残光呪詛──④




「すみませんなあ、初対面の方に肩まで貸してもらって」


「いえ、気にしないで下さい。大したことじゃありませんから」


 老人をベッドへと運びながら、にこやかに女――【凩乙女ウィンターウィドウ】は応えた。

 老人はゆっくりとその身体をベッドに横たえた後、【凩乙女ウィンターウィドウ】へと質問する。


「さっき引っ越してきたと仰ったが…………お嬢さんのような若者がどうしてこんな辺鄙な田舎に?」


「ずっと会ってなかった知人に会いに来たんです。もっとも、向こうは私のことなんか忘れちゃってましたけどね」


「なんと…………それは」


「いえ、別にそれはいいんです。忘れられてるのは覚悟してましたし…………それに、ちゃんと幸せそうでしたから。それをみたら恨み言も吹っ飛んじゃいました」


 言いながらに【凩乙女ウィンターウィドウ】はベッドの向かい側にある、数多くの写真立てへと顔を寄せる。


「この写真、ご家族ですよね? みんな笑顔でとっても素敵な写真」


「いや、お恥ずかしい。妻にも随分前に先立たれて、自分もお迎えが近そうですからなあ…………思い出ばかりが恋しくなりまして」


「そんな縁起でもない事言わないでください…………え」


 ピタリ、と。

 【凩乙女ウィンターウィドウ】の視線が一点に止まる。


「この、写真…………」


 写真立てを手に取りながら絞り出されたその声は、誰の耳にも明らかな程に震えていた。


「ああ、自分の若い頃のものですよ。随分と古いでしょう? 写っているのは自分一人なので、殺風景なものですが…………不思議と愛着があって捨てれずじまいのままにここまで来てしまったというわけです」


「っ、そう…………ですか。そう…………ですか…………」


 【凩乙女ウィンターウィドウ】は嗚咽を咬み殺し、何とかそう答えてみせる。

 その手にある色褪せた写真に写るのは、笑顔の少年ただ一人のみ――


 ――全人類にとっては、だが。


 唯一無二の例外。

 本人・・である【凩乙女ウィンターウィドウ】ただ一人だけは――その写真に写る、少年と寄り添って立つ生前の自分自身見ていたのだった。






◉○◉○◉○◉○◉○◉○◉○◉○

○◉○◉○◉○◉○◉○◉○◉○◉






「何やってんだろう…………我ながら」


 ここ数日では珍しい、雪の降らない夜になった。

 現在せいと【凩乙女ウィンターウィドウ】が滞在する田舎町からある程度離れた雪原に立ち、せいは自嘲する。

 偏在波長をこれでもかと垂れ流し、灰祓アルバを誘き寄せる真っ最中。

 そう。

 灰祓アルバを、招き寄せ。

 死なせるためだ。

 今更それを否定する程――現実に駄々を捏ねる気は流石に無かった。


「僕は…………いや」


 宣誓するように、時雨峰しうみね せいは言う。


は、死神グリムだ」


 この四ヶ月それを認めようにも認められぬまま――みっともなく這いずり、逃げ回ってきた。

 その惨めな迷いと決別するための最大の理由が、同情と共感だったのだからつくづく締まらないものである。

 それでも。

 決意と覚悟は、もう終わった。

 【凩乙女ウィンターウィドウ】。

 何の関係もない、傍迷惑な女死神グリム

 彼女の、ささやかな別れを無事に遂げさせる為に。

 時雨峰しうみね せいは――これから、かつての同僚の命を刈り取るのである。


「…………来たか」


 真正面から静かに、一面の雪景色と溶け合うような白衣と白い直剣を携え、一人の青年がやって来た。


「――特異遍在個体、コード【刈り手リーパー】。で、いいな?」


「ああ――その通り」


 自らもまた純白の死鎌デスサイズをその手に顕しながら、せいが――否、【刈り手リーパー】が答える。


「あんた一人だけか? いいのか、もっと大勢連れて来なくて」


「いいんだよ。お前との交戦記録ログは何度か見直してきたが、正直お前の能力の全貌は掴めてねえ。だが――下手に数を揃えても無駄そうだってことぐらいは察せられるからな」


