フォークロア・ハイウェイ──⑦




 薄ら笑いを浮かべたままに二十歳はたとせ 千歳ちとせがスマートフォンをタップした瞬間、ゾクリと全身に悪寒が疾った。


「──ッ!!」


 反射的に拳銃の引き金トリガーを絞る。

 室内に轟音が響いた──が。


「ハズレだよ、おまわりさん」


 銃の射線上、白い影が割り込んだ。

 そこに、いたのは。


『は、はぁっは、ハブるルルるるる…………』


 大きさは中型犬程度。

 だが、その頭部が。


「人面、犬?」


 そうだ。

 それは、それもまた、旧い都市伝説フォークロア

 歪な人のかおを持つ、まさしく面妖と言うべき犬だった。


「あぁー、センスない言い方しますねぇええおまわりさん。──この子は『泣き虫犬レインドッグ』って言うんですよ。可愛いでしょ?」


 少しずつ深くなっていく嘲笑を浮かべ、二十歳はたとせは見下した目つきで私を射抜く。


「勇ましく単身乗り込んできたんですし? こっちも遠慮はいりませんよねぇ? ──喰いな、泣き虫犬レインドッグ


『ぐふ、ぐっひふぅぅうがああぁあぁぁぁ!』


 犬の唸り声とも人の悲鳴ともつかない奇妙な叫びと共に、人面犬――泣き虫犬レインドッグが飛びかかってくる。


「他人に凶器突き付けたからにはさぁ⁉ 自分の命も奪られる覚悟もしてんでしょうねぇ、おまわりさん!!」


 その言葉と同時に私の身体へと泣き虫犬レインドッグの牙が突き立てられる――




           ――よりも速く私はで人面犬の眉間に弾丸をぶち込んだ。


「…………は?」


 間の抜けた声が上がると同時に、悲鳴と共に泣き虫犬レインドッグが壁面にぶつかり落ちた。


『かっ……ガ、ひっ…………』


「一発じゃ死にませんか」


 BANGバン、ととどめの一発を心臓目掛けて放つ。


 死神犬グリムに急所の概念があるのかは、まあ知らないが。

 ともあれ二発目の弾丸を受け、不気味な人面犬は動きを止め――やがて雲か霞のごとくに霧散していった。


「っ、えぇーー…………」


 呆けたような表情と呆れたような声で二十歳はたとせはその場に立ち竦む。


「――『他人に凶器突き付けたからには自分の命も奪られる覚悟してんでしょうね』、でしたっけ?」


 その言葉は独り言のように私の口から零れた。

 何故だろう。

 もっと皮肉っぽく、嫌味ったらしく言ってやるつもりだったんだけど。


「な、なーんで警察が――灰祓アルバの武器持ってんですか」


「貰いました。知り合いに」


 …………あまり良いとは言えない記憶を思い返す――






「――はいこれナギさん。持っといて下さい」


「…………何です? これ」


 【駆り手ライダー】より差し出された白い拳銃を眺めながら言う。

 手の中の重厚感や構造、細工――それらを抜きにしてもがモデルガン等の玩具ではない事は直感的に察せられた。


「武器です。死神グリム用の。連中が持ってる奴ですね。流石に手ぶらで死神グリム追っかけさせるワケにはいきませんから」


「………………」


「まあ対死神グリム用の武器としては最低限のモノだと思うんで、くれぐれも過信しないようにお願いします。基本的にはあたしのいない状況で死神グリムに出くわしたら逃げの一手を選択するように――って、まあナギさんなら解ってると思いますけd「 何 処 か ら 持 っ て 来 た ん で す か ? 」


