フォークロア・ハイウェイ──⑦
薄ら笑いを浮かべたままに
「──ッ!!」
反射的に拳銃の
室内に轟音が響いた──が。
「ハズレだよ、おまわりさん」
銃の射線上、白い影が割り込んだ。
そこに、いたのは。
『は、はぁっは、ハブるルルるるる…………』
大きさは中型犬程度。
だが、その頭部が。
「人面、犬?」
そうだ。
それは、それもまた、旧い
歪な人の
「あぁー、センスない言い方しますねぇええおまわりさん。──この子は『
少しずつ深くなっていく嘲笑を浮かべ、
「勇ましく単身乗り込んできたんですし? こっちも遠慮はいりませんよねぇ? ──喰いな、
『ぐふ、ぐっひふぅぅうがああぁあぁぁぁ!』
犬の唸り声とも人の悲鳴ともつかない奇妙な叫びと共に、人面犬――
「他人に凶器突き付けたからにはさぁ⁉ 自分の命も奪られる覚悟もしてんでしょうねぇ、おまわりさん!!」
その言葉と同時に私の身体へと
――よりも速く私は左手に持った白い銃で人面犬の眉間に弾丸をぶち込んだ。
「…………は?」
間の抜けた声が上がると同時に、悲鳴と共に
『かっ……ガ、ひっ…………』
「一発じゃ死にませんか」
ともあれ二発目の弾丸を受け、不気味な人面犬は動きを止め――やがて雲か霞のごとくに霧散していった。
「っ、えぇーー…………」
呆けたような表情と呆れたような声で
「――『他人に凶器突き付けたからには自分の命も奪られる覚悟してんでしょうね』、でしたっけ?」
その言葉は独り言のように私の口から零れた。
何故だろう。
もっと皮肉っぽく、嫌味ったらしく言ってやるつもりだったんだけど。
「な、なーんで警察が――
「貰いました。知り合いに」
…………あまり良いとは言えない記憶を思い返す――
「――はいこれナギさん。持っといて下さい」
「…………何です? これ」
【
手の中の重厚感や構造、細工――それらを抜きにしてもコレがモデルガン等の玩具ではない事は直感的に察せられた。
「武器です。
「………………」
「まあ対
「………………」
露骨に目を逸らした。
この悪ガキ娘…………
「まさか強盗――」
「ノーーーーっ!! 奪ってはないです! 現場に落ちてたのを拾っただけ! セーフセーーーフ!!」
「遺失物横領罪です」
文句無しに犯罪だった。
「何馬鹿正直に警察相手に自白してるんです?」
「いや、その…………も、もーう揚げ足を取らないで下さいってばナギさん」
「足を取るまでもないです。貴女が一人で盛大にすっ転んでるだけです」
はぁ、と大きなため息を一つ吐き。
その、白い拳銃を受け取った。
「――およ。受け取ってくれるんですね。良かった良かった」
「背に腹は代えられませんから。警察の任務から外れて行動する以上、そこで死んでも殉職ではなく犬死になります」
無論、そうなったとしても自業自得以外の何物でもないわけだが。
それでも、自分の死に方ぐらいは可能な限り選びたい、と思う。
図々しくも。
「図々しくなんてないでしょ」
…………口に出てしまっていたか。
それとも、内心を見抜かれたのか。
「生き方を決める権利は、誰にだってあります」
…………忘れちゃってる奴も多いですけどね、と、らしくもない寂し気な声色で【
――そして、現在。
「それ以上動いたら撃ちます。投降しなさい」
「やなこっ――」
言いながらに
……やむを得ないか。
私は右手の
――
銃弾が
ボロけた襖をぶち破り、
が、撃たれるとほぼ同時に
「っ、何処へ」
そしてその数瞬の隙の内に、
瞬時に
するとそこには――
「――成程。思った以上に周到らしい」
その箪笥の床面には大きな穴がポッカリと空いていた。
この明らかに管理の杜撰そうなボロアパートを居住に選んだのはそういうワケか。
いつでも逃げられるようにあちこち改造された、特製の隠れ家だったという事らしい。
「…………マズいですね」
逃がした、というだけではない。
