如月に謳え──④
「ちょっと待って…………ちょっと待って…………」
「プレイバックプレイバック?」
「ごめん。世代が遠すぎるからわからない」
「じゃあ何で世代が遠いって知ってるのよ」
TVで観たんだよ。
いや、どうでもいいか。
落ち着け…………落ち着け…………現状確認現状確認…………
トンネルの中をみんなで歩いていたら…………急に意識が遠退いて…………
「結局何もわからないって事じゃん…………ここどこ?」
周囲を見渡しても、あるのは鬱蒼とした山中の夜闇ばかり。
登山道か何かのような荒く狭い道の上にワタシは蹲っていた。
「ここは
「いや、聞いても意味わかんないし…………そんで、あなた誰ですか?」
「だから、『はすみ』と言ったでしょ?」
肩を竦めてそう言う女性の姿は、何か茫洋とした雰囲気の人だった。
パッと見では年齢もよく掴めない。ずっと年上にも見えるし、同年代のようにも見える。
…………いや、それよりそれより。
「他の人達は…………
「『どこいった』は貴女の方だと思うけどね。この
「い、意味がわかんない…………」
「わからなくて当然、わかってもらっちゃ困るのよ。『なんだかよくわからない』のが
「やっぱり意味不明…………」
そんな事を言っているうちに。
景色が、
「んなぁ…………?」
「あらら、貴女本当に不安定ね。ここは…………河原、か」
さっきまで山中にいたはずが──いつのまにやらどこぞの河原にワタシ達は立っている。
時間は──夕暮れ、逢魔が時。
さっきまで、真夜中といっていい時間帯だった──少なくともそう見えていた筈なのに。
「──っ、いい加減はっきり答えて! ここは、どこで、何なのよ!!」
「敷衍境界。虚空たる霹靂の伝達網により構築された感傷的吹き溜まり──なんて言っても伝わらないでしょうねぇ」
「伝わらないですとも! 微塵も理解できないよ難しい言葉使えば頭よく見えると思ったら大間違いなんだからね!」
「心配無用よ。じきに思考するまでもなく、感性で理解できるから。…………せいぜい呑まれないようにね。貴女は特に、既に
この期に及んでまだ意味不明な事をグチグチと──ん? 外観?
と、そこでワタシは自らの姿を見改める。
「………………はあ? 何で着替えてるのワタシ!?」
いつのまにやら。
ワタシは、男物らしき
「何で!? 誰の!? コワッ!!」
「さっき
「だから意味わかんないんだって何言ってるんだか──」
──そう言った瞬間。
薄暗がりの中から、人影が歩み寄ってきているのが見えた。
「──っ、誰」
誰だ。
って。
言お。
うとした時にはとっくに全てがわかりきっていた。
「ほら
「はっやいんだってばミヤコは! ちょっと手加減してよ男子と比べてもぶっちぎりで走るの速いのに」
「あ」
その光景は。
あまりにも、見慣れた。
「あ、あぁぁぁ…………」
タッタッタッタッタッ。
と。
まだ幼い、小学生ぐらいの二人の少女が、河原の上を駆けていった。
「なん、で」
「ここは、そういう場所だから」
面白くもなさそうに、はすみは言う。
「貴女ほどじゃないけど──他の二人も、一般人とは言えないみたいね。取り込まれなければいいけれど、それは自分次第…………」
そんな言葉は、もうワタシの耳には碌に届かなかった。
今は、ただ。
幽鬼のような足取りで、ワタシは二人の少女がの後を追うのだった。
「なんで…………なんで…………」
思考が停止したまま、そんな台詞が譫言のように溢れる。
目前を駆ける少女二人──そこに中学生らしき学ランを着込んだ男子の集団が自転車に乗ってやってきていた。
集団は狭い道を塞ぐように並走してきて──少女達を躱そうともせずにすれ違った。
「きゃっ…………」
次の瞬間。
「こらああああああああっっっっ!!!!」
と、鼓膜を劈くような大声をあげ。
亰と呼ばれた少女が自転車集団に言い放った。
「
ホンットに、思い出の中の情景そのまんまに。
ワタシのヒーローは、カッコよくそう言い放った。
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「兄貴、また遠征? こないだ死にかけたとこだって言ってたじゃんか」
「死にかけなかった事なんてねぇよ
