寒苦鳥と轍魚──⑤




 ──ドドドゴゴゴガガガァアアん!!!!


 そんなギャグみたいな粉砕音が東京の片隅にて響き渡る。


「きたきたきたきた」


「いい"い"ぃいいいや"ああ"あ"あああぁぁぁぁッッッッ!!!!」


 汚い悲鳴をあげるのは言わずもがな、儁亦すぐまた 傴品うしなその人だ。

 建物、そして行く手を遮ろうとする灰祓アルバの面々。それら全てを紙細工か何かのように壊滅させながら、慚戒の化身【慚愧丸スマッシュバラード】は私目掛けて突き進んでくる。

 地鳴りがもう凄いことになっている。一個体で地盤を揺らすなよ埒外め。今の私は車椅子は壊れて両脚は自由になったものの、上半身は未だ拘束具で縛られたままだから両腕が使えないんだ。転んだらどうするんだよ立ち上がれないぞ。


「重機だってもうちょい慎ましやかですってえ! どうすんですか近付いただけで粉微塵にされちゃいますよぅ!」


「無駄口叩く暇があるなら走れ! 今は向こうを勢いづかせるんだ!」


 敵は圧倒的格上。

 堅実にかかってこられればこちらの勝ち筋はない。

 上手く意識の隙をつかなければ、格下からすればどうしようもないのだから。


「あ"ーっ! なんで【ARetアレット】持ってないのアタシーっ! 指令室に連絡出来ればもっと正確な援護支援の要請とか、なんなら【灰被りシンデレラ】さんの限定解除リミットカットもして貰えたかもなのにー!」


「一から十までものの見事に自業自得だろうがああああ!」


 そらみたことか、だ! このバカめ! あーもーホント馬鹿!


「ど、どこか建物の中に隠れましょうよぅ!」


「意味ないってば手当たり次第にぶっ壊されて瓦礫の山に埋もれて終了だ!」


 この近辺では灰祓アルバによる住民避難が手際よく完了しているのが不幸中の幸いか。

 民間人がいたら何百何千が死ぬことになってたかわかったもんじゃない。


「──見えた! 橋だ!」


 駆け続ける私達の前に見えたのは、さして大きくもない河川の対岸を渡す橋。

 だが避難は完了しているようで、橋の上には車も人影も見当たらなかった。

 遮蔽物も障害物もない一本道というワケだ。


「逃げ場がないですよう!」


「それは最初っからだ! 腹を括れ!」


「──てかその前にっ! 追ーいーつーかーれーまぁすうううぅぅぅ!」


 確かに、河川敷までくれば行く手を阻むものは殆どない。このままでは河原で追い付かれてしまう。百も承知さ。


「──【灰霞シン・リドー】」


 後ろ足で【死因デスペア】を発動させる。

 片足で踏んだ位置から不可思議な灰色の火の手が上がり、横一線に炎上。灰色の蜃気楼のような壁が展開された。


「おお、何じゃありゃ」


「あれに真っ向から突っ込んだりしてくれたら楽なんだがね…………残念ながらアイツはそこまで馬鹿じゃない。一瞬の足止めにしかならないだろうさ」


 ともかく私達二人はひた走る。目前の赤信号を無視して左折。目的地の橋の上へと駆け出した。

 そして、その橋へとなんとかたどり着いた瞬間──


 ドゴォンンンン!


 と、目前での轟音。

 対岸の橋の端部に、【慚愧丸スマッシュバラード】が着地していたのだった。


「先回りか…………おいおいおい、立ち幅跳びでここまで来たのか????」


 川沿いの土手にて進路を塞ぐように敷かれた灰色のカーテン。通行禁止とおせんぼになった筈のその道から、しかし私達が目指しているのが目前の橋だと察した途端にその自らが立っている地点から直線で川を飛び越え、ちょうど三角形を描くように対岸の橋の端まで跳躍してきたんだ。

 そりゃ、まあ、三角形の一辺は残る二辺の合計よりも必ず短いなんてことは小学生でも知ってるだろうが、それにしたって文字通りに定規スケールが違うってものだ。どんな脚力だっての。飛蝗か。


「鬼ごっこは終わりだ」


「みたいだね、うん」


「ひーっ、ぶふぃーっ」


 息切れしたのか緊張でかは知らないが、汚ならし過ぎる呼吸で傴品うしなは息を整える。気が抜けるから止めろ、マジで。

 さて、改めて現状確認。

 向こうの戦力──極大。最強の一角にして最古の一角である死神グリム、【慚愧丸スマッシュバラード】。

 対してこちらは、身体からだ能力ちからも雁字搦めに拘束されまくった半減死神グリムと──根性も経験も攻撃手段もない駆け出し灰祓アルバが一人。

 悪夢みたいな戦力差だな、改めて。


「最期にもう一度言っとくけどさぁ。ほっといてくれないかい、スマッシュ。君には迷惑かけない──と言いきれないのが私としても辛いところなんだけどさ」


「それみろ。お前が今言ったことが全てだ。お前がどういう事情で飼い犬の座に甘んじてるかは知らんが、赤子が手榴弾を玩具にしていれば取り上げたくなるのが当然だろう」


「んー、正論っちゃ正論だけどねぇ。しかしスマッシュ、ちょっとその視点は傲慢だし高慢だぜ? あれから百年だ。とっくに私達の時代でも世代でもないんだからさ。人間を侮る化け物は退治されるのが世の常ってもんだ。ねぇ傴品うしな?」


