50.㈲U




「………………うぇっぷ」


 病院区画、エントランス。

 軽くえずきながらに儁亦すぐまた 傴品うしなが女子化粧室から出てくる。

 一応彼女も負傷者ではあったものの、極めて軽微との事でとっくに帰宅を許可されていたのだ。


「…………さて、帰ろっか。んー──あれ、あそこにいられる美人さんは?」


 エントランス中央。

 艶やかな濡れ羽色の黒髪を漂わせて佇んでいる少女は──


「…………あ、やっぱり、太白神たいはくしんさん?」


「あら──儁亦すぐまたさん。こんにちは」


 そこにいたのはむすび傴品うしなと同じ銀泉ぎんせん学園高等部一年。

 太白神たいはくしん、という名の少女だった。

 むすび傴品うしなの二人とは、たまに言葉を交わし、食事を共にする程度の間柄である。


「はぁ、こんにちはー。…………んん? なんでここに? ここって確か【死対局】専用の病院じゃ」


「ええ、はい──その、私は、というより私の家、太白神たいはくしん家は、【死神災害対策局アルバトロス】の母体である【鳳凰機関】の列に名を連ねる一族でして…………その縁で」


「ほぇー。やっぱりお嬢様だったんですねぇ。でも何でわざわざこの宮城支局まで?」


「ええ、ちょっと所要があって宮城に立ち寄ったのですが…………弖岸てぎしさんや儁亦すぐまたさんの現状を小耳に挟みまして、お見舞いに来ようかと」


「あらら、それはそれはご丁寧に。といってもアタシはとっくに退院してるんですがね。むすびさんももうじきに退院されるそうなんで心配はご無用ですよー」


「あら、そうでしたか…………ではむすびさんだけでも」


「あー、それなんですけどね……………あー、うー、えと、取り敢えず、ですね。労いの言葉は退院して学園でってことで、今は休ませてあげるのが、いいんじゃないかなーと、思わなくもないというかですね…………」


「…………なるほど。そうですね、お話は元気になってからでも遅くはないですね。その分だと深刻な怪我ではないようですし、言う通りにさせてもらいましょう。…………ふふふ、傴品うしなさんは友達想いなのですね」


「ぅワひっ!?」


 突如傴品うしなは奇声をあげて飛び上がる。


「はい?」


「はっ。あ、や、その、なんでもないです。ちょっと、その、言葉アレルギーといいますか、免疫のないワードに拒絶反応を起こしたまでですので…………」


「? はぁ…………では、とにかくむすびさんとは学園で挨拶させてもらいます。それでは」


「あ、はひ。また、学園でお昼ごはんでも」


「そうですね。また、必ず」


 太白神たいはくしんはそう言って微笑みながら、優雅にその場を立ち去っていく。

 その姿を適当に見送りつつ、傴品うしなもまたエントランスから院外へと踏み出そうとし──


 途中で踏みとどまり、首だけで振り返りながら、背後の太白神たいはくしんへと何て事もない、素朴な問いを投げ掛けた。


「あのー、太白神たいはくしんさん。すっごい今更なんですけども」


「はい、構いませんよ? 何でしょう」


「いや、あの、そういえば──下の名前、一度も訊いてないなー、なんて思いまして。はい」


「…………あぁ、なるほど。そういえば、確かにそうでした。名札だと太白神たいはくしんとしか書いていませんものね」


 華のように可憐に、にっこりと。

 しかし。

 どこか底知れない暗闇を思わせる笑みを浮かべて。


 は、その名を告げた。






「────イザナ



 太白神たいはくしん イザナと言います。改めてよろしくね?」











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「──というワケで、今回の一件だけを見れば、【十と六の涙モルスファルクス】の完全敗北になりますが、何か申し開きとかあります?」


