残光呪詛──④
「すみませんなあ、初対面の方に肩まで貸してもらって」
「いえ、気にしないで下さい。大したことじゃありませんから」
老人をベッドへと運びながら、にこやかに女――【
老人はゆっくりとその身体をベッドに横たえた後、【
「さっき引っ越してきたと仰ったが…………お嬢さんのような若者がどうしてこんな辺鄙な田舎に?」
「ずっと会ってなかった知人に会いに来たんです。もっとも、向こうは私のことなんか忘れちゃってましたけどね」
「なんと…………それは」
「いえ、別にそれはいいんです。忘れられてるのは覚悟してましたし…………それに、ちゃんと幸せそうでしたから。それをみたら恨み言も吹っ飛んじゃいました」
言いながらに【
「この写真、ご家族ですよね? みんな笑顔でとっても素敵な写真」
「いや、お恥ずかしい。妻にも随分前に先立たれて、自分もお迎えが近そうですからなあ…………思い出ばかりが恋しくなりまして」
「そんな縁起でもない事言わないでください…………え」
ピタリ、と。
【
「この、写真…………」
写真立てを手に取りながら絞り出されたその声は、誰の耳にも明らかな程に震えていた。
「ああ、自分の若い頃のものですよ。随分と古いでしょう? 写っているのは自分一人なので、殺風景なものですが…………不思議と愛着があって捨てれずじまいのままにここまで来てしまったというわけです」
「っ、そう…………ですか。そう…………ですか…………」
【
その手にある色褪せた写真に写るのは、笑顔の少年ただ一人のみ――
――全人類にとっては、だが。
唯一無二の例外。
◉○◉○◉○◉○◉○◉○◉○◉○
○◉○◉○◉○◉○◉○◉○◉○◉
「何やってんだろう…………我ながら」
ここ数日では珍しい、雪の降らない夜になった。
現在
偏在波長をこれでもかと垂れ流し、
そう。
死なせるためだ。
今更それを否定する程――現実に駄々を捏ねる気は流石に無かった。
「僕は…………いや」
宣誓するように、
「
この四ヶ月それを認めようにも認められぬまま――みっともなく這いずり、逃げ回ってきた。
その惨めな迷いと決別するための最大の理由が、同情と共感だったのだからつくづく締まらないものである。
それでも。
決意と覚悟は、もう終わった。
【
何の関係もない、傍迷惑な女
彼女の、ささやかな別れを無事に遂げさせる為に。
「…………来たか」
真正面から静かに、一面の雪景色と溶け合うような白衣と白い直剣を携え、一人の青年がやって来た。
「――特異遍在個体、コード【
「ああ――その通り」
自らもまた純白の
「あんた一人だけか? いいのか、もっと大勢連れて来なくて」
「いいんだよ。お前との
御明察、と
が、余計な死人が増えなくなったのはお互い幸いだっただろう。
「それでも、同じ隊の隊員ぐらいはいるんじゃないのか」
「いねえよ。俺は――
「…………そうか」
何故彼が一人なのかぐらい、
そして、その事情に
それは――彼の、
だから。
「それじゃ遠慮は、必要ないな」
「そうしとけ。お前が死にたくなけりゃあな」
白き
(…………いくぞ、
――かつて、他の誰よりも憧れた人へと刃を振るう。
瞬時に
「な」
双白なる二つの刃がぶつかり合い、火花を散らして悲鳴を上げる。
「はあぁっ!!」
裂帛の気合いと共に、意表を突いた勢いを殺さぬまま追撃をかける
「ぐうっ!」
大鎌と直剣。互いの得物の間合いの差は歴然だ。
初手の一撃で戦いのペースを握った
だが。
(マジかよ、くそ…………打っても打っても!)