──ある一家の光景だった。
金髪の青年と、その弟らしき少年が会話している。
「厄介な隊長と同僚の手綱を取るのにきりきり舞いでな。ま、いつも通り留守番よろしく」
「
「そりゃあもちろん、立派だし頼もしい仲間達ではあるけどな…………あいつらについていくには、散々災難をしょいこまなきゃなんないのさ。お前がこんな苦労をしないことを祈るよ」
「苦労はもうしてるよ。無茶ばっかする兄貴の面倒見るって苦労をな」
「うるせぇ、利口過ぎる弟を持つのも悩みもんだぜ」
わしゃわしゃ、と、兄は弟の頭を掻き乱す。
「……………………」
その情景を。
◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□
□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇
「はっ、はっ、はっ、はっ──」
「…………大丈夫か」
「はいっ…………わたしは、だいじょうぶ、です、けどっ…………!」
幼い少女を背負った少年が、武器を片手にひた走っている。
その道程は死屍累々。
息絶えた人々が無造作に倒れ伏していた。
「もう少しだ…………もう少しで…………」
背中の少女に──或いは自分自身に少年はひたすらに言い聞かせていた。
氷のように冷たい声色で。
「──まって」
──その光景を見て。
「ダメ…………そっちにいっちゃ」
その声は当然、届くことなどない。
この光景は、過ぎ去りし残響音。
干渉も介在も出来るわけがない。
「まって…………行かないで、お願い」
その言葉が溢れ落ちる最中にも、その光景は続いていく。
「だめええええぇぇぇぇっっっっ!!!!」
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「ヒマや」
トンネルの向こう側にて、【
「一人だけおいてかれてもたし…………なんやねんなホンマ。ったく、気の利かん空間やなぁ」
忌々しげに言う真っ赤な死神ではあったが、しかしこれはある意味想定内。
「はよ突破してきてよ?
◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■
■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇
どさり。
と、鈍い音が響く。
「うぅ…………!」
蹴飛ばされた少女──亰が地面に叩きつけられる音だった。
「もうやめてミヤコぉ!」
もう一人の少女──
だが。
それでも果敢に立ち上がり、
「あんたを謝らせないと…………
「いやもう帰ろうようミ"ヤ"ゴぉーー! 腕変な方向に曲がってるってばぁ~~!」
「てゆうかおれ謝ってるじゃん!? ぶつかったのはホントにゴメンって! すみませんでした! 許して!? もう放して」
ガブゥ。
「ぎゃあああああああああ噛みつくなぁああああああああぁぁぁだダダダダダ!!」
「ゆるさん…………! 全裸で土下座して靴を舐めるまでゆるさんっ!!」
「あだあダダダダダ! 髪! 抜ける! やめて!」
「もういいからもういいから病院いこミヤコ! 絶対その腕ヤバいから! すんごい紫色に腫れてるから!」
「腕の一本くらい安いもんだ!」
「高いよ! ちょっとぶつかられたぐらいとは絶対釣り合わないよ! 漫画で読んだ内容適当に言ってるだけでしょ! ああもう! ワタシが抑えとくからお兄さん早く逃げてぇ!」
「逃げます逃げます金輪際このようなことはしませんんんんん!!」
這々の体で男子中学生は逃げ去っていく。
「にっげんなゴラああああ! 落とし前つけてけや男ならあぁぁ!」
「いい加減にしてよもう狂犬かあんたわぁああああ! 腕! 折れてるんだってミヤコぉぉーー!」
「………………」
「……………………」
その残像風景を眺めている二人がいた。
「あー……………その。随分ユニークなお友達ね」
「……………………」
死んだような目で、頷き。
「はあああああああああぁぁぁぁ……………」
と、巨大な溜め息を吐くのだった。
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