如月に謳え──⑥
漆黒の剣閃が異形の体躯を両断してゆく。
『ウボアアアアアアアアアァァ!!』
上半身と下半身が遊離したその化生は、空間を揺るがすような断末魔をあげた。
「やった…………」
宙空にて
ギョロリ。
と、異形上半身に浮かぶ目玉が煌めき。
シュゾゾゾゾゾ。
と、蛇の下半身が
「
「
「
「
真っ暗な空間に居た。
少なくとも
目前には──『はすみ』と名乗っていた女性が浮かんでいる。ように見える。
「貴女は──なんなの? はすみさん」
「
「…………そういうこと」
【
「『きさらぎ駅』──それさえこの
「ええ。あなた達人類は、目に見えないものを想い過ぎる──その癖感じようとはしない。出来ない」
「想いはするが、感じはしない…………」
「そう。そんなあやふやな
「…………理解は、出来るけど」
「納得はしていない顔ですよ」
そういってはすみは静かに
「この空間は電脳深層界域に沈殿した数多の無意識の坩堝。故に安定を求めて独立した意識に飢えています。貴女のような強い自己意識を持つ人などは特に──」
そうしてはすみが、
──た瞬間に、バチィと稲妻が走ったような音を立ててはすみが弾き飛ばされた。
「………………何を?」
炭化した右手を眺めながら、無感情に呟くはすみ。
が、
自らが纏った、黒いモッズコートを眺めていた。
「守って、くれた?」
何の理屈も根拠もなく、結はそう感じたのだった。
そして突如、
その腕は。
「貴女は──」
何か言おうとしたはすみは、しかし二の句は告げれずに。
ブ ジ ュ リ 。
と。その腕に、顔を
「────何
その声を聞いた
「ミヤ────」
「──
「あ…………
深い霧に包まれた場所で、ワタシは目が覚めた。
…………何か、とても恐ろしいような、暖かいような、何とも言えない夢を見ていた気がする。
「…………大丈夫みたいだな。ったく、一時はどうなることかと思った」
「
「何が起こったのか、なんて正確にはわかんないさ。が、
「その直後に周りの景色が霞に包まれ始めて…………今の状況です。それで──なんですか、アレは」
「? アレって?」
「──【
「あ、いや、さっき始めてです。使ったのは。出来るかなーと思ってやってみたら…………出来ました」
「………………」
「………………」
二人の先輩が、何とも言えぬ顔を見合わせていた。
何か、やな雰囲気?
いや、けど、もう一回同じことやれって言われたら全然自信ないし…………
困って辺りを見回しても、何も視界には捕えられない。
けど、少し離れた場所に。
真っ赤な、人影が。
「【
「起きたんか。そりゃ結構」
背を向けたままに、振り向きもせず真っ赤な死神はそう言った。
ワタシは立ち上がってその背に歩み寄る。
「【
──ガィィィィン!!!!
「………………っ!」
正しく、目と鼻の先。
はあああぁ、と溜め息を吐き振り返らぬまま【
「まさかとは思ったけど、お花畑な脳ミソしてんなぁ。その辺
「…………」
「互いの利用価値が無くなったら、もうその瞬間潰すべき敵──とかいちいち言わせんなや。甘ったるて胸焼けするわ」
──ま、この状況やとまだドンパチするには不確定要素が多すぎるか。
その呟きを最後に、【
「──ほな。ばい、なら」
その赤衣の背姿はすぐに白霞にまみれ、やがて──見えなくなる。
その姿だけじゃなく。
ワタシ達の視界もまた霞がかり──意識さえ──
○◌○◌○◌○◌○◌○◌○◌○◌
◌○◌○◌○◌○◌○◌○◌○◌○
夕焼けに赤く染まる景色の中。
寂れた無人駅──しかしそこは紛れもない現実。
真っ赤な死神は佇んでいた。
「…………は。ったく調子狂う──【
歩きながらに、【
それはあの敷衍境界内の、神社境内の中心に配置されていたもの。
戦いの最中に、それを彼女は密かに回収していたのだった。
「はぁ。これをぶっ壊したんは【
おそらくは、あの空間の中核を為していた機器。
あんな
「しかし、仕掛人がいるとしても、相当な偏在理論の精通者じゃなけりゃ出来る芸当やないぞ…………一体どこのどいつ──」
そう【
──【GRIM NOTE】。
との文字が、表示されていた。
「──ハッ」
冷笑一つを洩らし。
バキャ、とそのスマフォを粉砕した後。
「クソが」
【
●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎
◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●
「敷衍境界、ね。まあそれなりに興味深い話ではあった」
「それなりかよ。結構大変だったんだぜ?」
「それなりだよ。再現性は十中八九無い現象だからね。人為的かつ作為的なものは感じたけど…………多分それらは後付けだ。おそらくは
「わーい意味わかんねー」
