如月に謳え──⑤




「お、おかえりなさいなー」


 トンネルの向こう側。

 舗装が劣化しきった道路のど真ん中で寝そべりながら、【処女メイデン】は二人の宿敵を迎えた。


「………………」


「……………………」


 唐珠からたま 深玄みくろ煙瀧えんだき 音奈ねな

 二人の表情は極めて固く、冷たい。


「シッッッケたツラしとんなぁ。大丈夫ー? この辺でギブアップするー?」


「…………別に。やることは変わらねぇ──いや、改めて、やりたいこととやるべきことがハッキリ確認出来た、って感じだな」


「…………ですね。そういう意味では、ありがたかったかもしれません──いや、それは流石にないですか」


「ないよ」


「ないですね」


 そんな風に相槌を打ち合う二人だった。


「あ、そ。そいつは重畳」


 この上なくどうでもよさげに【処女メイデン】は話を流す。


「んで、残りの一人は?」


「…………んなこと俺達が訊きたいんだよ」


「その様子だと、まだ出てきてないんですね」


「せやね。ウチはなんも知らんよ。うんうん、ようやく不愉快な邪推は止めてくれたようで何より」


 【処女メイデン】はケラケラと笑い声を漏らす。

 瞬間。

 真上から少女が降ってきた・・・・・・・・・・・・


「はばなっ!?」


「マなふっ!」


 頓狂な悲鳴が二つ響く。


「ん…………げぇっ! 【処女メイデン】!」


「っっっっ!!!!」


 空から降ってきた少女──弖岸てぎし むすびは自分の下敷きになっている死神グリムに気づいた途端に飛び退き。

 【処女メイデン】はその人影を目視した途端、絶句した。


「────! ……………っっってなんやねんなむすびちゃんかいな。肝潰すようなカッコすんなや、なんやそれ」


「いや、ワタシが訊きたいしこの格好は…………てかビビり過ぎでしょ、なんでそんな」


「アホか。ビビるに決まっとるやろ悪夢みたいな格好しよってからに。失禁せえへんかっただけマシと思わんか」


「いやマジで何でそんな怖いの…………? トラウマ?」


「うん」


 【処女メイデン】は真顔で頷いた。

 底知れぬトラウマを感じさせる。


「まあええわ。ともあれお三方共に無事でここまで来られたっちゅうワケでなによりやで」


「結局何だったんだろアレ…………」


「どんな目にあったんかは知らんけど、深く考えん方がええのは間違いないな。こんないい加減な世界での出来事なんざ」


 【処女メイデン】が鬱陶しげにそう言った頃。


 シャリィン。シャリィン。シャリィン。シャリィン。


 鈴の音。


 ドンドンドン。ドンドンドン。ドンドンドン。


 太鼓の音。


 祭囃子が、響きだす。


「――さてと。いよいよそろそろ本命やで。気張りや?」


 そう言って【処女メイデン】が見据える先は。

 妖しげな灯火が爛々と揺らめく石灯篭が立ち並ぶ、石階段。

 『つづく』道行の終着点は、祭囃子が鳴り響く――山頂のようだった。






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 響き渡るこの音色は、祭囃子ではなく神楽だったのかもしれない。

 何処とも知れない妖しげな山の山頂。

 そこにあった古びた神社の境内は、そう思わせるに値するだけの神秘性を漂わせていたと思う。


「いらっしゃい、登場人物プレイヤーさん達」


「はすみ…………さん」


 そんな中でワタシ達を待ち構えていたのは──先刻会った正体不明の女性だった。


はすみ・・・ねぇ…………? ま、それはこの敷衍境界ばしょの中では適切な記号なんやろうけどな。…………ふん。なんとも見飽きた顔・・・・・やで、はすみさん」


 その姿を見た【処女メイデン】は何処か鼻白んだような態度で語る。


「…………そう。貴女ね、勝手にこの都市伝説わたしの中に捩じ侵入はいってきたのは」


上司うえの身勝手な命令でな。ウチかて来たくなかったわこんな辛気臭いトコ──まあ。今回ばかりは慧眼やったって言わざるを得んけどな、その姿見たら」


 冷徹な視線で【処女メイデン】ははすみさんを射抜く。

 はすみさんはそれを受けて、ちっとも楽しくなさそうな顔で笑みを溢した。


「あらそう。貴方達はあまり群れたがらないように思っていたんだけれど、存外に仲がいいのね」


「仲がええとか悪いとかの話とちゃうわ。元を糺せばウチら死神グリムはみぃんなおんなじもの・・・・・・みたいなもんやからな。根っこの部分でどうしようもなくくっついとる。厭な事実やけども」


