48.蝿槍




「…………悪業弾罪マレブランケ


 不愉快な笑みを少しだけ控え、隻眼の射手、紫苑なりし死神は両手に取った自らの業──拳銃型【死業デスグラシア】、【射殺す狩り手デア・フライシュッツ】を構える。


「い~~~~…………っくよぉミヤコちゃん──害悪カルカブリーナぁ!」


 【狩り手ハンター】の手の中、妖しい藤色に煌めくポリマーフレームから見るからに毒々しい閃光が迸る。

 迫るは【毒死どくし】の【死因デスペア】を内包した、災厄の魔弾。

 その号砲が火を吹いたと同時に──あたしもまた、蒼焉の車輪の真価を発揮してみせる。


「────ッッッ!!!」


 ギアを更に一段階、引き上げた。

 【駆り手ライダー】の銘が伊達じゃないってこと──その腐ったドタマに轢き刻んでやる!

 ──そのまま一気に【狩り手ハンター】の懐へと飛び込む。


「──はへぁ?」


 間抜け面。

 目障りだ。


「──君影草すずらん双輪そうりんッ!」


 ──


 小気味良い音を立てて、【狩り手ハンター】の両の腕を轢き飛ばした。


「…………あっ、ひゃああああぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!?」


 苦痛から来るものというよりは、単純な驚嘆に聞こえる悲鳴を【狩り手ハンター】はあげる。

 ……当然の結果だ。

 【黙示録の駆り手ペイルライダー】を発動した後のあたしの走法は、ソレ以前とは別次元。

 速度と──何より物量が桁違いなのだから。

 蒼褪めた大車輪を駆りながらにあたしは叫ぶ。


「まだまだぁ! 姫椿サザンカ──」


 と、更なるダメ押しを叩き込もうと追撃体勢をとろうと地面を蹴る──


 ──次の瞬間、視界が揺らぎ、霞み、その色を変える。


「あ、が──」


「ひゃっ♡ 画面スクリーン緑一色オールグリーン! ──ご存知『どくのぬまち』だよーん!」


 両腕をみるみる内に回帰させながら、喜色満面で【狩り手ハンター】は吟い上げる。


害悪カルカブリーナっ! 着弾地点から一定範囲をどくどくフィールドに変えちゃうのだー! ご安心なされいダメージ自体は大したこと無いよー? 一般人だって死ぬことはそうそう無い──ちょいキツめの催涙毒ってだけだから。嫌がらせ専用弾なのさぁ♪」


「小、細工をっ…………!」


「ご明察ー。小細工ハッタリ子供騙しイカサマ、なんでもござれいがオレのスタイルさぁ。さてさてではでは追加の悪戯をもう一品」


 ガチャリ。

 新品同然となった両腕と銃を再び構え、魔弾の射手は更なる一弾を撃ち込んでくる。


「ゴーっ! 厭悪カニャッツォッ!」


 放たれた二の弾は真っ直ぐあたしめがけて襲いかかってくる。


「このっ…………! 向日葵ひまわり一輪いちりん擦禍さっか!」


 歪みきった視界の中、全身高速回転により、襲い来る魔弾を弾き跳ばす!

 間髪入れず、更なる射撃を咎める為に再び懐に踏み込もうとする。

 だが。

 背筋に、戦慄が疾った。


「────っ!!」


 反射的に再びの擦禍さっかを繰り出す。


 ガィィィン!


 背後から襲来した、一度弾いた筈の魔弾が、またしても音を立てて防がれた。


「っ! 自動追尾ホーミング弾……!? クソが!」


「愚痴りたくなんのはこっちだよミヤコちゃんってば…………初見で死角からだったってのに、なーんであっさり防いじゃうかなもぅ」


 そう言う【狩り手ハンター】だが、それでもやはり笑みは消えていない。

 むしろ一層濃くなっている。

 無邪気に無邪気に。

 楽しそうに楽しそうに。


「けどけどけどけどー。退路は絶たれてきちゃってるよー?」


「わーってるっつの、喧しい…………!」


 時間はない。

 【毒死どくし】の【死因デスペア】を相手に、長期戦での勝ち筋は余りにもか細過ぎる。長引けば長引くほどあっちに天秤は傾いてゆく。

 仕方ない。

 腕の回帰は後回し。

 催涙毒の解毒に回帰を回す。

 あたしの身体が毒でダメになる前に──


「ソッコーで、轢き飛ばすっっっ!」


 三速のスピードでとにかく間合いの内に入る。それが叶えば後はこっちの土俵だ、寄りきるだけで決着ケリはつく。


「なんて狙いは──お見通しだよおおおおん!!」


 【狩り手ハンター】の両手の内の砲塔が吼え、数多の銃弾が襲い来る。


「おせーっての、鈍間ぁ!」


 だが、その乱射は余りにも粗雑。

 三速のあたしの速度に追い縋るには余りにトロい!