「え、はい? し、知りませんよぉ。何でアタシに振るんですか困りますよそんなの」


「…………ね? この状況でこの緊張感のなさ。なんとも勇ましく頼もしいじゃないか」


「勇ましくも頼もしくもないです今すぐウチ帰って布団被って寝たいんですよアタシぃ」


「ちっとは会話の流れを汲んでくれ! 合わせろよ少しは!」


 いや、いいさ、うん。君なんかに話を振った私が悪いんだよね。知ってる知ってるわかってるわかってる。あーーーーーークソったれのこん畜生め。

 そんな私の内心での罵詈雑言など知る由もなく、【慚愧丸スマッシュバラード】は語りかけてきた。

 私の想像だにしない、現状について。


「年寄りがでしゃばるな、というのは確かにその通りかもだがな。あの四国のひねくれ者──【孤高皇帝ソリチュードペイン】の二の舞を演じないとは言い切れん」




「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」




 【孤高皇帝アイツ】の、二の舞?

 何の、二の舞だ?

 それじゃ。

 その言い方じゃまるで・・・・・・・・・・──


「死んだぞ、【孤高皇帝アイツ】」


「…………………………………………………………………………………………………………………………………何で? 女王ヒルドか?」


「違う。負けた。若い死神グリム、二人にな」


「……………………………………………………………………冗談にしちゃ、笑えないぜ」


「お前がさっき言った通りだろうが。人間を侮る化け物は──退治されたのさ」


「……………………………………」


 負けた?

 よりにもよって、【孤高皇帝アイツ】が????

 あの。

 負けないことしか取り柄がないような、あの死神が。

 骨の髄まで、魂の粋まで腐敗しきった、不敗の絶対王者が。

 負けたって、いうのか。

 おいおい。

 おいおいおいおいおい──


「──牢獄あなぐらから出てくるのが、半世紀は遅かったらしい」


 どうなっちまってんだよ、今の世代は。

 この傴品バカを見つけた時でさえ、仰天したし驚嘆したんだぜ?


「もう、旧い逸話級フォークロアクラス以下は申し訳程度にしか残っちゃいねえ。【醜母グリムヒルド】の顕現よりおよそ二百年──この列島くにはまるで大がかりな蠱毒壺さ。おりのように積み重なった死の概念は煮詰まりに煮詰まって、極上級の死神グリム共がいまや群雄割拠だ」


「ふん…………水火みかのヤツ、黙ってたな。隠し通せる事でもないだろうに、用心深い通り越して臆病者め。女王ヒルドはさぞかしご機嫌なんだろうな、胸糞悪い」


「その通り…………もうわかったか? 今、人類種がどれだけ細い綱の上を渡ってるか。この上お前が上がるだけの舞台の役回りは残ってねえんだ」


「………………」


 ほぉんと。

 正論しか言わないヤツだな、君は。

 さぞかし今の世代わかもの達には煙たがれているんだろうぜ、馬鹿強くて口煩いクソ爺としてさ。


「いやはや、君の正義感を甘く見ていたよスマッシュ。まったくもって感服致した。感涙に咽び泣きそうだ、弥栄いやさか弥栄いやさか


 とんだ朗報ニュースを届けてくれたものだね、旧友よ。

 ──柄にもなく。




「──稚気テンション上がってきちゃったじゃないか!!」


「こいや、欠陥バグ女」




 心身の躍動のままに、私は【慚愧丸スマッシュバラード】へと飛びかかった。


「【灰激シン・ペルセ】」


 右脚に灰色の焔を宿し、一直線に蹴りかかる。


「──フン」


 【慚愧丸スマッシュバラード】はそれを受け止める──。素直に身を躱す。

 コイツは私の【死因デスペア】についてよく知ってるからだ。もっとも手の内がバレてるのはお互い様なんだが。

 スマッシュはその前後退、距離を置く。


「おいおいおいおい、この私を前に防御うけに回るのかい? 歳食って丸くなったんじゃないだろうなぁ」


「さて、自分の変化にはなかなか気づけんもんだ。もっとも、死神グリムに変化なんざ笑い話だがな」


「同感!!」


 私は宙より着地し、しかしその勢いのままに私は追撃する!