それでも、
押されてはいても決して防御は破られる事なく、【
どころか。
「攻撃の筋が素直だ…………まだまだ闘い慣れてないらしいな」
少しずつ――少しずつ
「――っ、ああああ!」
徐々に五分へと近付きつつあった攻防の均衡を打ち破るべく、渾身の一撃を見舞う
しかし。
「く、おぉっ――!」
直前の攻撃を弾いた衝撃をそのまま利用し、海老反りになって
「マジかよ――うわっ⁉」
大振りを透かされた
仰向けに倒れる
「【
「――あ」
しかし。
「あぶ、な…………!」
抉られた地面から紙一重の位置で
「何っ――」
即座に
「チッ…………さて、どうやって今の【
仕切り直しを強いられた
対する
(クッソ…………
一挙手一投足を最高効率で行う技術。数多の選択肢から最善手を嗅ぎ分ける経験。闘いの全体を見渡し感じ取るセンス。
単純な数値では測れない歴戦の武錬が、明白な筈の両者の間に横たわる彼我の差を埋めていた。
この時点での単純な戦力差は、互角と呼んでいいものだったのかも知れない。
(踏んだ場数が違いすぎる…………対応力で大きく劣るこっちは、長引けば不利になるだろうな)
だとすれば、もはや
「…………【
「いや、さっき使っただろ。多分」
「…………攻撃に、です」
鋭い指摘に思わず敬語が出る
――そう。
現状、
使えない、ワケではなく、使わない。
死なせたくないから、ではなく――否、それもあるにはあるが――現状の
文字通りの問答無用に対象を死なせる、死神を象徴するかのような
――と呼ばれる程の性能は、正直言って今の
何せ、【
互角以上の相手、どころかある程度格下でも掛け値なしの【
それを理解したとき、
(本っ当、勘弁して欲しかった…………おかげで【
ただでさえ敵いそうにない強敵相手に事実上の縛りプレイを強制されるのだからまったくもって泣きたくなる。
が。
【
【
(…………即死は結果であって本質じゃ無かった――この
「来ないのなら――こっちから行かせてもらうぞ!」
(初手…………いける。これなら――刈れる)
ゾクリ、とその
そしてその一太刀を前にして、なんと
棒立ちでその一撃を受け入れ――
ガィィィン!
不快な金属音が響き渡る。
「なっ…………!」
防御された。
手応え、反響音、どちらも
しかし。
【
呆けたように棒立ちするだけ──それだけで、
否。
防御し終えた事にされた、というべきか。
(第一関門突破、か。さあ、ここから綱渡り…………!)
覚悟と共に
即死。
即、死なせる。
生かさず、終わらせる。
生存を許さず、死を押し付ける。
人生を省く。
白き死神の鎌が刈り取るのは、時間であり、過程。生涯であり、障害。
あらゆる過程を刈り飛ばし、死という万物の終着点へと押し込む能力。
全ての生命を問答無用に刈り取る、死神の権化だ。
(──そんなわかりやすい
が、対象の刈り取れる
死という結果は全ての生命に平等に約束されているものであり──だからこそこの【
が、その結末は同じでも、そこに行き着くまでの過程は千差万別。それらを一律に無に帰す事は不可能だ。
【
単純明快に言えば。
【
【
つまり、この【
(ホンっっっトに使い勝手の悪い…………要は出来ない事は出来ないって事だ)
不可能を可能にする。そんな夢のような力からは対極に位置するような
あくまで、確定事項の省略なのだ。
だが、それ故に。
(出来る事は、出来た事にしておける)
先刻起こった現象はつまりソレだ。
が、もっと小さい
確実な防御。確実な回避。それらを省略し、生まれた余裕を攻撃に回していく。
【
その結果。
「ぐ、う…………!」
「あああぁぁぁ!」
叫びと共に
後は最早水が高きから低きに流れるように戦況は推移する。
均衡は崩れた。
天秤は傾いた。
その趨勢はやがて──白き死神、その力の真価を発揮させるに至る。
「
葬送を刈る死神の禍唄が響く。
円舞を踊るように、いつしか
「
決着をつける為の弔歌は、純白の景色の中で雪に沈んで消えてゆく。
「──【
──一閃。
これまでの通常使用の比ではない、【
それは両者の間に在った筈の数多の過程を刈り飛ばし──
▣□▣□▣□▣□▣□▣□▣□▣□