「そう。そちらもそちらで複雑なのね──それで、わざわざこの都市伝説せかいへ踏み入って、さんざん荒らしてくれたというわけ」


「いんや。おおよその全容を掴んでからは大人しく後ろの連中を待っとったで? まあ言うてウチは死神やから、死神らしく待たせてもらっとったけどな」


「──お前」


 その言葉を聞き。

 何かを察した唐珠からたま先輩が【処女メイデン】を睨む。


「おおっと喋りすぎてもたかなぁ? あかんあかん、せっかくここまで来て三つ巴はしょーもなさすぎや。はよ始めてしまおか」


 そう言った【処女メイデン】の手に、真っ赤な死鎌デスサイズが顕現する。


「そう。まあ話が早くて助かるわ。この都市伝説せかいにおいて死神あなたは異分子過ぎる──別の物語の登場人物が紛れ込んでいるようなものだものね…………」


 そこまでいうと、はすみさんは空を仰ぎ。


 唱え始めた。




      「テン




 ブクリ。

 と、はすみさんのからだが膨れ上がる。




      「ソウ




 ギョロリ。

 と、膨れ上がったはすみさんの胴体に、目玉が浮き出て。




      「メツ




 バクリ。

 と、その眼球のすぐ下に裂け目が生まれて口となった。




「おいおいおいおいおい…………!」


 と、顔を引き攣らせながらにワタシと煙瀧えんだき先輩を庇うように前に立つ唐珠からたま先輩。


「あ"ーーーーそういう感じね。道理で乗っ取られるワケや。ふん…………都市伝説フォークロアのキメラかいな、性質タチわっる」


 顔を顰めながらに【処女メイデン】はその手にとった死鎌デスサイズを振るう。

 その赤き刃からは鮮血が滲み出で、新たな刃を象り射出される。




      「カン




 その血の刃が届く前に、はすみだったアヤカシは更に姿を変える。

 下半身が伸びた──否。毒々しい模様の蛇の姿に変化したのだ。

 ドリュドリュ──と気味の悪い肉音と共に、更に胴体から腕が生え出て、三対六本の腕となってしまう。

 もはやまともな人間の原型など、まるで留めてはいなかった。


「ったく盛りすぎやろ節操のない…………! おら色男。その顔色からして相手の都市伝説しょうたいがどういう手合いかは知っとるな? 男のあんたが気張りや」


「ああそうかい了解だよクソッ! ──往くぞ【天馬てんま】」


 吐き捨てながらに唐珠からたま先輩は自らの生装リヴァース脚甲レガース型のそれを転装し、異形と化した目前の何かに立ち向かっていく。


唐珠からたま先ぱ──」


「まだいくな。遠距離持っとるならそれ使え。無いならトドメまで手ぇ出すんやない」


 冷たい声色で【処女メイデン】はワタシと煙瀧えんだき先輩を制しながらに言った。


「何で!」


「察しろ。とにかくあんたら二人は近づくな。前衛フロントはあいつに任せときな」


「っ、【千羽せんば】──!」


 煙瀧えんだき先輩はすぐに生装リヴァースを纏い、放つ──が、【処女メイデン】の言に従ってか、羽弾を撃ち込みはするものの距離は詰めようとしない。


「お、らぁ!」


「ギィっ!」


 煙瀧えんだき先輩の掩護射撃を得た唐珠からたま先輩が、異形の唯一残った人間部分である頭部を蹴り上げる。


「ふぅん。流石にあんなバケモンにはフェミニズムは発揮せんようで何より──てか、あいつやるなぁ。ほぼ単騎やのに割と押し込めてるやんけ」


「当たり前でしょ、第五隊サイプレス副隊長なんだから──てかあんたも見てるだけかよ。闘いなさいよ」


 率直な感嘆を浮かべる【処女メイデン】にツッコミを入れてみるワタシだったのだが。


「うっさいなー、じきにわかるよ。ウチじゃアイツは──ホラ来た!」


 唐珠からたま先輩の高機動体術に圧される異形──が突如として新たな言葉を唱える。




「──ツイ




 その言葉が響くとほぼ同時に。




「【死啜公女エルジェーベト】」




 巨大な鋼鉄の処女アイアン・メイデンが具現化され、唐珠からたま先輩を弾き飛ばす。


「な──」


 なにやってんだ、とワタシが言うより早く。


 ド ン ッ !!!!


 と、轟音を立ててさっきまで先輩が立っていた神社の境内に、穴が空いた。


「何いまのっ!?」


「【墜死ついし】の【死因デスペア】や。ウチがわざわざこんなとこまで出張ってこやなあかんかった理由よ」


 そんな会話の最中にもその攻撃は止まらない。次々に石畳に穴が穿たれていく。

 ──いやちょっとまて。聞き捨てならないセリフを聞いたぞ今。

 【死因デスペア】!?