 御明察、とせいは心中で呻く。

 が、余計な死人が増えなくなったのはお互い幸いだっただろう。


「それでも、同じ隊の隊員ぐらいはいるんじゃないのか」


「いねえよ。俺は――第五隊おれは、一人だけだ」


「…………そうか」


 何故彼が一人なのかぐらい、せいは知っている。

 そして、その事情にせいは何の手出しも口出しもすべきではない。

 それは――彼の、頭尾須ずびす あがなの物語だ。

 だから。


「それじゃ遠慮は、必要ないな」


「そうしとけ。お前が死にたくなけりゃあな」


 白き死鎌デスサイズを振りかぶり、せいは相手を見据え――


(…………いくぞ、頭尾須ずびすさん)


 ――かつて、他の誰よりも憧れた人へと刃を振るう。




 瞬時にあがなの目前まで移動して。




「な」


 あがなが驚愕の声を漏らすよりも速く、せい死鎌デスサイズを振り下ろした。

 双白なる二つの刃がぶつかり合い、火花を散らして悲鳴を上げる。


「はあぁっ!!」


 裂帛の気合いと共に、意表を突いた勢いを殺さぬまま追撃をかけるせい


「ぐうっ!」


 大鎌と直剣。互いの得物の間合いの差は歴然だ。

 せいの一撃一撃はあがなにとって重く、そして遠い。

 初手の一撃で戦いのペースを握ったせいは、このまま一気に押し通らんと畳み掛けるように追撃を加えてゆく。

 だが。


(マジかよ、くそ…………打っても打っても!)


 それでも、あがなの体勢は崩れることがない。

 押されてはいても決して防御は破られる事なく、【刈り手リーパー】の猛攻に食らいついている。

 どころか。


「攻撃の筋が素直だ…………まだまだ闘い慣れてないらしいな」


 少しずつ――少しずつせいの連撃に対応、順応していくあがな


「――っ、ああああ!」


 徐々に五分へと近付きつつあった攻防の均衡を打ち破るべく、渾身の一撃を見舞うせい

 しかし。


「く、おぉっ――!」


 直前の攻撃を弾いた衝撃をそのまま利用し、海老反りになってあがなの横薙ぎの一閃を回避してみせる。


「マジかよ――うわっ⁉」


 大振りを透かされたせいの隙を見逃さずに足払いを決めるあがな

 仰向けに倒れるせいと入れ替わるように素早く立ち上がり――


「【冥月みょうげつ】」


 死神グリムにとって致死となる黒き剣閃を見舞った。


「――あ」


 ザン、とくらい弧月が積もった雪ごと地面を抉る。

 しかし。


「あぶ、な…………!」


 抉られた地面から紙一重の位置でせいは呻いていた。


「何っ――」


 即座にせいから放たれる蹴りを防ぐあがなだったが、その一撃はやはり重く、後方へと吹き飛ばされることになる。


「チッ…………さて、どうやって今の【冥月みょうげつ】を躱した? 当たる直前に身体ごと横にズレた風だったが…………瞬間移動って感じじゃないんだよな」


 仕切り直しを強いられたあがなだったが、即座に思考を切り替えて【刈り手リーパー】の力を考察する。

 対するせいの方は、辛うじて拾った命を抱えて必死に呼吸を整えるばかりだった。


(クッソ…………打ち合いチャンバラじゃ敵いっこないか――単純な偏在強度ちから偏在駆動はやさならこっちに分がある筈なのに)


 一挙手一投足を最高効率で行う技術。数多の選択肢から最善手を嗅ぎ分ける経験。闘いの全体を見渡し感じ取るセンス。

 単純な数値では測れない歴戦の武錬が、明白な筈の両者の間に横たわる彼我の差を埋めていた。

 時雨峰しうみね せい頭尾須ずびす あがな

 この時点での単純な戦力差は、互角と呼んでいいものだったのかも知れない。


(踏んだ場数が違いすぎる…………対応力で大きく劣るこっちは、長引けば不利になるだろうな)


