フォークロア・ハイウェイ──②




「ハァイ、ジョージィ」


 とか言いながらあたし、【駆り手ライダー】こと都雅とが みやこは昨今のピエロの冷遇具合に思案を巡らせてみたりしていたのだった。

 いや、真面目な話。

 そろそろ世界のどこかで「ピエロの尊厳を守る会」みたいなの発足しててもいいんじゃないのかなぁって思う。

 どーなのよ最近の「ピエロ=狂気キャラ」みたいな風潮って。

 本来は子供達に夢と希望と笑顔を届ける愛の伝道師でしょうに。

 マジで業務妨害名誉毀損沙汰になっちまってもおかしくないんじゃなかろうか?

 あと、あれだ。ピエロが狂気の象徴みたいになっちゃってるのに、あいつ、サンタクロースは言うほど黒いイメージないのはなんでだ。煙突から勝手に他人ん家に不法侵入するおっさんだぞ。

 プレゼントか? やはりプレゼントの有無なのか? 人類は物欲には勝てないのか?

 笑顔などという手元に残らない代物よりも物質的な利益を寄越せと言いたいのだろうか? あゝ無情…………


 とか。


 思いながらあたしは目前の敵目掛けて手の中の死鎌デスサイズをおもむろにぶん投げた。


「ッ…………!」


 それと真っ向から対峙するのは、もう明らかにピエロを名誉毀損してやがる誹謗中傷極まりない道化野郎。

 あたしの投擲した死鎌デスサイズを皮一枚のところで回避、体勢を崩しながら距離をとる──おしおし、このきれーなおねーさんからは引き離せたな。

 現在地は夕方の住宅街、その中を流れる小川の側の道だ。家々からは丁度裏手に当たる位置な為か人影は今のところこのおねーさん以外には見当たらないが、いつ人目についてもおかしくないし、このままガチンコを始めれば十中八九巻き添えが出る。

 が、あたしも馬鹿ではない──馬鹿ではない! 断じてだ!

 故に、都合のいい戦場にはちゃんと目を付けてある──なので。


「ちょっと翔んでろ」


 瞬時にに間合いを詰め、道化──【裂き手リッパー】の顔面目掛けてハイキックをかました。


「ギッ」


 が、【裂き手リッパー】はこれまたすんでのところであたしの蹴りを躱す──


「はい次ぃ」


 即座に回り込み、そのふざけた衣装の襟首をふん掴み──そのままおもいっきり中空へとぶん投げた。


「ケ、ガァァァッ!?」


 今度は成す術もなく、ピエロはそのまま宙を舞飛ぶ。

 あたしは視線だけを背後に蹲るおねーさんに遣り──


「──あ、あとでチャットのID教えてねー」


 とだけ言い残し、ハチャメチャに回転しながらふき飛ぶ道化まで、全力疾走で駆け抜ける。


「ガ、アァァァァ!」


 空にて呻き声をあげる【裂き手リッパー】。

 あたしは疾走速度を落とさぬままに跳躍、住宅の屋根へと上がり、更に屋根づたいに駆っ飛ぶ。追い続ける。その場所まで。


「ん~~~~──この辺っ」


 死神が描く放物線、それが頂点を過ぎて緩やかに落下していき始めたその瞬間。

 あたしは更に跳躍。宙の道化に急接近。


「墜ちてろ」


 今度は外さない。

 【裂き手リッパー】の喉元目掛けて勢い良く踵落としをぶちかます。


「バッ、ギャ!」


 そのまま垂直下に落下。建物の屋上に激突。そのダメージで仰向けのまま、【裂き手リッパー】は身動ぎも出来ず──


「まだだけど?」


 ドゴチャっ。

 そのまま水月みぞおちをモロに踏みしだいた。


「コ、ッゲエェェェ!?」


 吐血混じりの嗚咽を吐き出す道化──あれ、こいつの顔…………あぁ女か。化粧してたからわかんなかった。や、顔なんかどうでもいいけど。


「潰すしね」


 腹部に突き立てた左足を軸に、今度は右足で顔面を踏みつける。


「ゴキュ」


 変な声が漏れる。

 道化の後頭部辺りに接地している天井床に、ビシビシの亀裂が走った。


「終わんねーよ?」


 続ける。

 踏み、続ける。

 何度も。

 何度も何度も何度も何度も──






 がッごつドゴ、ガジュぼグドっボゴべきベキごキュめり、バキどチゃべごぼごグづがっがゴシャボグッギキゃがツンどごバガっ──






 擬音語オノマトペにするなら、まあそんな感じ。


「ダメ押しぃ」


 一拍置いて。

 全身の勢いを使った一撃を叩き込む。


 ──メキ、バギバキバギィ!


