フォークロア・ハイウェイ──④




「あぁ~~くっそぉやっぱ三連単なんか当たんないかぁ~~」


 けどチマチマ狙うのは性に合わないもんなぁ。

 ドカンとデカいの当ててこその博打ってもんじゃないすかー?


「………………」


 おおっとそろそろ隣のおまわりさんの白い目線が痛く感じてくる頃なのでちょっと控えよう。

 ともあれ。


「んで、あたしにどんな要求をしてこようってんですか? おねーさん」


 と、あたしは目前の女刑事さんに問い返す。

 んー、ぶっちゃけ止めといた方がいいんだろうけどねー。

 ある程度の素質はあるみたいだけど、焼け石に水というか生兵法は怪我の元というか──


矢木柳やぎやなぎ 山羊やぎです」


「? はい?」


 何それ? ラップ?


「…………私の名前ですよ。矢木柳やぎやなぎ 山羊やぎと申します」


「………………」


 ふむ。

 ヤギヤナギさん。ヤギさん。


 ………………………………


 だ…駄目だ まだ笑うな…

 こらえるんだ…

 し…しかし…


「フッ……………………ぷ……」


「そんな面白そうな顔されたのも久しぶりですね。ええ。慣れてはいますが、流石にこの年齢になると周りが気遣ってくれるので」


「い、いやですね……面白いわけないですよ……人の名前を笑うなんて人として最低下劣の極みです……あたしはそんな……」


「まあその気持ちは温かく受け取っておきますので早く話を進めましょう」


 クールに流してくれるおねーさん──もといヤギさん。

 …………いや、ヤギさんはちょっとあんまりだな。うん。


「じゃ、ナギさんって呼ばせてもらいますね」


「はあ、ご自由に。で、改めて本題です──あなたがズケズケと上がり込んできていたあの現場。普通の事件ではありませんでしたし──でもありませんでした。それはあなたも理解していましたね?」


「んー、はい。まあ」


 そっかー、やっぱ気づけてたのかー。

 、ね。

 言い得て妙だわ。

 しっかし。


「改めて常人の気づける違和感じゃないんですけど、なんで気づけるんですかねー? ナギさん。あたしからしてもそのままスルーしてもおかしくないレベルの些細なものだったのに」


 あたしが気づけるのは、そりゃまあ道理だ。

 まだ数ヶ月とはいえ、今や日常が異常と化したあたし。

 そんなあたしだからこそ、との差異を感じとることが出来た。

 けどナギさんは違う。

 警察とはいえ、それでもナギさんは人の一般常識の範囲内で生活していた人のはず。

 そんな人がどうして、を嗅ぎ分ける事が出来たのだろう──?


「あなたとそう変わりませんよ。方策アプローチとしてはね。まあ、方向性ベクトルはもちろん違っていたかもですが」


 方向性ベクトル

 ほほう…………ほほう?

 つまり……どういうことだってばよ?


「…………あなたは異常の住人であり、異常が日常と化したモノなのでしょう。だからこその中に異常を感じ取った。対して私はあなたと比べれば、ほぼ一般人も同然──だからこそ、を見い出す事が出来た。そういうことです」


「異常の中に…………日常?」


 なんでぇ?

 いや、あの事件現場のどこら辺に、一般常識日常性が入る余地が──


「──まず、『現場が屋内だったこと』。これが一つ」


「はい? 屋内だったからなんだってんです?」


「そうですね。この時点ではそれはなんてことのない一因でしょう。で、続いて二つ目──『遺体とその周辺の状態の良さ』、これはどうです?」


「む…………」


 それは、まあ、確かに違和感の一つ。

 遺体が三つ──それらはいずれも下半身が消失しており、言わずもがな絶命。一般人視点からすれば異常な光景ではあった。

 が、それ以外はと言えば、何の痕跡もなかった。

 その損傷具合に反して出血痕等は全然身当たらなかった──血溜まりやら飛び散った血痕やら内臓やら、そういうのは一切ない。ただただ、というだけで。つまり現場──事が起こった屋内に、特に荒れたような痕跡は無かったのだ。家具が壊れたり、どころか動いたり倒れたりなんてことさえ無かった。

 そのまんま、だった。

 当の住人の身体が、半減している事を除けば、だが。

 死神グリムであるあたし視点だと、これは結構な違和感。

 死神グリムにとって人を死なせるのは、極めて当たり前。当然にして必然的な行動。

 だからこそ、何の小細工もするはずもない。

 獣が獲物を仕留めるのに、行儀良く丁寧に狩りを行うわけもない。

 いちいち息をしたり道を歩くのにマナーもクソもないのと同じだ。

 なんせマナーってのは他人から良く見られる、善く思われる為のもんでしょ?

 誰からも誰とも思われない死神グリムには金輪際無縁なものなのだ。

 とどのつまり、死神グリムが人を死なせる際に周囲に気を遣ったり丁寧を心がけたりするわきゃないってこと。


「私のこれまでみた多くの『無縁仏』が絡む事件の現場は、遺体だけでなくその周辺まで異常極まりない光景になっていることが殆んどでした」


「わかります」


 うん。

 とてもよくわかる。

 きっとマンション一棟がほぼ半壊になるまで住民諸共刻まれたりしたんだろうね。


「ですが、あの一件では異様な遺体があるという以外は何も目立った様子は無かった。これについてあなたはどう思いますか?」


「いや、どう思うって、だから、違和感があるなーって──」






と問うたんです」






「────え?」


 意、味?

 意味ぃ?

 は? いや、けど、そんなの──


と、そう思うのでしょうね。あなたは──死神グリムは。ですが…………人間わたしは、刑事わたしはそこに意味を求めてしまう。探してしまう。…………人間ですからね」


 あたしから視線を外すナギさん──いや、外したのではなく。

 逸らしたのか。

 どこか遠くに目を遣りながら、ナギさんは呟いた。


「死には、意味を欲しがってしまうんです」


「……………………」


 あたしは、何も言わない。

 言えない。

 死人に口無し──死神にも、だ。

 生者の生き方さがに、口を挟める道理などあるわけがなかった。


「ともかく、差異が有ればそこに意味を見出だすのが人間であり刑事です。そして、今回何故、人が下半身を失って死んでいる以外の痕跡がなかったのか。そこに意味を見出だすとすればどうするか、です」


「いや、何もなかったんなら意味だって無いんじゃないです?」


「否、です。刑事としてはこう考えますね。何もなかったのではなく、のだと」


「はぁ?」


 意味がわからん。というか、意味なんて──


「分かりやすく言いましょうか? を図っていると言ってるんです」


「………………?」


 証拠、隠滅?


「…………まさか証拠隠滅の意味がわからないんですか?」


「ちょ、それは流石にないです。いくらあたしでもそれぐらい知ってます!」


 どれだけバカだと思われてんだあたし。


「サスペンスドラマぐらい観ますって! 男女が口論から揉み合いになって片方がクリスタルガラスの灰皿で撲殺して早朝の河原でランニングしてるおじさんないしおばさんに遺体が発見されてなんやかんやあって最終的に東尋坊に犯人が追い詰められるヤツ!」


「テンプレオブテンプレなサスペンスですね」


 いかん、話がまた逸れた。


「とにかく、証拠隠滅の意味ぐらい知ってますが──けどですねぇ。断言しますけど証拠なんていちいち気に掛ける死神グリムなんざいやしませんよ」


「ええ、そうでしょうね。まったくもって正論です。ならば、こう仮定できるのではありませんか?




 ──あれは死神グリムが起こした事件ではない、と」


「っ…………?」


 な、にそれ?

 え?

 そんなことある?


「仮定ですよ。あくまで。ですがその仮定で予想を進めるなら、一つ目の違和感──『現場が屋内だった』という事にも意味が見えてきます。単純な話…………屋内だと一目につきにくいですからね。誰もが携帯電話という高性能カメラを持ち歩いている今日この頃では特に」


「む、むむむ…………」


 あくまで一方的で恣意的なものの見方、ではあるが。

 確かに、そう言われてみると…………


「人目のつかない場所で、痕跡を残さずに犯行に及ぶ。刑事わたしにとっては日常的とさえ言える光景…………とどのつまり今回の一件は──、ということですよ」


「…………そんな」


 バカな、と一笑に伏す事は、あたしにももう出来なくなっていた。

 むしろ、しっくりきた。

 人間臭い、というその表現には。


「無論、全てが人間の仕業とは言いません。だからこそ、こうしてあなたと話してるワケですから。ですが──どうしても、人為的なものを感じてしまうんですよ」


 人為じんい

 ヒトタメ

 ──ニセモノ、か。


死神グリムによる死神グリムの事件ならば──確かに、私の出る幕ではないでしょう。しかし、そこに確固たる人間ひとの意思が介在しているというならば」


 刑事わたしは、それを見過ごすワケにはいかないのだと。

 そう言って、ナギさんはあたしへと向き直り。


「──協力してくれますか、【駆り手ライダー】」


 そう言って、手を差し伸べてくる。


「────」


 やれやれ。

 あたしも存外に、絆されやすい。


「…………あたしでよけりゃ、喜んで」


 あたしは、その手をとった。



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