断崖ヒーロー──⑧
恐るべきは【
「うっ、ぐ…………!」
標的を縫い留める為に全霊を込めていたのが裏目に出て受け身をとるのが遅れた。
とは言え元々目立った外傷も無かった
「まだ…………消え失せてない。最後の、とどめをっ…………!」
言うまでもなく【
無論、あの黒衣の
ほぼ間違いなく、あのまま放っておくだけでも消滅は免れないだろう。
しかし。
「眺めとくだけなんて…………できるかよ」
黒刀を構えつつ
目前の
「ああ、それは困りますな」
厭に耳ざわりのいい、深みのある声が聞こえた次の瞬間に
「がッ…………⁉」
半ば直感に任せてその腹部への一撃は防御したが、再び【
「…………いやはや。俄かには信じられませんな。貴殿程の
品格の漂うスーツを着こなしているその老人は、硬い表情で【
「貴殿ともあろうかたがこんなところで退場というのは【
言いながらその老
すると、見るも無残だった【
「っっっ! 止めろテメェ――!」
【
愛刀によるその一太刀は虚しく空を斬る。
「なっ…………」
背筋を走る悪寒を頼りにして咄嗟に振り返る。
すると
【
「
そんな
「仔細ありませんかな? 【
「…………ああ問題ない――
「心中お察ししますが…………私の方こそ動揺を隠せませんよ。いくら【
「気遣いのつもりなら逆効果だな。いっそ嘲笑された方が気が紛れる」
重々しい感情の籠った声を吐露しながらに、【
「…………お前の名は訊いていなかったな。名乗れ」
「…………
「覚えておく。そして――死ぬなよ。俺が再び目の前に現れる、その時までな…………」
後ろ手で【
そして、静かにその門をくぐり、その姿を消していった。
「待ちやがれ…………っ」
その背を追おうとした
「申し訳ありませんが、今回はここでお開きにさせていただきましょう――どの道貴方単独で何が出来るというわけでもありますまい」
「うるせえよ…………だからって、何もせず呆けて見てられるか」
「…………フフ」
しかしその笑いは嘲笑でも皮肉でもなく――どこか、喜ばしそうに見えた。
「怒り、恨み――それらを確かに抱いたその上で、それを上回る正義感、使命感を以って歩を進めますか。我ら
「…………何が言いたい」
「我々のような化物が討ち果たされるならば、その時は――貴方のような人間の手によるものであるべきなのでしょうと、そう思ったまでですよ」
そして【
「貴方のような、英雄にね」
その言葉を最後に、【
後に残されたのは――ただ一人。
「…………ふざけんな」
ガリ、と音を立て、血が滲む程強くに
「ふざけんなよ……………………ひ、しお…………ゆらっ…………! おれ、は…………おれは…………」
涙など流れない。
そこにあるのはただ、血を吐くような慟哭のみ。
「あ――ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!!!」
……………………かくして。
ヒーローは断崖に墜ちた。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
△△△△△△△△△△△△△△△△
――計三名。
それが、三日前の騒動に参戦した【
「……………………」
その三名の生存者の内の一人――
午前の春の陽射しは呆れるほど穏やかで、空は嫌味ったらしいぐらいに青く碧く澄み切っている。
やがて、
「おはようございます、
片脚を除いた四肢をギプスでぐるぐる巻きにした
その有様を見た
「…………何で、そんなズタボロなんだ? なんの反撃も喰らってなかったろ」
「あ"ー…………
「…………まあ、その程度であれだけ闘えるならむしろ安い代償なのかもな」
「酷い言いぐさ──でもないですね。仰る通りかと。当然ですけど、あいつも【
「現状の測定機器じゃ高位の
「あのチャンスに倒しときたかったんですけどね。あいつ全力だしてないみたいでしたし。本気ではあったみたいですが」
「全力と本気は違うのか?」
「似て非なるものだと思います。…………というかちょっと
「いや同伴してるだけですけど!? その腕じゃ車椅子も動かせないだろうし!」
「プライバシー侵害。二人きりで話したいから消えて」
「僕の人権は侵害されてもいいんですかね…………わかりましたよー」
トボトボとした足取りで退場する
「で…………世間話しにきたわけじゃないんだろう?」
「まあ、はい、そうですね。…………取り敢えず」
車椅子の上で、
「えっと、無神経な物言いになるかもですけど、あんな結果になって残念でした」
「…………お前が気を遣う事じゃない。むしろ、お前がいなけりゃおれもあの女の子も間違いなく死んでたんだ。改めて礼を言わせてくれ…………ありがとう」
「いや、私だって、その他の皆さんを救えなかったわけですし」
「救えなかったのはおれだろ」
「…………それは、否定しません。けど、あの女の子を救ったのは
「…………なんでだよ。結局おれは何一つ出来なかった。救ったのは
「それは違います」
普段の
「私は最後に手を貸しただけですし、それだって
「…………そうか。…………そうだといいな」
その視界に映るのはただただ、雲一つない一面の空──
「…………その。私、上手い事言えませんが」