「────そりゃ、陽動デコイだもんねー」


 どぅん。

 と、鈍い衝撃。


「──ッ、が?」


 失った腕側。

 側面の死角から、魔弾は三度飛来した。


「読みが甘いねー。厭悪カニャッツォは完全に命中するまで延々と追尾ストーキングするよ? しつこさには定評があるのがこのオレですとも」


「あ"ぁ──そうかい!」


 知るか。

 車は急に止まれないんだよ。

 被弾を意に介さず、あたしは【狩り手ハンター】の目前まで迫った。


「ちょーっ!? 一瞬ぐらい怯もうよ!?」


「やだね」


 毒が回る前に、決めてやる。


向日葵ひまわり一輪いちりんしょう!」


 真上へと駆け昇るが如し一輪で、【狩り手ハンター】の顎をカチ上げる。


「はっ、きゃぐぁ!」


 悲鳴を上げて宙に舞う【狩り手ハンター】。

 零距離。銃はもう碌に意味を成さない。


君影草すずらん双輪そうりん!」


「舐っめんんんなぁひゃあああああぁぁ!!」


 あたしの追撃の双輪、【狩り手ハンター】はそれを即座に受け止める。

 隻眼の射手、その両手に有ったのは──


死鎌デスサイズ!? この期に及んで──」


「近接戦なら、こっちのがマシでしょお!」


 車輪の衝撃を受け止め、その勢いのままに後方へ跳んで間合いと取り──


「と、ここでシューーーット! 劣悪チリアット!」


 宙から回転しながらに舞い降りてきた銃を再度手に取り構え──再度魔弾が放たれる。


「んなっ──!」


 三速の速度で身体を捩り、その魔弾を回避する。


「あひゃひゃひゃひゃひゃ、こう見えて器用さには自由があるからねぇ? ──近接戦がご所望なら付き合うよ? ほら、オレってオールラウンダーだしね」


 ポン、ポン、ポン──


 まるでお手玉かジャグリングのようにして死鎌デスサイズ、拳銃の二挺ずつを弄ぶ【狩り手ハンター】の姿がそこにはあった。


死鎌デスサイズと【死業デスグラシア】の併用──!? んなの出来んのかよ!」


「別にみんなやろうとも思わないだけー。やってみりゃ案外出来るよ? 縄跳びしながらリフティングやるようなもんかな」


 曲芸ってことじゃねーか。

 雑技団にでも入ってろ。


「あひゃひゃひゃひゃひゃ! オレの【死業デスグラシア】は見ての通り拳銃だからねぇ。屋内とかの近距離クロスレンジじゃ脅威半減。なら近距離ソレ対策としてサブを鍛えとこうってのは真っ当な思考じゃないかなー? にゃー」


 銃と鎌での物騒極まりないジャグリングは更にその速度を増してゆく。


「秘技! 【狩り手ハンター】流ガン=カタ! 御賞味あれーっ、つってねつってねーー!」


 銃と鎌の輪舞曲ロンドが迫り来る。

 不愉快な笑い声で唱い上げながら。


 それをあたしは──




「───姫椿サザンカさんりんごうっっっ!!!」




 ──真っ向から、完全粉砕した。


 グチャグごきバキごしゃ。


「ぎゃ、ばあああああぁぉっあがぁ!?」


 渾身の三連撃をその身に受け、【狩り手ハンター】は絶叫する。


「何度も言わせんな。スットロいんだよテメェ…………っ!」


 三速のあたしからすれば、鈍重極まりない。

 そしてその差は、チャチな大道芸じゃ埋まらない!

 もうチャンスは与えない。今! この場で轢き潰す!


君影草すずらん双輪そうりんえい!!」


 いつぞやの暴走魔よろしくに、勢いよく【狩り手ハンター】の身体を宙空へと撥ね飛ばす!


「ひ、ぐぇあぁあ!」


 呻く紫苑の狩り手。

 宙空では身動きは取れない。

 ──佳境だ。

 ここで、完全に轢き潰すっっっ!


「なんっで、毒…………! 絶対絶対利いてる、ハズ」


 毒ぅ?

 利いてるに決まってんだろアホ。

 全身痛くて仕方ないしあちこち痺れてきた。目も霞むわ吐き気もするわで踏んだり蹴ったりだっつーの。

 だからここで終いにすんだよ!


「終焉を駆る連珠の疾走──!」


 ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り 。

 終末の円環が轟音を立てて軋み喚く。

 目前の敵を轢き滅ぼすため、あたしは加速を開始した。


「あ、ひゃあ──スゴいなぁミヤコちゃあん♡ そんじゃあ、こっちも、そろそろラストシューティングとっ、洒落込みますかぁ」


 ジャキン、と金属音を鳴らし。

 月明かりもない夜の宙天で、粉々に粉砕された筈の片腕で狙いをつける。

 あたしと同様に、損傷箇所をピンポイントで回帰を集中させたのだろう。


「今夜った悪業弾罪マレブランケは、先刻のお祭りで三発、この戦いで三発。何が言いたいかってー? まぁつまるところこれでってことなんだけどね」


 そう言って。

 魔弾の射手は、最後の一射を放たんとする。


「犯して喰らうは、悪竜の顎門アギト


 決着の刻。

 互いの宿業、その極地を躊躇い無く解放する。


「死神走法」


悪業弾罪マレブランケ


 蒼褪めた騎手と紫苑なりし射手。

 車輪と弾丸は交錯し──贖いの火花を咲かせて弾ける。




花蘇芳ハナズオウ四輪よんりん!!!!」




凶悪ドラギニャッツォ!!!!」




 放たれた銃弾はあたしの身体を貫き。

 刻まれた轍は【狩り手ハンター】の身体を蹂躙する。




「お、らああああああああああああっ!!!!」


「あ、ひゃああああああああああああ!!!!」




 宵闇を咆哮が劈く。

 蒼碧と紫苑の死線は重なりあい、果て無き相剋を新月へと映して見せた。



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