寒苦鳥と轍魚──④




 目前に立ち塞がるは、黒衣を纏った巨躯なる死神グリム

 コード、【慚愧丸スマッシュバラード】。

 『始まりの死神グリム』、なんて呼ばれたりする最古参の死神グリムの内の一体。

 ──この【灰被りわたし】と同じく。


「百年ぶりだね。はるばる広島からやって来てくれたのかな? だとすれば、君って案外人情派なんだね」


「生憎と、最近は関東近辺を彷徨うろついていてな。たまたまお前が目についたから立ち寄っただけだ」


 おっ、方言じゃなくて標準語だ。

 そりゃよかった。機嫌は悪くないらしい。


「そう、それでわざわざ顔を見せに来てくれたっていうなら光栄だねぇ。やー、君も平穏無事なようで実に結構。じゃ、もう用は済んだよねバイバーイ」


「お前が自由の身になっていたなら、それで終わっても確かによかったんだがな…………」


 そこで【慚愧丸スマッシュバラード】は、視線を私の横の傴品うしなへと向けた。


「うひゃっひっ!?」


 一瞥されただけで露骨なまでに震え上がる傴品うしな

 根性無しめ。


「──お前がいいように人間共に遣われているとなると、流石に捨て置けん」


「いっやーん、囚われのお姫様な私を救い出してくれるってワケかい? そりゃスンバらしいや私の王子様マイプリンス!」


「止めろ止めろ。鳥肌が立つだろ止めろ。…………人間が利用しようとするにはお前という存在は危うすぎる。いやというほどにわかりきった事だろう」


「わかりきってるからってわりきれるようならだーれも苦労も苦悩もしないのさ。おいそれと逃がしてもらえるほど連中はお優しくもお間抜けでもないしねぇ」


「ああ、それは確かにその通りだろう。故に──」


 そういって、【慚愧丸スマッシュバラード】は。

 その手に紺色の死鎌デスサイズを喚び出した。


「ここで潰しておこうかと思った次第だ」


「うへぇ。相っ変わらずの脳筋っぷりだなぁもう。たまったもんじゃないよ…………」


 軽口を叩く私ではあったが、いや、割りとマジにたまらない。

 現状、よりにもよってこいつを相手にする余裕なんざ──

 なんて逡巡する暇さえもこいつは碌に与えてくれないんだからまったくもう。


「──死ね・・


 よりにもよってその台詞をこの私に・・・・言うかよ。

 正直すぎるが故に一周回って皮肉屋なトコも変わってないようで嬉しいかな悲しいかな。


「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待って待って待──ああもうっ…………! 生装リヴァース転装、【不昊フソラ】!」


 振るわれる死鎌デスサイズ、その間に割り込む人影一つ。

 傴品うしなは瞬時に大楯型の生装を構え、【慚愧丸スマッシュバラード】の刃から私を庇











「バカ野郎っっっ!!!!











             受けるな・・・・!!!!」











        ズ シ ッ











 ボチャリ、と。湿ったような音が鳴る。


「………………?」


 傴品うしなは理解できないといった表情で、自らの両腕を見る。

 否。

 両腕が在った場所を・・・・・・・・・、か。

 傴品うしなの両腕は、その手に取った大楯諸共にもぎ取られていた。


「ひ、あ、う。あっあっあっあっ、は、や、ぅぅぅぅえあぃああぁぁぅ」


 声にならない声をあげながらにその場に踞る傴品うしな。中程で慚断されたその両腕は、ドボドボと絶え間無く血液を滴らせる。

 傴品うしなは確かに自らの生装リヴァース──【不昊フソラ】で【慚愧丸スマッシュバラード】の刃を受けた。

 受けた、が、受け切れなかった。

 その、まさしく神憑り的な膂力による一撃は、人間の腕力で受け止めるなど不可能。切羽穿孔機を素手で掴むようなものだ。

 そんな当然の帰結として、儁亦すぐまた 傴品うしなの両腕はちぎれた。


「失せろ」


 別段感慨もなさそうな口調で、両腕を失った傴品うしなの顔面を蹴り飛ばそうとする──いや蹴り飛ばすっつうかこいつの場合木っ端微塵になって消し飛ぶんだけど──【慚愧丸スマッシュバラード】。


「…………あ"っ。う…………ひぁ…………」


 当然傴品うしなは回避など出来る筈もない。身動きさえとれず、一目で虫の息とわかる様子で呻き声を漏らすだけだ。そもそもショック死してないだけ儲けものだろう。


「~~~~~~っ。ああもう世話の焼ける!」


 私の世話を焼くのが君の仕事だった筈なんだけどなぁもう!!

