フォークロア・ハイウェイ──③




 相方バディ──後輩だった大鱗おおいらが【】してから数日後の事。

 私──矢木柳やぎやなぎ 山羊やぎは、自身のスマートフォンに無造作に送信されてきた位置情報の元へと向かっていた。

 送信相手の心当たりは、まあ、ある。

 が。

 なぜを指定してきたのか──一般人が多いからか? いや、それならもっと混雑している場所、時間帯はいくらでもある筈…………


「おーっ、来た来た。おねーさんこっちこっち~」


 ヒラヒラと手を振っているのは、以前見た少女──あの道化師との間に割って入ってきた闖入者だ。

 着る時期としては少し早く思える男物の黒いモッズコートを羽織り、その下には白いワイシャツを着込んでいる。チェック柄のネクタイを絞め、青いショートパンツを履いて座席にいた。


「…………お久しぶりです」


 どんな言葉を選ぶべきか判断しかね、結局私はそんな当たり障りのない挨拶から入る。

 それがお気に召さなかったのか、少し眉を潜めながら青い瞳の少女は言った。


「お久しぶり&御愁傷様です。やー、すみませんね大変そうな時期に」


 その言葉は言葉通りの気遣いなのか、それとも相方バディが死んで間もなくに来ている事への皮肉か。


「そーんな固くならないで下さいってば。あたしなんてこの通り、ほら、なんの変哲もない普通のオンナノコですし?」


「………………」


 韜晦で言ってるつもりなのか、はたまた本気で言っているのか。

 何にせよ、私は客観的な事実をはっきりと言葉にした。




「普通の女の子は平日の真っ昼間から競馬場で磯辺焼き食ってたりしないんです」




「マジでか」




 少女は愕然とした表情でその四文字を溢した。


「んー…………そっかぁ…………特に考えなしで呼び出したんだけど、マズったかなぁ…………」


 言いながら少女は手に持っていた磯辺焼き(二つ目)を口に運ぶ。ムニー、と餅が伸びた。

 美味しそうだった。

 もう一度、明言しておくと。

 彼女が送りつけてきた位置情報──そして私達が居るこの場所は、競馬場であった。


「私、刑事だって言いましたよね?」


「聞いてましたよもちろん。お巡りさんでしょ?」


 まあ、間違ってはいない。

 というか、正解だ。


「そのお巡りさんをよく呼び出せましたね。よりにもよってこんな場所に」


「別にいいでしょー。競馬場は公共の場ですよ。入場に関しては特に制限もしてないですし。子供連れの人だって珍しくないんですよ?」


「今は見当たりませんけどね。子供連れ」


 改めて言うが、平日の真っ昼間である。


「念の為訊きますが、買ってないですよね? 馬券」


「変えませんってこの身形じゃ。邪推しないでくださ──」


「おーいお嬢ちゃん。言われた通り馬券、買ってきてやったぞ」


「………………」


「………………」


 タイミングの悪いおじさんがやって来ていた。


「…………うん。あんがとおじさん。当たったら手数料二割ね」


「はっはっは、期待してないよ。大穴狙い過ぎだぁ」


 そう朗らかに笑って、見知らぬおじさんは自分の席へと戻っていった。


「…………えー、あー、では本題に入りましょうか」


「補導しますよ?」


「マジすいません勘弁して下さい」


 謎の少女は素早く平謝りした。


「いや、ほら、賭けずに観るだけだと競馬という競技に失礼っていうかですねぇ」


「もういいです。説教しに来たつもりではないので」


「で、ですよねー! 流石お巡りさん話が分かるぅ!」


 私は少女のすぐ隣の座席に腰を降ろす。

 訊きたい事なら、いくらでもあるのだ。


「何から訊ねたものでしょうか」


「何から教えたものでしょーねー」


 互いの間にしばらく沈黙が降りる。が、競馬を観るために来たわけでは──少なくともこの私は──ない。断じて。

 隣の少女が磯辺焼きを食べ終わり、お茶を一口飲み終わったのを機に訊ねた。


は、何ですか?」


「おぉ、ストレートにぶっこみますね。好きですけどそういうの」


 んんー、と一つ伸びをしたあと、少女は言う。


「■■ ■と申します」


「…………?」


 よく、聞こえない。


「あー、やっぱ聞こえないですよねー。知ってた知ってたアイニューイット。えーっと、【駆り手ライダー】って呼ばれたりしてます。あたしはね」


「…………【駆り手ライダー】、ですか」


「個体名ですけどね。ただの名札タグみたいなもんなんで、深い意味はないです。総称で言えば──死神グリムって呼ばれてますけど」


「グリム…………」


死神しにがみ、らしいです。あたしはまだ新米なんで詳しいことはわからないんですけど、なんか、集合的無意識? とかいうものから生じた人類の間引きシステム──みたいなもん、とのことですよ?」


「疑問符つけないでくれるとありがたいですが」


「根本的に大雑把であやふやな存在なんで、具体性には期待しないでください」


 めんどくさそうに顔をしかめて、少女──【駆り手ライダー】は言う。

 とはいえめんどくさく感じているのは説明する内容にであって説明する事自体ではないらしく、そのまま説明を続けてくれた。


「もうおねーさんは気づいてるかもですが、基本的に死神グリムは普通の人間にほぼ認知出来ません。せいぜいが『どこかの誰か』ぐらいとしか認識できず、出来たとしてもすぐ忘れちゃうんです。おねーさんみたいに死神グリムを、しかも個体差まで含めて認識出来るのは極少数派です。…………おねーさん霊感高いと思ったり勘が鋭いって言われたり、するでしょ」


「…………まぁ、それなりに」


 気づきにくい事に気づいたり、『なんとなく』がやけに的中したり、その程度だが。


「それはですね。死神グリムのステージを認識し、そこに接続出来るっていう才能なんです。全人類が無意識下で共有する情報集積媒体──泡沫の空オムニアにね」


「情報集積媒体──」


 ふむ。


「なんとなく、イメージは出来てきました」


「マジで!? 言ってるあたし自身がよくわかっちゃないのに! スゴー!」


「………………」


 一応、理解すべく頑張って頭を回してるつもりなので、やる気を削ぐのは止めて欲しかった。


「えー、あたしも頑張って説明します。ので、睨むの止めてね。はい。え~~っとぉ。泡沫の空オムニアはインターネットみたいな情報通信網でもあり、その情報から抽出された高位情報境界でもあります。本質的には全然違いますが、イメージとしては、そう、SFで出てくる電脳空間サイバーワールドを想像してください。ただし、異世界でも異次元でもない、あくまで『現実世界』です。紛れもない現実風景なんです。人間一個人で認識するよりも、遥かにの現実といいますか」


「全人類の無意識下を共有し、それらの情報を演算する事によって構築されたというワケですか…………なるほど」


「…………うっそぉ。なんで理解わかんの? 怖っ」


 失礼過ぎるだろ、というツッコミは後回し。考える事も訊ねる事もまだまだ尽きない。


「ようはカメラのような話ですね。人間個人の視点、感受性という性能の低いカメラではあなたたち死神グリムは撮影出来ない。それだけの話ですか」


「あー、はい。そうですね。そんな感じでいいです。どーせ具体的な解答なんてないですし」


「──ですが私はこうしてあなたという死神グリムを認識出来ているし、会話も成立し、あなたという個体を記憶することも出来ています。それは?」


「さっき言った通り、才能ですよ──えー、まあインターネットの例えで続けましょうか。例え話はわかった風な気になれるだけでだいたい話の本質から逸れがちですけど、この場合はあたし自身ITに疎いのでいい感じに逆にわかりやすくなるかも知れません」


 真面目にやってくれ。

 と言いたかったが、多分真面目にはやってくれているのだろう。きっと。

 ならば私に出来ることと言えば口を閉じて彼女の解説を傾聴することだけである。


泡沫の空オムニアはさっき言った通りに情報集積媒介──サーバーみたいなもんなワケですが、それは誰もが気軽に利用できるもんじゃありません。接続出来る人と出来ない人がいて、出来てもアクセス出来る領域には個人差がある。要は管理者権限みたいなものがあるんですね。一般人は権限無しで泡沫の空オムニアを認識すら出来ません。で、レベル1はおねーさんみたいに具体的にはサーバーを認識してないけど無意識下で接続して朧気ながらも情報を引き出せる人です。おねーさんの勘が鋭かったりするのは、無意識下で泡沫の空オムニアから情報を引っ張り出してきてるからだと思いますよ。あたしを認知出来るのもね」


「………………」


「で、レベル2になってくると具体的に泡沫の空オムニアを認識して意識的に利用できるようになってくるワケですが──ここまで来るとマジの霊能力者とか超能力者になってくる感じでしょうか。占い師とかやったら大成するんじゃないですかね? けどまあ──です。という自己同一性アイデンティティを所有する人間ではこれ以上のレベルには到達出来ません。なんせ七十億──いえ、何万年っていう人類の歴史が集積された情報群。これ以上の領域に踏み込もうとすれば、一個人の自我なんて芥子粒みたいなもんです。ソッコーで廃人です」


「訊く限りでは、なるほどもっともな話だと思います」


「で、レベル3、4は飛ばしてレベル5から死神グリムの領域って感じですかねー。5はもうハナから泡沫の空オムニア側の存在じゃなきゃとても干渉出来ないです。1で変人2で狂人、34がなくて5で死神グリム、みたいな? まーこういう数値化って話が陳腐に聞こえるから好きじゃないですけど、わかりやすさ重視です。…………死神グリムは人間とは遠くかけ離れた存在なんだって話ですよ」


 ──それは忠告なのかもしれなかった。

 文字通り、次元の違う話。

 これ以上踏み込むな、死ぬぞ。という。

 

「けど、そんな桁外れの存在に対抗出来る人間もいる。そうでしょう?」


 が、それに臆するのなら、そもそもこんな呼び出しに応じていない。

 私は躊躇い無く質問を投げ掛ける。


「…………ふくろうの事知ってるんですね。まーそっか。警察とも多少は接点あるか。あいつら──灰祓アルバ達は」


「…………灰祓アルバっていうんですか、あの人たち」


 無縁仏むえんぼとけ──常軌を逸した死に様の被害者。それにまつわる事件に姿を現すものたち。


「あ、言っときますけどねおねーさん。あたしはあいつらの内部事情までは知らないですよ。死神グリムの敵って事ぐらいしか。なのでその辺は──」


「その辺は、私も後回しで構いません。知りたかったは概ね聞けました。ありがとうございます」


 そういって私は頭を下げる──私一人では到底知り得なかった情報だった。

 そんな私を見て、怪訝そうな表情を【駆り手ライダー】は浮かべた。


「…………いや、そんなあっさり信じていいんです? あたしが本当のコト言ってる保証なんてないでしょ」


「私は、刑事ですから」


 【駆り手ライダー】の言うことはなるほどもっともだろう。

 だが。

 改めて、隣に座る少女の顔を、眼を見つめ直した後。

 言った。




には、自信があるので」




「……………………」




 私の言葉を聞き──何故か【駆り手ライダー】は呆けたように口を空けていた。


「…………スケコマシかよ」


 ボソりと呟かれたその一言は、正直意味がよくわからなかった。

 

「ともかく、知りたかったことは知れました。なので──本題に入らせてください」


 私は改めて、ここ数日の事柄を思い返す。

 そして。

 私の意地を通すためには──この少女の力が不可欠であると、確信したのだった。


「あ」


 と、声が漏れる。

 少女に眼をやると。


「クソ、外した…………」


 不貞腐れた表情と声を溢す。

 目前では、競馬レースが終わったところらしかった。



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