【
共に
「発想は中々見るところがあると思う。
「…………やっぱ偶然じゃなかったのか、アレ」
コクリ、と
「『きさらぎ駅』に始まり──女性へと憑依するという『
「──全て
「ご名答」
「ご名答、じゃないだろ。ネット発祥だからなんだってんだよ」
「──インターネットと
「無い」
「だろうね」
溜め息を吐きながら公橋は端末を操作し、そのレポートを大型ディスプレイへと表示させた。
「SNSやってればわかるだろう──電子の海にはね、あらゆる人間のあらゆる感情がぶちまけられてる。喜怒哀楽愛憎、なんでもござれさ。無論人類の総体的無意識により構築される
「その研究結果を今回の黒幕が流用したって? 笑えないぞそりゃ──レポート残ってるってことは【
「流石にそれはないと思う。確かに【鳳凰機関】に属する一族が提唱したものだけれど、外部からでも引き抜くのは不可能じゃない。以前ゴタゴタがあって、この一連の研究結果を排出した家は事実上没落してるから」
「…………どこの家系だ」
「ん…………」
その一族の名を。
「
▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△
「ふぁー…………疲れた」
うんざりする程の量の
ワタシこと
当然だとは思う。まるで経験のない異常な状況下に陥り、
ワタシも同じ気持ちだからとても良くわかる。なんだったんだよホントにあれ。
ワタシにわかった事と言えば、『なんだかよくわからない』ということがわかったぐらいである。
「ふう…………一息いれよ」
場所は大手チェーンドーナツ店。
かつて親友とよく通った店──いや、実際に通ったのは当然東京の店なので、あくまで系列店ではあるが。
それでも、息抜きにはこの店を選んでしまう。
もっとも、メインのドーナツは食べないのだけれども。
もし食べるなら、いつか、また、あの子と一緒に──
そんな事を考えていた頃である。
ドサリ、と。
ワタシの目前に、誰かが座った。
え?
との呟きは、何とか呑み込んだが。
店内は空いてはいないが混んでもいない。
座る席には困らない筈だけれど…………
「………………」
そこにいたのは、奇抜なファッションをしたワタシと同じ年頃の少女だった。
眼前の少女は、大量のドーナツとコーラを載せたトレイをテーブルに下ろす。
そしてそのドーナツの中の一つを手に取り、こちらに向けた。
「食べる?」
「…………え、いや…………」
「食べなよ」
「え…………いやその…………遠慮、しときます」
「なんで?」
『なんで』はこっちの台詞だ完全に。
何なんだこの子。
どういうリアクションすればいいんだ。
「なんで、食べないの? ドーナツ」
「あー、えー、その、一緒に食べたい人がいまして」
「………………ふぅん、そして、それは、わたしじゃない、と」
「えっと、まあ、はい。初対面ですし」
「………………………………」
それきりその子は黙り込んでしまった。
どころか、碌に身動ぎすらしようとしない。
停止、している。
「…………? ………………………………えー、では、そろそろ自分は…………」
ゆっくりとトレイと荷物を持って席を立つ。
そうしてる間も、その少女はまるで動じないまま、静かにそこに佇んでいる。
「えー、それじゃ……………」
ワタシはそのまま、そそくさとその場を去る。
ちょっと変わった人、だったん、だよね? うん。
店外に出て、振り返ろう──とするも、何か嫌な予感がする気がして、そのままワタシは帰路につく。
そしてその日は、特に何もなかった。
平穏な一日だった。
だから寝て起きたその次の日には、その奇妙な少女の事など忘れていた。
思い出すことも、二度と無かった。
金髪をポニーテールに纏めた少女──
「………………」
さっきまでその少女と向かい合っていたもう一人の少女。
パントマイムを思わせる程にピタリと静止して動こうともしない。
彼女は随分と個性的な格好をしていた。
毒々しい紫苑色の髪をサイドテールに纏め、翡翠色の不吉に感じさせる瞳孔。右目には医療用眼帯を装着し、左右の耳からは不揃いな形をしたピアスをぶら下げている。
彼女が人間でない事を知るのは──店内には誰にもいない。
「────────あひゃ」
突如として。
その少女は笑い出す。
「あひゃ──ひゃ! あひゃひゃひゃひゃ! あーひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」
笑う笑う笑う。
嗤う嗤う嗤う。
楽しそうに、愉しそうに。
可笑しそうに、犯しそうに。
その少女は。
誰にも届かない声で。
ずっとずぅっと、ワラっていた。
──【
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