フォークロア・ハイウェイ──③
私──
送信相手の心当たりは、まあ、ある。
が。
なぜこの場所を指定してきたのか──一般人が多いからか? いや、それならもっと混雑している場所、時間帯はいくらでもある筈…………
「おーっ、来た来た。おねーさんこっちこっち~」
ヒラヒラと手を振っているのは、以前見た少女──あの道化師との間に割って入ってきた闖入者だ。
着る時期としては少し早く思える男物の黒いモッズコートを羽織り、その下には白いワイシャツを着込んでいる。チェック柄のネクタイを絞め、青いショートパンツを履いて座席にいた。
「…………お久しぶりです」
どんな言葉を選ぶべきか判断しかね、結局私はそんな当たり障りのない挨拶から入る。
それがお気に召さなかったのか、少し眉を潜めながら青い瞳の少女は言った。
「お久しぶり&御愁傷様です。やー、すみませんね大変そうな時期に」
その言葉は言葉通りの気遣いなのか、それとも
「そーんな固くならないで下さいってば。あたしなんてこの通り、ほら、なんの変哲もない普通のオンナノコですし?」
「………………」
韜晦で言ってるつもりなのか、はたまた本気で言っているのか。
何にせよ、私は客観的な事実をはっきりと言葉にした。
「普通の女の子は平日の真っ昼間から競馬場で磯辺焼き食ってたりしないんです」
「マジでか」
少女は愕然とした表情でその四文字を溢した。
「んー…………そっかぁ…………特に考えなしで呼び出したんだけど、マズったかなぁ…………」
言いながら少女は手に持っていた磯辺焼き(二つ目)を口に運ぶ。ムニー、と餅が伸びた。
美味しそうだった。
もう一度、明言しておくと。
彼女が送りつけてきた位置情報──そして私達が居るこの場所は、競馬場であった。
「私、刑事だって言いましたよね?」
「聞いてましたよもちろん。お巡りさんでしょ?」
まあ、間違ってはいない。
というか、正解だ。
「そのお巡りさんをよく呼び出せましたね。よりにもよってこんな場所に」
「別にいいでしょー。競馬場は公共の場ですよ。入場に関しては特に制限もしてないですし。子供連れの人だって珍しくないんですよ?」
「今は見当たりませんけどね。子供連れ」
改めて言うが、平日の真っ昼間である。
「念の為訊きますが、買ってないですよね? 馬券」
「変えませんってこの身形じゃ。邪推しないでくださ──」
「おーいお嬢ちゃん。言われた通り馬券、買ってきてやったぞ」
「………………」
「………………」
タイミングの悪いおじさんがやって来ていた。
「…………うん。あんがとおじさん。当たったら手数料二割ね」
「はっはっは、期待してないよ。大穴狙い過ぎだぁ」
そう朗らかに笑って、見知らぬおじさんは自分の席へと戻っていった。
「…………えー、あー、では本題に入りましょうか」
「補導しますよ?」
「マジすいません勘弁して下さい」
謎の少女は素早く平謝りした。
「いや、ほら、賭けずに観るだけだと競馬という競技に失礼っていうかですねぇ」
「もういいです。説教しに来たつもりではないので」
「で、ですよねー! 流石お巡りさん話が分かるぅ!」
私は少女のすぐ隣の座席に腰を降ろす。
訊きたい事なら、いくらでもあるのだ。
「何から訊ねたものでしょうか」
「何から教えたものでしょーねー」
互いの間にしばらく沈黙が降りる。が、競馬を観るために来たわけでは──少なくともこの私は──ない。断じて。
隣の少女が磯辺焼きを食べ終わり、お茶を一口飲み終わったのを機に訊ねた。
「あなたたちは、何ですか?」
「おぉ、ストレートにぶっこみますね。好きですけどそういうの」
んんー、と一つ伸びをしたあと、少女は言う。
「■■ ■と申します」
「…………?」
よく、聞こえない。
「あー、やっぱ聞こえないですよねー。知ってた知ってたアイニューイット。えーっと、【
「…………【
「個体名ですけどね。ただの
「グリム…………」
「
「疑問符つけないでくれるとありがたいですが」
「根本的に大雑把であやふやな存在なんで、具体性には期待しないでください」
めんどくさそうに顔をしかめて、少女──【
とはいえめんどくさく感じているのは説明する内容にであって説明する事自体ではないらしく、そのまま説明を続けてくれた。
「もうおねーさんは気づいてるかもですが、基本的に
「…………まぁ、それなりに」
気づきにくい事に気づいたり、『なんとなく』がやけに的中したり、その程度だが。
「それはですね。
「情報集積媒体──」
ふむ。
「なんとなく、イメージは出来てきました」
「マジで!? 言ってるあたし自身がよくわかっちゃないのに! スゴー!」
「………………」
一応、理解すべく頑張って頭を回してるつもりなので、やる気を削ぐのは止めて欲しかった。
「えー、あたしも頑張って説明します。ので、睨むの止めてね。はい。え~~っとぉ。
「全人類の無意識下を共有し、それらの情報を演算する事によって構築された現実以上の現実というワケですか…………なるほど」
「…………うっそぉ。なんで
失礼過ぎるだろ、というツッコミは後回し。考える事も訊ねる事もまだまだ尽きない。
「ようはカメラのような話ですね。人間個人の視点、感受性という性能の低いカメラではあなたたち
「あー、はい。そうですね。そんな感じでいいです。どーせ具体的な解答なんてないですし」
「──ですが私はこうしてあなたという
「さっき言った通り、才能ですよ──えー、まあインターネットの例えで続けましょうか。例え話はわかった風な気になれるだけでだいたい話の本質から逸れがちですけど、この場合はあたし自身ITに疎いのでいい感じに逆にわかりやすくなるかも知れません」
真面目にやってくれ。
と言いたかったが、多分真面目にはやってくれているのだろう。きっと。
ならば私に出来ることと言えば口を閉じて彼女の解説を傾聴することだけである。
「
「………………」
「で、レベル2になってくると具体的に
「訊く限りでは、なるほどもっともな話だと思います」
「で、レベル3、4は飛ばしてレベル5から
──それは忠告なのかもしれなかった。
文字通り、次元の違う話。
これ以上踏み込むな、死ぬぞ。という。
「けど、そんな桁外れの存在に対抗出来る人間もいる。そうでしょう?」
が、それに臆するのなら、そもそもこんな呼び出しに応じていない。
私は躊躇い無く質問を投げ掛ける。
「…………
「…………
「あ、言っときますけどねおねーさん。あたしはあいつらの内部事情までは知らないですよ。
「その辺は、私も後回しで構いません。知りたかった予備知識は概ね聞けました。ありがとうございます」
そういって私は頭を下げる──私一人では到底知り得なかった情報だった。
そんな私を見て、怪訝そうな表情を【
「…………いや、そんなあっさり信じていいんです? あたしが本当のコト言ってる保証なんてないでしょ」
「私は、刑事ですから」
【
だが。
改めて、隣に座る少女の顔を、眼を見つめ直した後。
言った。
「人を観る目には、自信があるので」
「……………………」
私の言葉を聞き──何故か【
「…………スケコマシかよ」
ボソりと呟かれたその一言は、正直意味がよくわからなかった。
「ともかく、知りたかったことは知れました。なので──本題に入らせてください」
私は改めて、ここ数日の事柄を思い返す。
そして。
私の意地を通すためには──この少女の力が不可欠であると、確信したのだった。
「あ」
と、声が漏れる。
少女に眼をやると。
「クソ、外した…………」
不貞腐れた表情と声を溢す。
目前では、競馬レースが終わったところらしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます