寒苦鳥と轍魚──⑥
「悪」というものについて考えることがある。
悪ってなんだろう?
善ではないもの。
善の対極に在るもの。
善が欠落しているもの。
どれも具体性に欠けて困る。
考えれば考えるほどわからなくなる。
別に、揺るぎ無い模範解答を求めているわけではない。
しっくりくるものが見つかればそれでいいのだ。
そう。
アタシにとっての悪とは?
………………
他者との共通項を持たないこと。
逸脱してしまっていること。
とどのつまりが
それが、アタシの、憎むべき悪。
それが、アタシの、恐るべき悪。
アタシは、悪だろうか。
個人的には、そうは思わない。思えないから困っている。
自らが善良とは思わないが、かといって邪悪というわけでもない、筈だ。
自らが悪だと断じられれば、もう少しは生き易かったと思うのだけど。
善になるには、悪になるには──アタシの世界は狭すぎる。
だからこうして、自問自答の
延々と。
憐れに惨めに。
轍にて溺るる、魚の如くに。
ああ、だけど、だから。
善にもなれず、悪にもなれず。
故に英雄にだって、到底なれやしないけれど。
とどのつまりのどん詰まりにて。
アタシはきっと──
灰色の火焔が橋上を嘗めつけてゆく。
「くぅっ…………!」
自らの武装、大楯型
「や、やった…………?」
【
「知ってるよ。それ、フラグって言うんだろ?」
「あー、そうかもですね…………ってブフェええエェぇぇい!!??」
「ちょ!? あなたは自爆して木っ端微塵になったのではっ!?」
「木っ端微塵になった程度で
「く、腐っても
「まあね。あ、といっても見くびらないでくれたまえよ。いかに
そこで。
【
「私の【
「う、嘘──」
絶句する
その視界の先には──
「──あっっっっついのぉ」
灰の獄焔の海を、悠然と歩み渡る【
「あの
「ひっひひひっひひひひひっひ、他人事みたいに言わないで下さいようどーすんですかどーすんですかぁ! 死っ死死っ死死死、死死っ死にたくないですううううぅぅぅ!!!!」
「この期に及んで見苦しいぜ
「そんなお坊さんみたいな心境にはなれませんですぅひっびびぃぃいい"い"いいやあああああ"あ"ああ"あぁぁぁぁ!!!!」
「悲鳴きったないなホント君は──大丈夫だって。
「へ?」
そこでようやく
「──
【
気がつけば橋の両端が封鎖され、戦闘用ヘリコプターが幾つも空を舞っている。橋の中央に立つ【
「──って、いいんですかこれ!?
「そういうことはもうちょい場所を選んで声を落としていいたまえよ
意味も勝機もなく自爆したりはしないよ──という【
「な、なるほど、今の弱った状態なら勝ち目はあると──」
「ま、勝率は二割以下だろうけどさ。アイツもここまで全然本気だしてないし」
「………………」
白目を向く
「おーい、聡明な君なら状況はわかったろう? ここらで水入りにしないかな」
「お前こそ状況はわかってるだろう。今尚俺が圧倒的優位だと」
「だからそこをなんとか退いてくれないかって話。二割だか一割だか知らないけど、それでもこんな騒動で僅かたりとも消滅のリスクを負うことはないだろ、君ともあろう者が」
「………………」
「そりゃ、君からみたら私は憐れで惨めで可哀想で可哀想で可哀想で可哀想な籠の中の鳥に見えるかもしれないが──存外居心地は悪かないんだぜ?」
後ろの正面だあれ──つってね。
と。
当の
はああああぁ。
そんな
「勝手にせぇや」
そんな捨て台詞を残し。
ずどおおおおおおおん!
というギャグめいた爆音を立てて【
その結果衝撃で橋は倒壊し、両腕を縛られた【
◁▶◁▶◁▶◁▶◁▶◁▶◁▶◁▶
◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷
「『悪役』に憧れる人って、いったいどういう原理で憧れてるんでしょうね?」
「まぁた唐突かつ抽象的かつ意味不明な質問だねぇ」
【
その食堂にて。
「私としては君が先刻からどれだけの料理を平らげたのかを質問したいぐらいなのだが」
「チャーシュー麺とおにぎり二つ、山盛りサラダにデミグラスハンバーグと親子丼にお味噌汁、〆にカツカレーですね」
「…………昔からそんなに食べるのかい?」
「──いえ。ここ最近ですよ。量が増えたのは」
「ふーん…………身体に悪いよ。周りに心配かけないようにね」
「…………心に留めておきます」
無表情に
突っ込まれたくない話題らしい。
「で、どう思います? 『悪役への憧れ』って。私は昔から共感出来なくって。悪人に憧れちゃ駄目でしょうに」
「いや、むしろ結構な事だと思うよ? 悪人に憧れるのは当人が悪人でない証拠さ。自らには出来ないことを平然とやってのける、そこに憧憬を感じるというワケだろう」
「出来ないこと?」
「そうさ。大多数の人間ってのは、まあ善人でも悪人でもない。どちらにも傾きうる──善と悪をいったりきたりのどっちつかずなのが当たり前の人間というものだ」
「…………ふむ」
「だが
「相反すれど矛盾せず──ですか」
「ああ。まったくもって度し難いよ、人間とは──心とはね。だから私みたいな欠陥製品を産み出してしまうんだ、やれやれ」
「………………アタシは、善人ですか? 悪人ですか?」
どこか虚ろな目つきをしたままに、
「ふむ。私の観る限り、まだどちらでもないね。確固たる善人としても断固たる悪人としても、未だ君は何も成し遂げていない。君にとっての善悪の彼岸はまだ先さ。その分水嶺がいつ君の目の前に現れるのかは知らないが、友人としては君が君らしく在れる事を祈るとしようじゃないか」
「…………そりゃどうも。結局、善悪なんて
不貞腐れたような声を出し、
それを見た【
「確かに、善悪の定義なんてものは個人の裁量を越えているかもしれないが──善悪ではなく正誤ぐらいなら、まあ人一人にも負えるかもしれないよ?」
さしあたって、今日の君の行いの正誤を推し測ってみてはいかがかな──なんて言葉と共に。
「はっ…………殺気!」
瞬時に振り向く
そこに立っていたのは──
「………………
彼女の同僚、
「む、
「どうしては、こちらの台詞だっての」
幽鬼のような朧気な声色で
「どうして
「随分心配かけたみたいだねぇ。友達泣かせだなあ君は」
薄ら笑いを浮かべながらに、【
「え、えーと、あの、その、ぽの、こそあど、あーーーーーっと」
視線をあちこちに揺らしながら、
そしてそれを口にした。
「それを説明する前に今の銀河の状況を理解する必要が」
「あるかあああああぁぁぁぁ!!!!」
「ごめんなさいいいいぃぃぃぃ!!!!」
──【
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