 だとすれば、もはやせいにとっての最善策は明白だった。


「…………【死因デスペア】を使うしかないか」


「いや、さっき使っただろ。多分」


「…………攻撃に、です」


 鋭い指摘に思わず敬語が出るせいだった。

 ――そう。

 現状、せいは【死因デスペア】をあがなに対する直接攻撃としては使わない。

 使えない、ワケではなく、使わない。

 死なせたくないから、ではなく――否、それもあるにはあるが――現状のせいが使うには余りにも効果が不確定過ぎるからである。

 せいが――【刈り手リーパー】が司る【死因デスペア】は、【即死そくし】。

 文字通りの問答無用に対象を死なせる、死神を象徴するかのような権能ちから――

 ――と呼ばれる程の性能は、正直言って今のせいにはとても引き出せないのが現実だった。

 何せ、【即死そくし】させる為には互いの間にある程度の力量差が必要不可欠なのだ。

 互角以上の相手、どころかある程度格下でも掛け値なしの【即死そくし】させるには至らないことが多い。片手間でもまず負けない、という程の相手でもなければ【即死そくし】させることは叶わないのである。

 それを理解したとき、せいは思わず絶叫した――「チェンジ!」、と。


(本っ当、勘弁して欲しかった…………おかげで【凩乙女あのおんな】相手の時なんかまるで役に立たなかったんだから)


 ただでさえ敵いそうにない強敵相手に事実上の縛りプレイを強制されるのだからまったくもって泣きたくなる。

 が。

 【凩乙女ウィンターウィドウ】との闘いの日々を潜り抜ける中、ようやくせいは悟った。

 【即死そくし】の【死因デスペア】、その真価を。


(…………は結果であって本質じゃ無かった――この能力ちからの真髄は…………にある)


「来ないのなら――こっちから行かせてもらうぞ!」


 あがなが純白の直剣、【真白ましろ】を構えて距離を詰めてくる。


(初手…………いける。これなら――


 ゾクリ、とその瞬間贖あがなの背筋に寒気が走った。が――振り下ろした剣は止まらない。

 そしてその一太刀を前にして、なんとせいは身動ぎ一つしない。

 棒立ちでその一撃を受け入れ――


 ガィィィン!


 不快な金属音が響き渡る。


「なっ…………!」


 あがなはそう判断するしかなかった。

 手応え、反響音、どちらもあがなの一撃が【刈り手リーパー】の死鎌デスサイズによって弾かれた事を意味している。

 しかし。

 【刈り手リーパー】──時雨峰しうみね せいには何の動作も無かった。

 呆けたように棒立ちするだけ──それだけで、あがなの一閃は防御された。

 否。

 、というべきか。


(第一関門突破、か。さあ、ここから綱渡り…………!)


 覚悟と共にせい死鎌デスサイズを振るい、短期決戦へと挑む。


 時雨峰しうみね せい──【刈り手リーパー】の【死因デスペア】、【即死そくし】の能力ちから、その本質は言わばだ。

 

 即、死なせる。

 生かさず、終わらせる。

 生存を許さず、死を押し付ける。

 

 白き死神の鎌が刈り取るのは、時間であり、過程。生涯であり、障害。

 

 全ての生命を問答無用に刈り取る、死神の権化だ。


(──そんなわかりやすい能力ちからだったら、苦労しないんだがな)


 が、対象の刈り取れる人生過程には限度がある。

 死という結果は全ての生命に平等に約束されているものであり──だからこそこの【死因デスペア】は成立し、存在しうる。

 が、その結末は同じでも、そこに行き着くまでの過程は千差万別。それらを一律に無に帰す事は不可能だ。

 【即死そくし】の【死因デスペア】で刈り取れる生涯過程は、その行使者──【刈り手リーパー】が干渉出来る範囲に留まる。つまり何の脈略もない事象を過程として確定させ、省略することは出来ない。

 単純明快に言えば。

 【即死そくし】させるその結果は【刈り手リーパー】によって齎されるものでなくてはならない。無関係の死では【即死そくし】は発動しない。

 【刈り手リーパー】の【死因デスペア】で死ぬ以上──『【刈り手リーパー】と闘って死ぬ』という過程の末の死でなくてはならないのだ。

 つまり、この【死因デスペア】は【刈り手リーパー】が死なせられる相手にしか発動出来ない。勝ち目のない相手には何の意味もないのである。


(ホンっっっトに使い勝手の悪い…………要はって事だ)


 不可能を可能にする。そんな夢のような力からは対極に位置するような現実主義リアリスティックなモノ。

 あくまで、なのだ。

 だが、それ故に。


()