「………………」


 露骨に目を逸らした。

 この悪ガキ娘…………


「まさか強盗――」


「ノーーーーっ!! 奪ってはないです! 現場に落ちてたのを拾っただけ! セーフセーーーフ!!」


「遺失物横領罪です」


 文句無しに犯罪だった。


「何馬鹿正直に警察相手に自白してるんです?」


「いや、その…………も、もーう揚げ足を取らないで下さいってばナギさん」


「足を取るまでもないです。貴女が一人で盛大にすっ転んでるだけです」


 はぁ、と大きなため息を一つ吐き。

 その、白い拳銃を受け取った。


「――およ。受け取ってくれるんですね。良かった良かった」


「背に腹は代えられませんから。警察の任務から外れて行動する以上、そこで死んでも殉職ではなく犬死になります」


 無論、そうなったとしても自業自得以外の何物でもないわけだが。

 それでも、自分の死に方ぐらいは可能な限り選びたい、と思う。

 図々しくも。


「図々しくなんてないでしょ」


 …………口に出てしまっていたか。

 それとも、内心を見抜かれたのか。


「生き方を決める権利は、誰にだってあります」


 …………忘れちゃってる奴も多いですけどね、と、らしくもない寂し気な声色で【駆り手ライダー】は零していた。






 ――そして、現在。


「それ以上動いたら撃ちます。投降しなさい」


「やなこっ――」


 言いながらに二十歳はたとせの脚が不自然に動く。

 ……やむを得ないか。

 私は右手の引き金トリガーを絞った。

 ――BANGバン

 銃弾が二十歳はたとせの右肩を抉り、その矮躯を後方に吹き飛ばす。

 ボロけた襖をぶち破り、二十歳はたとせは箪笥の中へと転がり込んだ。

 が、撃たれるとほぼ同時に二十歳はたとせが蹴り上げた丸テーブルが私に直撃――はもちろんせず腕で受け止めたものの、幾ばくかの隙が生じてしまう。


「っ、何処へ」


 そしてその数瞬の隙の内に、二十歳はたとせはその姿を眩ませていたのだった。

 瞬時に二十歳はたとせが叩き込まれた筈の箪笥の中を改める。

 するとそこには――


「――成程。思った以上に周到らしい」


 その箪笥の床面には大きな穴がポッカリと空いていた。

 この明らかに管理の杜撰そうなボロアパートを居住に選んだのはそういうワケか。

 いつでも逃げられるようにあちこち改造された、特製の隠れ家だったという事らしい。


「…………マズいですね」


 逃がした、というだけではない。

 この周到さを鑑みるに、恐らくはここ以外にも隠れ家は複数用意しているに違いない。隠れ家というのはそういうものだ。

 そしてこの隠れ家と自分の立場が非公式とは言え警察の私に潰された以上、本格的な逃亡を図るに違いない。公式な女子中学生としての立場など捨てて。

 警察機関が捜査を打ち切った今、もしそうなれば――もう私の手には負えなくなってしまう。

 ここで彼女を逃すわけにはいかない。


階下したに逃れたか…………あの傷で何処へ逃げる気――いや」


 普通の女子中学生ならまず間違いなく碌に動けもしない筈だが、流石にもう彼女を一般人扱いする度胸はない。

 部屋から出て、直ぐに階下を見下ろすと――


「クソっ」


 既にアパートの外に駐車していたバンに乗り込んでいた。

 即座に発車するのを見るに、運転手も別にいるのだろう。

 恐らくは私に声を掛ける時には既に逃走手段を確保していたか――つくづく周到。

 車内で二十歳はたとせ声を出さないまま、私に向かって撃たれていない左腕をヒラヒラと振り――そしてバンは急発進した。


「逃がすか」


 階段を降りる時間から惜しい。今立っていた二階共用廊下から飛び下り、落下衝撃に歯を食いしばりながら着地。

 全力疾走で駐車場に駆けつけ、フルフェイスヘルメットを被ると同時に愛車の大型二輪BOLTのエンジンをかける。

 いつのまにやら日は暮れ、東京の郊外は夜闇に包まれていた。

 しかしバンが向かう先は、暗闇を知らぬ眠らない街、その中心。


 追走劇が幕を開ける。


 が、この時の私には知る由もなかったのだ。




 この舞台に立つ演者アクターの数がどれ程の数に上るか、なんて。






◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇






「――コケにしてくれたもんじゃないか、【駆り手ライダー】」


 一切の光通さぬ闇冥の中、そんな言葉が落ちる。

 その部屋の中には数多のディスプレイが設置されていた――そのモニター群に表示される情報はどれ程に上るか、そしてその膨大な情報群を処理するであろうこの部屋の主とは一体何者なのか。

