残光呪詛──①




 ザク、ザク、ザク、ザク。

 一面を覆いつくす雪を踏みしめる音だけが静謐の中で反響してゆく。

 視界の全てを埋め尽くす吹雪模様であったが、降りしきるそれらがどこかくすんで灰色のように見えたのは――きっとその雪景色の中を歩く一人の少年が、周囲の光景よりも更に純白に染まっていたからだろう。


「は…………はっ…………は…………はっ…………」


 息を荒げながらに積もった雪を踏み締めて歩くその少年は、目的も行く宛もなくこの雪荒ぶ山道を進んでいた。

 季節は十一月中旬。東北地方のある山中。

 純白学ランのみを身に纏い行くその姿は自殺志願と罵られても仕方のない程度には無謀だろう。

 普通の。

 人間なら。


「………………」


 酷い吹雪に晒されながら、少年の歩みは僅かも止まる事なく進み続ける。

 本来ならとうに体温を雪に奪われ、凍死している筈でも──その姿になんら不調は見当たらなかった。

 そう。

 目的地などどこにも無いというのに──少年の歩みは止まらない。

 何故なら、戻る場所もまた彼には無いからである。


「何やってんだろうな…………


 深い諦観を窺わせる重々しい声色で少年は独り言ちる。

 当然、それを聴くものなど一人も居はしないのだが。

 ──しかし。

 彼を追うものなら、居る。

 たくさん、たくさん。


「っっっ!」


 気配を感じ、少年は──時雨峰しうみね せいは即座に後ろを振り返る。

 吹き降る雪も相まって未だその姿は黙視出来ない。

 しかしその気配は着実にせいへと迫っているのだった。


「──クソッ」


 悪態、というにはあまりに弱々しく呟きながらにせいは駆け出した。


 雪に足を取られるそぶりも見せず、まるで飛ぶように走り抜けてゆく。


「来るな…………来るなっ…………!」


 せいの口から漏れるのは、悲鳴じみた懇願。

 それは叫ぶように。

 それは、祈るように。

 しかし当然。

 その祈りが届けられる程に――世界は彼を赦してはくれないのだった。


 カッ。


 と、夜闇を引き裂くような閃光がせいを照らし出し、その歩みを阻む。

 前方から飛来したヘリのサーチライトを浴びて動きを止めたせいを――白衣を纏った兵達が取り囲んでゆく。

 四十秒もしないうちにせいの逃げる間のない包囲網が完成する。


「…………破幻隊カレンデュラか」


 死神グリムに抗うもの達、灰祓アルバ。その主力部隊の名だった。

 せいのその独白に応えるように、部隊長格らしい男が列から前に出て言う。


――【刈り手リーパー】だな」


「………………」


 その問いかけに表情を歪ませながらも、せいは何も言わない――言えない。

 違う、と否定するのは容易いが。

 ならば何だ、と問われたその時には返す言葉など持ち合わせていないのだから。

 その沈黙を肯定ととったのか、はたまた答えなど期待していなかったのか、その男はせいの言葉を待たずして続ける。


「大人しく投降するならよし──そうしないのなら、ここで消えてもらう」


「…………そちら側が退いてくれるなら、僕も手を出しませんよ」


「この態勢を見て、今更我々が尻尾を巻くとでも?」


「…………死なせたくは、ないんです」


 せいは目を伏せながらに、沈痛さを湛えた声で呟く。


「ならば抵抗するな。それで犠牲者は一人も出なくなる」


「………………僕も、死にたくない」


死神グリムが何を言うか──などとは言わんさ。だが──」


 男はせいにむしろ同情しているかのような視線を投げかけつつ、言った。


にいたもの達もまた──同じことを思っていただろうな」


「………………っ!」


 ギュ、とせいが唇を噛み締めるのと同時に──包囲していた灰祓アルバ達がその円を即座に縮めていく。


「来るなよっ…………クソ」


 その手に純白の葬刃を現しながら、白き死に損ないの少年は歯噛みした。

 そうしているうちにも破幻隊カレンデュラの隊員達はせいに忍び寄り。

 そして生装リヴァースを構え、飛びかかっ──


 ザシュ。


「パげらッ!?」


 ドツ。


「ホぐふっ」


 パキャ。


「アくァ!」


 四方から襲いかかった灰祓アルバ三名が、瞬く間に【即死・・】する。

