寒苦鳥と轍魚──④
目前に立ち塞がるは、黒衣を纏った巨躯なる
コード、【
『始まりの
──この【
「百年ぶりだね。はるばる広島からやって来てくれたのかな? だとすれば、君って案外人情派なんだね」
「生憎と、最近は関東近辺を
おっ、方言じゃなくて標準語だ。
そりゃよかった。機嫌は悪くないらしい。
「そう、それでわざわざ顔を見せに来てくれたっていうなら光栄だねぇ。やー、君も平穏無事なようで実に結構。じゃ、もう用は済んだよねバイバーイ」
「お前が自由の身になっていたなら、それで終わっても確かによかったんだがな…………」
そこで【
「うひゃっひっ!?」
一瞥されただけで露骨なまでに震え上がる
根性無しめ。
「──お前がいいように人間共に遣われているとなると、流石に捨て置けん」
「いっやーん、囚われのお姫様な私を救い出してくれるってワケかい? そりゃスンバらしいや
「止めろ止めろ。鳥肌が立つだろ止めろ。…………人間が利用しようとするにはお前という存在は危うすぎる。いやというほどにわかりきった事だろう」
「わかりきってるからってわりきれるようならだーれも苦労も苦悩もしないのさ。おいそれと逃がしてもらえるほど連中はお優しくもお間抜けでもないしねぇ」
「ああ、それは確かにその通りだろう。故に──」
そういって、【
その手に紺色の
「ここで潰しておこうかと思った次第だ」
「うへぇ。相っ変わらずの脳筋っぷりだなぁもう。たまったもんじゃないよ…………」
軽口を叩く私ではあったが、いや、割りとマジにたまらない。
現状、よりにもよってこいつを相手にする余裕なんざ──
なんて逡巡する暇さえもこいつは碌に与えてくれないんだからまったくもう。
「──
よりにもよってその台詞を
正直すぎるが故に一周回って皮肉屋なトコも変わってないようで嬉しいかな悲しいかな。
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待って待って待──ああもうっ…………!
振るわれる
「バカ野郎っっっ!!!!
ズ シ ッ
ボチャリ、と。湿ったような音が鳴る。
「………………?」
否。
「ひ、あ、う。あっあっあっあっ、は、や、ぅぅぅぅえあぃああぁぁぅ」
声にならない声をあげながらにその場に踞る
受けた、が、受け切れなかった。
その、まさしく神憑り的な膂力による一撃は、人間の腕力で受け止めるなど不可能。切羽穿孔機を素手で掴むようなものだ。
そんな当然の帰結として、
「失せろ」
別段感慨もなさそうな口調で、両腕を失った
「…………あ"っ。う…………ひぁ…………」
当然
「~~~~~~っ。ああもう世話の焼ける!」
私の世話を焼くのが君の仕事だった筈なんだけどなぁもう!!
車椅子に拘束されて碌に身動き取れない身体。
それを無理矢理跳ね動かして、
くそ。
これで貸し借りゼロだからな──
──ド、
ゴオオオオオオォォォォン!!!!
轟音。
▣■▣■▣■▣■▣■▣■▣■▣■
■▣■▣■▣■▣■▣■▣■▣■▣
「…………ちっ。迂闊やったのう」
「百年閉じ込められて丸ぅなったんか? あんな小娘助けるなんぞ…………やれやれ、しばらくは移動に手こずりそうじゃ」
その場で胡座をかき、ふう、と一息吐く。
直後。
その側頭部へと銃弾が叩き込まれた。
金属が軋るような甲高い音が鳴り、【
「…………あ"ぁ、鬱陶しいわ。そりゃ釣れた獲物を放ったらかしにはせんじゃろうが」
狙撃を無防備で頭部に食らい──その感想は『鬱陶しい』だった。
しかし
とはいえ、
「──ハッ。またぞろぞろと」
十重二十重に、座り込んだ【
中空には【
それを視界に納め、それでも【
「──儂は動かん。かかってこいや」
□▣□▣□▣□▣□▣□▣□▣□▣
▣□▣□▣□▣□▣□▣□▣□▣□
「はぁ…………やれやれ、我ながら焼きが回ったものだ」
あのイカれたゴリラ
場所は、街の裏路地。
身を隠す為の緊急避難のつもりだったが…………袋の鼠とも言える。
蹴り飛ばされる一瞬の接触時に【
それらを考慮した上で、だ。
「いい加減起きれ、
「べひゅっ!?」
脚元に寝っ転がる
「ひょ!? あっぇ? …………っく、あ、が、ふぶ。えー…………」
奇声を漏らしつつ辺りを見回す
そして。
「うッッッッッッッッぎゃあああああああああああああぁぁぁぁァァァァッッッッ!!!!」
「
耳を劈く絶叫を上げる
「腕ぅえええええぇぇぇぇ!!!! アぁぁぁタぁぁぁシぃぃぃのおおおおお腕ぇぇぇがあァァァァ!!!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬヌヌヌる死んじゃううううぅ!!!! やぁだああああぁぁぁぐゃああああアアぁ「黙れ」がばあ!!!!」
絶叫しながら
具体的に言うと口に爪先を突っ込んでやった。
「がばぼぉ!?」
「静かにしろ。いいね? 出来ないなら喉を潰すよ」
「(コクコクコクコクコクコクコクコク)」
物凄い勢いで頷きまくる
まあ、許してやろう。ぐだぐだやってる時間はない。
ズポ、と
「ぶはあ! はー…………はー…………な、何が起こってるんです?」
「うん、ちゃんと冷静になってくれたようで嬉しいよ」
「う、腕は、アタシの両腕っ、はっ…………! ──ついてます、ね?」
「ああ。よかったね」