この周到さを鑑みるに、恐らくはここ以外にも隠れ家は複数用意しているに違いない。隠れ家というのはそういうものだ。
そしてこの隠れ家と自分の立場が非公式とは言え警察の私に潰された以上、本格的な逃亡を図るに違いない。公式な女子中学生としての立場など捨てて。
警察機関が捜査を打ち切った今、もしそうなれば――もう私の手には負えなくなってしまう。
ここで彼女を逃すわけにはいかない。
「
普通の女子中学生ならまず間違いなく碌に動けもしない筈だが、流石にもう彼女を一般人扱いする度胸はない。
部屋から出て、直ぐに階下を見下ろすと――
「クソっ」
既にアパートの外に駐車していたバンに乗り込んでいた。
即座に発車するのを見るに、運転手も別にいるのだろう。
恐らくは私に声を掛ける時には既に逃走手段を確保していたか――つくづく周到。
車内で
「逃がすか」
階段を降りる時間から惜しい。今立っていた二階共用廊下から飛び下り、落下衝撃に歯を食いしばりながら着地。
全力疾走で駐車場に駆けつけ、フルフェイスヘルメットを被ると同時に愛車の
いつのまにやら日は暮れ、東京の郊外は夜闇に包まれていた。
しかしバンが向かう先は、暗闇を知らぬ眠らない街、その中心。
追走劇が幕を開ける。
が、この時の私には知る由もなかったのだ。
この舞台に立つ
◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□
□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇
「――コケにしてくれたもんじゃないか、【
一切の光通さぬ闇冥の中、そんな言葉が落ちる。
その部屋の中には数多のディスプレイが設置されていた――そのモニター群に表示される情報はどれ程に上るか、そしてその膨大な情報群を処理するであろうこの部屋の主とは一体何者なのか。
しかし、それらを推し量る事は今、出来ない。
彼と彼女の遊戯は既に終了したのだから。
『これ以上戦りたきゃ自分で動けや。ヒキニート相手に
そんな言葉と共に彼女はこの部屋があるビルの電力系統を粉砕した――彼の繰り出した数多の刺客を捻じ伏せて。
認めよう、と彼は内心で呟いた――否、ぼやいた。
この
彼からすれば
が。
「このまま勝ち逃げさせてやる程大人じゃないんだよ、僕はね」
あいにくと、彼は自分の性格が悪いという自覚があった(自覚のない同僚や上司が多々いる中で)。
故に、予備電源に切り替わり電気系統が復旧した瞬間――彼が行ったのは追撃指令を下すこと。
「――ああ、僕だ」
通達先は彼の上司(勝手に姉貴分を気取られて困っている)直属の
「位置情報は送る。表示された
『『『了解しました、【
――通信終了。
その後、しばらく彼はキーボードを打ち鳴らし、その後――大きな欠伸を一つする。
「寝るか」
高級そうなチェアのリクライニングを倒し、彼は寝て待つ事にした。
果報は、そんなに期待しなかったが。
■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆
◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■
「――みんな、準備はいいわね?」
『はいはーい』
『完全にっ!』
『万全ですっ!』
隊員たちの元気のいい返答を聞き、
「緊張するよりかは幾らかマシかもしれないけれど、標的は気の抜ける相手じゃないわよ? リラックスする事は集中しないって事じゃないんだからね?」
『百も承知よ。
『はい! 忠告感謝します隊長!』
『はい! 忠言陳謝します隊長!』
結局、リアクションは大して変わらない──この隊の気風を喜ぶべきか悲しむべきか。
「私はヘリで空中から。みんなはオペレーターの指示に従って狙撃位置に。だけど相手は
『『『了解』』』
返答を聴いた
「──
「私達の防衛区域でこれまでさんざん大暴れしてくれちゃって──おしおきの時間よ、【
