残光呪詛──③
現在
地図にも乗っているか怪しい程の田舎町であり、過疎化が進んで行き交う人々は老人たちばかり。
公共交通網はほぼほぼ死に絶えているため、自由に移動するためには自前の移動手段を用意するしかない。
「………………」
最古参の
それ以来、夜になったら襲い掛かってくる【
とどのつまり。
「いつになったら解放されるんだ…………」
もはや愚痴るしかない
あの崩壊を司る死神がその気なら、
しかし彼女が
昨晩の戦いも同様だった。
結果、元来
「取り敢えず…………昼食かな」
そう言って食事処を探す
前述の通りのド田舎。チェーン店やコンビニなどある筈もない。
数少ない店舗が集まる筈の商店街ではシャッターの降りた店ばかりが並び、顧客もまばら。
そんな所で余所者達が食事をしようとすれば行き着く先は限られているワケで――
「あら」
「うっっっげ」
――故に昼飯時に寂れた定食屋の中で二人の
出くわした二人、
「あ、私の連れですー。相席お願いしまーす」
「は⁉ 他人だろう! 僕はカウンターで食べ――」
「来いや」
「あっはい…………」
低い声で一言脅されただけで
掘りごたつ式のテーブル席に招かれた
「稲庭うどん一つ。以上で」
「えー。うどんだけぇ? 若いんだからどんどん頼んでどんどん食べなさいよ」
「いいだろう別に…………少食なんだよ。そもそも
「華のない事言うわね。もっと楽しみを見つけとかないと退屈で死にたくなるわよ? 基本うんざりするぐらい暇なんだから
「経験者はかく語る、か。説得力が違うな」
「あン? 今年寄り扱いした?」
「いや凄まないでくれよ⁉ 率直な相槌でしょ! 深い意味とかないから!」
「ふーん。ならいいけど。ふーん」
そんな益体もないやり取りをしてる間に【
「おっ、キタキター♡ カレイの南蛮漬け定食ね。では悪いけどお先に」
「いや、どうぞご勝手に…………」
「では気兼ねなくー。いやーこのホカホカの白いご飯だけでもお店のレベルは推し量れるものよ。いつ何時に注文しても炊き立てのご飯を出してくれる定食屋さんは間違いなく大当たりだから。覚えておくといいわ」
「いや。別にそんな変則的な時間帯に定食屋行ったりする機会はそうそうないだろ…………」
やがて
「…………美味しいなこのうどん」
「そりゃこのあたりの名物の一つだしねー」
「ふーん…………『名物に旨い物なし』なんて諺もあるけど、やっぱりあの諺は些か卑屈だよな…………」
会話はいまいち弾まなかったが、ともあれ二人ともじきに完食。
双方が一息ついた辺りを見計らって
「…………あんた、なんで僕につきまとってくるんだよ」
「つきまとうだなんて酷い言い草ね。心配しなくとも貴方みたいなお子様は趣味じゃないわ」
「僕だってあんたみたいな――」
「ん? みたいな、何?」
「――みたいな、年上は、あまり、好みじゃない、です」
流石に地雷は踏み飽きたらしく、なんとか
「ふーん。【
「いや、好みの異性の話はしてないだろ。話逸らすなよ」
「やれやれせっかちねえ。若いなあ」
「………………」
年寄り扱いされたらキレるくせしていちいち年寄りっぽさを感じさせる物言いをするのはどうなんだよ、と
「言ったでしょ? 私はただのお節介なおねーさんだって。今の貴方じゃそこら辺の
「いや、
「ここにいるじゃない。二人」
「………………まあ、いますね」
それに関しては頷くしかない。厳然たる事実だ。
「もちろん貴方と私には何の縁も所縁もありはしないけれど、たまには
「敵対する理由はあっても味方する理由はない相手の親切なんて、疑うななんて方が無理だろ」
「ま、疑おうが疑うまいが貴方に選択の余地はないでしょうけどね。逃げたくても逃げられないでしょ?」
「はいはい、仰る通りで」
ズルル、とうどんを啜り終わった後、
「おっと料金は私が払うわよー。おねーさんだからね。おかみさーん、お勘定お願いしまーす」
「…………どうも」
