49.妹
──【
両者戦闘不能。
「あ、が──」
「ひゃっ……ぁばぁ」
皐月が姿を隠した光無き闇夜。
対峙した二人の死神は、互いに痛打を与え合い──互いに力尽きていた。
【
【
両者ともに自らの回復──否、回帰に全精力を尽くし、それでも易々とは戻らぬ大損傷を負っていた。
「が…………」
【
最早、碌に意識も保てていないだろう。
一方──
「あ"、あっ、あっあっアっあ──あー………………ひゃ♪」
その回帰の速度、効率は間違いなく、あらゆる
【
大ダメージなのは揺るぎなく、今しばらくは身動きが取れないだろうが──果たして、
「あ、ひゃ、ひゃっ。勝負じゃ、引き分け、かもだ、けどっ! ひゃ──ひゃ。戦略的に、はっオレの勝利だっ……ね」
碌に原型も留めぬ、惨憺たる大重体のまま。
それでも、【
無邪気に無邪気に。
楽しそうに愉しそうに。
可笑しそうに──犯しそうに。
「か、たっ、腕──だけでも、回帰できっれっば、ばッはぁ…………
引き攣った表情で、歪な笑みを浮かべながらに勝利を宣誓する【
「あ、あぁ、あ"がぁ! あぁー、あっっっっ────ひゃ、ひゃひゃ…………身体張った甲斐は、あったっ。う、うれっ! うれしー、誤算…………こんなに早く、ミヤコちゃん、ヲっ! ツッつ、捕まえらりるれ──」
「誰を捕まえるのかしら? 詳しく聞かせて頂戴?」
そこに。
いる筈のない、第三者の声が響いた。
「…………あ"ぁ?」
公園の時計台の上。
先刻、
美しい純白の衣服を纏った、藍色の髪の女性が座り、倒れ臥す双人の
「はぁ…………? あんたの出る幕じゃ、ないでしょうに────【
「その通りねー。だから舞台には上がらずに、きちんと客席から傍観に徹してたつもりだけれど」
あからさまに不機嫌な声色で問い質す【
「あんたが、【
「その【
「あんたもでしょーよ、【
「その正論は慎んで受けとめておくわ…………けどま、私のようになりたくないならこの場はとっとと失せなさいな。引き際は弁えてね。どうみたってこの勝負は既に終わってるもの。折角の名勝負だったんだから、つまらない小細工で汚すんじゃないの」
「…………
「貴女にだけは言われたくないわ」
「あひゃ。そりゃそーだー。じゃ、言われた通りに大人しく帰りま────すぉぇん♪」
ポチ、と【
瞬間。
闇夜の奥から、死の
目指す場所は──【
倒れ臥す、
「────!」
それを察知した【
鈍い音。
舞い飛ぶ鮮血。
「───んんんんん~、
「…………クソガキが」
苛立ちを露にし、【
咄嗟に盾にした片腕は、既に噛み千切られて欠損していた。
「…………最後に訊いておくけど──【
「やぁだぁー! 恥ずかしいっ♡ そんなこと訊かないでよーぅ! そりゃーもちろんエッチな事をする気だったに決まってるじゃないですかぁー! ウ=ス異本みたいに! ウ=ス異本みたいに!」
「……………………」
霜が降りそうな程に冷たい目で【
無論【
そこに。
ボスッ。
と、鈍い音と共に、地面に何かが落ちてきた。
「ありゃ、
他人事のような感想を【
それと同時に──
ピシッ、ピシピシ。ガシャン。
そんな音をたて、
「【壊死】の【
「さて。そのつもりはなかったけど…………まぁおいたが過ぎる悪童に灸を据えるのも年長者の役目かしら」
酷薄極まりないその冷徹な視線を【
【
「【
「はい逃げまーーっっっす!!
倒れ臥したままに【
『………………』
ソレは微塵も音をたてる事なく、ヌルリと【
「チッ…………例の『
その
ともすれば、液体のようにすら見える、深淵の如き闇が具現化したかのような
かろうじて、頭部と思わしき部位はあるものの──それには眼も、鼻も、耳さえも在りはしない。
「じゃぁぁぁあねぇぇぇえ、ミぃぃぃぃぃぃぃヤコちゃんッッッ! また遊ぼうねェェェェっ!! あひゃ! ──ひゃ! あひゃーーーひゃひゃひゃ! あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」
相も変わらずぐちゃぐちゃな五体を省みる事もないまま。
災厄の
楽しそうに、愉しそうに。
可笑しそうに──犯しそうに。
──ドプンっ。
奈落の死海に沈み…………隻眼の狩り手はとうとう姿を消したのだった。
「
呆れ半分でそう呟きながら、【
「【
ぐぎゅるるるるる。
と、
「………………」
「ふぁ、は、腹、へった…………」
「いや、どんな死神??」
──とまあ、そんな風に。
語られる筈もなかった闘いすらも語り尽くされ。
本日今宵の一件──これにて。
徹頭徹尾、完全終幕。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──後日。
【
別棟、総合病院区画。
「いやーそれにしても
「…………無事かな? これ」
病室のベッドの上で
側の椅子には彼女の同僚──
どうやら病身の
「無事だと思います。五体満足で後遺症も残らないそうですし」
「そうだね、ぐうの音も出ない正論なんだけど、怪我した本人に言うか?」
「え? ダメでした?」
「…………いや、いいよ、もう」
あんたはだいたいいつでもダメだし。
という本音を呑み込む
「ま、
「あー、
「利き腕じゃないのは不幸中の幸い──っていうのは流石に無神経かな」
「はい。無神経です。酷いですね。口の利き方には気を付けた方がいいですよ
「そうだねごめんね」
つくづくいちいち癪に触ってくる
「しかし、目立った外傷は無かった筈なのに入院ですかぁ。