【
──隊長、
──副隊長、
──隊員、
──隊員、
総員、戦闘態勢。
◎○◎○◎○◎○◎○◎○◎○◎○
○◎○◎○◎○◎○◎○◎○◎○◎
──
つくづく
それを二輪車による単独追跡でここまで何とか追い縋れたのは、ひとえに刑事としての経験と直感故だった。
「──来た」
そんな逃走の繰り返しもいつまでも続くことはない。帰宅ラッシュの時間帯は過ぎ去ったとはいえ、ここは世界一の人口密度を誇る人間集積都市だ。いずれ必ず人の壁で行き止まる。
そこから心置きなく車で逃走できる経路と言えば──
「首都高に上がる気か──!」
現在
「上等…………!」
こちらからしても追いかけっこのしやすい路を選んでくれるなら歓迎だ。
そうして私もまたICから首都高へと上がろう──とするその道の先、私の真正面に。
一人の
「 ケタ
ケタ
ケタ 」
私を見つめて、道化が嗤う。
「………………」
それらはこの際些事だろう。
大事なのは、このまま進めば私は間違いなく死ぬだろうということ。
そして大人しく背中を見せて引き返してもやっぱり死ぬだろうということだ。
「──難儀な人生です」
自虐を一言呟いておく。
往くも死路、退くも死路。
だとしたら。
「…………せめて前のめりに、ですかね。はぁ、柄じゃないと思うんですが」
まあ、そういうのも悪くはない、か。
最期くらいは──
「──いや、無理ですね。死ぬ気にはなれません。やっぱ」
そう言いながらに左手で
無論、さっきの死神犬とは違ってこれでは豆鉄砲以下の効力しかないだろうが、無いよりマシだ。
死ぬ気は、ない。
死ぬ気には、なれない。
だから。
私はこの死地を、全身全霊で駆ッ飛ばすのみ────
「────ご一緒しても?」
…………なんて。
そんな声が、すぐ背後から聞こえた。
私は。
振り向かないまま。
精一杯カッコつけた声色で、言ってみせた。
「────どうぞ自由に、どこまでも。…………【
【
蒼褪めた駆り手が、私の愛車の後部座席へと腰を下ろしていた。
「取り敢えずヘルメットを被りなさい」
「いや今自由にって言ったじゃん!」
「道交法を守った上での自由に、です」
そんな言い合いをしてる私達を見て、より一層に
「
あからさまに殺意を迸らせる【
「──【
正直私は戦闘面ではほぼ力にはなれないだろう。ならば足手まといにはならないよう立ち回らなくては──しかし私がそんな思案を巡らせている間に、【
「【
「や、別にどうも? 轢いちゃえ轢いちゃえ」
「はひ?」
瞬間。
爆音を立てて、私の
「いいいいいぃぃぃぃぃやっぴぃぃぃぃぃぃぃぃっっッッ!!!!」
とかいう【
「──ひぐ」
という【
そして、耳からではなく全身から。
『ゴ ッ き ゃ ギ ゃ り ガ ご が ド チ ャ あ』
というものすごく人道に反した感触が伝わってきたのだった。
バッグミラーに真っ赤な肉片が写っていた。
「おおっしゃーーーー! 雑魚のクセに二度もあたしの前に立つからそうなるんじゃーーーいっ!」
「人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまった人を轢いてしまっティぃぃぃぃィィィぃぃィぃぃぃィイヤぁぁぁぁぁああああああああ"あ"あ"あ"あ"ッッッ!!!!」
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい人生終わった人生終わった人生終わった人生終わった人生終わった人生終わったバアああああああああああああああああっっっ!!
「なーに言ってんですかナギさん! 相手は
「貴女頭おかしいよ!!!!」
我ながら果てしなく今更な事を言った。
とまあ、そんな感じな出だしで。
私と【
──摩天楼と魑魅魍魎が犇めく、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます