残光呪詛──②




 ──どこかのだれか、ふたりのかいわ。




「──いやー酷かったね。例の降神オリガミの儀。あーまで支離滅裂ぐっだぐだになるもんかねぇ? 渋谷の善良なる市民の皆様に申し訳が立たないや」


「何をまあぬけぬけと…………あの醜態の何割かは確実に君の責任でしょ、


「んー、まあ? そうかもだけど? 計画通りに滞りなくコトを進めたかったってんならそもそもぼくを現場に遣ったのが致命的人選ミスってもんだぜ女王ヒルド。ぼくがどういう性質のどういう死神グリムかなんて重々承知だろうに、ねぇ?」


「ふぅ…………それは認めるけど、些かが過ぎていたんじゃない? この私をして白目剥いて呆けちゃう程のちゃぶ台返しっぷりだったのだけれど」


「それはぼくも同じだって。が産まれ堕ちるなんていう可能性があったって知ってれば、いくらぼくだって、このぼくでさえ、もうちょい慎重になってただろうにねぇ」


「私としても…………むしろ誰よりも私が困惑も恐怖もし尽くしたわよ。…………アレを今後どう扱っていくのか、頭が痛いわ…………今のままで放置してたらどうなるかわかったものじゃないから、今私が全霊で摂理システムに当て嵌めれるよう共有認識テンプレートを作成中。何とか死神グリムとしての範疇に納めてあげないと…………ただ、そうなると死神グリムの新たな分類カテゴリ、新たな規格レギュレーションを作成する事になるかしら。特例を認めてしまうとどうしても角が立つから」


「ふぅん、人類の命運を握る女神様は大変だねぇ。世界運営の苦労なんて一介の死神風情であるぼくなんかにゃあ想像もつかないけどさ。かははは」


「別に。だけだもの。言う程大したものじゃないわ。流れ作業よ。取り敢えず、あと三柱…………いや、四柱程度をと含めて新しく分類化カテゴライズするわ。既存の死神グリムだと、思い当たるのは──まあ、あの灰塗れサンドリオンとかかしら」


「うわ、その選抜センスだけでも碌な事になりそうもないなぁ。まさかとは思うけどぼくも入ったりしてないよね? 嫌だからね、そういうかたっ苦しいの」


「心配しなくてもそんなことしないわよ。君をぶちこんだりしたら折角創った枠組みが速攻ででしょ。渋谷の一件で身に染みてわかったわ」


「かははは、いやぁまあそれ程でも」


「褒めてないし…………てか、暫くは──下手すると金輪際君を表舞台に立たせる気はないわよ」


「え"」


「『え"』じゃないっての。この先──もう十年もかからないうちにカーテンは上がるわ。ただでさえとんでもない不確定要素が飛び込んできた以上、君みたいなものを許容出来る余裕はないわ、オレット」


「うげー、酷ー。…………理屈はわかるけどさー。ハブりはよくないよー。イジメ、カッコ悪い」


「なんとでも言いなさいな。まあ君の出番が無くなると知れば他の死神グリム達はそれこそ狂喜乱舞おおはしゃぎするでしょうけど」


「うう、なんて可哀想なぼく…………仕方ない。じゃあせいぜい最前列かぶりつきで観賞させてもらうとするかなー。君が描く人類史に残る茶番劇をね、女王ヒルド


「ええ、好きに楽しんで頂戴な…………主演は、まだ決まってないのだけれど」


「はへ? いや、まあ確かに色々とグダりはしたけども──結果的に、最終的に、あの時雨峰しうみねの小僧っ子に決まったってのがあの渋谷での一件の顛末でしょうよ」


「ええ。結果的にみれば、ね…………の推薦通り、本来はお姉さんの方にする予定が、あの有り様だものね。それならそれで良かったけれど」


「けれど?」


「考えてみたの。じっくりとね。あの一件で。私や君も含めたあの渋谷にいた者達の中で──誰も彼もがグダグダになって、誰も彼もがバラバラになって、誰も彼もがメチャクチャになっていた、あの混沌の坩堝の中で。私よりも、君よりも、誰よりも何よりも、自分の意志を貫き通した子が、一人、いなかった?」