 と、これは頭蓋骨の陥没音ではない。

 天井が衝撃に耐えきれずに抜けた音だ。

 重力に任せ、そのまま【裂き手リッパー】と共に天井ごと崩落してゆく。

 ──ここが目星をつけていた喧嘩場所。

 閉鎖して久しい、古ぼけた映画館だった。


「なんかあたし建物登ったり壊したりぶち抜いたりしてばっかな気がするなぁ……」


 けどしょーがないじゃんねー他人巻き込まない様にするためだもんねー。

 断じて何か派手にぶっ壊したらスッキリするとかじゃないんだもんねー。


「で、どうする? まだやる?」

 

 ここは大層古い映画館だったようで、客席も勾配がついておらず、水平だ。

 闘り易くていい。


「バーッ…………ア"ーッ…………」


 わぁ。

 まだ顔面の原型残ってやんの。

 回帰速いな。羨ましい。

 すると、【裂き手リッパー】はその手に再び死鎌デスサイズを出現させた。


「ん、やる気はあんのね。オッケーオッケー。しっかし…………変な形状の死鎌デスサイズだねぇ」


 鎌っつーか、ナイフに近くないか? あれ。

 大きさとしては草刈り鎌程度だが、刃が垂直になっている。

 まあ、人間バラすならその方が確かにやりやすそうだけど。

 あたしのは変な形で遣い辛くてしゃーないから、羨ましくすらある。


「──ジャァッ!」


 唸り声めいた音声を上げ、切り裂きピエロは飛びかかってくる。


「速いなぁ」


 けど。


ノロい」


 相手が悪いって。

 自分で言っちゃなんだけど、あたしより偏在駆動が上のヤツ、見たことないかんね。

 疾風の如くに襲い来るその執刀を──あたしは迅雷の如くに迎撃する。

 心臓狙いのその一突きを往なし、そのまま相手の残った勢いを利用し懐から肘打ちをかました。

 狙いは心臓、カチ上げるように肘を叩き込む。

 裡門頂肘りもんちょうちゅう


「ハガゥ!」


 クリーンヒット。

 そろそろ決めるかな?


「ア、ア"ア"ア"ッガァアアア! ナメルナ"アアアア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!」


 【裂き手リッパー】、更に加速。


「へぇ!」


 血泡を溢しながらに短刀型の死鎌デスサイズを乱舞させる──一見はハチャメチャに振り回しているようだが、存外に鋭い太刀筋だ。

 ピピッ、とあたしの頬にいくつかの切創が生まれる。


「ジ、ネエエエエェェェア"ア"ア"!!!!」


 渾身の一突き。

 あたしの手刀で軌道を変えられるも、勢いは止まらず。

 その刃はあたしの腹部へと深々と突き刺さった。






 から、あんたもあたしから逃げられないよね?



 【裂き手リッパー】の両頬に手を添える。

 そして、首ごと思いっきしに




 ──カキャコッ。




 と、小気味良い音を立て。

 【裂き手リッパー】の顔は真後ろを向くこととなったのだった。

 バタリ、と道化は倒れ臥す。


演目終了エンドロールだ、三枚目」


 後にはあたしの腹に刺さった死鎌デスサイズが残るのみ。


「っっあ"~~~~。いったぁーーーー!」


 なにすんのさもう。

 人に尖ったものを向けちゃ駄目って習わなかったかこんにゃろ──






「──ねぇ」


 はい?


 振り返る。


 そこには。


 レインコートを着込んだ、長髪の女性が佇んでいた。


「ん? どちら様?」


 前置きも、気配すらもなく唐突極まりなく現れた。

 一般人──と思う程流石に能天気でもない。

 警戒しつつ、そう訊ねてみる。

 長い黒髪はまるで夜の帳の様にその表情を閉ざし、顔色を窺わせない。

 ん。

 いや。

 白いマスクを、つけてるのか──?


「あ、

  あ"あ"っはぁあ"あ"ああ"、

             あ"あ"ああ"──






        ?」






「は????」


 まて。

 まてまてまて。


 なんじゃ、その。




    使い古された、『都市伝説フォークロア』は──




「──っ!!!!」


 悪寒。

 即座に背後を振り向くと──


 ──既に道化の姿は無く。






 更に振り返ると──


 ──やはり怪談女の形もない。


「…………そこは『これでもぉ?』じゃないのかっての」


 オーケィ。

 つまり、これは、俗に言う、あれだ。






「…………逃ーーーーげられちゃったよ!」


 廃映画館の中で、我ながら間抜け面を晒していたと思うのだった。



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