 しかし、それらを推し量る事は今、出来ない。

 の遊戯は既に終了したのだから。


『これ以上戦りたきゃ自分で動けや。ヒキニート相手に本気マジんなれる程大人げなくないかんね、あたしは』


 そんな言葉と共にはこの部屋があるビルの電力系統を粉砕した――の繰り出した数多の刺客を捻じ伏せて。

 認めよう、とは内心で呟いた――否、ぼやいた。

 この遊戯ゲームの勝ちであり――そして自らの敗北だと。

 からすれば手遊てすさび程度の心持ちではあったが、それでも勝負は勝負、故に敗北は敗北だ。

 が。

 敗北ソレを認めた上で、だ。


「このまま勝ち逃げさせてやる程大人じゃないんだよ、僕はね」


 あいにくと、は自分の性格が悪いという自覚があった(自覚のない同僚や上司が多々いる中で)。

 故に、予備電源に切り替わり電気系統が復旧した瞬間――が行ったのは追撃指令を下すこと。


「――ああ、僕だ」


 通達先はの上司(勝手に姉貴分を気取られて困っている)直属の手下パシりであり、に命令権はないのだが…………今回も今回とて急な無茶振りをされた分これくらいの越権は許されて然るべきだ、という名目で上司への意趣返しも含めては通信相手へ命令するのだった。




「位置情報は送る。表示された目標ターゲットを始末しろ。仕留めた奴は僕から女王ヒルドに適当に口利いてやる。――わかったな、【電撃手達ショッカーズ】」


『『『了解しました、【澱みの聖者クランクハイト】』』』




 ――通信終了。

 その後、しばらくはキーボードを打ち鳴らし、その後――大きな欠伸を一つする。


「寝るか」


 高級そうなチェアのリクライニングを倒し、は寝て待つ事にした。

 果報は、そんなに期待しなかったが。







■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆

◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■






「――みんな、準備はいいわね?」


『はいはーい』


『完全にっ!』


『万全ですっ!』


 隊員たちの元気のいい返答を聞き、罵奴間ののしぬま 鐔女つばめは頼もしく感じながらも苦笑する。


「緊張するよりかは幾らかマシかもしれないけれど、標的は気の抜ける相手じゃないわよ? リラックスする事は集中しないって事じゃないんだからね?」


『百も承知よ。新人ニュービーじゃあるまいし』


『はい! 忠告感謝します隊長!』


『はい! 忠言陳謝します隊長!』


 結局、リアクションは大して変わらない──この隊の気風を喜ぶべきか悲しむべきか。

 第五隊サイプレスのメリハリの利かせっぷりを少し見習ってほしい──などという台詞は他人の芝生は青く見える、というヤツなのだろうけれども。


「私はヘリで空中から。みんなはオペレーターの指示に従って狙撃位置に。だけど相手は神話級ミソロジークラス、どんな時でもどんな状況でも臨機応変に対応する心積もりでね」


『『『了解』』』


 返答を聴いた罵奴間ののしぬまは、宙空より夜の東京を見下ろす。


「──生装リヴァース転装。【谺六連こだまりくれん】、狙撃体勢に入ります」


 光学照準器スコープを覗き込み、鐔女が狙い澄ますのは──凄まじい速度で東京の宵闇を切り裂いてゆく、青き死神の姿。


「私達の防衛区域でこれまでさんざん大暴れしてくれちゃって──おしおきの時間よ、【駆り手ライダー】」




 【聖生讃歌隊マクロビオテス第四隊クローバー


 ──隊長、罵奴間ののしぬま 鐔女つばめ


 ──副隊長、嘉渡嶋かどしま 柚智ゆち


 ──隊員、日脚ひなし 鄙灯ひなび


 ──隊員、日脚ひなし 燈椛ひなぎ


 総員、戦闘態勢。






◎○◎○◎○◎○◎○◎○◎○◎○

○◎○◎○◎○◎○◎○◎○◎○◎






 ──二十歳はたとせ 千歳ちとせが乗り込んだ車をひたすら愛車BOLTで追跡する。

 つくづく二十歳はたとせは周到で、信号や渋滞等で追いつかれそうになった途端に車から降り、別の車へと乗り換えて逃げ続ける。──協力者は一体何人いるのだろう?