□▣□▣□▣□▣□▣□▣□▣□▣
月が地上を照らし始めた深夜。
雪を降らせる雲はどこかに行ってしまったようで、だからこそ月光は降り積もった雪に反射し、夜の町を不思議な程に明るく照らしている。
ベッドに横たわる老人。
もう眠りについたのか、微かな寝息を立てている。
微かな。
或いは幽かな、と表現すべきか。
彼はもう相当の高齢。
いつその時が来てもなんらおかしくはなかった。
それが、今夜だっただけの話である。
老人の寝息は、ゆっくりゆっくりと小さくなっていき──
──そして、消えた。
「………………おやすみなさい」
ずっと老人の様子を側で見守っていた【
──途中で引っ込めた。
触れるのは、躊躇われた。
何故躊躇ったのかは、自分でもわからなかった。
「…………それじゃあね」
生前、愛を誓い合った
「────ああ。
そこにいたのか、
そこに在ったのは。
何の変哲もない、大往生した老人の遺体のみ。
「………………困った人」
そう言った【
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
赤い飛沫が雪原を染め上げてゆく。
「ハッ、はっ、ハッ、はぁっ…………」
息を切らしているのは、
「勝ったんだよ…………な…………」
現在の錆──【
(弱いもの虐め専門能力ってか…………? 冗談じゃない、ダサすぎるって…………)
だが、目前の闘いには勝ったが、まだ終わったわけではない。他にも
出来れば
ようやく、
どころか。
声もでない。
首も動かないので、視線だけを自身の胴体に向ける、と。
(あっ)
丁度、膵臓の辺り。
闇色の月虹を纏った日本刀が、グッサリと突き刺さっていた。
「…………【
そう呟いてから、
(もう一振りの、
【
(あ"ー…………ダメか。死ぬかこれ)
他人事のように
不思議だった。
先日まで、何の理由も目標もなく、ただ漠然と死にたくないと願っていた。
けど。
今は、そんなに。
死が、怖くない──
「こぉら。なーにカッコつけて散ろうとしてるの?」
覗き込むように。
【
「…………居たのかよ、オイ」
満身創痍の筈が、この女死神を見た途端声が湧き出てきたらしい
「いーえ? いなかったわよ? ヤボ用が終わったから、急ぎ足でここまで来たの。…………気を遣わせちゃったみたいね。ありがとう」
「礼を言われる…………筋合い、は」
「貴方にとっては無いかもだけど私にとっては大いに有るのよ。この借りはしゃっきり返させて貰うからね──手始めに」
顔を上げて自らの真正面を見据える【
その視線の先には。
「傷付いた仲間を助けに来たかな? その意気は良しとしてあげるけど──こっちも遠慮はしないわ。見せてあげるから、しっかり勉強しなさいね、【
そう言って【
「【
──【
──その手に顕れたのは、一輪の
【
そして。
その風を浴びた人間達は──
「あ──」
「えっ…………」
「う、わ」
ピシ、と静かな皹割れの音が響き、身体に亀裂が走る。
そこからはもう、あっという間。
みるみる内に皹は全身に広がり、崩壊、風化──行き着く先は、即ち【
苦悶や絶叫など何処にも無いまま。
まるで雪溶けのように、
「──こんなところかしら?」
(怖ぁ…………)
優しげなのがより一層えげつなく思えた
「よっし、じゃ、引き上げようね──やることは済ませたから、もうあの町には用はないわ。さっさと逃げちゃいましょ。そうね…………のびのび運動出来る北海道にでも行きましょっか? フェリーで」
「あー…………悪くはないんだけど、後回しでいいかな。僕は──俺は、俺でちょっと用が出来たんだ」
「へえ?」
「会わなくちゃいけない人がいる…………伝えなくちゃいけない事が、ある」
「…………そっか」
「うん」
これまでの、人間としての自分。
これからの、
その両方にケジメをつけるため、
その相手は。
血を分けた、実の姉──
──などではなく。
「僕は── 俺は──
君に── お前に──
伝えたい事が── 誓いたい事が──
──あるんだよ
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます