47.揶揄




 ──毒々しく彩られた双刃があたしの身体を斬り裂いてゆく。


「ガっ──!」


「あひゃ♡ さーらに追加ダメージー!」


 相も変わらず神経を逆撫でする猫撫で声で喚く【狩り手ハンター】。

 が、それを聞くあたしはそれどころではなく──


 ──激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛!


「っ、ぐうううううゥゥゥゥヴヴぅぅ!!」


 歯を思い切り食いしばり、痛みと悲鳴をあたしは噛み殺す。


「あっひゃぁー。耐えるねミヤコちゃん♡ 残念だなぁ~、可愛い悲鳴が聞きたかったのに、なあああああぁ!」


 そんなあたしの様子を面白そうに眺めつつ、更なる追撃を見舞うべく【狩り手ハンター】は迫る。

 だが。

 だがだがだが!

 痛み、だけで。


「止まるわきゃ、ねえだろがクソアマああああああぁぁぁぁぁッ!!」


 舞い躍り迫り来る双刃、それをあたしは横回転の斬撃にて弾き飛ばす。


「うっそぉ!? なんでうごけ──」


 驚嘆の声を上げる【狩り手ハンター】に、息つく暇など与えはしない。


「──どうせ動かねーし、この右腕はくれてやるよ」


 の感覚は麻痺し、死鎌デスサイズもまともに持てない。

 が、それはあくまで手だけ。腕全体はまだ動かなくもない。

 右腕を相手の首筋に絡め──そのまま相手の身体ごと巻き込む大きな回転を始める。


「死神走法──向日葵ひまわり一輪いちりんてき!」


 大回転の勢いのままに──あたしは右腕で抱え込んだ【狩り手ハンター】を思い切り地面へと抛擲した。


「──ひ、バぎャらっ!」


 ドギャごっ、と鈍い音が響く。

 その勢いで【狩り手ハンター】の身体が大きくバウンドし、再度宙を舞った。


「まだまだぁッ!!」


 完全に動かなくなった右腕を翻しながら、あたしは更なる攻撃を叩き込まんとする──


「死神走法、君影すずら──」


「ひいぃぃぃぃぃぃやぁああぁぁぁぁっ!!」


 へし折れた首で、腕で。

 それでも狂喜的な笑みを溢しながらに、【狩り手ハンター】はあたしの追撃を止める為、手に取った死鎌デスサイズを瞬時に投げ放った。


「っ、チィッ! 悪足掻きを──」


 迫る二挺の死鎌デスサイズを即座に弾き飛ばす。

 次の瞬間。


「あっっっっっひゃああああぁぁ、らぁ!!」


 死鎌デスサイズで、十字を切る斬撃を【狩り手ハンター】はあたしに見舞ってきた!


「んなっっ……!?」


 投げ捨てた死鎌デスサイズが、何で手の中に戻ってる!?

 いや、それ以前に、何でもうダメージが消え──


「ッッッ! 向日葵一輪ひまわりいちりん擦禍さっか!」


 再び全身を超速で回転スピンさせる──しかしこの回転は攻撃ではなく防御の為に。


 ──ガイィンっっっ!!!


 強襲の斬撃を、何とか弾き飛ばして事なきを得た。


「っっっツう~~! シッッッビレビレ痺れたぁーーー! 手ぇ! くっそぉ絶対入ったと思ったのになぁ~! あの体勢から防御するかぁ! てかてかなぁんであの神経毒食らって動けるかなぁ!? 常人ならソッコー昇天するレベルの痛みだった筈なのに~! いっやぁさーーーすがすがすががミ~~ヤコちゃん!」