「あぁー、りぃー、まぁー、せぇー、んー。はいはい悪かったわよ雑な指示だけ出して丸投げして。ごめんなさーい」


 ──場所は変わらず、【死神災害対策局アルバトロス】宮城支局総合病院区画。

 屋上にて、死神女王【醜母グリムヒルド】こと太白神たいはくしん イザナは説教を食らっていた。


「もう終わったことなんだからそんなに長々と言わなくていいでしょまったく。今回は【狩り手ハンター】ちゃんに一本取られた、それでおーしーまーい」


 鯉のぼりが泳ぐ澄み渡るような五月の晴天の下。

 イザナに苦言を呈するのは、側に控える二人の少年少女だった。


「ホント、一番上司にしたくないタイプですよねー」


 と、呆れ声で言うのは、絹鼠色の髪の少女。

 名は、両木もろぎ より


神話級ミソロジークラス二体も失っといてよくもまあんな呑気してられるもんだよな。【処刑者パニッシャー】の苦悩が偲ばれる」


 と、他人事のような投げやりな口調で言うのは、浅葱色の髪の少年。

 名は、楽目らくめ おどろ

 両者共、太白神たいはくしん家令嬢、太白神たいはくしん イザナの世話係──という事になっている。

 少なくとも、表向きは。


「んー、せいが出てくる以上片方は墜ちるかもとは思ってたんだけど…………両方撃墜ときたかぁー。しかも片方は灰祓アルバに。普通にいけばあの二人ならせい相手でもなんとか撤退ぐらいは出来たと思うんだけど…………【狩り手ハンター】ちゃんが上手いこと盤上を弄くり回した感じかなー。スゴいわあの子」


「スゴいで済ましてどうするんです?」


「消滅してんだが。貴重な戦力、二体も」


「わぁかってるってばー。ん~~…………脚本シナリオは今んとこ大筋では問題ないんだけど…………ちょっと役者の消耗が思ったより早いかしら」


「他人事みたいに言いますね」


「失敬ねより。この上ないよ。一から十まで、徹頭徹尾に渡ってね」


「だったらもうちょい真面目にやれよ」


「こういうのは変に肩に力入れても良くないんだって…………『ゴミの分別に気を配る』、そのレベルの気軽さが結局は丁度いい位なのよ」


 んー、と大きく伸びを一つして。

 イザナは続ける。


「でも、そうね。適当にアドリブさせとく時期は、もうそろそろ終わりだわ…………【醜母わたし】も、ちゃんと動き出さなきゃね」


「もっと早くに腰を上げれば──とは流石に言いませんがね。お嬢様に軽々に動かれるのは確かに困りますし」


「うん、私が直に手を下すのは勿論最終局面に移ってから。けど…………そこに往くまでの御膳立てを本腰入れて始めましょう」


 晴れ渡る蒼穹を眩しそうに見上げながら。

 イザナは言う。




「──【十と六の涙モルスファルクス】に収集命令を発令。全員にこれからの展望を伝えます」

















「──と、そんなカッコつけた指令をグループチャットで送ったのが今朝の出来事なワケなんですよ。結果、今に至るんですが」


 と、よりが言った。


「………………」


 遠い目でイザナは空を見上げる。

 ちなみに、現在の時刻は午後三時過ぎであった。

 よりおどろにチャット画面を見せる。




 既読10(作戦会議するから全員集合ー!)>



                   」


「うわー、返信ゼロ。既読は10ついてんのにスルーかよ」


「人望、もとい神望が目に見えて結果に出た感じですね。この有り様じゃカッコ良く作戦会議なんて夢のまた夢です」


「なんで私の言うこと誰も聞いてくれないのおおおおおお!? ボスなのに! リーダーなーのにー!」


 大声でイザナは悲愴感たっぷりの悲鳴を上げた。


「いやぁ、妥当でしょう。お嬢様ですし」


「まぁ妥当だよなぁ。お嬢だもんな」


「なー! んー! でーー!?」


 大空に向かって問いかけるイザナ

 その言葉を知ってか知らずか、頭上でカーカーと烏が鳴いていた。


「ビジネス本でも買えばどうです? 『良い上司になるには』みたいな感じのヤツ。」


「そんなもんで変わるならとっくに変わってるだろ。大人しくクロ爺さんに仲介頼めよ」


「やだーっ! そんな事したら私よりクロ爺の方が人望あるみたいでしょう!」


「厳然たる事実じゃん」


「あーっ! あーあーあーアー! 聞ーこえなーいっ!!」


 大声で喚き散らすイザナ

 それを見て大人しく眺めるままにするよりおどろ


「はー、はーぁ、はーっ、はあ…………」


 やがて息をつき、何度か深呼吸を繰り返すイザナ

 そして。


「こうなったら…………最後の手段っ…………!」


 改めてスマフォのチャットアプリを開き、グループ画面に移動。

 断腸の想いで、新たなコメントを打ち込んだ。












      (焼き肉、奢ったげるから)>






 <(いくわ)


 <(行こうか)


 <(それなら行きます)


 <(やきにくー!)


 <(肉肉肉肉肉肉)


 <(神戸牛で)


 <(A5!A5!A5!A5!)


 <(では予約しておきましょうか)


 <(クロ爺さん流石やねー)


 <(外出たくないけど肉に罪なし)


 <(はげど)


 <(じゃ、そゆことでー)



                   」











「ファーーーーーーーーっ!!!!」




 イザナはスマフォを投げた。



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