捥がれた筈の両腕は、綺麗に元通りになっていた。
「夢…………のワケは流石にないですし。ど、どうなったんでしょう」
「さぁてね。運良く治ったのを感謝したらどうだい?」
「そ、そうですね。ありがとうございます、【
「………………」
私に感謝しろとは言ってないが。
「えっと、その、助けてくれたんですよね? 状況的に」
「……………さてね」
「とぼけようがないと思いますが」
うるさいなぁ、そこは上手く汲み取って茶を濁せよ、と思ったがこの子がそんな殊勝な事する筈もないと諦める。
「はあ。ま、その分じゃ割かし大丈夫そうで何よりだ。ほら、君の楯」
ギリギリ回収していた彼女の楯を(蹴って)差し出す。あの刹那の間に回収してみせた機転を誉めて貰いたい。
「おお、よかったー。これ失くしたら
「静かにしろと言ったろ」
「出来ませんよ! これ! くっついてる! 腕! アタシの両腕ええぇぇ!!」
「…………おお、ホントだ。大した握力じゃないか」
「死後硬直というヤツではっ!?!?」
「どっちでも似たようなもんだろ。気にすることじゃない」
「断じて気にすることです! え、じゃあ今のこのアタシの腕何なんですか!? 生えた!? 生えてきたの!? 蜥蜴の尻尾!?」
「まさか、蜥蜴の尻尾だと骨までは再生しないよ」
「ツッコむトコそこじゃないでしょうにっ!」
「だから騒いでる場合じゃないんだって。ウダウダやってると──」
ズズゥン。
と、街が揺れた。
「…………ヤツが、来ちゃうぜ」
「Oh…………」
絶望的な表情を
実にごもっともな顔色だ。
「に、ににに逃げ──」
「逃げ切れるかなぁ? 少なくとも五体満足のままじゃアイツは世界の果てまで追ってくるぜ」
「追ってQ…………」
「なので、これからどうするかという話なのさ」
何せ、このまま呆けていれば地獄行き待ったなしだ。
「…………【
「そうだねぇ。来てくれる──いや、
「な、ならアタシ達の役目はこれにて終了という事には」
「ならない。絶対ない。それは断言する」
「な、何故にっ?」
やれやれ、さっきの一合でわかっただろうに。
いや、認めたくないだけかな?
「私の知る限り、現在の【
「………………」
あんな桁違いの
「…………あのデッカイのの狙いは」
「私だね、間違いなく。私が
「…………貴女を解放すればいいんですか?」
「いいんだろうね。だけど、それは事実上不可能さ。【鳳凰機関】の老公共が私を手放すワケがないからね。それこそ【死対局】が潰れたって逃しはしないんじゃないかな」
あいつらは、私を逃さない。逃せない。
だから私は逃げないし、逃げられない。
「…………【
「…………まあ、だからこうして外に出されてる。猟犬扱いだね」
「あのスマブラさんとどっちが強いんですか?」
「…………アイツは言うまでもなく最強格の
原初の
「そうですか……………じゃあ、とても敵わない」
「ワケでもないよ。舐めるな小娘」
「へ?」
【
どころか、私はぶっちゃけ弱い。弱いともさ。でなけりゃ人間の手で百年もの間大人しく牢獄にぶちこまれたりするもんか。
だが。
だからこそ。
「
「お、おおぅ……………なら、ならどうにか」
「全力が出せれば、勝ってみせるともさ」
「………………」
改めて言うと、私の身体は対
【
「現在の出力は甘めに見ても50%ってところかな。闘えなくはないけど引っくり返ったって【
「………………」
沈黙。
だが、意外にもまだ
何かを探しているようだった。
「いや、そんなにバカ強い相手なら…………わざわざ勝ちを狙う事もない。相手の目的である『【
「同感だ。とは言っても、無血で終わる程お互い平和主義者でもないだろうが」
「それに、あのデカデカ
「確かに、それはそうだろうな。手を出されなきゃ別段他の
「なら──うー、アタシと【
やるしかない、ときたか。
そんな前向きな言葉が出てくるとは思わなかった。
「…………へぇ。勇ましいね。逃げ出さないんだ?」
「逃げられそうならもちろん逃げますよ。けど逃げられそうじゃないならやるしかないでしょう……………いや逃げたいですけどもちろん。めちゃくちゃ逃げたいですけど」
「…………私をアイツに突き出すという発想はないのかね?」
「最悪はそれやるしかないですけど、それやると後で結局ただで済みそうにないですもん」
ご明察。
間違いなく碌な末路は待っていまい。
そういう勘はいいんだねぇ。
「君は、死にたくないんだろう?」
「死にたくないです。死んでも死にたくないです、アタシは」
…………その癖、わざわざこんな危険な
理解出来ないものを理解したがるのは、人の
死を羨み、死に触れたがる人間というのは、実のところざらにいる。
が。
この少女は──
死に魅入られてる癖して、死を恐れ拒んでいる。
死に絶望している癖して、こんな生死の最前線へとやってきている。
価値観と行動の優先順位がてんでバラバラだ。
「愉快だねぇ」
「どの辺がですっ!?」
そんな君の前に、こんな【
「時間がないな。取り敢えず、今度【
「わかってますよ! 身に染みて!」
結構結構。
初手で脱落されそうになったときは正直参ったものだったが、この様子ならある程度は立ち回れる筈。
「じゃあ、やろうか。迎撃作戦、開始だ」
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