借りを作りたくはなかったが、しかしここで抵抗しても良いことはなさそうと判断した
会計を済ませた後は定食屋から出て、寂れた町並みを歩く二人。
「…………なんでついてくるんだよ。何か企んでるのか」
「そこまでいくと被害妄想じゃない? 単に私は目的地に向かってるだけよ」
「目的地、ね…………あんた、この町拠点にして長いのか」
「んん? なんでそう思ったの?」
「別に…………勘だよ。ただ、さっきの店でもこうして歩いてても小慣れてるっていうか、風景に馴染んでるような気がしただけだ」
「ふぅん…………明察、と言っておきましょうか」
にこやかな笑顔──それは崩れないが、しかしどこかうっすらと【
「──ここはね。私の故郷なのよ」
「…………は?」
その言葉に、口を開けて呆ける
「どういう、意味だ?」
「全部の意味でよ。この田舎町で私はオギャアと産まれて、そして死んで──
「………………」
「さっきの定食屋さんは私の同級生が開いたお店でね。今のおかみさんはそのお孫さんだけど。ま、そんな感じ?」
「…………なんで、居られるんだよ」
「ん? 今度はそっちがどういう意味?」
「なんで平気で居られるんだ──自分を忘れ去ってしまった故郷なんかに」
──そう。
家族、友人、恋人に至るまで、全ての人間から忘却されてしまい──何者でもなくなった存在こそが、
「…………ま、そうね。私も
「時間の、問題なのか?」
「うーん。それは個人によるとしか言いようがないかな? ただ、私は私を覚えている者が誰一人として残っていなくても──ここに帰ってきてしまうって、だけだから」
「…………」
「そうね。貴方に目をかけたくなったのはそういう理屈だったのかも──私は、いえ
「………………」
ピタリ、と
「大事にしなさいな、その縁。今の貴方にとっては呪いみたいなものかもしれないけれど──それは、ありとあらゆる
「…………わかってるよ」
そんな会話を交わす内に【
目前にあるのは、なんてことのない日本家屋。
「失礼します。こんにちは。はじめまして」
そのなんてことのない挨拶は、縁側に座る一人の老人に対して投げかけられた。
「おや──どちら様で?」
「最近この辺に引っ越してきたものです。ご挨拶に参りました」
【
まるで。
何百何千と、繰り返してきたかのように。
「………………」
それを離れた場所で眺める
あれは、
彼女がこれまでに何度あの「はじめまして」を繰り返してきたのか。彼女にとってあの老人がいったいどんな存在なのか。彼女のあの儚げな笑顔にどんな意味が宿っているのかなんていうことは──知る由もなければ知るべきでもないのである。
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ザクザクザク──と、雪を踏みしだき歩く音が響く。
「…………チッ。イヤな感じだ」
その
何がイヤな感じなのかと言えば、それは今現在の自身の心境であろう。
──今も昔も、彼にとって
それでも。
自分自身が今、近しいのは──共感出来るのは──どうしようもなく、人間ではなく
あの日、渋谷にて。
死に損なって、生まれ間違えた。
認めきれないままに、
だが。
「潮時、なんだろうな」
迷いは、消えない。
憂いは、晴れない。
それでも。
自分を騙し続けるのは、流石に限界だった。
残念ながら。
「何の為に、こうなったのか──それに何の意味があるのか。僕は何をするべきなのか」
そんなことは、未だにこれっぽっちもわからない。
けど。
やりたいことなら今、一つ見つかった。
「よし、まだ使えるな…………【
それでも、
いい加減嗅ぎ付けられても妥当な時期だ。
「──ビンゴ、か」
通信の周波数を全体共有のものに合わせると──そこからは、
『──第十三地区、反応、敵影、共に無し。次の地区へと捜査範囲を移す。
──
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