「よくわかんないけど! 今回は死神グリムの仕業じゃないって言ってなかったかしら!?」


「言うたよ! それは変わらん! この空間──敷衍境界そのものが今回の元凶や。んで、【十と六の涙ウチら】の末席を穢す未熟もんがちと前にものの見事にこの空間に丸呑みにされた。吸収されてもたっちゅうこと! ったくあんの【無理心中フォーリンラヴ】のスットコドッコイが迷惑かけくさってからに…………んで、この空間は死神グリムを基盤にすることでより強固かつ強大になってもた。それの尻拭いにウチが寄越されたワケやが──死神グリムとしての偏在基盤、属性を得てしもたこの都市伝説せかいはもう死神ウチじゃどうにもならん。死神グリム死神グリムを滅ぼせん。鉄則やろ?」


「んな──! つまり、自分らの後始末を灰祓ワタシらに押し付けようって魂胆じゃん!」


「まーさか。嫌ならやらんでええし。そしたらこの空間がどんどん膨張して犠牲者が際限無く増えるだけの事や」


「こんんんんのクソ死神グリム…………っっっ!!!!」


 ぬけぬけとほざきやがってこの!


「そうカッカすんなっちゅうの…………出来る限りのサポートはしたるよ。防御面では、なと!」


「ふぐぇ!」


 無造作な前蹴りがワタシの腹部に刺さり、吹き飛ぶ──一瞬後に、ワタシの立っていた場所が、【処女メイデン】もろとも墜ちた・・・

 グシャリ、と厭な音。


「っ、【処女メイデン】…………!」


「あ"あ"あ"ああいったいなぁもぅ~! とっとと〆ろやぁ?」


「…………」


 一瞬は煎餅の如くにぺしゃんこになった筈の【処女メイデン】は、次の瞬間にはもうほぼ元通りの形になって愚痴っていた。

 人間じゃねぇ。

 当然ながら。


「んー、この感じやと…………元の【無理心中フォーリンラヴ】よりは純度が落ちとるな。使えて【死因デスペア】まで、【死業デスグラシア】は使えんやろ」


「あっそ…………」


「この三人の中で一番偏在率高いんはあんたやな? 弖岸てぎし むすび。お膳立てはしたるから〆は任せるで」


「…………わかった、了解」


 不承不承ながらワタシも頷く──事ここに至ってグダグダやる気なんてない。

 終わらせなくちゃ。


生装リヴァース第二刃型セカンドレイジ突入──【鐚黒アクロ】」


 現在の自身の全霊を出しきるべく、相棒を第二の姿へと変え、ただワタシは待つ。


『ジャアアアアアア"ア"ア"!!』


「ホラーかよ、ったく…………!」


 暴れ狂う異形を前にして、愚痴りながらにも華麗に跳び回り痛打を与える唐珠からたま先輩。


「先輩、仕掛けます。動きを止めますので、むすびちゃんの一発に繋げて下さい」


「アバウトな要求リクエストだなぁ音奈ねなちゃんってば! まあやるけどさ!」


 その掛け合いの後、即座に煙瀧えんだき先輩の生装リヴァースが真価を発揮する。


第二刃型セカンドレイジ突入──【億翼千羽おくよくせんば】、全弾射出フルバースト!」


 二対の翼から放たれる膨大な数の羽弾が、全方位から異形の化身に襲いかかる!


『ジィィィィイイイイ!!』


 鬱陶しげに頭部を庇いにかかる怪物──が、何処かの防御を固めれば、他の何処かが手薄になる。人間離れした巨体なら尚更だ。


「もらった」


 即座に腹部に突き刺さる唐珠からたま先輩の蹴り。

 そして更なる追撃を加えようとした所に──


「寄るな離れろ!!」


 【処女メイデン】が叫んだ。

 直後。


      『ツイ


 化け物もろとも、境内の中心地が根刮ぎに墜ちた・・・


唐珠からたま先輩!」


「だいじょぶ、ギリ躱した!」


 唐珠からたま先輩はなんとか無事だったようだが、【億翼千羽おくよくせんば】の羽弾はあらかた叩き墜とされてしまった。

 ここからどう次に繋げるか──


「──充分や。落とし前つけたるわ」


 鬼気迫る笑みを浮かべ。

 【処女メイデン】は自らの宿業を解放する。


「【死啜公女エルジェーベト】!」


 その叫びと共に、異形の真下・・から鋼鉄の処女アイアン・メイデンが瞬時に迫り上がる。


『ギッ──!』


 それに跳ね上げられた異形は、巨体ながらに宙を舞う──無防備。


「広範囲での攻撃の後には【死因デスペア】にラグが生まれる。仕留めろ」


「わかってる、っての!」


 この隙を見過ごせるワケもない。

 宙を舞う怪異目掛けて、ワタシは飛びかかり──抜刀。

 冥き一閃を、その蛇体に叩き込む!




「──【冥月みょうげつ】!」



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