「っっっ、テメ、くそがっ…………なんだその──…………!」


 衝撃により痺れたらしい手をパタパタと扇がせる【狩り手ハンター】。

 その身体には──もはやほぼ異常はない。

 へし折れた筈の首も腕も、元通りの健常な状態へと逆戻りしていた。


 ──『存在回帰』。

 死神グリムにとっては基本的な──それでいて死神グリムを災害たらしめる大きな要因である異能だ。

 …………あたしの姿形が、死神グリムと化したあの夏の渋谷の頃から一切変化していないように、死神グリムの容姿は人間として死亡したその瞬間のものに固定される。

 固定──即ち、定義である。

 死神という架空の存在を人間の姿形という鋳型テンプレートに押し込む事によって、死神グリムというものは存在を許されるのだ。

 そして、固定されたその鋳型テンプレート──集合無意識、泡沫の空オムニアに刻まれた共有認識は、何があろうともはや変質することはない。

 写真の中の人物像が、その瞬間のままで変わりはしないように。

 成長もしなければ、老化もしない。

 破損、損傷したところで、すぐさま元の形へと巻き戻る──回帰する。

 変化するとしたらそれは外見ではなく中身──死神グリムとしての存在の本質だけだ。

 死神グリムがダメージを回復できるのは、つまるところそういう理屈なのだけれど──こいつはその回帰の速度がべらぼうに早い。

 あたしの三倍──いや、下手すりゃ五倍はあるんじゃないのか?

 ぶん投げた死鎌デスサイズが次の瞬間には手元に在ったのはそういうワケか。

 死鎌デスサイズ死神グリムにとっては手足の延長のようなもの。

 投げ捨てた直後に超速で自らを回帰させ、『死鎌デスサイズを手に持った自分』 の時点にまで巻き戻したんだ…………


「あひゃひゃひゃひゃひゃ、ご明察ぅ。オレってば回帰に関してはかなーり自信があるのだ。ま、死神グリムの中でも三本指には入るだろーねぇ。…………ミヤコちゃんは神話級ミソロジークラスとしては最底辺ワーストレベルみたいだけど~~。あひゃひゃひゃひゃひゃ!」


「うっっっせーよ。センパイよりはマシだっつの」


 そう、ちなみにだがセンパイの回帰はあたしよりもお粗末である。そりゃあもうスットロい。

 まぁあの人はそもそもダメージを負う事が少ないし、【死因デスペア】と併用すれば結局あたしよりも早く直しちゃうんだけども。


「ま、そこは人間混じりの【死に損ないデスペラード】としては必然的な泣き所なんだろーけどねぇ? 甘んじて受け止めなよ。あひゃひゃひゃひゃひゃ──いやいや、ひょーっとしてひょっとしてぇ。この勝負、先が見えちゃったんじゃないのかなぁ?」


「そうだね。あたしの勝ちだ阿婆擦れ」


「ノーノーノーノー! 残念ながら悲しい事にー、オレの勝ちは揺るがないんじゃないのかなー? オレの毒は掠るだけでもミヤコちゃんに継続してダメージを与える。それに反してミヤコちゃんはオレを攻撃してもすぐ直っちゃう。ミヤコちゃんが確実にオレに勝ってる要素としては機動力アジリティがあるけど、ミヤコちゃんってば近接主体っぽいしなー。こっちが躍起になって攻撃しなくったって、触れただけで被毒させちゃうオレとしてはひたすら受け身に回って防御に徹してれば勝手にミヤコちゃんは弱ってく! こーれは詰んでるっしょなす術ないっしょー?」


「………………」


 否定は、出来ない。

 ここまでの互いに見せた手札から分析すれば、こいつの言った内容は確かに客観的な事実と言えるだろう。

 だがしかし。


「そういう皮算用は──全力出してからにしろ」


 ──

 そしてあたしは、自らの業を開庁する──


「【見るがいいet ecce青白き馬が駆けて来たequus pallidus

 そしてそれに跨がる者の名は死と言いet qui sedebat desuper nomen illi Mors

 それに黄泉が従っていた et inferus sequebatur eum】」


 災厄が、轍を刻んで顕れる。

 其は終末に嘶く蒼焉の騎士。

 

「【彼奴らにはet data est

 大地の四分の一をilli potestas super quattuor支配する権威partes terrae interficere

 剣と飢饉と死と地の獣らとによってgladio fame et morte

 人を殺す権威とが与えられたet bestiis terrae】」


 あたしが全力で駆け出さんとする、その時。


「あひゃ──あひゃ! あひゃひゃひゃ! あーーーーひゃひゃっひゃあひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! さあ! 今宵の舞台もいよいよ佳境! いざいざご照覧あれ! 蒼っちろい跳ね馬を、見事射殺して御覧にいれましょおおおおぉぉぉぉ!」


 【狩り手ハンター】もまた、自らの真価を発揮せんとしていた。




「【黙して語るな黙して語るなSchweig, schweig

 一人としてお前に警句を告げぬようにdamit dich niemand warnt

 黙して語るな一人としてSchweige damit

 お前に警句を告げぬようにdich niemand warnt

 地獄の網がお前を絡み取るDer Hölle Netz hat dich umgarnt!】」




 その凱歌は呪われし狩人かりゅうどの咆哮。

 神の毒を弄びし愚者の傲り也。




「【奈落への失楽からNichts kann

 お前を救う術などありはしないvom tiefen Fall dich retten

 奈落への失楽からNichts kann

 お前を救う術などありはしない dich retten vom tiefen Fall

 深淵に沸き立つ魍魎共よUmgebt ihn ihr

 彼奴を取り巻くがいいGeister mit Dunkel beschwingt

 彼奴は既に歯を軋りながらSchon trägt er

 お前達の楔に鎖されている knirschend eure Ketten

 勝利の時だ! Triumph 勝利の時だ!Triumph 勝利の時だ!Triumph

 復讐の時は今来たれりdie Rache gelingt!】」




 ──かくして、双葬たる死神達が舞台に昇る。

 叫ぶそのは──






「【黙示録のペイル駆り手ライダー】ああァァァァっっっ!!!」






「──【射殺す狩り手デア・フライシュッツ】」






 双つの死が、轟音を立てて顕現する。

 蒼葬たる車輪を駆り、あたしが。

 そして。


「あぁぁぁぁぁぁぁっひゃっひゃっひゃ。さぁて──死なせ合って殺し合おう、殺し合って愛し合おう。号砲はオレが用意したげるよ? ミ~ヤ~コ~ちゃんっ♡」


 上機嫌で【狩り手ハンター】はそう歌い上げ──、と、その両手の武器を構える。

 それは現代いまに生きる全ての人間にとっての──死と、暴力の象徴。


「…………の【死業デスグラシア】か」


「ただーの拳銃じゃないってばさぁー。! 全人類の夢と浪漫だねっ! ヒューッ! それは紛れもなくオレさ!」


 二挺の拳銃──黒字に毒々しい紫の紋様が刻まれたポリマーフレームのその凶器を手の中でクルクルと器用に弄びながらに、【狩り手ハンター】は天然か挑発か判別のつかない巫山戯た言葉を吐き散らす。


「さあさあさあさあ! いよいよハンティングスタートだよミヤコちゃぁぁぁん! せいぜい派手に逃げ回って──」


「の前に…………邪魔だな、こっち」


 うん。

 明らかな機動力あしで纏いだ。

 そう判断し。

 今も絶えず激痛に苛まれていた片腕を、あたしは高速回転している蒼の大車輪──自らの【死業デスグラシア】へと


「へぁぅ?」


 【狩り手ハンター】が素で間抜けな声をあげる。




 ────ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ ギ ャ リ 。




 肉が削げ落ち。

 血が煙と化し。

 骨は不協和音を奏でながら磨耗し、消え失せる。


「──おし。かんりょー」


 綺麗サッパリ毒は消えた。


 腕ごと。


「いくぞクソ女。轢き潰してやる」


「……………………あっひゃっひゃ」


 暫しの沈黙を挟み、また笑い声をあげる【狩り手ハンター】。

 だけど不思議とその声色からは。

 どことなく、不快さが減っていた気がした。

 …………ちょびっとだけ。


「やっぱりかぁっこいいなぁ、ミヤコちゃんは」


 静かにその銃口をこちらに向ける。

 あたしもまた車輪の回転を加速させ、それに応えた。

 ──互いに全力。

 ここから先の勝負は、数秒あれば充分だろう。


「死神走法──」


 【死業デスグラシア】による、の死神走法をあたしが解禁する、それと同時に。

 目前で嗤う隻眼の死神もまた──躊躇い無く、その真髄を充填リロードした。

 ベロリ、と覗かせたその舌先は。

 二又に裂かれた、不吉な蛇舌スプリットタン──






「………………悪業弾罪マレブランケ





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