フォークロア・ハイウェイ──⑤




「容疑者を特定しました」


「いや仕事はやっ!!!!」


 ハンバーグカレー(大盛)を頬張りながらに死神少女──【駆り手ライダー】は叫んだ。米粒が飛んだ。

 汚い。

 場所は流石にもう競馬場ではなく、もちろん競艇場でもパチンコ屋でもなく、喫茶店──


「ダーツ&ビリヤードバーでしょう」


「昼間は喫茶店として営業してますぅー。健全なお店ですぅー」


 まあ、それは確かに事実なようで、平日ではアルコールは出していないようだった。

 全席喫煙席な為、いよいよ昨今肩身の狭くなった喫煙者達が我が世の春とばかりに煙草を吸いまくっていたが。

 流石に話の内容から隅のテーブル席を選んだものの、かなり煙たい。


「念のため釘を刺しておきますが…………夜に呑んでいないでしょうね? アルコール」


「呑んでません呑みまーせーんー。あんな苦いの」


「なんで苦いって知ってるんですか」


「………………」


 この不良娘、割と真面目に更正が必要かもしれない。


「そ、そんなことよりぃ! その容疑者ってどなたです? どうやって突き止めたんです?」


「…………ふぅ。そうですね。今すべき話はそれです。──まず、一連の事件から物的な手がかりを見出だすのは警察わたしには不可能でした。故に状況を見定めて犯人像を絞っていくしかありません」


「なるほど、それはまあ妥当です」


 うんうん、と頷く【駆り手ライダー】。

 真面目に聞いて──るんだろうな、きっと。真面目に聞いた上で理解できるかは別として、その辺はいい加減な態度は取らないだろう。この子は。

 そう見込んだから、こうして協定を結んでいるのだ。


「で、目につけたのは時期です。私や貴女が違和感を覚える、その『異様な異常事件』──それらが一体いつ始まったのか」


 それはそんなに昔の話というワケでもなかった。

 例の『渋谷大量変死事件』、それが起きてから一ヶ月も経たない程度、といったところである。


「つまり、今から五十日ぐらい前って事ですか。最初の事件は」


「大雑把に言えば。そしてその最初の事件から、今日までの事件に至る、その事件と事件の間──間隔インターバルが短くなってきています」


 ふぅ、とそれを聞いた【駆り手ライダー】は溜め息を吐く。


「…………って事で、いいすか」


「おそらくは」


 すぐそれに思い至る辺り、地頭は悪くないのか、勘がいいのか。

 いや。

 それだけの修羅場けいけんを、積んできたということか。


「手慣れてくることによって迂闊なミスをしてくれるならいいですが…………今のところそんな失点は見当たりませんね」


「そして相手のヘマを待ってる暇は無いし、何よりそんなに気が長くもない」


「然り。そこで、初犯に目を付けてみることにしました。拙さによる痕跡を探しに」


「…………結果は?」


「そもそも初犯がどの事件かの判別が困難でした」


「ズコー!」


 擬音オノマトペを口にしてズッコケる【駆り手ライダー】。

 ノリのいい子だ。


「なので、憶測です。仮説であり、容疑の段階。なのでこうして貴女に相談しに来たというワケですよ」


 鞄から取り出したタブレット端末を起動。目の前の少女に見えるよう捜査資料をテーブルに追いた。

 上にバレたら始末書では到底済まないだろうが、何、見せる相手は人ではない。


「これは…………」


「一先ず条件を『渋谷の一件後に都内の屋内で起こった変死事件』で絞り込みました。その条件の中で一番を感じたのがその事件になります」


「…………刑事の勘ってヤツです?」


 そう言って笑いながら資料に目を通す【駆り手ライダー】──しかし当然と言うべきか、その目には笑みは浮かんでいない。


「──見た感じ」


 数分後、そう口を開いた。


「かなり、妖しい」


「──やはりですか」


 ──その一件は、皮肉と呼ぶべきか私達が出逢った際の事件とやや近似していた。

 平凡な一般家庭宅にての住民の変死。

 が、その現場状況は悲惨且つ異常の一言であり、すぐに梟──灰祓アルバが介入することとなり、警察の調査はすぐに打ち切られた。

 ──それだけなら、私の中では通常(?)の灰祓アルバ案件で済んでいたろう。

 私の目に止まったのは──


「住人である父母が死亡──していながら、一家の一人娘が生存していた。という所です」


「いや、ないわぁ~って感じですね。死神あたしから見たら。なんでわざわざ一人だけ残すんだよって感じ? 現場状況見た感じだと、さして高位の死神グリムってワケでもなさそう──つーかこれ、死神犬いぬの仕業っぽい? だとしたら気紛れや拘りなんか発揮するワケもなし。これで一般人が一人だけ生き残ったってのは──あ~やーしーい~なー。な~!」