 車椅子に拘束されて碌に身動き取れない身体。

 それを無理矢理跳ね動かして、傴品うしなと【慚愧丸スマッシュバラード】の中へと飛び込んだ。

 くそ。

 これで貸し借りゼロだからな──






 ──ド、

     ゴオオオオオオォォォォン!!!!






 轟音。






▣■▣■▣■▣■▣■▣■▣■▣■

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「…………ちっ。迂闊やったのう」


 榴弾カノン砲か何かを想起させるような蹴りを一閃した後、【慚愧丸スマッシュバラード】は自らの右脚を眺めながらにそうボヤいた。

 儁亦すぐまた 傴品うしなを【灰被りシンデレラ】諸共串刺しにし蹴り飛ばしたその脚は太腿ほどまで消滅し、灰色の煙を上げていた。


「百年閉じ込められて丸ぅなったんか? あんな小娘助けるなんぞ…………やれやれ、しばらくは移動に手こずりそうじゃ」


 その場で胡座をかき、ふう、と一息吐く。

 直後。

 その側頭部へと銃弾が叩き込まれた。

 金属が軋るような甲高い音が鳴り、【慚愧丸スマッシュバラード】の被っていた山高帽シルクハットが吹き飛ぶ。


「…………あ"ぁ、鬱陶しいわ。そりゃ釣れた獲物を放ったらかしにはせんじゃろうが」


 狙撃を無防備で頭部に食らい──その感想は『鬱陶しい』だった。

 しかし灰祓いアルバにとってもその狙撃はあくまで挨拶代わり。

 とはいえ、生装リヴァースでのライフル射撃を頭部にモロに食らってほぼ無傷というのは灰祓いアルバからしてもあまりに常識から逸脱し過ぎていただろうが…………


「──ハッ。またぞろぞろと」


 十重二十重に、座り込んだ【慚愧丸スマッシュバラード】を取り囲む包囲網が張られる。

 中空には【死対局アルバトロス】の戦闘ヘリが飛び、黒衣の死神へと狙いをすましている。

 それを視界に納め、それでも【慚愧丸スマッシュバラード】は胡座をかいたまま、立ち上がらない。


「──儂は動かん。かかってこいや」






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「はぁ…………やれやれ、我ながら焼きが回ったものだ」


 あのイカれたゴリラ死神グリムとの接近遭遇後、ギャグみたいに吹き飛ばされたその先で私は思わずボヤく。

 場所は、街の裏路地。

 身を隠す為の緊急避難のつもりだったが…………袋の鼠とも言える。

 蹴り飛ばされる一瞬の接触時に【死因デスペア】喰らわしといてやったから、しばらくは機動力を削げる筈だが、はてさて何分保つ事やら。

 それらを考慮した上で、だ。


「いい加減起きれ、傴品うしな


「べひゅっ!?」


 脚元に寝っ転がる傴品うしなの頬を踏みつけて目覚めさせる。


「ひょ!? あっぇ? …………っく、あ、が、ふぶ。えー…………」


 奇声を漏らしつつ辺りを見回す傴品うしな

 そして。


「うッッッッッッッッぎゃあああああああああああああぁぁぁぁァァァァッッッッ!!!!」


五月蝿うるさっ!」


 耳を劈く絶叫を上げる傴品うしな。生憎と私は耳を塞げないのでモロにその音声おんじょうを浴びる。


「腕ぅえええええぇぇぇぇ!!!! アぁぁぁタぁぁぁシぃぃぃのおおおおお腕ぇぇぇがあァァァァ!!!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬヌヌヌる死んじゃううううぅ!!!! やぁだああああぁぁぁぐゃああああアアぁ「黙れ」がばあ!!!!」


 絶叫しながら転輾のたうち回る傴品うしなは煩わしい上に居場所を教えているようなものなので早急に黙らせた。

 具体的に言うと口に爪先を突っ込んでやった。


「がばぼぉ!?」


「静かにしろ。いいね? 出来ないなら喉を潰すよ」


「(コクコクコクコクコクコクコクコク)」


 物凄い勢いで頷きまくる傴品うしなだった。

 まあ、許してやろう。ぐだぐだやってる時間はない。

 ズポ、と傴品うしなの口から足を引き抜く。


「ぶはあ! はー…………はー…………な、何が起こってるんです?」


「うん、ちゃんと冷静になってくれたようで嬉しいよ」


「う、腕は、アタシの両腕っ、はっ…………! ──ついてます、ね?」


「ああ。よかったね」


 傴品うしなの言う通り。

 捥がれた筈の両腕は、綺麗に元通りになっていた。


「夢…………のワケは流石にないですし。ど、どうなったんでしょう」


「さぁてね。運良く治ったのを感謝したらどうだい?」


「そ、そうですね。ありがとうございます、【灰被りシンデレラ】さん」


「………………」


 私に感謝しろとは言ってないが。


「えっと、その、助けてくれたんですよね? 状況的に」


「……………さてね」


「とぼけようがないと思いますが」


 うるさいなぁ、そこは上手く汲み取って茶を濁せよ、と思ったがこの子がそんな殊勝な事する筈もないと諦める。


「はあ。ま、その分じゃ割かし大丈夫そうで何よりだ。ほら、君の楯」


 ギリギリ回収していた彼女の楯を(蹴って)差し出す。あの刹那の間に回収してみせた機転を誉めて貰いたい。


「おお、よかったー。これ失くしたら束繰たばくり室長にロメロスペシャル極められちゃいます…………って、ぎゃあああああああああぁぁぁぁ!!??」


「静かにしろと言ったろ」


「出来ませんよ! これ! くっついてる! 腕! アタシの両腕ええぇぇ!!」


 傴品うしなの言う通り、大楯を握り締めたまま千切れた腕が残っていた。


「…………おお、ホントだ。大した握力じゃないか」


「死後硬直というヤツではっ!?!?」


「どっちでも似たようなもんだろ。気にすることじゃない」


「断じて気にすることです! え、じゃあ今のこのアタシの腕何なんですか!? 生えた!? 生えてきたの!? 蜥蜴の尻尾!?」


「まさか、蜥蜴の尻尾だと骨までは再生しないよ」


「ツッコむトコそこじゃないでしょうにっ!」


「だから騒いでる場合じゃないんだって。ウダウダやってると──」


 ズズゥン。

 と、街が揺れた。


「…………ヤツが、来ちゃうぜ」


「Oh…………」


 絶望的な表情を傴品うしなは浮かべる。

 実にごもっともな顔色だ。


「に、ににに逃げ──」


「逃げ切れるかなぁ? 少なくとも五体満足のままじゃアイツは世界の果てまで追ってくるぜ」


「追ってQ…………」


「なので、これからどうするかという話なのさ」


 何せ、このまま呆けていれば地獄行き待ったなしだ。


「…………【灰被りあなた】を餌にした釣りということなら、じ、時間を稼げば【死対局】の増援が来てくれる筈──」


「そうだねぇ。来てくれる──いや、水火みかの事だしもう寄越してくれてるんじゃないのかな」


「な、ならアタシ達の役目はこれにて終了という事には」


「ならない。絶対ない。それは断言する」


「な、何故にっ?」


 やれやれ、さっきの一合でわかっただろうに。

 いや、認めたくないだけかな?


「私の知る限り、現在の【死神災害対策局アルバトロス】の戦力で【慚愧丸スマッシュバラード】に対抗できるものはいないからだよ。水火みか率いる第一隊ブラックサレナが来ても太刀打ち出来っこない。人間が敵う相手じゃないんだ、【慚愧丸アレ】は。なんなら君にはそれが身に染みてわかっただろう」