 先刻起こった現象はつまりソレだ。

 あがなによる攻撃、それを防御するせい──という、攻防過程を、刈り取っ省略した。

 せいあがな、両者の実力はほぼ互角。確定事項というにはこの闘いの勝敗は不確かに過ぎる。【即死そくし】で問答無用に終わらせる事は出来ない。

 が、もっと小さい尺度スケール──単純な目前の攻防の中になら確定事項は幾つもある。単純な自力スペックでならせいが上回るのだから。

 確実な防御。確実な回避。それらを省略し、生まれた余裕を攻撃に回していく。

 【死因デスペア】で小さな確定事項を省略し続け、まるで時計が時を刻むように、刻一刻と闘いを有利に進める。

 その結果。


「ぐ、う…………!」


 あがなの肩口が僅かにだが裂かれ、血飛沫が舞う。


「あああぁぁぁ!」

 

 叫びと共にあがなが怯んだ隙を突いて追撃を叩き込むせい

 後は最早水が高きから低きに流れるように戦況は推移する。

 均衡は崩れた。

 天秤は傾いた。

 その趨勢はやがて──白き死神、その力の真価を発揮させるに至る。


悲嘆の日なるかなLacrimosa dies illa,

 人土より蘇りてqua resurget ex favilla

 犯せし罪を審るべければjudicandus homo reus:


 葬送を刈る死神の禍唄が響く。

 円舞を踊るように、いつしかせいの振るう死鎌デスサイズは輪を描いて廻る。


嗚呼天主よ之を赦し給えHuic ergo parce Deus.

 慈悲深き聖なる主よpie Jesu Domine,

 彼等に安楽を与え給えDona eis requiem.

 主、そして信仰に厚き王よAdonai Melef Neman.


 決着をつける為の弔歌は、純白の景色の中で雪に沈んで消えてゆく。


「──【涙葬送Lacrimosa】ッッッ!!」


 ──一閃。

 これまでの通常使用の比ではない、【即死そくし】の【死因デスペア】の真価を存分に発揮した一撃。

 それは両者の間に在った筈の数多の過程を刈り飛ばし──あがなの身体を袈裟斬りに裂いたのだった。






▣□▣□▣□▣□▣□▣□▣□▣□

□▣□▣□▣□▣□▣□▣□▣□▣






 月が地上を照らし始めた深夜。

 雪を降らせる雲はどこかに行ってしまったようで、だからこそ月光は降り積もった雪に反射し、夜の町を不思議な程に明るく照らしている。

 ベッドに横たわる老人。

 もう眠りについたのか、微かな寝息を立てている。

 微かな。

 或いは幽かな、と表現すべきか。

 彼はもう相当の高齢。

 いつが来てもなんらおかしくはなかった。

 それが、今夜だっただけの話である。

 老人の寝息は、ゆっくりゆっくりと小さくなっていき──


        ──そして、消えた。


「………………おやすみなさい」


 ずっと老人の様子を側で見守っていた【凩乙女ウィンターウィドウ】は、労りと別れの言葉を告げながら手を伸ばし──

 ──途中で引っ込めた。

 触れるのは、躊躇われた。

 何故躊躇ったのかは、自分でもわからなかった。


「…………それじゃあね」


 、愛を誓い合った男性ひとの亡骸に背を向け、【凩乙女ウィンターウィドウ】は歩き出す──











「────ああ。




        そこにいたのか、風渼フミ






 生前かつての名で呼ばれ、彼女は振り返る。

 そこに在ったのは。

 何の変哲もない、大往生した老人の遺体のみ。


「………………困った人」


 そう言った【凩乙女ウィンターウィドウ】の顔に涙は無く、少女のようなあどけない微笑みだけが浮かんでいた。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 赤い飛沫が雪原を染め上げてゆく。

 頭尾須ずびす あがなの手から白き直剣溢れ落ちた。


「ハッ、はっ、ハッ、はぁっ…………」


 息を切らしているのは、あがなと対峙する時雨峰しうみね せいの方だった。


「勝ったんだよ…………な…………」


 現在の錆──【刈り手リーパー】として全霊の一撃を放った。それでもこの紙一重ギリギリっぷりだというのだからつくづく使い勝手の悪い能力だった。おそらく格下以外に使うのがそもそも間違っているのだろう。


(弱いもの虐め専門能力ってか…………? 冗談じゃない、ダサすぎるって…………)


