フォークロア・ハイウェイ──⑥






 <(ナギさんすいません)


 <(藪蛇っていうか、なんなら藪龍っていうか)


 <(その辺のサブクエストの攻略法をラスボスに教えてもらいに行ったらラスダンにいる四天王の一人が降ってきたみたいな)


 <(今そんな感じなので、ちょっとしばらく会えません)



                   」




 などという、極めて理解しがたい内容のチャットが【駆り手ライダー】より飛んできてから既に三日経った。


「…………意味が全く解りませんが、まぁ何かしらの異変があったのでしょうね」


 あの子が来れないと謝るのなら、それだけの理由がある筈だ。そこは信用している。そこだけは。

 だけど。


「そうなったのなら…………こちらも約束は守れそうにありませんね」


 容疑者ホシを嗅ぎ回るなら二人で、と言っていた。正論だ。私は所詮あの子に比べれば一般市民も同然なのだから。

 が、これ以上の時間が経てば間違いなく新たな被害者が出る。

 それを許容することは出来ない──そしてそれはあの子もまた同じと信じる。

 リスキーなのは承知で踏み込むしかないだろう。

 ──何、別に殺人容疑者の元に足を運ぶのはさして珍しい事でもない。刑事なのだ。


「しかし──ここは」


 容疑者は住んでいたという一軒家からはとうに立ち退き、この目前のあばら家と言って差し支えない古ぼけたアパートに住んでいるという。

 困窮していたワケでもない、どちらかといえば富裕層に属する家庭だった筈だが、こんな所に居座るのはどんな理由があってのことか。

 とにかく、容疑者の部屋まで向かい、備えられたインターホンを押す。

 

「………………」


 反応、無し。

 留守か、居留守か。

 逃げられたのだとしたら少々面倒になる──


「──壊れてるんですよ、ソレ」


 降って湧いたように聞こえたその言葉に、即座に私は振り返る。


「──こんにちは。何のご用で?」


「…………警察です」


「はぁ。どうも」


 気の無い──というよりは生気の無い声で音もなく背後に立っていた目前の少女はそう溢す。


「お話を聞かせて頂きたいのですが、構いませんか? 二十歳はたとせ 千歳ちとせさん」


「ええ。どうぞ、中へ」


 容疑者兼被害者──二十歳はたとせ 千歳ちとせ。年齢は十五歳。

 ややこしい。

 ギギギィ、と立て付けの悪い音を軋ませながらにドアが開く。

 不吉な予感が否応なしに掻き立てられた。


「さて、と。何もない部屋で恐縮ですが」


「いえ…………かまいませんよ」


 と口では言ったものの、内心はドン引きだったというのが正直な所だった。


(本ッ当に、『何もない』…………)


 狭苦しいその部屋の中には、小さい丸テーブルが一つきり。あとは台所近くにこれまた小さな冷蔵庫が置いてあるだけで、他には家具らしい家具は一切無かった。

 その上で、生活感が無い、というワケでもないのがまた嫌な感じだった。机の上にも畳の上にも埃一つ落ちていない。まめに掃除していることが伺えるからだ。

 …………どうすれば年頃の少女がこんな娯楽も糞もない部屋で生活するというのだろう。

 あの死神少女なら五分と持たずに出ていってしまう事請け合いだ。

 ともあれ、私は目前の少女と丸テーブルを挟んで向かい合う事となった。


「………………もう粗方は話したと思うんですけどね」


 そう言う少女──二十歳はたとせ 千歳ちとせの目は、何の感情も写していない。

 澱み濁った池泉のような暗い瞳だ──仕事柄、殺人事件の被害者とも加害者とも顔を合わせることは珍しくないが、それでもこんな目をした人物は記憶にない。

 殺人者の目とも自殺志願者の目とも違うように思えた。他者への失望も自己への絶望も感じ取れない。

 この世の何も、その目には写ってはいない。

 まるで──

 そんな風にさえ思えた。


「…………ご存知でしょうが警察はご両親の事件からは既に手を引いています。故に、私がここにいるのは非公式なもの。刑事としてではなく、一個人としての訪問だと思ってください」