「………………いたねぇ。死神ぼくたちの計画も灰祓にんげんたちの抵抗も露知らず、ヌケヌケとあの渋谷の全てをぶち壊しにしちゃった、ちっぽけで埒外なのが」


「うん。…………凄い子が、いたもんだよね」


「ああ、


「クス。よりにもよって君に太鼓判を押されちゃったか──まあそういうこと。さっきの分類化カテゴライズの話じゃないんだけど」


「特例を認めると角が立つ、って奴ね。まああのお坊ちゃん一人だと確かにリカバリが利きにくいか」


「うん──



    ──を舞台に上げてみよう。

 あの、矮小で愚昧で底抜けにお馬鹿な願いこそが──いつかこの生命いのちの物語に終止符を打つものになるかもしれないから」




 おわってしまったぶたいのうらがわ。

 だれもしるよしもない、おとぎばなしのうらばなし。











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「っ、が──」


 呻き声をあげて時雨峰しうみね せいは白雪の降り積もったその場に倒れ臥す。


「いやぁ…………君、ホントに弱っちいわね【刈り手リーパー】君。本当に神話級ミソロジークラスなのかしら」


 呆れた声で訊ねるのは、せいを呆気なく打ち据えてみせた死神グリム──【凩乙女ウィンターウィドウ】。


「うる、さい…………あんたが、強すぎるんだ」


「あら、単なる事実は褒め言葉にならないのよ? 美人相手にに美人って言っても好感度は稼げないって聞いたことない?」


「ないよ」


「そ。まあ私の実力を考慮したってそれでもだらしなさ過ぎるんじゃない? 人間混じりのハイブリッド──というより、今の有り様を見てると半端者としか思えないわ。偏在強度はへなちょこだし、存在回帰はイラつくぐらいスローだし」


「僕に言われても困るんだよ…………そうしたのは僕じゃない」


 ぜーぜーと息を切らしながらに抗弁するせい


「貴方自身の事でしょ。言い訳になってないわよ。極めつけは、何よアレ? あんな使い勝手の悪い【死因デスペア】なんて始めて見たわ」


「そうだな。僕もだよ」


「格下──最低でも同格相手じゃないとものの役に立たないって、なんとまあひねくれた能力ちからだこと。当人の性根が察せられるってものね」


「僕が一番文句言いたいんだよ。お陰でこうしてあんたみたいな最古参にイビられる羽目になってる」


「異議有り!!!!」


 突如【凩乙女ウィンターウィドウ】が声を張り上げる。


「最古参なんて誰が呼んだの! それじゃ私がおばあさんみたいでしょ!」


「…………『始まりの死神』の一員なんだ。事実だr」


 ズガン!

 せいの顔面へと蹴りが放たれ、またしても雪中へと埋没する。


「私をあの年寄りどもと一緒くたにしないで貰えるかしら! あの連中はマジで一世紀以上前から蠢動してる妖怪どもだから!」


「自分は違うみたいな言い方だな」


「違うわよ! 百年前なんか産まれてもなかったわ!」


「…………記録では少なくとも戦前から活動が確認されてた筈──」


「壊すぞ????」


「…………す、すみませんでした」


 ふぅ、と息を吐き、無常の魔女はせいに背を向けて歩き始める。


「──今日はこの辺で勘弁しといてあげる。気が向いたらまた嫐って…………じゃなかった、指導してあげるわ。せいぜい腕を磨いておくことね」


「嫐るって言った! 今絶対嫐るって言った!」


「それじゃね~、可愛い半端者君」


 後ろ手でひらひらと手を振りながらに【凩乙女ウィンターウィドウ】はその場を立ち去って行った。


「…………くそ、僕はおもちゃじゃないっての」


 愚痴ってみせるせいではあったものの──相手に聞こえない小声でのものだったので、どうにも締まらない。

 仰向けになって見上げる空。

 目に映るのは、終始鈍色──それはせいの心模様、どころか存在そのものを現しているようにさえ思える。


「どうしてこうなったんだっけな…………」


 彼の──時雨峰しうみね せいの命運が引っ繰り返って暴走を始めたのが、四ヶ月前。

 彼の全てがグダグダになって、彼の全てがバラバラになって、彼の全てがメチャクチャになって──そうして彼は、死神になった。

 否。

 死神にさえ、成りきれなかった。

 何にも成れない。

 だから、何処にも行けない。

 単純明快な理屈だろう。

 いっそ全てを諦められたなら、どんなによかったことか。


「…………れい姉さん」


 宙に手を伸ばし、想うのは…………もはやこの世でただ一つとなった自身と世界を繋ぐよすが

 血と、それよりも強い因縁で結ばれた──姉の事だった。



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