 だが、目前の闘いには勝ったが、まだ終わったわけではない。他にも灰祓アルバ達はいる筈だ。

 出来れば頭尾須ずびすの敗北を見て撤退を決断して欲しいが──何てムシの良い事を考えていた時。

 ようやく、あがなと向かい合った姿勢から思うように動かない身体に気づいた。

 どころか。

 声もでない。

 首も動かないので、視線だけを自身の胴体に向ける、と。


(あっ)


 丁度、膵臓の辺り。

 闇色の月虹を纏った日本刀が、グッサリと突き刺さっていた。


「…………【裂黒ザクロ】──【冥月みょうげつすぼし】」


 そう呟いてから、あがなは凍結し、そのまま両の脚を畳むようにその場に膝をつき──しかし倒れ臥す事はないまま、気絶した。


(もう一振りの、生装リヴァース…………カウンター、か)


 【涙葬送Lacrimosa】を──という結果だけを押し付ける反則的な一撃に合わせるカウンターもクソもあるか、と毒吐きたい気分だったが、現実問題喰らっているのだから何も言えない。

 あがなとは対称的に、呆気なく、そして大仰にせいはその場へと仰向けにぶっ倒れるのだった。


(あ"ー…………ダメか。死ぬかこれ)


 他人事のようにせいは悟る。

 不思議だった。

 先日まで、何の理由も目標もなく、ただ漠然と死にたくないと願っていた。

 けど。

 今は、そんなに。

 死が、怖くない──


「こぉら。なーにカッコつけて散ろうとしてるの?」


 覗き込むように。

 【凩乙女ウィンターウィドウ】はせいへと語りかけた。


「…………居たのかよ、オイ」


 満身創痍の筈が、この女死神を見た途端声が湧き出てきたらしいせい


「いーえ? いなかったわよ? ヤボ用が終わったから、急ぎ足でここまで来たの。…………気を遣わせちゃったみたいね。ありがとう」


「礼を言われる…………筋合い、は」


「貴方にとっては無いかもだけど私にとっては大いに有るのよ。この借りはしゃっきり返させて貰うからね──手始めに」


 顔を上げて自らの真正面を見据える【凩乙女ウィンターウィドウ】。

 その視線の先には。

 灰祓アルバ隊員達が、一個小隊程の人数で押し寄せて来ていた。


「傷付いた仲間を助けに来たかな? その意気は良しとしてあげるけど──こっちも遠慮はしないわ。見せてあげるから、しっかり勉強しなさいね、【刈り手リーパー】君。これが──死神グリムの神髄ってものよ」


 そう言って【凩乙女ウィンターウィドウ】は、自らの本性をその手に具現化するのだった。




「【死業デスグラシア】、解放──


      ──【無常愛す冥府の花嫁ペルセポネ】」




 ──その手に顕れたのは、一輪の風車・・

 【凩乙女ウィンターウィドウ】がその風車に、ふぅ……と息を吹きかけると、カラカラと風車は廻りだし。

 そして。

 その風を浴びた人間達は──


「あ──」


「えっ…………」


「う、わ」


 ピシ、と静かな皹割れの音が響き、身体に亀裂が走る。

 そこからはもう、あっという間。

 みるみる内に皹は全身に広がり、崩壊、風化──行き着く先は、即ち【壊死えし】だった。

 苦悶や絶叫など何処にも無いまま。

 まるで雪溶けのように、灰祓アルバの部隊は跡形もなく消えてしまっていた。


「──こんなところかしら?」


(怖ぁ…………)


 優しげなのがより一層えげつなく思えたせいであった。


「よっし、じゃ、引き上げようね──やることは済ませたから、もうあの町には用はないわ。さっさと逃げちゃいましょ。そうね…………のびのび運動出来る北海道にでも行きましょっか? フェリーで」


「あー…………悪くはないんだけど、後回しでいいかな。僕は──俺は、俺でちょっと用が出来たんだ」


「へえ?」


「会わなくちゃいけない人がいる…………伝えなくちゃいけない事が、ある」


「…………そっか」


「うん」


 これまでの、人間としての自分。

 これからの、死神グリムとしての自分。

 その両方にケジメをつけるため、時雨峰しうみね せいは会いにいく。

 その相手は。

 血を分けた、実の姉──





           ──






「僕は──      俺は──

 君に──      お前に──

 伝えたい事が──  誓いたい事が──






      ──あるんだよ











 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
















        みやこ。」



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