「【灰濤シン・ヴァーグ】」


 そのまま右脚から更なる灰の炎上が続く。

 波濤の如くに押し寄せる愚澪なりし火焔、それらを【慚愧丸スマッシュバラード】は大跳躍して飛び越えた。


「ま、そこしか逃げ場は無いだろうさ」


 こっちに飛び道具があれば撃ち落とせたかもだが…………無い物ねだりは出来ない。

 このまま相手の襲撃を近接で迎え撃つしかないワケだ。

 【慚愧丸スマッシュバラード】は着地し──超加速。

 その巨体を以てしてなお目にも留まらぬ速度で駆け、死鎌デスサイズを振りかざす!

 今の私じゃ成す術無しに叩き斬られるのがオチだろう。


「──傴品うしな!」


「はいぃ!」


 即座に後方に控える傴品うしな交代スイッチ


「【不昊フソラ】、展開っ…………!」


 再び【慚愧丸スマッシュバラード】の死鎌デスサイズを迎え撃つ傴品うしな

 ──ここが勝負。

 前回は防御した楯ごと捥ぎ落とされるという結果になったが、二の轍は踏まない。

 あの【冥月みょうげつ】というワザならば、どんな強力凶悪な一撃であろうともそれが絶対に一瞬は凌げる…………その一瞬を!

 私が。

 突いて──


「【みょうげ「止めとこう」


 ピタリ、とその豪撃を【慚愧丸スマッシュバラード】は寸毫の差で制止させて見せた。


「「は?」」


 驚愕は二つ同時。

 その声が零れて落ちた次の刹那には、再び【慚愧丸スマッシュバラード】の巨躯は宙に躍っていた。

 ──ッッッッ!!!! コイツはっっっっ!!!!

 完全初見・・・・の筈だろ!!??


「なんで、理解わかったの──」


 傴品うしなのその呻きは至極当然。

 初撃で両腕を捥ぎ取った相手だろ。

 そのまま二撃目撃ち込めよっ…………!


だぞ? ──『何かあるやも』と疑って当然」


 当然なワケあるか阿呆!

 一度脚を捥ぎ取った虫けらを、二度目に警戒する奴がいるか!!!!

 は引っ掛かれよ! 強者として、神として! 心が無いのか!?

 用心深い通り越して冒涜的だデカブツが!!!!

 そんな私の罵倒が口から出る前に。

 【慚愧丸スマッシュバラード】は自らの宿業を解放した。


 「【慚剋十字殲愧ゲーデ】」


 傴品うしなを飛び越え、狙いはあくまで【灰被りわたし】のみ。

 その【死業デスグラシア】の形状は、武骨な大鉈。

 【慚死ざんし】の【死因デスペア】を纏いしその慚撃は、私の身体を問答無用に──






         りょう




         だん




         !!!!






      せし




         ╱




          めた。





「…………終わりだ」


 真っ二つにズレ落ちた視界の片隅で、【慚愧丸スマッシュバラード】がそう言っているのが聴こえ╱視えた。

 その通りだった。

 【灰被りわたし】の敗北であり。


「君の勝利、でもないよ。【慚愧丸スマッシュバラード】」


 そして╱だから、ゆえに。

 まったくもって喜ばしい╱腹立たしい事に。






「…………君の勝利かちだ、傴品うしな





「排他的偏在領域、構築。【不昊フソラ】、拡力展開──【冥月みょうげつなまめぼし】」





 その手が拓くのは満ちた闇月。

 傴品うしなの大楯型生装リヴァース、【不昊フソラ】の固有機構の効果は『偏在領域の拡張』──平たく言えば楯の面積を一定時間拡大出来る。一個人でちょっとした防塞バリケードを構築出来ると思えばいい。

 その機能と【冥月みょうげつ】を組み合わせたのが【冥月みょうげつなまめぼし】。

 死神グリムの存在及びそれに依る現象総てを否定する無謬の結界だ。

 今回はその奥義により。

 【灰被りわたし】と【慚愧丸スマッシュバラード】を、ドーム状に展開したその防壁の内部・・へと閉じ籠めたのだった。


「何を…………っ?」


 バァカ。

 もう遅い。

 死神グリムである以上、この漆黒の帳からは絶対に逃れられない。

 ──無論、反則的なその効力故に継続発動時間は短い。一瞬だ。

 その時間、僅か0.4秒。

 あぁ。

 

 

 ──


「お前ッ──!」


 傴品にんげんを侮らないのは結構だけどさ。

 かといって。

 死神わたしを──よりにもよってこの【灰被りわたし】見くびるなっての。




「【灰罰シン・レドラ】」




 炸裂する灰色の獄焔。

 人類種の夢想から産まれた、あらゆる死神グリムき尽くす逆天の【死因デスペア】が、くら満月つきの内側にて猛り、暴れ狂った。



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