 それを二輪車による単独追跡でここまで何とか追い縋れたのは、ひとえに刑事としての経験と直感故だった。

 

「──来た」


 そんな逃走の繰り返しもいつまでも続くことはない。帰宅ラッシュの時間帯は過ぎ去ったとはいえ、ここは世界一の人口密度を誇る人間集積都市だ。いずれ必ず人の壁で行き止まる。

 そこから心置きなく車で逃走できる経路と言えば──


「首都高に上がる気か──!」


 現在二十歳はたとせが乗っているのは外車のオープンカー。それが新宿ICから首都高新宿4号線へと上がろうとしていた。


「上等…………!」


 こちらからしても追いかけっこのしやすい路を選んでくれるなら歓迎だ。

 そうして私もまたICから首都高へと上がろう──とするその道の先、私の真正面に。



        一人の道化ピエロが立っていた。




「 ケタ

      ケタ

          ケタ  」




 私を見つめて、道化が嗤う。


「………………」


 二十歳はたとせと組んでいるのか──それとも仕留め損ねた私を狙ってきただけか。

 それらはこの際些事だろう。

 大事なのは、このまま進めば私は間違いなく死ぬだろうということ。

 そして大人しく背中を見せて引き返してもやっぱり死ぬだろうということだ。


「──難儀な人生です」


 自虐を一言呟いておく。

 往くも死路、退くも死路。

 だとしたら。


「…………せめて前のめりに、ですかね。はぁ、柄じゃないと思うんですが」


 まあ、そういうのも悪くはない、か。

 最期くらいは──


「──いや、無理ですね。死ぬ気にはなれません。やっぱ」


 そう言いながらに左手で灰祓アルバの銃──生装リヴァースを構える。

 無論、さっきの死神犬とは違ってこれでは豆鉄砲以下の効力しかないだろうが、無いよりマシだ。

 死ぬ気は、ない。

 死ぬ気には、なれない。

 だから。

 私はこの死地を、全身全霊で駆ッ飛ばすのみ────




「────ご一緒しても?」




 …………なんて。

 そんな声が、すぐ背後から聞こえた。

 私は。

 振り向かないまま。

 精一杯カッコつけた声色で、言ってみせた。




「────どうぞ自由に、どこまでも。…………【駆り手ライダー】」




 【駆り手ライダー】が。

 蒼褪めた駆り手が、私の愛車の後部座席へと腰を下ろしていた。


「取り敢えずヘルメットを被りなさい」


「いや今自由にって言ったじゃん!」


「道交法を守った上での自由に、です」


 そんな言い合いをしてる私達を見て、より一層に道化ピエロ──【裂き手リッパー】というらしい死神グリムは笑みを深める。


一石二鳥イッセキニチョウ、ダ。両方リョウホウマトめて、キザバラス──ッ!!」


 あからさまに殺意を迸らせる【裂き手リッパー】。


「──【駆り手ライダー】、どうしますか!」


 正直私は戦闘面ではほぼ力にはなれないだろう。ならば足手まといにはならないよう立ち回らなくては──しかし私がそんな思案を巡らせている間に、【裂き手リッパー】は死の気配を炸裂させ、高らかに叫ぶ!


「【弑虐道キラークラ──】」






「や、別にどうも? 轢いちゃえ轢いちゃえ」






「はひ?」




 瞬間。




 爆音を立てて、私の愛車BOLTが物理法則を破ってそうな感じの超加速をした。




「いいいいいぃぃぃぃぃやっぴぃぃぃぃぃぃぃぃっっッッ!!!!」




 とかいう【駆り手ライダー】のはっちゃけた叫び声と。




「──ひぐ」




 という【裂き手リッパー】のよくわからない悲鳴が耳に残り。




 そして、耳からではなく全身から。




『ゴ ッ き ゃ ギ ゃ り ガ ご が ド チ ャ あ』




 というものすごく人道に反した感触が伝わってきたのだった。











 バッグミラーに真っ赤な肉片が写っていた。






「おおっしゃーーーー! 雑魚のクセに二度もあたしの前に立つからそうなるんじゃーーーいっ!」


「人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまっティぃぃぃぃィィィぃぃィぃぃぃィイヤぁぁぁぁぁああああああああ"あ"あ"あ"あ"ッッッ!!!!」


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい人生終わった人生終わった人生終わった人生終わった人生終わった人生終わったバアああああああああああああああああっっっ!!


「なーに言ってんですかナギさん! 相手は死神グリムだから全然OKですノーカンです罪もない人を惨死させまくったヤツなんだから残念でもなく当然の酬いです!」


「貴女頭おかしいよ!!!!」


 我ながら果てしなく今更な事を言った。

 

 とまあ、そんな感じな出だしで。


 私と【駆り手ライダー】は、とうとう駆け上がっていく。






 ──摩天楼と魑魅魍魎が犇めく、百鬼夜行幹線フォークロア・ハイウェイへと。



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