死鎌デスサイズで斬り捨てながらあたしは【不沈鉄槌ディープハンマー】を追走する。

 初手の大津波ではそれなりにダメージを喰らった。おそらく噂で聞いた【溺死できし】の【死因デスペア】だろう。体感ダメージ的には【失血死しっけつし】や【毒死どくし】に近しいタイプの【死因デスペア】だ。じわじわ利いてくるやつ。スリップダメージっつーのかな? 半端者で回帰リジェネの効率が悪いあたしには相性の悪い【死因デスペア】だ──てか毎度毎度これ系を相手してる気がするんだが。勘弁してほしい。


「とにかく、距離詰めないとお話になんないなコレ…………けど手持ちの車輪ぶきは更衣室に全部置いてきちゃったからなぁもー。もしやそこまで狙ってた? なるへそ徹底してきてるねぇ」


 小細工含めて全身全霊ってか。

 まあ、そういう意気込みは良いことだと思う。

 もちろん、だからといって大人しくやられる気はサラサラ無いけどね。


「…………一発勝負になるな。外せばジリ貧かも。ま、向こうも長引かせる気はないでしょう」


 海犬シードッグの数にも限りはある筈だ。根比べになれば地力がものを言う。そうなれば格下むこうの勝ち筋は限りなく薄くなる。

 必ず乾坤一擲の勝負を仕掛けてくる筈だ。

 あたしはそれを真っ向からブチ破ってしまえばそれでいい。


「──潮目が整った。派手にいくぜ」


 笑みを浮かべながら、【不沈鉄槌ディープハンマー】は海上を大きく迂回する軌道をとった。


「待てやぁ!」


 あたしは当然その後を追って水面を駆ける。


「吸い込まれろ──鉄槌螺旋ファン・デル・ツイスト


 海面に幾重にも描かれた螺旋の飛沫、それらが具現化するかのように生まれたソレは──


「渦潮!? うお、ヤバっ」


 現れたそれは猛烈な勢いであたしを海中へと引きずり込もうとする。


「さっきの乱雑な大海嘯とは一味違うぞ──一度飲まれりゃもう海上には返さねぇ。そのまま土左衛門にしてやるよ」


 唸るような潮騒を響かせてその渦は勢いを増していく。

 成る程。

 確かにこれは切り札だ。

 この規模ともなれば神話級ミソロジークラスに限りなく近いと言えるだろう。

 ならば。


「受けてたつのが礼儀ってヤツだよね」


 そうしてあたしは水上自転車のサドルを踏み台にして、飛びこむ。

 その渦潮の──


          ──中心部へと。


「──は?」


 【不沈鉄槌ディープハンマー】の唖然とした声を尻目に、あたしは自らの真髄を解放した。


「【黙示録の駆り手ペイルライダー】──」


 蒼き大車輪を手にし。

 あたしは敢え無く渦潮の中心へと落下し──




「死神走法──向日葵ヒマワリ一輪いちりんカイ!」




 全霊の回転・・を、渦の目へと叩き込んだ。



              渦が消えた。




「…………何を、した」


 気付けば風も波もない静謐な凪の海の上で。

 【不沈鉄槌ディープハンマー】は茫然としていた。

 あたしはその問いに何気なしに答える。


「技のチョイスがしくってたね──渦潮は良くなかった。って、要するに回転・・だもんね。あたしの得意を潰して自分の得意に引き込もうってのはごもっともな狙いだったのに」


 ポリポリと頭を掻く。

 潮でべちゃついてる。

 人間の頃なら髪へのダメージを心配しただろうが、死神グリムにとっちゃ不要だった。


「──渦潮と逆の回転を叩き込んでやった。そうすればプラマイゼロで、消えちゃうよね」


「──! クソが──」


 再び距離を置くつもりか、背後へ退がる動きを見せる【不沈鉄槌ディープハンマー】。

 でも、それは叶わない。

 大津波といい大渦といい、大規模な攻撃を連発出来ないのは明らかだ。

 今のあんたに手札は無い──もちろん次の札を引くのも許さない。

 彼我の距離は25m程か。

 無いのと同じだ。


「──死神


 あたしは手にした大車輪を大きく振りかぶって。

 ブン投げた。


「──石楠花シャクナゲ飛輪ひりんっ!!」


 音にも並ぶ速度で投擲されたその車輪は、あたしと相手の距離を瞬で埋めて──


「──ち」


 末期の言葉すら許すこと無く。

 【不沈鉄槌ディープハンマー】の膝から上を赤い霧として消し飛ばした。



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