「励ましなら気持ちだけ受け取っとく。…………この仕事してる以上覚悟はしてたし、犠牲者が出るのは当たり前──いや、違うな。それは、欺瞞だな」
「はい?」
「…………覚悟なんてしたこと、一度もなかった。おれがした覚悟はいつだって投げやりな『自分が死ぬ』覚悟で──『誰かが死ぬ』覚悟なんて、一度だってしてこなかった。…………笑えねぇよな。自分勝手に無鉄砲かまして…………自分の命の重さはいつだって他の人間に押しつけてきたんだ」
「そんなことは…………」
「そうなんだよ。あいつらがずっと背負ってくれてたんだ、無茶をやらかすおれの命の責任を──『自分の命を守る』っていう覚悟の、おれの分を。そんで、自分の命の事なんて碌に考えちゃいなかったおれが生き残って、おれの命を案じてくれてたあいつらが死んじまった」
ゆっくりと、自分の眼前を手で覆い隠す
「なんで生きてんだろうな、おれ…………」
「…………それでも、自分以外の誰かの為に闘ってきた
「………………」
「質問を質問で返して大変恐縮ですが──ねぇ
「生きる意味って何だと思いますか? 命の価値って何だと思いますか?」
「……………………」
「
「………………知らねぇよっ……………!」
「ですよね。私も知りませんし」
「けど、理由とか、価値とか、意味とかって必要なんですかね?」
「…………要るだろ」
「そうですかね。けどええと、壮大な話になっちゃうんですが──結局、すべていつかは終わるんですよ」
「…………終わる?」
「ええ、はい、終わります」
抑揚のない
「植物も動物も、生き残る為、子孫を残すために色々進化したりしてるじゃないですか。人間だって文明を築いて、発明して、協力しあってここまで来ましたし、これからもそうしていくんでしょう──けど、いつか必ず終わるんですよね。当たり前ですけどね。えーっと、核戦争とか隕石とかAIの反乱とか抜きにしても、確か太陽が進化? 膨張? 爆発? したりして、いつか地球が滅びるのはほぼ間違いないらしいですし」
「………………」
「仮に滅びずにすんだり宇宙船で脱出出来たりしたとしても、それでも宇宙だっていつかかは滅びるんでしょう? ブラックサンダーみたいな名前の現象で」
「ビッグクランチだ」
「それでした。まあ何にせよ終わりは確定してるわけです。何千億年先かは知りませんけど、どれだけ人類が、あらゆる生命体が発展しようが、最後の最後には滅びるわけですね。…………なら、なんで
「…………なんか無闇に壮大な話になってきたな」
「けど、そう思いません?」
「…………そうだな」
人は死ぬ。
人類は滅びる。
地球は壊れるし宇宙だって終わる。
なら。
どうして、
「詳しくは全然解明されてないみたいですけど──何十億年前に塵やガスが固まって地球が生まれて、それでどうして
「…………そうだな。どうして、なんだろうな」
「不思議ですよね、ホントに。だから私はこう思ってます」
そこでようやく。
「きっと、この
「………………」
「きっと、この世の総ては、みんな生きたいと思ってるんです。何もないなら、何も思ってなかったら、きっと何も産まれないままでした。石も、土も、水も、海も、風も、空も。みんなみんな、生きたいと思ったから、思ってるから──だから今、この
「──みんな、生きたい、のか」
「はい、きっと。だから、だからこそ──生きる事に、意味も価値も、理由だって必要無いんです。この世の全ての
「………………」
「…………だから、生きてる事に悩むことなんてないと思いますよ」
「…………そうかな」
「そうですよ」
会話はそこで打ち切られ、沈黙が降りる。
「………………
「…………はい。お節介言っちゃってすみません。あと──これを」
両腕は使えないので、口で。
「
「…………ど、ども」
引きながらに
「私の用件はそれだけです。…………
「………………はいはいはい、大声出して呼ぶくらいなら同席させてくれればいいでしょうに」
「文句言うな。早く押して。
「はいはーい…………じゃあ
そうして、屋上には
春風の吹く中で、
送り主の名前、そして内容は────
「────ん」
「あ、起こしてしまいましたか、隊長。ごめんなさい」
「ああ──悪い、寝てたな。準備しなきゃ…………」
「もう少し寝てても大丈夫ですよ。ここまで一人で運転手を買って出てくれてたんですから…………バーベキューの準備は私達がやってますから」
時節は三月末。
【
「いや、俺もやるさ…………あいつの──
「けど、それを
やれやれと首を振る
「あ、隊長起きたんすかー? 今炭に火ぃ着けるんで待っててくださーい」
陽気な声と共に笑う、
「…………バーナーで炙るだけじゃそうそう着かない。着火材を使えよ、
無表情のままに、粛々と準備を進める
「あ、ししょー! こっちきてお皿並べてくださいよ!」
輝くような笑顔で
「………………」
在りし日の憧憬は、断崖に墜ちた。
取り返しのつかないものを失い続け──それでも、かけがえのないものは、未だこの手の中に。
「さ、隊長」
歩を進めながら、
「お前ら──
──ありがとな」
──【
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