 そう言って【駆り手ライダー】はテーブルの上のタブレットをくるりと一回転させ、私の方に向けてきた。


「調べる価値はあると思います…………が、ナギさん単独だと何があるかわかったもんじゃないんで、嗅ぎ回るならあたしと一緒にお願いします」


「ええ、こちらからそうお願いしますよ…………都合はいい日は何時になります?」

 

「基本あたしは四六時中暇してますが…………この件であたしもあたしなりにヤボ用が出来てもいますので。そうですねー。三日。三日後からならいくらでも都合つけます」


「了解しました。私もそれまでに今抱えてる仕事をこなしておく事にしましょう」


「…………え? 仕事って今追ってる事件じゃないんです?」


「いえ。この案件は警察としてはとっくに手の離れた事件ですので。こうして今追っているのは、まあ個人的なものです。言ってみれば趣味の範囲ですね」


「…………過労死しますよ?」


「死神に言われると洒落になりませんね。心しておきますよ」


 そう言って私は席を立つ──情報交換は済んだ。今言った通り、すべきことはいくらでもあるのだ。


「あ"ー、ナギさん。これは今回の一件とは何の関係もない与太話なんですけども」


 と、立ち去ろうとした私の背中に質問が投げ掛けられる。


「ここ最近の東京で、スキンヘッドに山高帽ボーラーハット被ってゴッついレインコート着て厳ついブーツ履いてゴッドファーザーみたいな葉巻吸ってるB.O.W有機生命体兵器みてーな黒ずくめのおっさんの目撃情報とかありませんよね?」


「絶対無いです」


「そうですか。そりゃよかった」






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 チリンチリン、というベルの音と共にナギさんは立ち去り──それと入れ替りで店内に足を踏み入らせる者がいた。

 二人目の待ち人来る、だ。

 ぶっちゃけ気は進まないけどね。


「やっほー、みやこちゃん? わざわざ呼び出してくれてうれしいわ」


 見かけはあたしと同じ年頃の、艶やか黒髪を湛えた美少女。

 が、その薄皮一枚下は、この世のどんなものよりも恐ろしい、絶望の化身。

 死神女王グリムヒルド


「──お久です。イザナさん」


「うん、久しぶりー。その様子じゃ変わりないみたいね? に大層油を絞られたって聞いてたから心配してたんだけどー」


「………………」


 嫌なことを思い出させないでほしい。

 安定と信頼の性格の悪さだなぁ。


「アハハ、その様子じゃ百年経っても後輩に手厳しいのは変わってないー? 少しはクロ爺を見習えばいいのにね、あの子も」


「その話はもういいでしょ。今回呼んだのは全然別件ですし」


「あらそう? 寂しい。で、何の用? みやこちゃんがわざわざ私を呼び出すなんて」


「ちと最近変わった一件に当たってまして。まぁイザナさんらからすりゃ歯牙にもかけない些細なことでしょうけども、ちょっと気になりましてね」


 取り敢えず一連の事件の流れをイザナさんに説明してみる。

 こんなチンケな事件クエストの答え合わせを大魔王ラスボスさん相手にしてもらうのは、なんというか無粋に感じるが、まあいいや。楽だし。

 というか、それに関してはチャット一つでほいほい飛んでくる魔王様サイドに問題があると思う。その筈だ。

 ともあれ、一通りの説明をし終える。


「ふーん…………なるほどなるほど。まぁ私としては──概ね思った通りに脚本シナリオが進行してるようで何よりってとこかしら?」


「うげ。まさかイザナさんらの差し金?」


「まっさかー。ただ、遠因は私達──というか、渋谷事件にあるかもね。そう言う意味ではみやこちゃん、貴女も共犯よ?」


「えぇー…………」


「ま、遅かれ早かれこういうのが出てくるのはわかりきった事だった──がね。そういう、みやこちゃんの対極に位置するような人種の匂いがするわ」


「…………ははぁ。そりゃ通りで」


 変に癪に障るワケだ。


「こういうのとぶつかるのも、確かにみやこちゃんの必然…………宿命なのかしらね。うん、まあ、私からすれば果てしなくどうでもいい案件だからヒントぐらいはあげてもいいんだけど、それならもっと適任がいる。【十と六の涙ウチ】の頼れる探索者シーカーがね。丁度いいや、遅かれ早かれあの子とみやこちゃんはに引き合わす予定だったし」


「へーぇ。そいつをぶちのめして情報を喋らせればいいワケですね」


 ふっ、雑魚ばっかで飽き飽きしてたとこ──


「あぁいや、別に? あの子インドアだから直接は会ってくれないと思うよ? てゆーか今のみやこちゃんじゃひっくり返っても勝てないから」


 あぁん?

 なんだとこんにゃろ。






「──コードは【澱みの聖者クランクハイト】。私の可愛い、弟分だよ」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る