 一人は喉を裂かれたように。

 一人は胸を刺されたように。

 一人は頭を割られたように。

 しかし、残りの一人は何事もないままにせいへと向かって両手剣型の生装リヴァースを叩きつける。

 それをせいは手に取った死鎌で真っ向から受け止めた。


「向かってくるなら──刈るしかないだろっ…………!」


 返す刃で逆袈裟に捌き、目前の灰祓アルバを葬り去る。

 そして──そのまま次の獲物を求めて【刈り手リーパー】は駆け出すのだった。


「そこまで人間出来てないんだよ…………!」






▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶

◀◀◀◀◀◀◀◀◀◀◀◀◀◀◀◀





「ハッ…………はぁっ、ハ…………」


 単純な時間にすれば大したものではなかっただろう。

 だがせいは数時間にも及ぶ死闘を潜り抜けたかのように息を荒げていた。

 周囲には延々と死体が転がり、ややくすんだ色の雪景色を赤く紅く染めていっている。

 犠牲者は数多く。

 それでも彼らは…………灰を祓わんとするもの達は止まらない。


「おおおおおお!」


「ああアアアアァァ!」


 恐怖などどこにもないと言わんばかりの気勢で彼らは白い死神へと立ち向かい──

 ──ザン

 と、音を立てて刈られ、また死者の山を大きくする。


「…………もう、諦めろよ…………」


 その言葉は、果たしてどちらに向けられたものなのか。

 苦悩に歪んだ顔でせいは──【刈り手リーパー】は死鎌デスサイズを振るい続ける。

 そして、劣勢に怯む事なく立ち向かい続ける灰祓アルバの面々達。

 両者の戦いは互いを磨り減らしながらに佳境へと向かう──

 ──と、思われた。




「──茶番ね」




 呆れたように。吐き捨てるように。

 そんな風に呟いて、冬風と共に彼女はその場所へと舞い降りる。

 

「──っ誰だ」


 そう問いかけるせいの顔は、あからさまな緊張の色に染まっていた。

 一目見ただけで察せざるを得なかったのだ。

 目前の、女死神グリムの。

 圧倒的なまでの、力量ちからのほどを──


「【凩乙女ウィンターウィドウ】、って言って通じるかしらね?」


 外見からすれば妙齢と言えるその女は肩を竦めながらに自己紹介をする。

 周囲のもの達は半ば呆気に取られながら、彼女──【凩乙女ウィンターウィドウ】への警戒を隠さずにいる。

 無論──せいもだった。


「…………」


「あぁ──初々しいわね。女王ヒルド謹製の秘蔵っ子って聞いてたからどんなものかと思ったら…………ふふ。じゃあ取り敢えず」


 微笑みを一つ溢し。

 彼女はいつのまにやら手に取った死鎌デスサイズを構える。

 刃は小振りだが、柄の部分が異様に長い、奇妙な形の死鎌デスサイズだった。



 【凩乙女ウィンターウィドウ】は無造作にその刃を地面へと振り下ろし、突き立てる。

 寸前、せいは自らの【死因デスペア】を発動し、その場から逃れた。

 しかし、それ以外の者達は。


 ピシ、ピシピシピシピシ。

 ビキ、ビキビキビキビキ。

 バキ、バキバキバキバキ。


 雪下の大地が、音を立てて皹割れて行く。

 壊劫の息吹は万物を無常に風化させる。


「あ"っ──」


 その破壊はすぐに人間、灰祓アルバ達へと伝播し──【壊死えし】の【死因デスペア】は瞬く間にこの場の全ての人命を破壊し尽くした。


死神グリム歴はまだ四ヶ月・・・だっけ? それでそこまで動けるなら──まあ合格点をあげようかしら」


 そんな【凩乙女ウィンターウィドウ】の評価など知ってか知らずか──さびは怒りと共に舞い戻り、咆哮する。


「何やってんだ、お前ッッッ!」


よ。貴方の得意技なんでしょう?」


 互いの死鎌デスサイズをぶつけ合いながらに、死に損ないは叫び、無常の乙女は笑う。


「お前は───何なんだ」


 少年のその問いに。

 女はにこやかな笑顔で答えた。




「──ただの、お節介焼きなおねーさん♡」






 ──【残光呪詛ざんこうじゅそ】、開幕。



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