 取り敢えず、偽りない自身の立場と現況を述べた。

 カクリ、と首を傾げて、それを聞いた二十歳はたとせ 千歳ちとせが言う。


「じゃあ、何をしにここへ?」


「そう、ですね…………敢えて言うなら世間話でしょうか」


そう言って私は踏み込む──踏み入る。


「いったいご両親の命を奪ったのだと思いますか?」


 酷い質問だ。

 我ながら軽蔑に値する。

 ミステリー小説出てくるなら間違いなく読者に嫌われるタイプの刑事だ。

 だがそんな質問にさえ顔色も声色も変えることなく、二十歳はたとせ 千歳ちとせは言う。


、じゃなくて、ですか…………面白いですね」


 これっぽっちも面白くなさそうな顔だった。


「──刑事さんは、死後の世界とか、信じてますか?」


 質問を質問で返された。

 が、不躾な事を言ったのは私の方が先なので、ここは答えておく事にする。


「別に。信じてもいなければ疑ってもいません。強いて言うなら在ってほしくはないですがね」


 何やら韜晦するような言葉の応酬になっているなぁと呆れつつも、しかし本心からの言葉を私は口にした。


「へぇ。死んで終わりでいいんですか? 怖くなったりしませんか?」


「死んだ後の事を考える余裕がないんですよ。今を生きるので精一杯なので」


「それでも、死後に善人が報われたり、悪人が罰せられたりしてほしいとは思ったりしません」


「死後ではなく、生前で報われたり罰せられるからこそ意味があるのでしょう。──天国行き地獄行きの採点の為の試験会場がこの世界だとは思いたくありませんね」


「ふーん…………ご立派な意見です。流石お巡りさん」


 皮肉や嫌味は一切なさそうに、二十歳はたとせは応える。


「まぁ、中二病と笑われるの上等で言わせて貰えれば、私はですね。死生観ってのがピンと来てないんですよ。生きるも死ぬも、よく理解できない。生まれてきた事は冗談で、死んでいく事は嘘っぱち──そんな風に思えて仕方ないんです」


「……………」


 中学生らしい思考だ、なんて茶化す気は湧かなかった。

 まあ、私も目前の少女と同じくらいの年頃には、そんなような事を考えなかったと言えば嘘になる。

 生きることとはどういうことか。

 死ぬこととはどういうことか。

 何のために生まれたのか。

 何のために死んでゆくのか。

 ──あぁ。

 どうして、考えなくなったんだっけ?

 いつから、悩まなくなったんだっけ?

 何か、答えを、見つけられたんだっけ?


「きっとお巡りさんは、そんなこと考えないでしょ? だって、そんな事考える暇なんてないでしょうから。今を生きるのに一生懸命だから──


 その時初めて。

 目の前の少女が、表情を歪めた。

 笑った。

 嗤った。


「ええ、そんなもんです。思春期の悩みなんていうのは…………きっと、その程度なもの。暇を持て余してるから、そんな答えのない問いに真面目に悩めるんですよ…………中二病って、要はただの虚しい暇人の証明でしかないんです。部活や恋愛に忙しい奴らが中二病患ったりしませんもんね。──


 嫌な笑い方だった。

 厭な嗤い方だった。


「…………ふん。やだな、感染うつっちゃったかな。──話が逸れましたね。えーと、何が私のお父さんお母さんを死なせたか、でしたっけ? まあ、その程度のものです。さっき私が言った通りのものですよ」


 その、笑みを浮かべたまま、ただの人間の少女は──二十歳はたとせ 千歳ちとせは酷薄に告白した。




「──ただの、私の、暇潰し中二病です」











「──貴女、死神なんですよね、【駆り手ライダー】」


 それは、いつだったかの質疑応答。

 ただ、目前の死神少女との共同戦線を続ける為には、避けては通れない問答だったと思う。


「はぁ。まあ一応。何ですかいきなりナギさん」


「いえ、単純な好奇心からの質問なんですが──」


 嘘だった。

 好奇心でこんな質問が出来る程浮わついた人間ではない。幸か不幸か。


「死神として──?」


「…………んん」


 と、一拍置き。

 視線を夜空へ遣りながら、【駆り手ライダー】は答えた。


「まぁ、そりゃ、はい。あります。死なせましたよ、何人か。何人かっつーか、十三人死なせまし──いや、を死なせたって言うのは卑怯か。卑怯だな、うん。えーっと、。はい」


 言い方はともかく、その表情に欺瞞はない。

 心底からの、真摯な返答だろう。


「──そうですか」


「あー、まあ、一応全部正当防衛っつーか、やるかやられるかの状況ではありました──ありましたけど、だけども正当防衛ならいくら死なせてもいいかっつーと絶対そんなワケないですしね」


「──もっともです」


 法律云々ではなく、道義としての理念で。

 人を死なせるのは──否、人が死ぬことは。


「悪い事、とは口が裂けても心が捻れても言う気は無いですが…………やっぱり、悲しいですからね」


「………………」


 人は死ぬ。

 必ず死ぬ。

 絶対死ぬ。


 全ての命には死が約束されている。


 それを。

 この死神は、悲しいという。

 哀しいことだと、想って、くれている。


 なら。


「ありがとうございます」


「はぇ?」


 間抜けな声を出す。

 そんな言葉は想定してなかったのだろう。

 けど、私には。


「それが聞ければ──











 ──充分です」


 そう言って私は、目前の少女、二十歳はたとせ千歳ちとせへと拳銃を突きつけたのであった。


「………………」


 目前にて黒く光るそれを眺めて、微塵も取り乱す事などなく。


 二十歳はたとせ千歳ちとせは。


 死に魅入られた生死破綻者スーサイダーは、破滅的な笑みを浮かべて手に取ったスマートフォンをタップした。











 ──私の、長い長い夜が始まる。



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