「他人事だと思って暢気だよね……」
「はぁ。まぁ、他人事ですし」
「…………いや、他人事だろうけどさ」
気ままに自分が持ってきたお土産の果物籠からバナナを取り出し、傴品はそれを頬張り始める。
「お見舞いにはリンゴがお約束かもですが、包丁は苦手なんで看護師さんに剥いて貰ってくださいね。なのでアタシは大人しくバナナをいただきます。はむっ」
「うん、ありがと…………あんたが食ったらワタシは食えないけどね。バナナ」
「ほい」
バナナを頬張りつつ、剥いたもう一本のバナナを
しばらくそのまま二人はバナナを咀嚼する。
「…………あー、そうだ
「…………そう。
「ですねぇ。いたたまれなかったです。はい。
「それを言うならワタシら
「どうなるんでしょうね? まあその辺はお偉いさんの考える事でしょう。
「ん…………ありがと、
「いえいえどういたしましてどういたしまして。うぇへっへっへっへ」
卑屈さの滲み出る笑みを溢す
「…………しかし、
「! っっぅ、エホ! げっホォえっほ!」
【
そのグリムコードを耳にした途端、
「っ、ごめん
「…………いえ、大丈夫です。バナナの皮が喉に張りついただけです」
「バナナの皮が?」
「バナナの皮がっ」
そう言うと、
「………………なんか、あんた最近食欲旺盛じゃない?」
「はひっ。なんかっ。食べても食べても満腹にならなくてですね」
あっという間にリンゴを腹の中に収めた
「でっでででっで、でもっ、あの
「特異遍在個体」
「それでした。そのナントカカントカも来てたんでしたよね。よくわかんないですけど、同じ
「…………
果物を食べ終え。
病室の天井を眺めながら、
「ああ…………そうでしたか。
「……………………さぁ。どうだろ」
彼女にしては珍しい、どこか空々しい声色で、
「………………んー、じゃ、そろそろアタシはお暇します。病室に長々と居座るのはアレでしょうし」
「…………そ。改めてお見舞いありがとうね
「いえ、ではではお大事にー」
そうして
やがて、
「…………………………………………」
沈黙。
どこを眺めるでもなく、
「……………………ミヤコ」
刹那の再開を果たした筈の、自らの親友の名前を。
「………………」
ずっと。
ずっと、走り続けてきた。
追いかける為に。
その背中に、追いつく、為に。
「…………………………」
だけど。
だけど、追いついた跡の事は、どう考えていた?
いや、考えていなかったワケじゃない。
わかっていた。
わかっていて、追いかけた。
わかっていたからこそ、追いかけてきた筈だ。
命を刈り取る者。
命を狩り獲る者。
死の
それがどういう存在なのかは──
知っていたんだ、そんな事は。
「…………………………ミヤ、コ」
再会して、どうする?
再会してしまったら、どうなる?
敵対者として向かい合い、どうするつもりだった?
──どうするつもりもなかった、というのが本音だった。
このまま、知らないまま、会わないままであの子を、本当の本当に忘れてしまうのが、何より嫌だったから。
何より、恐ろしかったから。
けど、それでも、考えざるを得なかった。
出会ったら、どうするか。
出会ったら、どうなるか。
見当もつかなかった。
だから──なるべく、悪い想像をすることに、していたんだ。
どうなっても、失望しないように。
どうあっても、絶望しないように。
──あんたなんか知らない、と言われる、とか。
何のリアクションも無いまま、殺されちゃう、とか。
どころか。
──再会してもそれがミヤコと理解できないかも。
もう。
自分の知る親友はどこにもいなくなってるかもしれない──
と
か。
「ミヤ、コ…………ミヤコぉ…………あんたは、あんた────
────あんた、そのまんまだったじゃん…………!」
本当に。
拍子抜けするくらいに。
笑ってしまうくらいに。
何も。
何も変わっちゃいなかった。
何も違っていなかった。
あの時から何も動かないままに──
「う、うぅ…………ヒック…………う、う、ううぅぅ………!」
そう。
あの頃から。
変わっていたのは。
違っていたのは。
──周りの
血塗れで、死みどろな──一年前とは何もかもが違う、異常極まる世界図で。
あろうことか。
彼女だけが──日常の真ん中にいるときのままに、笑っていた。
「あ、ああぁ…………! うぁあああ…………」
もはや声を抑える事もなく、
「どうして…………どうしてっ…………!」
どうして、と。
「な、なんで…………!? なんで、あ、あの子が、あんな、あんな地獄絵図の中で、笑わなきゃなんないの…………!?」
違う。
絶対に、違う。
あの子が居ていいのは──あそこじゃないのに。
ありふれた、凡庸な、日常で、暢気してればいい筈なのに。
生者と死神。
その対極と太極が織り成す螺旋。
そのど真ん中で、彼女は、ありのままで笑っていた。
その光景は、あまりにも。
「う、うううぅぅぅぅっっっ!!」
誰より理解している。
身を以て思い知った。
けど、そんな恐怖も嫌悪も苦痛にも──何一つ挫けないまま。
どころか。
「ミヤコっ…………! ミヤコぉ…………!」
それが──それが、どうしても認められない。
そんな強さを
認められなかった。
…………許せ、なかった。
「どうして…………どうしてよ…………なんでミヤコが、あんな目に」
ただただ、
どうして、と。
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