59.武器
──ひとまず昼食を終えてあたし達は再びビーチへと繰り出す事になった。
「ほらほらセンパイ見てくださいよ。ベロ真っ赤ー。ベロ真っ赤ー」
「そりゃそうだろいちご味食ったんだから。いちいち見せてくんな、小学生かお前は」
「そうです、いちご味でしたねー。いちご味なんですよねー。かき氷のシロップは色が違うだけで味はみんな同じだなんて言いますけどアレって絶対嘘ですよねぇ。違いますって味。ちゃんといちご味でしたって」
「五感はかなり相互補完し合うものらしいからな。そして何より記憶補正ってのが大きいそうだ。『いちご味を食べる』となったらそれだけで過去のいちご味の記憶が脳内で想起されてそっちに感覚が引っ張られるんだとさ。携帯電話の通話音声は全部合成音声だけどちゃんと本人の声そっくりに聞こえるのと同じだろ」
…………いやそれも初耳なんですけど。嘘でしょ通話音声ってどう聞いても本人の声じゃん。
うーむ、人間の五感ってホントにいい加減なんだなぁ。
「はっはー。こうも呑気に与太話されてると怒りも沸かんな。随分と仲が良いらしい」
先頭を歩くいかにも湘南にいそうな褐色男──【
「お、わっかってんじゃんさ。そのとーりあたしとセンパイは仲良しこよしだっぜー。ねっ、センパイ」
「………………」
「スルーかい」
ふふーんだ。照れちゃってぇ。
「…………しかし、わざわざ馬鹿正直に闘いを挑んでくるような
「へえ。ま、ウチの連中は気紛れ捻くれものばっかだしなぁ。実際そんなヤツは片手の指で数えられる程度しかいないだろうさ」
「どころか、勝ち目のない相手に挑んでくるとなれば皆無だと思っていた。何故わざわざ死ににくる?」
「へっ、言ってくれんじゃねえか。何故かっていえば、まあ単なる意地みたいなもんなんだが」
「意地ねぇ…………」
センパイと【
「ん、まあ嬢ちゃんにゃあ理解できんものかもしれんがな。男の世界ってヤツだ」
「いや、別にわかんないとも言わないけどさ」
「どうせ俺ら
「ふーん、まあ、そうかも」
──と、そんな会話の最中にあたし達の背後へと抜き足差し足忍び足で近づいてくる黒い影には結局声をかけられるまで気づかなかったのである。
「──ぃやっほ~~! 久しぶりぃ~~、せーーいーーー!」
「ぅおあわあぁ!!」
気配もなく背後から抱きつかれ、センパイは驚嘆の声をあげる。
「うわ出たなラスボス」
「あぁ、【
そこにいたのは死神女王、
「あんた何センパイにへーぜんと抱きついとんじゃこんにゃろ!」
あたしはハイキックを放った。
「おっと危ない」
躱された。
ズベシっ!!
「はがぁ!?」
センパイに当たった。
そのままセンパイは砂浜へと倒れ込む。
「せ、センパーイ! 酷いっ! 誰がこんなことおー!」
「わざとやってるよなお前!?」
はっはっは。やだなあ、事故ですとも事故ですとも。断じて水着姿の
「あーゴメンゴメン
手を合わせて謝罪の意を示しながら言う
その髪と同じ漆黒に染まったワンピースタイプの水着を身に付けており、いやはや同性のあたしから見てもスレンダーなその体型にもよく似合っている。
「けど! そんな事より!
ガシッと両肩を掴まれながら
「ビーチサイドの乙女のする格好じゃないっつーの! ピチピチのおにゃのこがなんでそんなイモくっっっさい水着着ちゃってんの!?
「なんだとこのアマ」
「セクシー路線が無理ならキュート路線で頑張らなくっちゃでしょ!? その囚人服みたいなのは今すぐ脱いできなさいな! まったく、なんのために海にきたのよ」
「潜るため」
「せめて泳ぐためにしときなさい!」
泳ぐのなんか小学生のウチに飽きてるわ。海は潜ってナンボでしょーが。
…………ま、もう潜んのにもある程度満足したからジャケットくらい羽織っとくけど。
「んで、今度はなーにを企んでるんですか
「──いえ、それは違うわよ。
「…………!」
うわっ。
鳥肌立った。
笑ってる。
この
この
今。
目だけが、笑っていなかった。
「これから始まるお祭りは、私も色々と趣向を凝らしているわ。他のメンバーともしっかりと話し合って計画したの。…………とっても素敵なお楽しみになるわ」
いつものにこやかなものとは違う、達観したアルカイックスマイル。
…………ああ。
痛感する。
どれだけ
本当の意味での死神。
死の神は。
この、目の前の
「ふふ、そーんな剣呑な顔しなくていいってばっ。
「…………そりゃどーも」
あたしにだって笑えない時はあるけどね。
今とか。
「んで、宣戦布告にでも来たか?
「んんー? まぁーた心にもないつまんない事言うねえ
「またわかるようなわからないような事言って話をボカしますねぇ」
「あはは、そこを突かれると痛いなぁ。実際問題わかるようなわからないような、曖昧模糊な存在だからね、
「…………おーい、
──気づけば波打ち際にまであたし達は歩を進めていた。
目前に広がるのは、多くの人々が海水浴に興じる湘南の海──
「ん、そうだね。そうだった。おしゃべりはこのぐらいでいっか。それじゃ、精一杯頑張りなよ~ぷーはん」
「その呼び方は止めてくれって毎回言ってんだろ、
………… ゴ ゴ ゴ 。
と、微かな揺れを感じた気がした。
「──おい、
「そうだよー? ギリッギリだけどね。
二人が一体何を話しているのか。
なんてことは、五秒も経てば察せられた。
水平線の向こう側。
真っ白な壁が押し寄せてくる。
「湘南全域に波浪警報が発令されましたー、って感じ? ふふふふ」
「チッ…………!」
瞬間、センパイはあたしの方を振り返り、そして──
「だぁめ♡
「うげ。センパイ持ってかれたしー! あの女狐めぇ……………」
毒吐きながらあたしが身構える方向には──もう視界いっぱいに飛沫を弾き飛ばしながらに迫る大津波が迫っていた。
それに真っ向から向き合いながら、海を縄張りとする
「来いっ──【
──大津波が海岸もろとも、あたしの身体を呑み込んだ。
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