「………………」


 水火みかの狙いはわかるが、引きが悪すぎた──或いは良すぎた。

 あんな桁違いの化け物モンストロを引き当てるのは流石に計算違いだろう。


「…………あのデッカイのの狙いは」


「私だね、間違いなく。私が灰祓アルバの遣いっぱしりになっているのが気に食わないらしい」


「…………貴女を解放すればいいんですか?」


「いいんだろうね。だけど、それは事実上不可能さ。【鳳凰機関】の老公共が私を手放すワケがないからね。それこそ【死対局】が潰れたって逃しはしないんじゃないかな」


 あいつらは、私を逃さない。逃せない。

 だから私は逃げないし、逃げられない。


「…………【灰被りシンデレラ】さん、闘えるんですよね?」


「…………まあ、だからこうして外に出されてる。猟犬扱いだね」


「あのスマブラさんとどっちが強いんですか?」


「…………アイツは言うまでもなく最強格の死神グリムだよ。というか、ぶっちゃけ最強だ。少なくとも私の知る限りではね」


 原初の死神グリムの中でもゴリッゴリの超武闘派──タメを張れるのは精々【孤高皇帝ソリチュードペイン】ぐらいのものだろうか。


「そうですか……………じゃあ、とても敵わない」


「ワケでもないよ。舐めるな小娘」


「へ?」


 【慚愧丸アイツ】と張り合える程の強さがあるか? と問われれば勿論否だ。私はそんな強さなど持ってはいない。

 どころか、私はぶっちゃけ弱い。弱いともさ。でなけりゃ人間の手で百年もの間大人しく牢獄にぶちこまれたりするもんか。

 だが。

 だからこそ。


最弱よわいからこそ、私は最強ヤツを喰える。下剋上の専門家たるスペードの3なのさ、私はね」


「お、おおぅ……………なら、ならどうにか」


、勝ってみせるともさ」


「………………」


 改めて言うと、私の身体は対死神グリム用の拘束具にてガッチガチに力と共に抑え込まれている。

 【慚愧丸スマッシュバラード】が蹴り砕いてくれたお陰で多少は剥がれたが、あくまで表層のみ。深層の拘束は【死対局】の方から操作されなきゃ絶対に外れないだろう。


「現在の出力は甘めに見ても50%ってところかな。闘えなくはないけど引っくり返ったって【慚愧丸アイツ】には敵わない」


「………………」


 沈黙。

 だが、意外にもまだ傴品うしなの目は死んでいない。

 何かを探しているようだった。


「いや、そんなにバカ強い相手なら…………わざわざ勝ちを狙う事もない。相手の目的である『【灰被りシンデレラ】の解放を諦めさせる』のがベターです」


「同感だ。とは言っても、無血で終わる程お互い平和主義者でもないだろうが」


「それに、あのデカデカ死神グリムだって本気で闘ってるワケじゃないんじゃないですか? 別に灰祓アタシ達を全滅させたいってワケじゃなさそうですし」


「確かに、それはそうだろうな。手を出されなきゃ別段他の灰祓アルバにも興味はない筈だ」


「なら──うー、アタシと【灰被りシンデレラ】さんでやるしかないじゃないですか」


 やるしかない、ときたか。

 そんな前向きな言葉が出てくるとは思わなかった。


「…………へぇ。勇ましいね。逃げ出さないんだ?」


「逃げられそうならもちろん逃げますよ。けど逃げられそうじゃないならやるしかないでしょう……………いや逃げたいですけどもちろん。めちゃくちゃ逃げたいですけど」


「…………私をアイツに突き出すという発想はないのかね?」


「最悪はそれやるしかないですけど、それやると後で結局ただで済みそうにないですもん」


 ご明察。

 間違いなく碌な末路は待っていまい。

 そういう勘はいいんだねぇ。


「君は、死にたくないんだろう?」


「死にたくないです。、アタシは」


 …………その癖、わざわざこんな危険な役目ポジションについている。

 理解出来ないものを理解したがるのは、人のさがだ。

 死を羨み、死に触れたがる人間というのは、実のところざらにいる。

 が。

 この少女は──儁亦すぐまた 傴品うしなは少し違うようだった。

 死に魅入られてる癖して、死を恐れ拒んでいる。

 死に絶望している癖して、こんな生死の最前線へとやってきている。

 価値観と行動の優先順位がてんでバラバラだ。


「愉快だねぇ」


「どの辺がですっ!?」


 そんな君の前に、こんな【灰被りシンデレラ】がいるというのは、なかなかどうして合縁奇縁。


「時間がないな。取り敢えず、今度【慚愧丸スマッシュバラード】の攻撃を受ける時は、あの黒いワザ──【冥月みょうげつ】とやらを確実に使って防御することだ」


「わかってますよ! 身に染みて!」


 結構結構。

 初手で脱落されそうになったときは正直参ったものだったが、この様子ならある程度は立ち回れる筈。

 傴品うしなは弱くて臆病でサボり魔で嘘吐きで毒舌家で卑怯者な碌でなしだが、役には立つコだ。






「じゃあ、やろうか。迎撃作戦、開始だ」



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